13 江東の虎6 退却してみよう(于示林)
山賊退治に出撃した『ほしあわび軍』で馬に乗る者は数名。
あとの見かけ三十人強は徒歩で駆けさせている。
于示林の表情は変わらないが、ようやく静かに目を閉じた。
そして今度は、まぶたの暗闇を見つめ続けた。
(仮想世界の住民となった身であれば、仮想の主や朋友もまた上々。虚構を正確にとらえるほどに、現実世界の真実もつきつけられる。ならば架空である彼らも現実のものとして対し、創作者が追う架空と現実の境界に触れてみよう)
目を開けば新参の若武者が山道に入って先行しすぎていた。
(隊列を乱すなど、軍規違反として鞭打ちが妥当か? 軍内で『あわびちゅうどく』の序列は私と対等かもしれないが、今後の彼の成長のためにも……)
峠の向うから大男の騎馬武者が大刀を抜いて飛び出てきた。
さらに何十と騎馬兵が続き、新参若武者の配下は怯え、とり乱す。
突出した『あわびちゅうどく』は大刀の一撃で派手に光をふりまいて倒れた。
「お?! なにこれ山賊じゃなかったの? わりいわりい! 何学部? なんかサークル入っている?!」
鋭いつり目、それに合わせたような短い髪、薄い眉。
豹のような顔つきで肩幅があって腕も長いが、腰は締まっている。
(目的を失った筋肉のつきかたをしている。バスケやバレーボールの部員でもまれな長身だが、刀の振りクセはテニスのようにも見えた。物腰の軽さから推せば、恵まれながらも挫折した者か)
さらに続いてプレイヤーらしき武将姿の男女が十人ほど姿を見せ、その中心には百九十センチ近い背にぶ厚い体をしたギョロ目の男……重草がいた。
豹男は華夫という名を表示する。
「ま……サークルは別にどこでもいいんだけど、ウチの軍、入る気ある? 立て札とかで見てるでしょ? 俺らの募集案内」
(重草軍……立て札を頻繁に使って挑発や勝利宣言、誇張した討伐報告をしている者たちか。実質の領地や兵力も二番手につけ、将来的には最有力という噂も聞く)
「おーい、聞いてるー? もしかしてその顔で高等部とか? 別にやりあってもいいんだけど……」
于示林は一行を観察しながら『統制』を選択して『あわびちゅうどく』の兵を回収し、動揺を抑える。
「肉体を見ればおおよその人となりはわかる」
「勘弁してよ。俺、裸とか見せてねーし? ……視姦が趣味? 変わってるねー」
華夫は凝視から目をそむけて苦笑する。
ほかの重草軍プレイヤーたちも似たような冷笑の目を向ける。
(ほかの肉も似たようなものか。重草という男は目配りと居ずまいからすれば、なにか武道をかじっていたようだ)
「で、俺の人となりって、どんなよ?」
重草は笑いながらも目で威圧していた。
(仮想空間では質感を捕えきれず、鎧も邪魔だが……我流でかたよった鍛えかただ。技量は黒帯に届くかどうか。ケンカ程度の暴力沙汰には慣れた落ち着きと自信、慎重さ、臆病さ、過剰な攻撃性……)
于示林が無反応なままで、重草は不快でつまらなそうに眉をしかめる。
「討ち死にしたいらしいから、昇天させてあげれば? 兵士を全部よこすなら、好きに逃がせばいいよ。また貢いでもらうから」
近くにいる濡木というキツネ目の男にそう指示すると、何人かを残して引き返していく。
(ゆりかごにケーキを入れて花畑へ置けば惨状と化す。優しい世界ゆえに、あの集団の幼稚と屈折が誇張されたか。壁の落書きに類する趣向とも言えるが、海外スラムのそれほど緊張感はなく、それに憧れた形ばかりの半端な模倣。それゆえに独自の狂気を産み出す下地が無いでもないが……発展する流れまでは見えない)
豹顔、キツネ目、それに三人のプレイヤー男子が残る。
「いや、ぶっちゃけ、その反応はキモいよ? 人としての会話をする気はない? ないならこういうみんなでやるゲームとか、参加しないほうがいいと思うよ?」
女子の姿が見えなくなり、華夫のなじり声は抑えを失う。
