少女、再び地獄へ
「そろそろ諦めたらどうだ小僧ども...」
「こっちのセリフだオッサン...」
「全くだ。諦めが悪すぎるぞあんた」
アッシュさんとロキさんが大男との戦闘を始めてから五分近く経っただろうか。大男は見た目通りしぶとく、アッシュさんの言う通り諦めが悪かった。大男の持っていた斧は見た目に反し丈夫で、二人の凄まじい攻撃を受けているのにも関わらず、破損は愚か刃こぼれすらしていなかった。
かくいう私は、私のために戦ってくれている二人の姿を見ているうちに恐怖心が薄れ、着々と冷静さを取り戻していた。隣にミラさんがいてくれているのも大きい。
「いい加減諦めたらどうだよ、オッサン!!」
アッシュさんが大男を切りつける。大男はそれを斧で受ける。大男の隙をついてロキさんが横から攻撃する。大男はアッシュさんの剣を弾き飛ばし、その勢いでロキさんの剣も受けて弾き、間合いを取り直す。先程からこれの繰り返しなのだ。たった今もその一連の動きが繰り返されたところだ。二人はなにか考えがあるのか、大男を倒す手段を模索しながら戦っているのか。あるいは何も思いつかないのか。私には知る由ももない。
「なぁロキ、こいつと持久戦なんてやりたくねぇぞ?」
「今さら気づいたのか。いろいろ考えたんだが...」
ロキさんはそこで言葉を止めた。そして構えるのを止めた後アッシュさんに向かってこういっら。
「いつも通りが一番良さそうだ。暴れてこい、筋肉」
「毎回毎回筋肉ってなんなんだよ...ったく」
アッシュさんが放った呆れセリフとは対照的に、自身は喜んでいるようだった。ロキさんはおそらく、繰り返しの結果と、アッシュさんに細かいことを言っても無駄だということを踏まえた上でああいうことを言ったのだろう。アッシュさんも親友がいつも通りで安心した様子だった。
そしてロキさんは、自身の太刀をアッシュさんに投げ渡した。
アッシュさんはそれを受け取り、やる気に満ちた表情でこう呟く。
「俺もいつも通りにいかないとな」
「頼んだぞ」
「任せとけって。おいオッサン、そんな斧で俺の攻撃が防げると思ってんのかよ」
「あぁ?何言ってんだお前、今までお前の攻撃なんて一回も当たってねぇじゃねぇかよ。頭どうかしたのかァ?」
「ちげぇよ、俺が言ってんのは...」
そこまで言ったアッシュさんは、瞬間移動に近い動きで大男の真横までたどり着き、一瞬だけ言葉を続けた。
「一発じゃなくて、手数の方だ」
「なッ!?」
アッシュさんはとてつもない速さの斬撃を繰り出す。それを大男はかろうじて斧で受ける。かと思われた。
「だからおせぇって」
大男の体は完全に剣を受けることしか考えていなかった。それを把握していたアッシュさんは斧にあたる寸前に剣を引き、流れるように切り上げた。人間とは思えない動きに私は驚いたが、大男が右腕に負った傷は浅いようだった。
アッシュさんが少し間合いをとると、大男は余裕だと再び挑発を始めた。
「こんなもんかよ。正直がっかりだな」
「それは殺してもいいってことだな?」
「できるもんならやってみ...」
大男はそこで言葉を発するのをやめた。自分の身に危険が迫っていることにようやく気付いたのだ。背後にはアッシュさんの大剣を振り上げた終わったロキさんが気配を消し立っていた。
「お望みには叶わないだろうけど」
状況には似合わないセリフを吐きながら、ロキさんは大男の右腕を切り落とした。
途端に私の両目はミラさんの手によって塞がれてしまった。「見るな」ということだろう。
「い、あ、あああああああああッ!!」
「ロキ、お前って師匠より気配消すのうまいんじゃねぇか?」
「お前こそ、また動きが早くなっただろ」
私には大男の悲鳴だけが聞こえていた。あれだけ私が怯えていた者がこうも無様な悲鳴を上げているところを目の当たりにしていると、滑稽だ、と言いたくなってしまう。
