我在
敵が立ち去った砦には、オレンジ色の夕陽が降り注いでいた。
ラーゼを降りて、その容貌を地上から見上げる。夕陽に照らされた巨大な騎士は、光を全身で反射させ、赤い紋様が燃える様に見えた。機体の至る所に傷が見えるが、それですら趣深く感じる。
幻想的……この世界に来て色々なものを見たが、この光景こそ、その言葉がよく似合う。
地上でラーゼを見つめる俺に、少し離れた場所に機兵を停止させたニーナが歩いてきた。
「お疲れ、琉斗」
「ああ。疲れたよ」
その言葉にクスリと笑みを浮かべるニーナ。そばかすが浮かぶ頬が波のように揺れる。
そして、その表情には真剣さが見え始めた。
「……一応確認するけど、機兵に乗るの、本当に今日が初めてなんだよね?」
「当たり前だろ? こんな機械、俺の世界じゃなかったからな」
「そうか……」
すると、ニーナは再び笑顔を取り戻した。
「あたしはこういう言葉は嫌いだし、実力なんてものは訓練次第でどうにでもなるから、それが全てを左右するなんて思っちゃいないけど……
――アンタみたいな奴を、“天才”って言うんだろうね」
「そんなんじゃないって。今だって足が震えてるし……」
「謙遜することないよ。初めての出撃で、敵機を3体撃退したんだ。そういう言葉を受ける資格は十分あるよ。
もちろん機兵の性能差ってのはあったけど、逆に言えばそれを使いこなしてたんだ。それ自体が凄いことなんだよ。
……琉斗がいなけりゃ、本当に危なかったよ」
何だか照れ臭くなった。それを誤魔化すように、頬を数回指でかいた。
そんな俺を見たニーナは声を出して笑い、笑顔を保ったまま俺を促す。
「さ、行って来いよ」
「行くって、どこに?」
「決まってるだろ? フェルモントのところだよ。気になってたんだろ?」
別にそういうつもりはなかったが……いや、誤魔化すのは止めよう。
「……ああ。行ってくるよ」
その場を走り出した。その足はいつもよりも足早だった。
俺自身も気付かなかったくらい、実際はかなり気にしていたのかもしれない。自覚はあったが、それ以上の感情があったのだろう。
それくらい、全速力で走った。
フェルモントは森の片隅にある木の根に座っていた。その横にはゾルもいる。
「フェルモント!!」
思わず叫んでしまった。見たところケガもないようだ。そんな姿に、心の底で息を漏らした。
「琉斗!!」
俺の声を聴いたフェルモントもまた、視線を俺に向けることはなくとも名前を叫んだ。
その声に駆け寄る俺の前に、ゾルが立ちふさがった。
「……なぜ、戦った?」
「え?」
「なぜ機兵に乗って戦った? お前は、戦うことを否定したはずではないのか?」
「………」
何で乗ったか……それは、俺自身にもよく分からない。搭乗する時ですら、自分に問いかけてたくらいだ。
その答えを必死に探す。自分の心を覗いてみる。
……そして、見えた気がした。実に簡単なことだった。そもそも、戦おうなんて思っていなかった。
「……戦うのは嫌だ。だけど、目の前で人が死ぬのはもっと嫌だ。
戦おうとしたんじゃない。助けようとしただけだ。だから、もう戦いはごめんだね」
「……そうか」
ゾルは少しだけ微笑んだ。でもすぐに険しい表情に変えた。
「貴様がそのつもりでも、それは無理な話だ。貴様は踏み出したんだ。戦争というものに、自ら身を乗り出したんだ」
「……どういう意味だ?」
「それは……その内分かる。嫌と言うほど、な」
含みのある言い方だった。その言葉の意味は分からない。
だけど、ゾルの表情はずっと険しいままだ。それは、一片の嘘もないように見える。
俺の知らない、何かがあるのかもしれない。
でも、やっぱり戦いなんて嫌だ。俺には、関係ないんだ。
「……琉斗」
俺とゾルの会話を聞いていたフェルモントは、静かに口を開いた。
「あなたが何を思い戦ったのか……私には伝わりました。ですから、ぜひ言わせてください。
――ありがとう、琉斗。あなたのおかげで、私は救われました。あなたを呼んだことは、間違いではありませんでした。
本当に、ありがとう」
「い、いや……」
返事に困る俺にフェルモントは笑顔を見せていた。