「『興味はあるが、期待は持てない』そう伝えてほしい。結論に時間がかかった」
于示林の返答にしばらくキョトンとした一行は、やがて驚きとまどう。
「それ重草さんのことかよ? そんなん言えるわけねえだろ。俺、リアル昇天したくねえし。自分で言ってもらえる?」
華夫のこわばった笑顔もまた、凝視の対象になる。
「君さあ、いくらゲームでも、もう少し態度を考えたら? ちょっとさあ……まずいでしょ? まずいよね? 君、高等部でしょ?」
濡木の同情か脅しかわかりにくい苦笑もまた、凝視の対象となる。
「ゲームであることを理由に無礼を公にしているそちらが、こちらにはゲーム中での礼儀を求め、さらにゲーム外での関係をその理由にする本末転倒、さすがに詭弁と自覚しているとは思うが、指摘して表情を見なければ冗談としての皮肉か、遠まわしな脅迫か、判別しがたい。その点は対人経験の浅い当方の不要領……うん。おおよそ把握できたように思う」
于示林の返答に濡木は顔を険しくし、次にとまどい、最後は怯えと憎しみの濃い無表情になり、間断なき凝視から目を伏せがちになる。
「いずれも私に近い結論は感じているようだが、言い出せる人間関係ではない様子。余計な口出しは避けるので、好きなように報告してかまわない。それを会話につき合っていただけた礼としよう」
そう言い足すと馬を後ろへ向けて駆けはじめる。
ひと呼吸おき、五人の武将はなにか叫びながら追ってきたが、于示林はふり返ることなく、表情をわずかほども変えない。
配下の半数、二百の兵士へ足止めに残る指示を出す。
(この程度の捕虜で彼らの面目が立つかはわからないが、私としては久しぶりに長い会話をできたうれしさゆえ、いささか過ぎた礼の追加となる)
荒野の日も暮れかけ、于示林はまっすぐに君主『ほしあわび』のいる拠点へ向かう。
追手の気配はなくなっていた。
(しかし立て札の報告から察する行動経路では、侵攻を受けるのも時間の問題。かなわぬまでも準備を尽くして抵抗を試みよう。それがあの者たちと私の縁であるなら……)
拠点に近づくと、なぜか騎馬武者の少女が飛び出し、大きく手をふってきた。
「ごめんなさ~い!」
はねた短髪に活発そうな目……寥花が泣きそうな苦笑いで拝むように手を合わせる。
その背後に大量の山賊が湧き出ていたので、おおよその事情を察して馬の向きを変える。
近くの岩陰から突然に人影が倒れて驚き、その頭上に『ほしあわび軍・ほしあわび配下』と表示されてふたたび驚く。
(気配もなく突然に現れた?! 君主のほしあわび殿はいつこのような特殊訓練を配下に?!)
「ほしあわび様は、山賊に討たれ……グフッ」
(いや、伝令が届きそうな距離では自然発生するゲーム上の仕様か)
馬を走らせながら自分のステータスを確認すると、無所属にもどっていた。
寥花は両脇に馬を並べる尋常でない風貌の男ふたりにくり返し呼びかけていた。
「みんな、慎重! 慎重に! シュウタイ様に献策! 慎重に! 休憩を献策ぅ!」
(寥花氏はどこか大きな賊軍に所属した様子。そして私を逃がそうと、追跡を遅らせる指示を出している……なんのために?)
「これもまたゲーム内での縁の形。お気づかいは無用」
声をかけてみたが、必死な様子の少女は首をかしげて呆然とするばかりだった。
(あの行動が当然とでも言いたげな表情。私は共感されにくい性格のはずだが、くり返し見かけたことにより、同情が湧いているのか? しかし表情はとまどったまま……すると彼女の意識では、害虫を自分の手でつぶしたくない程度の危機か?)
于示林は残った配下のさらに半数、百人の兵士へ足止めに残る指示を出す。
「あ! 捕縛、捕縛! 捕虜の確保優先!」
身内の足止め口実ができて喜ぶ寥花の表情に、于示林は首をかしげる。
(あれほど無防備に感情を表す人物でありながら、先の予測はしがたいものだ)




