11 江東の虎4 同盟を組んでみよう(遠行)
闇夜に暗雲がたちこめていた。
「ロシュク先生の大活躍もあって、山賊を大量に手下へ組み入れた勢いでつい……」
閉ざされた城壁の内側で、遠行はぎこちない笑顔で正座していた。
猿喚は腕を組んで呆れかえっていた。
「すごかったよロシュク先生! ボクちんと霊紀くんと日美子ちゃんに次々と計略をとばして、湧き出る数千の大軍も何のその! 相手も強かったが、ボクらの袋だたきがなんとか押し切ったあ!」
遠行が諭渉の頭を殴って黙らせる。
日美子、霊紀、絹種も正座してちぢこまっていた。
「時間経過からして、もう大勢力になっているとは思わなかったのかな……」
猿喚は頭を抱え、恨めしそうに立て札を見上げる。
『君主・ソンケン 志半ばに没す』
犬南『残るはもはや劉備様だけですか~。なお今回、途中発生する有名武将はいません。見かけによらず、一律でみなさんより五歳上の設定です』
犬南『継承がややこしくなりそうなんで、孫堅・孫策・孫権の呉国三代はまとめた扱いでソンケンでした。曹操や劉備の息子さんたちもいません。孫の世代に近くてサバ読みの苦しすぎる姜維くんも泣いて斬りました』
重草『女キャラはいねえの? 一番有名なチョウセンってやつは?』
犬南『……釣りエサにステータス数値が必要ですか?』
重草『いや……いないなら別に……』
遠行たちは出発したばかりの根城へ引き返し、おびただしい数の『シュウユ軍配下』に囲まれていた。
「君主さえ倒せば、配下の武将をひろい放題になるかと思って……」
「即断せねばなりますまい。迷い選ばぬことが最悪を招く状況でありましょう」
悪人顔のヒゲ文官ロシュクが力強くうながし、遠行は恨めしげに見上げる。
(ソンケンを見た途端、コイツがまったく同じセリフを言ったものだから……なのに倒した後で『虎の頭をつぶしたのではありません。手負いにして怒り狂わせたのです』なんて言い出しやがって! 最初から止めろよ!)
留守を預かるはずだった勲張たちが不機嫌顔で見下ろしていた。
勇断を下した遠行を集中的に。
(初紹のヤローがソウソウの首を獲った噂が頭のどこかにこびりついていたんだ……やつはオンラインゲームはビギナー、三国志は高校の教材に載っていることくらいしか知らないはずだが、昔から勝負事には強い……とりまき連中もいるから、なにか確信あっての攻略手順のような気がして、乗り遅れたら負ける気がして、でも……)
看板が新しく追加される。
『君主・カコウエン 志半ばに没す』
「ほら、ソウソウを倒したっていう園本さんたちだって、いまだに元ソウソウ配下からの報復で消耗戦を続けているから、文芸と軽音だけの勝負ならソンケンとの正面衝突を避けるだけでもかなり有利になっていたのに……」
猿喚は同情して心配していた。
(バカバカ俺のバカ! 知力20相当!)
遠くかすかに見えた夜明けの太陽が、すぐに厚い黒雲へ没する。
笑顔で正座していた日美子がやにわに飛びあがって立ち、ロシュクに挙手する。
「ロシュクさん! このまま守りきることは難しいですか?!」
指名された教授の長細い目が鋭くなり、厚い頬が重々しく動く。
「こちらは四千。敵は二万。武将の数ではこちらが倍近くおりますが、相手は君主のシュウユをはじめ、かなりの名将ぞろい。次の夜明けを迎えられたら上出来でございましょう」
(下手すりゃ一昼夜……数分ともたないか……)
日美子はうなずくなり遠行を引っぱり、城壁へ駆け上がる。
「つまり今は! いい負け方を急いで探すべきですね!」
(そうなるのかな?)
