魔剣術と一刀両断
姿を現した魔物は大きく、本で見た熊という動物によく似ていた。が、全く別の生き物だと分かる決定的なものがあった。それを見た瞬間、私は恐怖を覚えた。
瞳が赤いのだ。
「思ったよりデカいな」
武器を構えたアッシュさんが呟く。だがその言葉とは裏腹に、アッシュさんの顔は楽しそうだった。まるで新しい玩具を見つけた子供のように。
「先に行くぜロキ!!」
「いつも通りでいいが、守らなきゃならない者があるのを忘れるなよ!!」
「当たり前だ!!」
アッシュさんはものすごい速さで魔物に向かって走り出し、持っている大剣で魔物の腹部を切り上げようとした。当然魔物も黙ってはいなかった。魔物は自身の腕を使い、その外見の大きさからは考えられない速度でアッシュさんの大剣を弾こうとした。二つの力がぶつかり合い、つばぜり合いの形になった。
双方の力は同等のように見えたが、魔物のほうが若干強かったようだ。それを感じたアッシュさんは競り負ける前に魔物との力比べをやめ、後方へ軽く飛んだ。
「こいつ、腕がやけに固いな」
「そういう魔物に限って腹は柔らかいんだよ!!」
アッシュさんと魔物の競り合いの合間にロキさんは魔物の後ろに回り込んでいた。回り込んだところでアッシュさんが後退したため隙を突くことはできなかったが、魔物が振り向く前にロキさんは自らの太刀で魔物に切りかかることができた。
「おらッ!!」
魔物は反応したが、いくら早いとはいえ一瞬で振り向くことは不可能だったようで、振り向こうとした魔物の横腹にロキさんの太刀が刺さった。
ロキさんは刺さった剣を魔物の体から抜き、素早く後退する。剣が刺さっていた部分からは血が吹き出していた。
「やったんですか!?」
「いや、まだね。あんなに大きいのにあの程度で死ぬなんて考えられないわ」
魔物はうなり、苦しんでいる様子だった。だがまだ力尽きるような感じではなかった。
次の瞬間、私たちは信じられないものを見てしまった。
「ナイスだロキ!!これで多少動きが鈍...!?」
「傷口が...一瞬で...?」
先程まで確かに出血していた傷口から黒いオーラのようなものが出始めたと思いきや、それは傷口をふさぐ血肉として具現化したのだ。そして出血が止まった。
前衛の二人はあからさまに焦っていた。
「グゥアァァァアァァァッ!!」
そんなアッシュさんに、容赦なく魔物が殴りかかる。アッシュさんは魔物を仕留める方法を必死でぁ考えていたようだが、叫びながら突進してくる化け物の攻撃に反応した。
焦っていたアッシュさんは逃げるという選択肢ではなく、攻撃を防御するという選択肢を選んでしまった。
「ぐっ...」
アッシュさんは魔物の攻撃を間一髪で防いだ。だがアッシュさんが、単純な力勝負ではこの魔物には勝てないということを再度理解したのは攻撃を防いだ後だったのだ。
それに加え、アッシュさんが防いだのは魔物の左手の攻撃だけだった。
「アッシュ、右手がくるぞ!!」
「しまっ...」
ロキさんの言葉とほぼ同時に、魔物の右手がアッシュさんの体を殴り飛ばした。
アッシュさんは良くも悪くも、若干遠い位置にある木に叩き付けられた。
魔物はアッシュさんに追い打ちをかけようと、動けなくなったアッシュさんに向かって歩き出した。
「ミラ!!俺がこいつの注意をひく。その間にアッシュを!!」
「言われなくても!!」
「お前の相手は俺だ、かかってこいよ!!」
ロキさんは魔物を挑発するような言葉を叫び、アッシュさんと魔物の間に割って入った。ミラさんはアッシュさんを魔法で治療しに向かった。
そう、完全に私は孤立した。
ミラさんのところに行っても邪魔になるだけだ。ロキさんのところへ行っても足手まといになるだけだ。
じゃあ、私はどうすれば...。
私が勝手に思考回路を停止させている間に、ロキさんと魔物の戦闘が始まった。
ロキさんは身軽さを生かし、素早い動きで魔物に無数の斬撃を与えた。しかし例のごとく傷は一瞬で塞がってしまう。ロキさんにも焦りが顔に出てきていた。
「ミラまだか!?」
「アッシュの右腕が折れてるの!!すぐには終わらないわ!!」
「クソッ!!」
ロキさんは再び魔物に立ち向かった。その動きからは時間を稼ぐという意図が読み取れた。
が、魔物はそう想定通りの動きをしてはくれなかった。魔物はロキさんがミラさんに状況を確認した後から三回目の攻撃を腕で弾き、それを予想したロキさんが弾かれた勢いを利用して一回転し、回転と同時に魔物の左肩を切りつけようとするのを知ってか知らずか、左肩に向かって飛んできた斬撃を左手で受け、右腕でロキさんをついに殴り飛ばした。
ロキさんもアッシュさんと同じく、少し離れた木に叩きつけられた。
「ロキさん!!」
私は思わず叫んでしまった。
私の叫び声を聞いた魔物が私を睨んだ。その赤い瞳に見詰められた私は背筋が凍ってしまった。
