12 江東の虎5 調べてみよう(于示林・寥花)
ゲーム開始直後、于示林文則は遠くに散る桜をながめていた。
まばたきしないガッシリ開いた目で、指で作った四角形に風景を納め、寝そべってみたり、そのまま見上げたり、凝視を続けた。
どこかで農夫が悲鳴を上げ、山賊の笑い声が聞こえ、断末魔の叫びが上がる中、荒土を見つめ、いくつかの角度で見比べ、ひとつかみしてさらさらと流し、ボソボソとつぶやく。
「地面の模様は遠・近・至近で三種類のランダムテクスチャーを重ねることで自然さをだしているが……動きにはパターンが出やすいか」
ふたたび指で作った四角に空、山、樹木、迫り来る山賊たちを納めてながめる。
「全体にパースの狂いはあるものの、不安定さはない。このほとんどの素材が無料で提供されている既製品というから、立体画像という文化を積み上げし先人の志の高さたるや……」
于示林は言葉をきり、竹槍を振り回しながら五人の山賊の側面へ向かう。
会話、威嚇、戦闘、逃走などの選択肢が現れたが、視線は一瞬しか合わせなかった。
「ゥキイイッ!」
人喰い猿のような鋭い叫びで大柄なひとりを突き倒し、さらに円を書くようにまわりこみ、もうひとりも同様に突き倒す。
さらにもうひとりへ横殴りに先の壊れた竹槍をたたきつけると、足元へ手を伸ばして最初の男が持っていた鎌をひろう。
「な、なんだテメエ? まだやる気かコノヤロウ?!」
自分たちから仕掛けて三人を倒された側の言い分としては妙だったが、于示林のやせこけた顔は無表情なまま。
「この鎌は少々、清潔すぎる」
そうつぶやき、会話、交友、求愛、略奪、突撃、威嚇、逃走という選択肢が現れた直後に『求愛』を選択し、同時に鎌でひとりの首を切り払う。
残るひとりが武器を捨ててひざまずく。
「い、命だけはお助けを~!」
臣下にして従える、会話、交友、求愛、捕縛、略奪、処刑、威嚇、逃走……という選択肢の中から瞬時に臣下採用を選択し、その後の編成と指示は無視する。
倒れている内のふたりはまだ息があった。
どちらも武器を手に逃げ出し、于示林は追加表示された選択肢を無視して黙々と追う。
駆けながら時おり指で四角を作ってみたり、首をしばらく横にしてみる。
「うわああ!」
ひとりがふり向いて襲ってくると、足を止めずに斬り捨てる。
「うわああ!」
しばらく追い続けると、最後のひとりも谷に入りかけた所でふり向いて武器をかまえた。
于示林は足を止め、会話、交友、捕縛、略奪、処刑、威嚇、逃走……と出た選択肢を一瞥だけすると、山賊の背後へとまわりこみ、その背をなでまわす。
「うわああ!」
山賊はにぶい反応でとびのき、ふたたび駆けて逃げ出す。
于示林は黙々と駆けて追い続け、追いつきそうになると、髪をつまんでみたりした。
「なんでも従います! どうかもうお許しを!」
ついに山賊は泣き顔でひざをつく。
選択肢に採用、却下の二種類が表れ、于示林は無表情に黙し、見下ろし、凝視し続けて十六秒ほど経ったあと、採用を選択する。
「この世界は優しい。製作者である犬南氏の人格ゆえか」
于示林は長身でやせており、背を丸めて大きく左右に上半身をゆらしながら歩くクセがあった。
常に凝視を続ける無表情とあいまって、街へ行こうともほかのプレイヤーに声をかけられることはない。
装備の店にはこまめに寄り、ごくたまに買い足す。
あとは街の内外を問わず、ひたすらに歩き回り、のぞきまわり、襲ってきた山賊は倒して追い回して死か服従かまで追い詰めた。
選択肢に『求愛』があれば迷わず押し続けたが、その後の行動に変化はない。