「って、待った! 矢に当たる!」
日美子がいきなり城壁から身を乗り出して辺りを探り、遠行はあわてて抱え倒す。
その拍子にリンゴ大の柔らかい感触が胸へと押しつけられる。
(水風船に近い弾力……だが……)
「リアルな巨乳の感触を知らないから比較のしようがない?!」
がくぜんと頭を抱える遠行を猿喚が階段下から冷ややかに見ていた。
「そういう絶叫は内緒モードで男子相手にしてくれる?」
「そうですよ! あと触覚もそこそこ再現性ありますから、負い目を感じてください!」
(たしかに頬の感触からすると、それほど大きな違いはなさそう……だが今それを発言すれば、リアル社会でゲームオーバーの予感)
「相手は大学の漫画研究会とアニメ研究会が中心で、こういうゲームは慣れている。強敵だけど、徹底殲滅でのつぶしあいは無駄が大きいともわかっているはず。まずは降伏の条件を探ってみよう」
急に真顔になった遠行の発言の落差に日美子は小さな仕草だけでつっこむ。
「じゃあ、こっちの指揮は大幅に下がるけど、もう白旗を出していい?」
人徳者こと猿喚は表情以外ではつっこまない。
「時間がないから急ごう!」
もはやなにを真顔で言っても決まらない遠行。
雨が降りはじめていた。
三つの白旗は上げた途端にハチの巣にされた。
遠行は自分の名前を表示しながら顔を出していたが、かろうじて矢の殺到をかわす。
「ざけんなボケ~!」
「ソンケン様の仇~!」
ものすごい罵声が追い討ちをかける。
「こうなると、楽しい散りかたを考えるべきですかね~?」日美子。
「待った! 来た!」
遠行の前に『内緒話・シュウユ軍・横蓋』の表示が表れ、すばやく押す。
『あの! 攻撃は俺のウッカリなんで、脱落は見逃してもらえま……』
『裏だ裏! まず裏にまわれ!』
野太い声が耳元で怒鳴った。
『へ?』
『一旦きるぞ!』
遠行は日美子と猿喚を連れて城壁を駆け降りながら、内緒話をふたりへまわす。
『裏に回れだって。罠かな?』遠行。
『考えにくいかな? 城門を開けるとか兵の配置を変えるならともかく』猿喚。
「みなさんは持久戦に備えて、防御重視で動いてください! 矢の消耗もなるべく抑えて!」
日美子は内緒モードを聞きながら、全体への指示を叫ぶ。
(よくわからないけど、ふたりに従おう)
雨がさらに強くなり、旗を見る限りでは風も強くなっていた。
(濡れた感触はないし、雨の感触も粒という感じではないけど、紙吹雪くらいにはそれらしく感じる……でも気分的なものか、背中が寒くて頭が熱い)
裏手の城壁に登って遠行が顔を出すと、ふたたび矢の雨が襲ってくる。
一瞬だが、兵士に混じってプレイヤーらしからぬヒゲマッチョが見えた。
そしてふたたび『横蓋』の内緒表示。
『アホウ! のんびり顔を出すな! オマエが撃たれるのはかまわんが、俺がシュウユに疑われる!』
『りょ、了解……君主の俺だけ捕縛で、なんとかなりませんかね? もう少しゲームを続けさせてあげたい子がいるんで……』
『とにかく時間ねえから、幹部はみんな内緒につなげろ!』
遠行はよくわからないまま、日美子と猿喚に内緒話を送る。
『入りました!』日美子。
『とりあえず、以上の三名です』猿喚。
『あ……どうも。大学三年法学部の横蓋という者です』急に落ち着いた声になった。
『俺たちもできれば吸収成長したいところなんだが、君主を継いだシュウユがぶちきれて皆殺し一択なんだよ。それを裏切ると、俺らの徳力や兵士数が大幅に減りかねん』
(コンピューターが君主だとそんな問題があるのか……)
横蓋『抵抗をにぶくしたのか? その程度の気はまわるのか。しかし俺たちは慎重な選択ばかりしていると疑われる』
日美子『協力して強行脱出はどうでしょう? 裏口の包囲を薄くしてもらましたら、こちらはお礼に財産などをわざと置き残します!』
横蓋『そっちの能力にもよるが、半分も残れるかわからんなあ。それでも君主の首さえあれば、追撃はなんとか……』
日美子『うう~、では私もしんがりを務め申す……』
遠行『いや、むしろ日美子ちゃんは先導を頼むよ。うちの軍で本当に欠かせないのは日美子ちゃんだし、ミスは俺の判断だ』
日美子『いえいえ、ここまで安心して遊べたのも遠行くんのおかげですから、ここは最後も共にしてこその満喫ですよ』
横蓋『ん……安心? なんのことだ?』
遠行『その……総合スポー……』
横蓋『だいたいわかった』
遠行(なにが?!)