...私も悪くなったな。
「どうするオッサン、まだやるか?」
アッシュさんが今まで以上に挑発じみた言葉を吐いた。少なくとも私にはそう聞こえた。
「ふざけんな!!俺は認めねぇ、認めねぇぞ!!」
「あーもーうるせぇな」
認めない、というのは大男が負けたという結果だろう。大男が認めなくてもこの状況を見れば誰もが大男の負けだと分かるはずだ。諦めが悪すぎる。
「無様ね」
突然、この場にいる人間のものではない声が聞こえた。そんな状況はすでに経験済みだった。大男と同じで、また軍の人間が転移魔法を使って転移してきたのだろう。今回は女の人の声だった。
「また誰か飛んできたのか?」
アッシュさんが明らかに面倒臭そうな口調で呟く。正直私もこれ以上二人に戦ってほしくない。
ミラさんがようやく手をどけてくれたおかげで、正確な状況が把握できた。声の主は割と小柄な女性だった。全身を覆うローブに身を隠しているうえにフードまで深くかぶっているものだからそれくらいしか」わからない。大男は見事に右腕を切り落とされていた。切り落とされた右腕と腕の付け根だった部位からはいまだ血が流れていた。
「フ、フィリル様!!」
どうやらその女性はフィリルという名前らしい。しかもなかなか立場が高いと見える。大男はすがるようにその女性の名前を読んだ。
「もう一度言うわ。無様ね、ジルグ・アレクリオ」
対して大男はジルグというらしい。見た目に会わない名前だと私は思う。大男の呼びかけに対してフィリルという女性は冷たく受け答えた。
「フィリル様!!どうかコイツらを一掃できる力をください!!」
諦めの悪い大男は腕を切り落とされてもなおアッシュさんたちと戦いたいようだ。私から見て度が過ぎていると思う。
フィリルという女性はため息を吐き、再び口を開いた。
「ジルグ・アレクリオ。あなたは組織に見放されたのよ」
「......はっ?」
大男は何が起きたのかさっぱりわからない子供のような反応をした。腕の痛みも、負けた屈辱も忘れたかのように。
「何度も言わせないで。組織があなたに失望したんですって。今の戦闘を皇帝にも見せていたら皇帝が怒ってしまわれたわ。あなたにはがっかりだと」
「...嘘だ」
「嘘じゃないわ。だからもうあなたはいらないの」
「...まさか」
大男が弱々しい声を上げると、フィリルという女性は微かに笑った。それは深く被られたフード越しでも確認できた。
私たちはこの時点で割って入るべきだったのかもしれない。
「...冗談じゃねぇ」
大男は死を理解したかのように、最後の悪あがきなどと言わんばかりに残っている左手で斧を持ち、フィリルという女性に襲いかかった。
「俺はまだ死にたくねぇぞ!!」
そんなことを半泣きで叫びながら、大男は斧を振り下ろした。
「残念」
フィリルという女性にはそれを軽々と交わしそんな言葉を発した。
「さようなら」
フィリルという女性はどこからか注射器のようなものを取り出し、あろうことかそれを大男の右手も付け根だった箇所、つまりは露出した血肉に直接刺したのだ。
直後大男は叫び苦しみだした。
「あなた自身が役に立たなくても、体はまだ利用価値があるのよ」
フィリルという女性はそこまで言い終わると、突然私の方を見てこう言葉を続けた。
「あなたもね」
この言葉を耳にした瞬間、私の頭には災厄の想定しか思い浮かばなかった。目の前にいる女性が大男を転移させた張本人であり、その発達した技術で噂の皇帝とやらに私たちと大男の戦闘をモニタリングしていたのだろう。そしてその大男が無様に負けたためフィリルとやらがわざわざ出てきた。大男は確かに転移には装置が必要だと言っていた。が、もしそれが「自分以外の物体であり大規模なもの」という条件の場合のみだとしたら、自分一人、多く見積もってもう1人が装置なしでの転移が可能であれば、