直後に斬られなかった山賊も「ふざけんなこのやろう!」あるいは「か、からかわないでください~!」と返すだけの結果だった。
配下兵士は少しずつ増えるが、ひとつの地域に長く留まることはなく、領主に推薦される話もなく、ひたすら流浪し続けた。
「腕におぼえがあるようだな。この私のもとで天下統一を手伝う気はないか?」
話しかけてきた恰幅のいい男の上に『名無し』と表示される。
たくさんの選択肢が表示されたが、于示林は店の者の仕草を真似して礼を示し、ひざをつく。
そんな于示林の様子を物陰から見つめる少女がいた。
「いや別に、見たいわけじゃなくてさ~」
複雑な表情で苦笑いする剣元寥花は背が女子の平均よりも少し高い。
髪は先が跳ね、肩には届かない短さ。
バスケットボールをやっていた以前よりはだいぶ筋肉が落ちている。
寥花はゲーム開始直後から山賊を積極的に追いまわし、わざと死なないように加減して、できる限り配下に加えていた。
抵抗を続ける者であっても捕縛して、説得、威嚇、処刑~鞭打ちを苦笑いでくり返す。
「いずれモンスター武将に出会えば足止めになってもらうけど、ここは仲間になったほうがお互いの生存率が上がりますって。サバイバルにはまず人数」
とある山を降りる途中、妙な方向へ走る単体の山賊を見かけた。
すぐ後に別のプレイヤーが追っていたので捕獲はあきらめたが、山賊が向きなおるとプレイヤーの男はスルリと回りこみ、背中を撫でるまでをごく自然に、異様な無表情でやってのけた。
呆気にとられ、つい見続けてしまった。
山賊がふたたび逃げ出し、変人プレイヤーもふたたび追いはじめたが、捕える様子もなく、走りながら相手の髪をいじりだす。
気になってしまい、尾根ぞいに追い、様子を探った。
山賊は命乞いをはじめるが、変人は見下ろしたまま、異様なほど長い間を空ける。
(え、なに? 斬り殺すだけじゃ満足しないクチ?)
なにをやらかすのかとドキドキしたが、配下採用しただけだった。
「関わらないようにしているのに、妙に見かけるんだよな~」
寥花の配下には元山賊が多いせいか、大きな都市の門番には入城を渋られ、賄賂が必要だった。
ある程度の装備をそろえると地方へ向かう。
「よければ食料をお持ちしましょうか? いえ、お代はお気持ちだけで」
住民と会話をすれば物資を補給できる。
近づく山賊を倒して吸収し、部下が略奪をすれば罰していたので、警戒されながらも笑顔で接してもらえた。
「義賊のつもりだったけど、まちがえたかもなー。町にいるプレイヤーは山賊じゃない志願兵が向うから寄って来るようだし。チンピラ集団て、いかにもやられ役じゃん」
ひとりは知り合いを見かけたが、合流すると住民支持を失うとかで、やんわり別行動になった。
小さい時に友人から『寥花ちゃんとは遊んじゃだめって、お母さんに言われたの』と言われた記憶をチクリと思い出す。
「あのころほどガサツとか悪趣味じゃないよ~。これゲームだし~」
苦笑いで誰かの斬り捨てた山賊の群れをあさりまわっていると、前に見かけた変人プレイヤーが地べたで正座していた。
山賊の遺体は広く散らばっていたので遠巻きに放置すると、いつの間にか変人は消えている。
「今はホラー研究会ゾンビ派を名乗っているけど、バケモノの仲間入りしたいファンじゃないんだよな~。ゲームやD級映画みたいに、主人公側でドキドキヒャッハーしたいだけで」
変人がずっと観察していたあたりの死体を探ると、案の定というか、財布などは残ったままだった。
橋の下、廃屋、無人集落など、寥花が怪しく思った所を探しまわってもガラクタしか得られなかった。
「ゲーム的には、こういうところになにかレアなアイテムが……」
なかった。