横蓋『それなら考えがある。とにかく俺はそっちを信用してやるから、これから言う指示に従うかどうかは好きにしろ。だがこれだけは信用してくれていい。俺は……』
横蓋『ロリコンだ』
三人ともその後の指示は聞いていたものの、表情は放心していた。
横蓋『いや、小さい女の子を見たり撫でたり話したりするのが好きなだけで、わいせつ行為におよぶようなやつらと一緒にしないでほしい。頼む。ここまで交渉につきあっ……』
内緒話が切られる。
「みんなで美しい散り方を考えるのもいいかもね」
遠行が優しくほほえむ。
「うん。ここまでだけでも、けっこう楽しかったし」
猿喚も優しくうなずく。
日美子はうつむいて頭を抱えて振り回していた。
一分後。雷鳴ひびく豪雨の中。
「るおおおおおおおっ!」の咆哮と共に裏側の城門が開け放たれ「っしゃああああああああ!!」の絶叫と共に、ベージュ色の光に包まれた軍勢が列車のように飛び出す。
城門前に薄く長く広がっていた『シュウユ軍・横蓋配下兵士』を蹴散らし、その中心にいる髪の薄い中年……に見えるゴツい男へ殺到する。
霊紀と同じくらいの長身だが、鎧を着てなお目立つ凄まじいボリュームの筋肉。
対して霊紀は厚みと横幅で勝り、巨大で分厚い広刃の剣を旋回させながら先頭をきって突撃する。
「きえ~い! きぇきぇきぇきえ~い!」
「くがああっ! がっがっがっが~あ!」
筋肉男は木刀を四本まとめたような太さの鉄棍棒を振るって受け流す。
「ゆっしゃああああ!」
「くがあっ!」
続く諭渉の丸棍棒もいなされたが、さらに続いて子供のように小さな細身も両手に剣をかざして飛びかかっていた。
「負けてたまるかああ! 天誅ううう!」
筋肉男はかろうじて受け流し、日美子はそのまま『横蓋配下兵士』に飛び込み、剣をめちゃくちゃに振り回して駆け回る。
霊紀と諭渉が強引に筋肉男を挟み、捕縛していた。
「計略!」「計略!」
日美子と猿喚の声が響き、飛び出した軍勢はふたたび光りながら一気に横蓋を城へと引きずりこみ、城門を閉じる。
城内に入ると横蓋は両手を捕縛されたまま、表側の城門へ走り出す。
後を追う遠行、そして日美子と猿喚へ内緒話の輪が広がる。
『いい首尾だったが……気合が迫真にせまりすぎで心が傷ついてないでもない。能力・公開・範囲・内緒』
むっすりとした小声に合わせ、髪の薄い頭上へ文字が表示される。
横蓋公覆
体力80(最大90)・武力70・知力60・徳力60
『いや、その体力消耗は突撃の使用や武器がかすったからでは……』
遠行たちも一緒に走っていた。
『ロリコン、キモいです』
日美子が顔をそむけて小さくつぶやく。
横蓋公覆
体力70(最大90)・武力70・知力60・徳力60
『いいロリコンもいるなら、見てみたいです』
日美子が明るい笑顔をむける。
横蓋公覆
体力80(最大90)・武力70・知力60・徳力60
『お嬢さん、俺の心で遊ばないでくれ』
横蓋が眉間に深くしわをよせて目をつぶり、壁に気がつかずに激突する。
『す、すみません! つい……』
『いや、誤解される言いかたをした俺も悪かった』
横蓋はすぐに起き上がり、城門の上へ続く階段を駆け上がる。
『去年、一緒になった女房は十歳年上だ』
『えええ?! それはそれで、なんだか裏切られた気分ですよ?!』日美子。
『それのどこがロリコンなんですか?!』猿喚。
『奥さんの外見がやばいほど幼いとか?!』遠行。
『裏切ってないさ。身長は俺に近いし、特にというほど童顔でもない。だがな……』
横蓋が縛られたまま城壁の上へ姿を見せると、シュウユ軍の矢の雨が突然に止む。
「笑顔と寝顔が、天使なんだよ」
大学三年にしては老けすぎのいかつい色黒顔が、得意げに笑う。
(おかしい。この変人、なぜかカッコよく見える)
薄れてきた暗雲の向こうで、日が沈みはじめていた。
「どうにか休戦状態にはなった。シュウユは配下を大事にするし、俺も今まで功績を稼いでいたから、そうそう簡単に切り捨てられる人質じゃねえ。だが気づかれたら終わりだ。とにかく下手に外と連絡とるなよ」
横蓋は手を前で縛られたまま、会議広間の中央に座った。
霊紀ほか、数人を見張りに出して残りが列席している。
「いろいろ、ありがとうございます。なにか協力できることがありましたら……」
遠行がもみ手でへりくだると、横蓋はジロリとにらんだ。
「俺ら漫研の四人はな、自分らの勝ちは二の次だ。とにかく総スポの勝ちをつぶせりゃいい。このゲームをみんなに用意してくれた犬南ちゃんに敬意を表し、楽しく終わってもらいてえんだよ!」
「協力します! 配下にしてください!」
日美子が嬉しそうに挙手する。
「ちょ……待っ……?! そんなことしちゃあぶな……」
遠行は中途半端に言葉をきる。
(あんなに総スポのことを怖がっていたくせに)
「即答か。ますます惚れた!」
横蓋の熱い視線に日美子の挙手がいくらかひるむ。
「犬南ちゃんは友だちですし……低身長仲間ですし! このゲーム、楽しくなってきました! 逃げ隠れはもう嫌です! 泣かされてストレスダメージで脱落することになろうと、前のめりに倒れたいです!」
(というか俺だって重草は怖い。関わりたくない。でもでも……ああんもう!)
