英雄
次の日の朝。
目が覚めた後、部屋の周囲を見渡してみた。何度見ても、やはり俺の家ではない。全て夢なら良かったのだが、昨日のことは非情なまでに現実だったことを思い知らされる結果となった。
「おはよー琉斗」
起きてすぐ、シャルが俺の目の前に現れた。
朝から眩しい笑顔を見せるシャルを見て、昨日の寝る前、シャルが何か言ったような気がしたことを思いだした。
(何て言ってたっけな……)
頭の中をあさってみるが、一向に思い出せない。
(まあ、思い出せないってことは、どうでもいいことなんだろうな)
そういう結論に至った俺は、記憶の詮索を止めた。
「おはようシャル。ていうか、お前も寝るのか?」
「寝る必要はないよ。電子精霊だし。琉斗が寝てても起きてるんだけど、つまんないから姿消してスリープモードになってるんだ」
「姿を消せるのか……」
(そういえば、昨日の戦いの後、ラーゼを降りてからいなかったな……)
まったく、何回見ても思うが、いったいどういう仕組みなのやら。それを聞いたところで答えが返ってくるとは思わないが。
何だっけ? “我在るが故、我在り”だったよな。
理由や理論は分からないけど、そこにいる。便利な言葉だ。
「……さてと、そろそろ起きるかな」
ベッドから起き上がり、カッターシャツの学生服を羽織る。服はこれしかないからしょうがない。
そして、部屋の扉を開け廊下を歩く。
そんな俺に、後ろから飛んでくるシャルが、不思議そうに聞いてきた。
「どこに行くの?」
「ラーゼのところだよ。アイツにも、朝の挨拶をしようと思ってな」
その瞬間、シャルはパアッと笑顔を大きくさせた。
「うん! きっとラーゼも喜ぶよ!」
まるで自分のことのように喜ぶシャル。それを見ると、ホントにラーゼとは姉弟のように感じる。
(やっぱり、ラーゼにも心があるのかな……)
デカイ機械の騎士にしか見えないが、何となく、そんなことを思った。
◆ ◆ ◆
「おはよう、ラーゼ。昨日はありがとな」
格納庫に来た俺は、そんな言葉をラーゼにかける。
時刻はまだ早朝。格納庫には誰もいなかった。そんな格納庫に、俺の声だけが響いていた。
そんな中に整然と立つオリジナルの機兵、ラーゼ・エントリッヒ。
その立ち姿は、それだけでまるで美術品のように神々しかった。
改めて見ると、これを本当に自分が動かしたのかと疑ってしまう。いや、それ以上に、自分がこれを使って敵機と戦闘したことが信じられない。VRゲームじゃない、本物の戦闘。戦争の肩入れ。
それを思うと、やはり足が震えてくる。
そんな自分を落ち着けるように、自分自身に言い聞かす。
(……もう、コイツに乗ることはないんだ。昨日はたまたま助かったから良かったけど、次なんてどうなるか分からない。
昨日だって機体に傷がたくさん…………あれ?)
そう思いながら機体を見ていると、ある変化に気付いた。
「傷が……ない?」
機体はまるで何もなかったかのように綺麗な状態だった。昨日の戦闘後、確かに機体にはたくさんの傷があったはず……。だが、今日のラーゼにはそれがなかった。
「機兵の自己修復機能のおかげだよ」
狸に化かされたような感覚になっていると、シャルが説明を始めた。
「自己修復機能?」
「そうだよー。ラーゼ達機兵には、それぞれ自己修復機能があるんだよ。ある程度の傷なら1日で治っちゃうし、例え腕がちょん切れても、くっ付けとけば治るんだよ」
「すげえな……」
「もっとも、損傷具合では治るまで時間がかかるし、あまりにも損傷が酷いとそれも出来なくなる。――つまりは、死んじゃうんだよ」
「ラーゼが、死ぬ……」
通常、機械が修復不可能となった場合、それは“破壊”という言葉で表現される。でも、シャルはそれを“死”と表現した。
破壊ではなく死。普通なら違和感を感じるはずだが、なぜか俺はその言葉を受け入れていた。
「琉斗殿、ここにいたのですか」
誰もいないはずの格納庫に、突然男の声が響いた。
格納庫の出入口に目を向けると、そこにはローブを着た男性がいた。
「探しましたよ。琉斗殿」
男性は、ゆっくりと歩いて近付いてきた。
(いや、それより……)
「あの……その、琉斗“殿”ってのは?」
「え? あなたのお名前では?」
「いや、そうだけど……。何で殿って付いてるんです?」
「それはもちろん、姫様を助けていただいたからですよ」
男性はにこやかに話す。
「いやそれは、成り行きだし……」
「それでも、助けていただいたことには変わりありません。私達は、姫様を助けた琉斗殿に、心からの尊敬と感謝の念を抱いています。
国を奪われた我らにとって、姫様は唯一の国の残り火なのです。
それを守った琉斗殿は、我らにとっては英雄ですよ」
「そ、そんな……」
何だかすんごく照れてしまう。英雄。その言葉を面と向かって受けたのはもちろん初めてだし、自分ではそんなつもりは一切なかった。
完全なる不意打ちを受け、俺はたじろぐしか出来なかった。
そんな俺に、男性は思い出したかのように話を切り出した。
「あ、そうそう。琉斗殿にゾル様からの伝言があります」
「俺に?」
「はい。今後のことについて話があるそうです。今から姫様の部屋に行って下さい」
(襲撃された次の日に話し合い……。何か思い付いたのか?)
それについては、ある程度予想できた。問題は、それに俺がどう関わるのか……
「分かった。すぐ行くよ」
「はい。では、お願いします、琉斗殿」
男性は去っていった。
琉斗殿と呼ばれたことに、やっぱり照れてしまい頬をかく。
「……シャル、もういいぞ」
「ふぅ……ビックリした~」
シャルは光ともに姿を現し、胸を撫で下ろしていた。
「ていうかシャル、何でいちいち姿を消すんだ?」
それを聞くや、シャルは不機嫌になった。頬を膨らませ腕を組み、横目で俺を見る。
「あのねぇ……。私はこう見えても、結構神聖な存在なんだよ?
ラーゼが作られた時には神の使いって崇められてたし」
「う、嘘……」
「嘘なんかじゃないって。そんな私が、人前にヒョイヒョイ姿を見せるなんてことしたくないの」
(コイツが神の使い? 嘘くせえ……)
そんなことを考えながら、不機嫌になったシャルを宥めつつ、フェルモントの部屋に向かった。