九回裏・・・・・・
あの後、碧たちは逃げ切ったらしい。碧たちは、雫が保護している。雫に任せれば、安心だろう。
しかし、七海は本当に、警察の特殊部隊イルミナスのメンバーなのか……。その件について、隼人に確認した……。
犯罪を実行したのに許す。そんな事実、何があっても絶対に許さない。
しかし、今の僕には、七海の件よりも早急にしなければいけない問題がある。それは……。
僕は、本日から優衣の奴隷になった。僕が、契約書にサインをした後に優衣は、「九回裏の逆転サヨナラ満塁ホームランって感じだね」と言っていた。
優衣は、何と戦っていたのだろうか……?
僕は、優衣の部屋に連れ込まれた。何気に女の子の部屋に入るのは、これが初めてかもしれない。
優衣は、料理を作り始めた。作っている音は、爽快だ。実に手際がいい。しかし、手際がいいからといって、料理が上手いとは限らない。
「はい、できた」
優衣は、ニコヤカに、シチューを僕に差し出した。色や匂いは普通だ。
「ありがとう」
自分自身でもわかるぐらいに、声が震えていた。僕の顔を見て、ニコヤカだった目つきは、一瞬で鋭くなった。
「なんか、不満」
「いや食べるよ」
僕は、恐る恐るスプーンを手に持った。最悪、今日で死ぬかもしれない……。
僕は死ぬのを覚悟して、シチューを飲んだ。
「う、うまい」
僕は、コンビニの味に慣れている。しかし、そういう万人向け味ではない。僕の味の好みを考えて調整している。云わば真心が詰まっているのだ。
「僕が、辛いの好きなの、覚えていたのか」
以前、テルが優衣に話していたような気がする。シチューは、気持ち、ピリッとしている。
優衣は可愛く頷いた。もしかして、優衣っていいやつなのか?
「椎名は、裁縫するのか」
既製品の可能性もあるが、手作りとも思える物が、あちらこちらにある。
「全部じゃないけど。裁縫は得意だよ」
優衣の言っていた、裁縫と料理が得意という自慢は、本当だったのか。
僕の携帯が鳴った。隼人からだった。
僕と隼人は、喫茶店にいた。
「イルミナスが、七海の存在を認めなかったのは、想定内だな」
犯罪者を雇っていますと簡単に認める奴はいない。
「涼、お前の話だと、西尾を敵に回すのは厄介だな。俺らも、降参したほうが無難だ」
隼人は、お手上げと言った感じだった。
「ふざけるな」
七海を簡単に逃がすわけにはいかない。
「でも、どうする。砂になるんだろ。どう仕留める?」
隼人は、無理だろといった感じで話をした。でも、砂になる前に殴った時、七海は、ダメージを受けていた。
「砂になる前に倒す」
「そう上手くいくかな」
隼人は、不安そうに話した。僕は、隼人に聞いた。
「何か気懸かりがあるのか?」
「気掛かりは、お前の件だ」
僕の件……。僕には、思い当たらない。
「なんのことだ」
「椎名優衣との関係だ」
隼人は、真剣な表情で答えた。
「椎名もそこまで、悪い奴ではなさそうだ」
そんなような気は一応する。隼人の目力が強い。
「洗脳され始めとる」
「洗脳……。いいすぎだろ、さすがに」
僕は、洗脳された気はしない。
「洗脳じゃない。マインド・コントロールだ」
隼人の力強い口調は、間違いなく、僕が優衣に嵌められていると思っているのだろう。
マインド・コントロールとか洗脳というフレーズは、よく悪徳宗教に使われる言葉だ。
「宗教みたいな話になってきたな」
「涼、お前の状況は、悪徳宗教と酷似している」
隼人は、僕をビシッと指差した。優衣のしていることと宗教、どう関係がある。
「どういうことだよ」
「昔、オウム真理教という宗教団体があった」
地下鉄にサリンとか撒いた組織だった。あれは、もう宗教とは呼べない、完全なテロ組織だった。
「オウムは、全財産をお布施してマインド・コントロールするために最初は優しくした」
隼人の言葉に思い当たる節がある。僕は、優衣と交わした契約の詳細を思い出した。
「奴隷契約……」
「おまえの給料全部、椎名優衣に振り込まれる。お金がなければ生活できない。椎名優衣がいなければ生活できなくなる。頼らなくては生きていけなくなる」
確かに、隼人の言うとおり、優衣が態度を変える可能性は十二分にありえる。最低でも奴隷契約をなんとか処理しなければいけない。
「じゃあ僕は、どうすればいいんだ」
「いい方法がある」
ニコヤカに隼人は答えた。




