家
「おい、あの子かわいいな」
「お前ロリコンだったのか」
「いやーさすがミラちゃんっていうか、集まる子はみんなかわいこちゃんじゃのぉ」
「ミラねーちゃんきれー」
「あの子もきれー」
ざわざわ......
「ちょ、あの、ミラさんなんかすごいんですけど......」
「気にしなぁい気にしなぁい」
「え、えぇ....?」
あとどれくらいでミラさんの家に着くのかな.....。
はぁ......
―――――――――――――――――――
「ここが私の家だよん♪」
胸を張りながら自らの家を指さすミラさんを見て、私はため息が出そうになった。
ここに来るまでにすれ違った人々が皆「ミラさん可愛い」といった後、私を見て「綺麗な茶髪」だとか「ちっちゃくて可愛い」だとか好き放題言い、温かい目を向けてくるのだ。そう、男女問わず。どうやらこの街の挨拶は「おはよう」や「こんにちは」ではなく「ミラさん可愛い」一択のようだ。これは覚えておこう。
ミラさんの家はほかの建物と比べて、これと言って大きいわけでもなく小さいわけでもなく、普通といったところだろうか。ミラさんは玄関の扉を開けて、私に「中に入れ」と言ってきた。確か人の家に上がる時は、何かそういう言葉があったような気がする。なんだったっけ。
「もじもじしてても何も始まらないよ、フィオラちゃん!!」
「あっ」
もじもじしていた私の腕をミラさんが引っ張る。強制的に玄関に入った私の頭には、偶然にも一つの言葉が浮かんでいた。
そうか、そうだった!!
「おじゃま、します.....」
「よく言えました!!」
思い出せた喜びに浸っていると、またもミラさんに頭を撫でられてしまった。これは気を付けていないといつかまた強い力で締め付け.....抱き付かれてしまいかねないな。あれは怪我をしていなくても結構痛いはずだ。
「フィオラちゃん、靴脱げる?」
警戒心を強めていると、ミラさんが自分の靴を脱ぎながら私に問う。当然、私の答えは
「脱げないです.......」
「だよね」
落ち込む私を見て、ミラさんは苦笑いしながら私の靴を脱ぎやすくしてくれる。靴の履き方も脱ぎ方も知らない自分が情けなく思えて悔しい。視界が滲む。
「大丈夫だよフィオラちゃん。これからゆっくり、いろんなこと覚えていけばいいんだよ。ね? だから泣かないの」
気づけば私の頬には涙の跡があり、僅かだがしゃくりあげていた。また泣いてしまっていたのか。私はミラさんたちと出会ってずいぶん弱くなってしまったな。情けないな、本当に。
「さーて、先にお風呂入っちゃ......」
「あ、お姉ちゃんおかえり。ってゆーかその子誰」
ミラさんはこの重たい空気を変えるためか、いつもより数倍明るい声で言葉を言い切ろうとした。が、その勇気もむなしくたまたま階段を降りてきた女性に言葉を遮られてしまった。その女性はずいぶんミラさんに似ているが、背丈と髪の毛の伸び具合が違うため同一人物ではないだろう。その女性は私を見て首を傾げた。
「お姉ちゃんまさか......誘拐?」
「いやいやいやいや!!」
「ゆう、かい.....?」
「フィオラちゃんはまだ知らなくていいよー!?」
女性が口にした、私が初めて耳にする「ゆうかい」という言葉の意味がとても気になりそのまま繰り返してみると、ミラさんが慌てながら私に向かって大きな声を上げた。「まだ」ということはいずれ知ることになるのだろうか。だったら今知っても変わらないのでは....?