しかし探す作業そのものが楽しかった。
戦わない時間が少し長くなると、部下が勝手に情報や物資を集めてくる。
その内容も場所や行動などによって微妙に変化するので、それほど無駄には思えない。
(ぼっちプレイヤーにも優しいシステムだね)
そんな行く先々で変人プレイヤーの観察姿を見かけた。
(いくらなんでも、あれと気が合う思考パターンとは思いたくないな~)
変人プレイヤーの山賊対応は常に変わらず、襲ってくれば殺し、逃げれば追い、降参すれば臣下に加える。
機械よりも粘着質に、なにかの法則に盲従しているように見えた。
追い詰められた相手が「ふざけんなこのやろう!」とか「か、からかわないでください~!」などと反応する様子もたびたび見たが、どんな選択をしたのかは想像もつかない。
枯れ井戸をのぞいて目が合った時にはさすがに、あいさつしてみた。
「ひぃっ?! ……ど、どうも。はじめまして……」
「谷で見かけて以来、何度か会っているようだが、この距離で顔を合わせるのははじめてとなる。于示林だ」
「寥花です……いつも楽しそうですね。ではごきげんよお……」
小声で返答し、ひきつった笑顔の全力競歩で退散する。
以後は見かけると距離をとるようにしていたが、武器の店などで鉢合わせても、地の果てまで追跡されるようなことはなかった。
しかしなぜか見かけることは多かった。
よりによって変人が君主を決めた場面にまで出くわし、どれだけつっこもうかと手がわなないたが、放置する結論で落ち着いた。
その後、于示林は君主の能力にふさわしい、小さな領地に定住したようだった。
対して寥花は自軍の経営に苦しむことになる。
時間経過と共に山賊の出現規模は大きくなり、部下はガンガン増やせたものの、防衛拠点がないとガンガン減り、増えたら増えたで住民からの物資供給が追いつかず、離散するか、勝手に略奪をはじめて住民の支持を失う悪循環。
データ上で二百人を越えると移動費用もかさみ、場所を変えにくく、于示林の巡回生息域から抜け出せない。
略奪に走った自分の配下も討伐を受けていたようだが、数としては気にならない。
むしろ速やかな殲滅ぶりから、小さい領地でも精強な一軍を育てていることがうかがえ、ほほえましい気すらした。
とはいえ合流する発想はなかった。
やがて、少し無理をしてでも、遠出することに決めた。
于示林は、こちらからしかけなければ襲ってこない……最初はそう思っていたが、彼の君主の名前が名無しから『ほしあわび』に変わったあたりから、疑問に思いはじめた。
「あのコンピューター君主が気まぐれに『近ごろ、山賊が領地を荒らしておる。徹底掃討せねばなるまい』などと適当なパターンセリフを言った場合……今度こそ地の果てまで追われる気がする」
「気がするというか、なぜかこればかりは確信に近い。あんなやつの行動を予測できるほど思考が似ているとは思いたくないけど、ここまで居場所が一致してきた同士の直感は信じておこう」
于示林は地方の小さな城を要塞化しながら、配下兵士に鍛錬を重ねていた。
君主の『ほしあわび』がどこからか名無し武将をひろってくると、『あわびちゅうどく』と名づける。
「見込みのある若者だ、大いに目をかけてやってくれ」
そう『ほしあわび』に言われたので、配下四百の兵士から、半数を分け与えた。
「近ごろ、山賊が領地を荒らしておる。徹底掃討せねばなるまい」
そう『ほしあわび』がつけ加えたので、新参の若武者を連れて九秒後には出撃した。
「大きな山賊勢力と言えば、寥花軍の表示をよく見たか。枯れ井戸で名乗りあった女子、山賊としての成長を追求している様子。剣を交えるもまた縁か」