要するに最初から私だけ攫えればそれでいいのだ。大男なんてただの犠牲にすぎないというわけか。
「おおおあああああ!!」
大男の姿はすでに原型をとどめようとはしていなかった。その姿は人間を離れ、魔物そのものになろうとしていた。
「おいおいマジかよ...」
「うそ...でしょ?」
「こんなことがありえるのかよ...」
今私たちは信じられないものを目の当たりにしているのだ。人間が魔物と化す瞬間を。しかもその魔物の骨格、体型、大きさ、全てに見覚えがあるのだ。
それは二足歩行で、腕が見るからに固く太く、そして何より目が赤かった。
忘れもしない、ハーヴェストで戦った「新種」だった。
「フィオラ、戦えるか?」
アッシュさんが私に問う。これには私の命もかかっているかもしれない、これに失敗すればまた生き地獄に戻ってしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。
「もちろんです」
私は良くも悪くもこう答えるしかなかった。
「その必要はないわ」
「!?」
瞬間移動、あるいは再び転移魔術か。フィリルとやらはいつの間にか私の背後にいた。私が振り向こうとした時にはもう遅く、フィリルによって私は首に何かを刺されていた。
「フィオラちゃん!!?」
「てめぇ!!」
アッシュさんがフィリルに切りかかった時にはすでに遅く、私にはなんらかの液体だか薬品を注入し終わっていた。そのためフィリルはアッシュさんの剣を軽くかわして離れた。
「ぁ....ぁ...」
私は平常心を保てなくなっていた。無理もない。自分が魔物と化してしまうのかもしれないなんて思うと、いっそ死んでしまうほうがマシだなんて思うのは当然だ。私は人間でいたい。私の目からは涙が止まらなくなっていた。
「おいフィオラ大丈夫か!?」
ロキさんの問いかけに、私は横にも縦にも首を振ることができなかった。それは自分の体どうなっているのか全く分からなかったからだ。先ほどの大男と同じ薬物なのであれば、もう私は狂ったように苦しみ始めてもいいはずだ。それがどうしただろう。私は苦しくないし痛くもない。だが異常がないといえば嘘になる。私の足は次第に力が入らなくなってきていた。足だけではない、体全体の力が抜けてきていた。
すでに言葉を発することもままならなくなってきていた。
「てめぇまさかフィオラにさっきアイツにいれたやつと同じヤツを入れたんじゃねぇだろうな!!」
「そんな薄汚れた失敗作をその子に入れるわけないじゃない。使ったのはただの麻酔よ、ちょっと強めのね」
「フィオラちゃんしっかりして!!」
もう私の体は限界を迎えていた。普段の私であれば、今のフィリルの言葉を聞いて少しでも安心するところだ。だが麻酔は私の脳にまで回っていた。私は何も考えられなくなっていた。残っているのは恐怖心と、生きたいと願うわずかな反抗心だけだった。
「コロス...コロス...」
「やっと終わったみたいね」
大男は姿を完全に変え、人間の言葉を発する新種と疑われた魔物に成り果てていた。斬り落とされた右腕は魔物となったことで再生していた。
「そろそろ気を失う頃かしらね」
フィリルの言うように私は力なく地面に倒れた。すでに意識もあるのかないのかわからないほどだ。
突然唯一残っていた私の視界は青白い光によって機能が停止した。その光は私の真下の地面に発生位した魔法陣によるものだった。転移魔術が詠唱されていたのだ。
「さ、帰るわよフィオラ」
「させねぇ!!」
「転移なんかさせてたまるかよ!!」
「行っちゃダメ、フィオラちゃん」
ミラさんが目に涙を浮かべながら私の手を握った。私もなんとかしてミラさんの手を握り返そうとした。
...現実とは、元々残酷だったのだ。
「帰ろう。私の大好きな妹、フィオラ」
私は体が地面を離れる感覚とともに、悲しみと憎しみと悔しさと死を覚悟しながら意識を失った。