「あの、ミラさ.....」
「こんな幼気な子を誘拐するなんて......。ついに道を誤ったのねお姉ちゃん.....」
「誤ってないよ!?っていうかなんの道!?」
「自覚なかったの....。そんなことより、誘拐は立派な罪だからね?姉を通報しなきゃいけない妹の気持ちを考えてよ......」
「だから違うんだって!! はぁ、もう仕方ないか......。フィオラちゃん」
「ふぇっ?」
いまいち話の展開が読めない私に、ミラさんが切羽詰まった顔で急に話しかけてきた。あまりにも急だったもので、よくわからない声が漏れてしまった。恥ずかしい以外の何者でもない感情が私を襲う。
耳の先まで赤くなった私にミラさんは言葉を進める。
「フィオラちゃん。その包帯外してもらってもいいかな、嫌だったら別にいいよ?」
ミラさんのその言葉で、私はある程度だが今どういう展開か理解することができた。
私に対する「包帯をとれ」という言葉は、つまり奴隷だったという過去を明かせという意味になる。いま私の目の前にいるミラさんによく似た女性は、おそらく私のことを「ミラさんに無理やり連れてこられた幼気な少女」だと思っているに違いない。つまり「ゆうかい」とはそういう意味なのだろう。ミラさんが焦っている理由もよくわかった。誤解とは恐ろしいものである。
ミラさんは何も悪くないのを証明するため、私は右手首の包帯をとった。するとその女性は、私の右手首に刻まれた紋章を見た瞬間、口を開けたまま固まった。
「!?.......」
「そういうことだから。ごめんねフィオラちゃん、嫌だったよね」
「えと、大丈夫......でした」
「こんな、可愛い、のに......? 奴隷、だったの?」
「そうよ。軍が壊滅しかけて、奴隷みんなで逃げてきたんだって。それで今晩はうちに泊めることにしたから」
「そ、そっか。....ごめんね、お姉ちゃん」
「いいのいいの、こういうことには誤解はつきものよ。じゃあフィオラちゃん、お風呂はいろっか」
「え、あ、あの」
「ほーらはーやくー」
どうやら反応に困ってしまったらしいその女性は、ただただ立ち尽くすこと事しかできない様子だった。やはりというか外の世界での奴隷というものはあまり良い存在ではないらしい。そんなのは軍の人間の態度を見ればわかることだが。
気が付けば私はミラさんに背中を押され、家の奥へと来ていた。ここは何の部屋かもわからない扉の前。
「あ、そーか。フィオラちゃんお風呂のことあんまり知らないのか!」
「はい.....」
いや、正確には「ミラさんの家の」という条件があったからそういう返事をしたわけであって、別に風呂というものを知らないわけではない。確かに奴隷だったころは風呂には入れなかった。だが決して知らないわけではない。もう一度言わせていただこう、知らないわけではない。
「じゃあ一緒にはいろっか!!」
「っ!? え?え?」
「いいからいいから」
「ちょ、えと、ミラさ.....」
「一緒にさっぱりしようね!!」
ミラさんのその言葉と曇りひとつない笑顔を見ていると、なぜか先日の強烈な締め付け......抱きしめられた出来事を思い出してしまった。嫌な予感しかしない。
無力な私の抵抗もむなしく、風呂場へと押し込まれていった。
―――――――――――――――――――――――
「あー、さっぱりした」
「さっぱり、です」
風呂から上がった私は今、ミラさんの部屋にお邪魔している。
結局入浴中にこれといった出来事はなく、安心して湯につかることができた。流石のミラさんも湯の中ではとても大人しく、私にアッシュさんたちのことやこの街のことなどを話してくれた。ミラさんの話によると、私が大きいと感じたこの街もほかの街と比べると中くらいの規模らしい。そこまでいくといよいよ想像がつかない。アッシュさんとロキさんとミラさんは幼い時から仲が良いらしく、過去に口喧嘩やもめごとなどもよくあったらしいが、アッシュさんもロキさんもとてもいい人だとミラさんは言っていた。私もそう思う。それと先程出会ったミラさんによく似た女性は、どうやらミラさんの妹さんだったようで、「リオ」さんというらしい。
「それにしてもフィオラちゃんの髪の毛ほんと綺麗だよねぇ」
風呂で綺麗にに洗ってもらった私の髪の毛は、同じものだとは思えないくらいさらさらしたものへと変わっていた。とはいえ「綺麗だ」と言われるのはたとえ同性であってもうれしいものだな。
「ミラさんの髪の毛も綺麗、です」
私の茶髪なんかよりミラさんの金髪のほうがとても綺麗に見える。いや「見える」だけではなく実質私のなんかよりもずっと綺麗なのだ。
「ありがと。さてと、じゃあ夕食の準備しなくちゃね」
ベットに腰かけていたミラさんの隣に座ってみると、ミラさんは私の頭を優しく撫でてくれた。ミラさんの手は風呂上りということもあってかとても暖かかった。いつ撫でられても落ち着けるミラさんの手が私はとても好きだ。
「.....はい」
――――――40分後の食卓にて――――――――
「いただきます!」
「いただきます」
「いた、だきます.....?」
「よく言えました!! えらいよフィオラちゃん」
「ん、えっへへ......」
なんだかんだと会話しているものの、テーブルに並べられた料理が気になってしまってそれどころではない。これはなんて言う料理なのだろうか。
時間を遡ること40分前。ミラさんはまず「玉ねぎ」と呼ばれた食材を細かくきざんだ。それを見ていた私の目に突如激痛が走った。涙も出てくる。あまりの痛さにここでミラさんの料理を見学することをやめてしまい、言葉だけである程度教えてもらった。玉ねぎを切ったあとは「ひき肉」というものと混ぜて、牛乳に浸した「パン粉」というものも混ぜるらしい。あと卵も。そしてひたすら混ぜたりこねたりしたそれをフライパンで焼くらしい。
そして40分後の現在、私の前には完成したそれがおかれている。なんというか、お腹減りすぎてもはや色がどうとか匂いがどうとか余裕をかましている場合ではない。
さっそく、一口
「....はむっ」
「フィオラちゃん美味しそうに食べるねぇ」
それはまさしく「肉」だった。噛むたびに広がる肉の風味。細かく刻んだ玉ねぎがいいアクセントになっている。これは......
