表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/48

1 曹操の飛翔1 歩いてみよう(長任)

「正義の味方リュウビが、どっちつかずのソンケンと手を組んで、悪のソウソウを倒す話……で合っている?」

「マニアさんだと五個以上ツッコミそうだけど、昔の一般にはそんな感じ~」


 真っ黒い空間。

 長身にストレートロングの少女を何枚かの全身鏡が囲んでいた。

 颯爽さっそうとした色白顔に不似合いな古風で粗末な着物、木製胴当て、竹槍。

「ゲーム自体、あまり経験ないけど、本当にいきなりでだいじょうぶ?」

 頭上の空中には青白い文字で『長任ながとう』という表示が出ている。


 一枚だけ骨董風の顔鏡が頭の高さで浮遊し、中には別の少女が映っている。

 ねぼけたような童顔にふわふわ髪で、小さな体には不似合いな、豪勢すぎる着物と髪飾り。

「なにをしてもいいし、なにもしなくてもいい初心者さん対応がウリなの~」

 頭上には『犬南いぬなみ』の表示。


 長任はゆっくり手を握り、開く。

 そろそろと何歩か足を出すと、鏡も合わせて動く。

「服も足の裏も感触がある……なんだか怖いな」

「それくらいの触感だけでもなかなか感動するでしょ~?」


 着物のえりをあちこち引っぱっても、少し浮くだけで着くずれない。

「痛みとかは受けないし、外部からの強制遮断でも簡単に起きるから、用心のリアル装備さえつけていれば問題ないよ~」

「その話はやめよう……いや、介護の経験にはなったけど」

「部費の都合で旧式の払い下げだから味、におい、温度、繊細な肌ざわりとかはなくて、ガチな運動競技や恋愛競技までは再現できない仮想世界なの~」

 犬南は空中に表示された青白いタッチパネルを操作する。


 犬南を映す鏡が映画スクリーンのように大きくなり、低身長の全身、その周囲へ大量に漂う小さな骨董鏡が見えた。

 小さな鏡はそれぞれに別の顔が映りこみ、その中に長任を映す鏡も加わると、恥ずかしそうにちょこんと頭を下げた。


「みなさん動けますか~? では、犬南学園ゲーム研究会の新作『ヴァーチャル三国志で迷走してみよう!』のテストプレイを開始しますね~。とりあえず歩き回って遊んでいれば勝手に進みますから~」



 長任を囲んでいた大小の鏡がゆっくりと薄れて消え、黒い空間はだんだんと昼の田舎風景に変わる。

 畑の真ん中で一本だけ、満開の桜が花びらをふうわりと広げて散らし、どこかでウグイスがホケキョと鳴く。

 遠くには古代中国の遠大な城壁がのび、近くには茅葺き土壁の小さな家が何軒か見える。


 長任はフラフラと桜に引き寄せられて見上げた。

 日差しの温かさはなく、日陰の肌寒さもなく、土のにおいもなく、風も感じない。

 それでも花吹雪の中へ腕を泳がせると、自然に顔がほころんだ。

「やっぱり怖いな……こんなにきれいとは思わなかった」


 人目に気がつき、そっと腕を下ろす。

 老いた農夫が畑で立ちつくして見ていた。

「お若いかた、なにか御用でも?」

 しわだらけの顔は表情が読みにくい。


 とまどう長任の視界の端に、ベージュ色の文字が横書きで表示される。


 一 会話

 二 戦闘

 三 略奪

 四 逃走


 長任は顔をしかめ、『一 会話』の上端を慎重につつく。


 選択肢が消え、老農夫は首をかしげて頭をかいた。

「旅は慣れておらんようじゃな。まあ、近ごろは山賊が多い。気をつけなされや」

「ありがとう……ございます」

 長任が照れながら小さく頭を下げる。


 老農夫は笑顔で二度うなずき、農作業にもどる。

 長任は思わず、自分の口をふさぐ。

(話したことも聞かれているのか?)



 老農夫が振り続けるくわ、飛び散る土の動きなどをながめて感心していると、ふたたび選択肢が表示される。


 一 会話

 二 交友

 三 求愛

 四 略奪

 五 戦闘


(また極端な。でも『逃走』が消えているのは前の選択の影響かな?)


 長任は『二 交友』に指をのばしかけて止める。

(なにもしなくてもいいと言っていたか)


 少し離れて腰かけ、桜と農夫を含めた里山の景色をぼんやりと見まわす。

「お仕事の邪魔をしても悪いし」

 長任が苦笑して小声でつぶやくと、老農夫は急に起き上がって震えだす。

「あわわわ。あわわわ。あわわわ」

(なにをどう解釈された?!)


 しかし農夫のおびえた視線は、長任とは逆の方向へ向けられていた。

 見れば数人の中年男たちが畑を荒らしながら迫っている。

(ながめているだけでも楽しいのに、あわただしいな)


 蹴り上げられた作物がカブであることを確認すると、長任は竹槍をかまえて立つ。

「それは私の好物だ」



 一 突撃

 二 威嚇

 三 防衛

 四 逃走


(動作でもう戦闘開始のあつかいか。でもこれ、いつ選択するんだろ? 槍をふりながら?)


 考えている間に相手から突撃してきた。

 人相の悪い顔ばかり。手にした斧や鎌を振り上げてくる。


 長任の竹槍と腕が勝手に動いた。

「せやーあっ!」

 長任は発したおぼえのない自分の勇ましいかけ声が響いて驚く。


「げえーっ」

 先頭の小男が竹槍に突き刺され、派手に転がって倒れる。

 重い振動も腕に伝わってきた。

(うわああああ。ちょっと待ってえええ)


「せやっ! せやっ!」

 男たちが近づくと槍も勝手に速さを増し、次々と突き倒す。

(選択しなくても私の意志を推測して、勝手に動いてくれるのか)



 さらにふたりのやせた男を倒したが、最後の太った大男はなかなか倒せない。

「せやっ! せやっ! せやっ!」

 しかもふたり目と三人目が起き上がりだす。


 竹槍の先が壊れていることに気がついた。

 左胸に小刻みな振動が伝わってくる。

 疲労の演出らしき自分の荒い息が聞こえる。


「これをお使いくだされ!」

 老農夫がふるえる手で鍬を差し出していた。

 受け取って振り回すと、一撃で大男が倒れる。

「ぶっげえええーっ」

 起き上がったふたりのやせ男は、武器をかまえたまま動かなかった。


 一 突撃

 二 威嚇

 三 略奪

 四 捕縛

 五 交友

 六 逃走


(いやいや、交友や逃走はないだろ。捕縛……なのかな?)

 四を押そうとしたが、その前にふたりは逃げてしまった。



 足元には割れた竹槍といくつかのカブ、それに大男と小男が転がったまま。

(生々しいな……破裂して消えてもいやだけど)


 老農夫がひざをついて手を組み、感謝の意を示していた。


 一 君主にして忠誠を誓う

 二 義兄弟の契りを結ぶ

 三 臣下にして従える

 四 求愛

 五 交友

 六 贈物

 七 捕縛

 八 略奪

 九 突撃


(選ばないで勝手に解釈されるのも怖いな。すると交友……いや、鍬のお礼になにか贈り物を……)

 自分の持ち物をあさると、財布らしき巾着が出てきた。


(いや待て。どうせゲームなんだし、これもなにかの縁……)

 贈物へ向かいかけた指が、おそるおそる上へとずれていく。


 迷っている間に老人は逃げてしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