「ともあれ、今日のところはお休みください。部屋を用意しますので。――ゾル」
「かしこまりました、姫様」
その後、俺はゾル、フェルモントに部屋に案内してもらった。
その道中、歩くフェルモントを見ながら、俺は一人実感していた。
……今度は、守れたことを。
◆ ◆ ◆
部屋はなかなかの大きさだった。
机とベッドというシンプルな内装ながら、窓からは綺麗な月と星が煌めく夜空が見えていた。木々も風に靡きカサカサと音を立てていた。
窓の外の光景をベッドの上で寝転んで見ていた。
(俺、帰れるのかな……)
ふと、そんなことを考えていた。
ここは全くの未知の世界。俺の世界とは全てが違う。今日分かったのもほんの一部でしかなくて、もっと色々と相違点があるだろう。文化、考え方、価値観……。おそらく、俺には理解出来ない部分も出てくるだろう。
そんな世界で、俺は生きていけるのだろうか……。俺を呼び寄せた。フェルモントはそう言っていた。つまり、それは一方通行の儀式なのだろう。俺の世界に帰れる方法は、聞くだけ無駄かもしれない。
そう考えると、何だか溜め息をつきたくなった。息を大きく吸い込み、吐き出す。
「はあ……」
「琉斗、何溜め息なんてついてるのよ」
「うおっ!!??」
いきなり声をかけられ、びっくりしてベッドを飛び起きた。
その声の方向に目をやると、そこには宙を飛び回るシャルがいた。
「お、お前! 何してんだ!?」
「何って、飛んでるのよ」
(確かに……)
「――って、そうじゃなくて!! 何でお前がここにいるんだよ!!」
「どういう意味?」
「お前はラーゼの電子精霊なんだろ!? 機兵から離れて大丈夫なのか!?」
「ああ、そういうこと……」
シャルは俺の前で滞空した。そして、空中で胡坐をかき、俺の手を指さした。
「“それ”のおかげだよ」
「それ?」
自分の手を見た。その時、初めて気付いた。両手の甲には、見たことない模様が刻まれていた。その模様は、ラーゼの機体に刻まれた模様とどこか似ていた。
「何だこれ?」
「それは、“允証”よ」
「允証?」
「ラーゼに認められた証みたいなものよ。あなた達がオリジナルと呼ぶ機兵の操者に選ばれた者には、そういう模様が手に刻まれるのよ。
私がここにいるのは、その模様のおかげ。むしろ、私は允証から出てきたのよ」
「……理屈が全く分からんのだが」
きっと俺は実にチンプンカンプンな顔をしていたのだろう。俺の顔を見たシャルはケラケラと笑った。
「頭で考えたって分かるわけないわ。だって、そうなんだからしょうがないじゃない。
……そうね、琉斗の世界のことで分かりやすく説明してあげる。
ねえ、何で宇宙はあるの? どうやって生まれたの? 存在の意味は?」
「……いや、分からないけど」
「そうでしょ? その答えは、誰にも何も分からない。何も分からないけど、間違いなく“それ”は存在する。
――つまり、そういうこと。“我在るが故、我在り”ってことよ。
琉斗はラーゼと私に認められた。そして允証が刻まれて、私がここにいる。ただ、それだけのことよ」
「……そんなもんなのか?」
「そうそう。だから、深く考えても無駄よ、無駄」
「そうか……」
なんか、上手く逃げられた気がする。無理やりな説明だったが、何となく納得してしまったような、やっぱり納得できないような……
「それよりも、今日は疲れたでしょ?」
「あ、ああ。スンゴイ疲れたよ」
「そうだろうね……。機兵の操縦は、心を酷使し続けることだからね。負担が大きくて当然よ」
「そうなのか……」
そしてシャルは優しく微笑みかけた。
「今日はもう寝たら? また明日、ね」
「ああ……そうだな」
静かに目を閉じる。
閉じた瞼には、今日の情景が浮かんでいた。異世界から呼ばれて、機兵を見せつけられて、敵が来て、機兵に登場して……
そんな光景が、浮かんでは消える。そしていつしか、意識は微睡の中に沈み始めた。
「……お休み、私のマスター。そしてよろしくね。……あと、ごめんね」
消えゆく意識の中、シャルのそんな声が聞こえた気がした。
それを確認することなく、俺は夢の中に落ちていった。
一章 終