「ミラさん、これっ!!これっ!!」
「美味しい?」
「はい、とっても!!」
「そっか。よかった」
その料理の名前は後から知ったがハンバーグというらしい。先日のシチューといい、この世には美味しいものであふれているではないか。なんて幸せなんだろう。
「....あのさ、えと、フィオラちゃん」
しばらくハンバーグを食べるのに必死になっていると、弱々しいリオさんの声が私にかかった。
「?」
「さっきはその、ごめんね。手首のやつ」
ミラさんもそうだが、私が軍の紋章を見せることに抵抗があると思われているようだ。リオさんの謝罪の意味はたぶんそういうことだろう。別に私は全然きにしていないのだが。紋章を見せることにまったく抵抗がない、と言えば嘘になるが、そこまで抵抗があるわけでもないのだ。
「えと、その、大丈夫、です」
こういう時、本当になんて言っていいのかわからないのは、私がまだ幼いからだろうか。
「....優しいね、フィオラちゃんは」
不意に言われたリオさんのその言葉に、私は耳を疑った。
....私が、やさしい?そんな馬鹿な。
「優しくていい子でしょ?」
ミラさんまでそんなことを言い出す。
私はミラさんみたいに優しくない。アッシュさんやロキさんみたいな笑顔も作れない。
「......そんなこと、ないです」
そんなこと、あるわけないじゃないか。
―――――――――――――――――――――
夕食もおわり、私は今ミラさんのベットで寝かされている。
「フィオラちゃんあったかい」
「はい.....」
これは今どういう状況か?私が聞きたい。
事の発端としては、ミラさんが私にミラさんのベットで寝るように言ったことだろうか。当然のように私は断った。それがいけなかったのだろうか、しばらくお互いが「いやいやそんな」なんて言い合っているとミラさんがとんでもないことを言い出したのだ。
それが今現在の状況、いわゆる「添い寝」というやつである。
確かに暖かいし、軍の牢屋よりずっろましだ。
ましなのだが。
「ミラさん」
「ん?」
「なんで私は、その」
「うんうん」
「なんで私はミラさんに抱きしめられてるんですか?」
「それはねー、フィオラちゃんが可愛いからだよー?」
「え、えぇ....?」
先程からこんな感じで、こちらの言葉がミラさんに届いているようで届いていない。これは、早く寝ろっていうことなのだろうか。
「..........」
「ねぇ、フィオラちゃん」
あきらめて寝ようとする私に、ミラさんの真剣な声がかかった。ミラさんの顔を見てみると、先程までののほほんとした笑顔はなく、まっすぐ私の目を見ていた。
「なん、ですか.....?」
「あの、さ」
「?」
「私ね、美味しいもの食べてはしゃぐフィオラちゃんとか、ワンピース着て恥ずかしがるフィオラちゃんとか。まだちょっとの間しか一緒に過ごしてないけど、フィオラちゃんと一緒にいてとっても楽しかったんだ」
ぽつりぽつりと言葉を口にするミラさんは、いつものミラさんではなかった。なんというか、一つの言葉を口にするための前置きをしているみたいだ。
「だから、その.....ね?」
「?」
私にはその「ね?」の意味がどうしても分からなかった。わからない私が嫌で嫌で仕方がなかった。
何もわかっていない私を見たミラさんは意を決したのか、一度目を閉じ、落ち着いた様子で再び口を開いた。
「....ずっとこの家にいても、いいんだよ?」
私は何か言葉を発しようと思った、「ありがとうございます」でも「本当ですか?」でもなんでんもいい、とにかく何かミラさんに言いたかった。
しかし私の口は驚いた時に開いたまま、動かすことができなかった。
代わりに私の口から出た音は「あぁぁぁ」という声にならない音だけ。
視界がだんだんと滲んできた。これは、涙?
「あぁあぁぁぁ!!」
「よしよし」
何もできない私が嫌で、私は泣きながらミラさんに抱き付くことしかできなかった。
こんな私でも、この家にいていいのかな。
「フィオラちゃんは、もっと人に甘えてもいいんだよ?」
甘える?どうやって?
何か言いたい、いいたいけど。
「おやすみ、フィオラちゃん」
「はい........」
また、明日にしよう。
更新が遅れてしまってすみませんでした。
長期休暇が終わってしまったので、しばらく更新ペースが落ちてしまいます。
※誤字修正