「じゃあ俺も配下に! いいよなみんな?!」
遠行がヤケ気味に挙手し、男子勢もすぐに同調する。
「しかたねえな! 遠行軍もここまでか!」
「もちろんいいぜ! 日美子ちゃんのためなら!」
「ああ! 遠行軍なんかどうでもいい!」
横蓋はうなずくが、手を広げて制す。
「ちょっと待て。意気ごみはわかったが、そのまま連れて帰ってもシュウユにまとめて処刑される。漫研のやつらは察して動いていると思うが、アニ研がどこまでついてこられるか……最悪、遠行の首で丸めこむつもりだったが、それも惜しくなってきた」
横蓋はあごひげをさすりながらなにげなくつぶやいたが、最後の一言は遠行の耳に残る。
(俺、なにか価値あったっけ?)
会議場のすぐ外へ人の声が近づく。
若者や小柄な中年などの武将を連れた霊紀が姿を見せた。
「ちょっと失礼。シュウユ軍の人が来たんで、斬らないように捕まえて……」
よく見ると、小柄で小太りでぼっちゃん風の中年に見える武将は手に縄がかけられていた。
「ごめんね横蓋く~ん。みんな能力値が高いから、わざと捕まるにはボクくらいしかいなかったんだよ~」
泣きそうな笑顔でへこへこ丸顔を下げ、その頭上に『組茂』の名前を表示させる。
「お~お! 大栄! さすが四天王!」
横蓋は笑顔になって立ち上がり、駆け寄るなり小太り中年の肩をバンバンたたく。
(これで人質が増えて、交渉もしやすくなった……変わった活躍の仕方だな)
「逞くんと朝当くんは同盟路線で話がまとまったと踏んで、人質交渉をこっちの……遠行くん? のほうが有利になるように動いているよ?」
(連絡なしにそこまでツーカー?!)
「アニ研の朱理さんだけちょっと……」
「あ~、姉御はどうせ、俺が女子高生に目がくらんだとか疑ってんだろ?」
「まあ、そんなような……でもまあ、そんなには……」
「おれは女子中高生を崇拝しているが、妄信はしねえって何度言えばわかるんだ?」
(何度言ってもわかんねえよそんなの! というか今、内緒モードじゃありませんよ?!)
まとまりかけた会議場の空気が一気に引いていた。
「ん……? ああ、心配しなくても組茂とかはロリコンじゃねえ。逞なんかは真逆の……まあ、とにかく漫研男子は紳士の集まりで、レディの心身を傷つけることはない。それは俺が保証する」
力強く言われても反応が難しかった。
「あとで俺のメールアドレスを遠行に伝えておくから、みんなとっといてくれ。男子もだ。今日の休憩中とかそれ以降でも、総スポのクズどもが接触してきたら、とにかくすぐに居場所を送れ。俺らは議論でも裁判でも殴り合いでもやり合う用意がある」
(何者ですかアンタら……というかゲームで済む抗争にしてほしい)
今度はみんなが萎縮していた。
横蓋も空気を察して気まずい表情になり、苦笑いとジェスチャーで組茂の笑顔に助けを求める。
「ところで、君主の仇である私たちと同盟なんてできるのですか?」
日美子が果敢な笑顔で重い空気に切りこむ。
横蓋は慈悲深さへすがるように、うれしそうにうなずく。
「シュウユの恨みを消すのは難しいが、隣接を避けて同じ敵を攻めるとかいった協力方法はある。組茂を解放すれば、恩を売りがてら作戦方針の詰めも伝えられる。だから遠行軍はもう少し存続だな」
横蓋は小柄な組茂の頭をなでまわし、いかつい顔でおどけて見せる。
(俺の軍というか、俺の首を救ったのは、あのヘラヘラしたオッチャンか……)
横蓋からの内緒話が遠行に届く。
『なんだか頼りねえけど、日美子ちゃんはオマエを頼りにしてんだろうが。もうちょい気張ってみろや。相談なら俺がなんでも聞く』
(なんなんだよ。この男前の変人)
遠行はすねて口をとがらせて内緒話をきる前に、一言だけ返す。
『頼りにします』