魔物は目の前の敵の中で、私が一番弱いことに気付いたようだ。こちらへ向かいだした。私は目を光らせながら突進してくる恐怖に怯え、逃げることしか考えられなかった。
「フィオラちゃん!!」
アッシュさんの治療に当たっていたミラさんの声が聞こえる。アッシュさんの右腕は魔物に殴られた時に折れていたようで、ミラさんが随分と手間取っているようだ。ロキさんも今さっき殴り飛ばされたばかりで軽く気を吐いているが立とうとしている。二人が戦えるようになるまで逃げ切れば何とかなるかもしれない。
だがそんな考えは甘かったのだ。大体私自身の走力なんてたかが知れていたのだ。魔物はすぐそこまでたどり着いていたうえに、まだまだ本気で走っていないように見えた。さながら遊んでいるかのように。
終いには少し出っ張っていた木の根につまずいて、私は地面を転がった。
私は擦りむいた膝の痛みに耐えつつ、恐る恐る立ち上がった。
魔物は目と鼻の先にまで来ていた。不気味に笑っているように私には見えた。
怖い。
魔物は私を殺すべく、自身の腕を振り上げる。
「しまった間に合わねぇ!!フィオラぁッ!!」
ミラさんの治療がうまくいったのか、こちらへ走ってくるアッシュさんの姿が横目で確認できた。がアッシュさんとの距離は遠く、魔物の攻撃までには私を助けられそうになかった。
「いやあああっ!!」
アッシュさんの治療を終え、今度はロキさんの傷を癒している最中だというのにミラさんは悲鳴を上げた。まるで自分の子が命の危機に晒されている母のようだ。
「逃げろフィオラ!!」
倒れたままのロキさんが必死で叫んぶ。その言葉からはいつもの冷静さは消え、私を助けたいという強い思いだけが感じ取れた。
だが今さら逃げてもそれこそ間に合わないのだ。私は死を覚悟した。
私の頭の中には、三人に助けられてからの出来事が蘇っていた。アッシュさんに剣を習ったこと、ロキさんにゼリオさんの店に連れて行ってもらったこと、そこで良くしてもらったこと、ヒスイさんに魔術の何たるかを教わったこと。そして何より、ミラさんに美味しい料理を食べさせてもらったこと。
もう一度、ミラさんの料理が食べたいな。
私は三人に助けられた命を投げ捨てるつもりか?
こんなところで死んでいいのか?
...違う
コイツを倒して戻るんだ、シンテイムに。
私は剣を抜き、こう叫ぶ。
「≪シャイニングブレード≫!!」
途端に持っている剣がまばゆい光に包まれた。私はそのまま、魔物の降りあがった腕によりがら空きとなった左の腹部に向かって切りつけた。
魔物の体内は固く、私の力では切断できそうになかった。
私の力だけでは。
そこに魔術を付与することによって、私の剣はありえないくらいの切れ味を持っていた。
「ぁぁぁああああ!!」
私は魔物の左腹部から入った剣を魔物の右肩めがけて切り上げる。魔物の体は腹部で分裂し、上半身と下半身という無様な姿となり地面に落ちる。辺りには魔物の大量の血が飛び散っていた。
ここまでやれば再生などできないだろう、流石に。
森には一瞬時が止まったような沈黙が流れた。
私の体は強い恐怖から解き放たれ力が入らなくなり、紙面に弱々しく倒れこむ。だが意識ははっきりしていた。
「フィオラ!!」
しばらく唖然としていたアッシュさんが、急に倒れた私を心配してか駆け寄ってくれた。
「ほんとすげぇよお前」
「それって褒めてるんですか...?」
「褒めてるよ。...ごめんな、守ってやれなくて」
急に苦しそうな顔になったと思えばそんなことを言い出す。アッシュさんが私を守れなかったのは結果論であり、何も悪いことなどしていないはずなのに。
「そんなこと、言わないでください...。」
「いや、でも...」
「フィオラちゃん!!」
アッシュさんの言葉はミラさんの大声によりかき消された。ミラさんは走って私のもとへたどり着くなり、私のことを強く抱きしめた。
「ごめんね...ごめんねぇっ...」
ミラさんは泣いていた。自分の無力さに、そして私の心臓がまだ動いていることに。
私は力を振り絞ってミラさんを抱きしめた。
「ミラさん、また美味しいご飯、作ってくださいね?」
「うんっ...たくさん作るから、ちゃんと食べてよ?」
「当たり前です」
思えばミラさんが私の前で泣いたのは初めてだ。抱きしめられているため表情は確認できなかったが、私も泣きそうだから見えなかったのは不幸中の幸いだと思いたい。
私の頭に大きな手が乗った。
「よく頑張ったなフィオラ」
そういったロキさんの表情は申し訳なさがにじみ出ていた。それでも私に気を使わせまいと、無理をした微笑みが見えた。
「ありがとうございます、ロキさん」
「...さ、帰ろっか!」
動けない私はミラさんに背負われることになり、レイネシオに帰ることになった。
今回の一見で、私は自分自身が戦えることにようやく気付けた。これは大きな収穫だと思いたい。
森にはゆっくりではあるが、平穏な空気が戻りつつあった。




