出撃
格納庫から出ると、改めて空中を動くような感覚に襲われた。
生い茂る木々を避けつつ、遠くに見える爆炎のところへ歩いていく。
この“歩く”という動作だけでも、初めて搭乗した俺にとっては難しいことだ。
シャルはこの機兵――ラーゼ・エントリッヒは、俺の心で動くと言っていた。
恐らくこの光る球体に触れることで、脳内のイメージを読み取り、機体にコンバートさせているのだろう。
何と言うか、恐るべき技術だ。これは発掘されたと言っていたが、それも納得出来る。この世界から見れば明らかにオーバーテクノロジーだし、俺の世界ですら到底不可能な技術だ。
誰かが埋め込んだのか、それとも太古に滅びた遥かに発達した文明の遺産か……
それは、分かりようもないだろう。
「ちょっと琉斗、ぼーっとして大丈夫? これからは本物の戦場なんだよ?」
シャルは俺の前を飛び回り、声をかけてくる。
電子精霊……これもまた、凄まじい技術だ。
いったいどんな原理で出現してるのだろうか。まるで本物の妖精のように飛び回り、俺の体にも触れてくる。固有の思考を持ち、喜怒哀楽を完璧に表現している。
……まったく、俺の世界の科学者が見れば卒倒するだろうな。
「……ああ。大丈夫だ」
「ならいいけど……あ、見えてきたよ!」
シャルが指差す方向を注視する。
そこには、爆炎と黒い煙の中、機敏に駆け抜ける4体の巨人がいた。
それを自分の目で見た俺の足は、ガタガタと震え始めた。
正直怖すぎる。死んでしまうかもしれない。今までの自分が、如何に平和に過ごしてきたかがよく分かった。
そんな俺を見たシャルは、静かに声をかけてきた。
「……怖いのは分かるよ。琉斗のこれまでの生活じゃ考えられない光景だろうし、戦場なんて初めてだからね。
でも、琉斗が助けないと、あの女の子は死んじゃうかもしれないんだよ?
……あんな光景なんて、もう絶対に見たくないんでしょ?」
シャルは、俺が感じていることを読み取ったようだ。そして、佳澄のことも知っていた。
心を覗いた。確かに、全てを知っているようだ。
「分かってる。……シャル、ラーゼの武装は何があるんだ?
「背中に2本剣があるよ。両手の掌からはハンドガンが撃てるし。まあ、そのくらいかな?」
(シンプルだな……)
ハンドガンは、おそらく敵機がさっきから撃っているものだろう。剣も、外から見たところ物理的なものだ。
少し物寂しい気がする。色々な装備があるかと思っていたが……
まあ、無いものを期待するのも無駄というものだろう。この装備でやるしかない。
「――行くぞ! シャル!!」
「分かってるよ! 琉斗こそ合い入れなよ!!」
(……走れ!)
念じると共に、機体は全力で駆け出した。
◆ ◆ ◆
『くそ! やっぱり3体相手だとキツイね!』
敵機から連携攻撃を受けるレプリカの機兵。その機兵からは、ニーナの声が聞こえていた。敵機からの砲撃を躱しながら、ニーナ機は爆炎広がる森を駆け抜けていた。
「ニーナ!!」
ニーナの元へ駆け寄る。
(刀を抜く!!)
走りながら刀を抜く機兵。そしてそのまま振りかざしながら敵機に近寄る。
(振り抜け!!)
念じると同時にラーゼは敵機に向けて剣を振り抜いた。しかし単調な薙ぎ払いでしかなかった攻撃は、容易く敵機に避けられた。考えてみれば敵機はレプリカとはいえ、訓練を積んだ兵士が搭乗しているから当然かもしれない。
『お、お前! 琉斗か!? 何してるんだ!?
それに、その機体……!!』
ニーナは驚いた声を上げていた。今まで格納庫で眠っていた機体が目の前で稼働しているわけだから、それも理解できる。
「説明は後だ!! それよりも……」
前方にいる3体の敵機に視線を送る。どの機体も大きな剣を手に持ち、こちらの様子を窺っているように見える。
『お、おい……あの機体、オリジナルじゃないか?』
『た、確かに……』
『敵にオリジナルがいるなんて聞いてないぞ!?』
さっきから相手機の声が漏れまくってるのだが……どうも内部通信みたいなものがないらしい。全てスピーカーで直接会話をするようだ。
(何でそこだけアナログなんだよ……)
機体の性能の向上だけを考え、通信面は考慮していなかったのかもしれない。いずれにしても、完璧なように見えて欠点もあるんだな……
会話の内容から、敵機はオリジナル機があることを知らなかったようだ。攻めるに攻められない。そういった様子に見える。
「………」
改めて敵機を見て、何か圧倒されてしまった。
(これが、敵……)
敵は3体。逆に言えば、3体しかいない。ここにフェルモントがいるという確信があれば、もっと大軍を連れてきたはずだ。不確かな情報を得て、その確認のために来た偵察部隊と考えるのが妥当だろう。
つまり、これはほんの一部隊にしかすぎず、本国にはもっと多数の軍勢がいて、さらにはラーゼのようなオリジナルが3体も控えているというわけか……
(考えると、絶望的な状況だよな……)
そう思うほど、この国は追い込まれていることが分かった。フェルモントが俺を召喚したのは、本当に最後の希望だったのだろう。
(でも、俺はそんな人間じゃ……)
「――ちょっと琉斗、大丈夫? 顔が真っ青だよ?」
「……ああ。それより、あの敵の機体、見たことあるか?」
「う~ん、知らないわ……。でも、あの子たち、人形みたい」
シャルは首を傾げていた。本当に初めて見るようだった。
「人形?」
「何て言うかな……。心がないのよ、あの子達には。空っぽなんだよね」
「電子精霊がいないってことか?」
「まあ、それもそうだけど……あの子自身の心がないのよ」
「電子精霊とは違うのか?」
「さっき言ったでしょ? 私とラーゼは姉弟だって。オリジナルの機兵には、私とラーゼのような2つの魂が宿ってるのよ」
(……いまいち理解できないが、要するに相手は間違いなくレプリカってことだよな)
『……敵機は3体、アンタは援護をお願い。前衛はあたしがするから』
ふいに、ニーナが話しかけてきた。もちろんスピーカーで直接会話となる。
向こうの会話が聞こえるということは、こちらの会話も筒抜けになるということ。下手な会話が出来ない。それにニーナは俺が初めて搭乗したことを知っている。
……それを考えるに、ニーナの言葉には裏のメッセージがあるのだろう。
(つまり、敵は3体いるから無理せず下がれってことでいいのか?)
「なんか、気を使われたみたいだね」
シャルも気付いたみたいだ。もちろん初めて操縦する俺にとってはありがたいことだとは思う。
……でも、助けるつもりで来て逆に助けられるってのは、何だかカッコ悪い……
『――じゃあ、行くよ!!』
その掛け声とともに、ニーナ機は敵機に向け突貫した。
「シャル! ハンドガンってどうやって撃つんだ!?」
「手をかざして引き金を引くイメージをするんだよ!!」
「分かった!!」
(手をかざして引き金を引く!!)
その瞬間、ラーゼは手をかざし、掌から青い光の弾丸を発射した。弾丸は敵機の足元へ着弾し、爆発する。
『うお!!』
戸惑っていた敵機は不意を突かれ動きが鈍くなった。その隙にニーナ機は敵機の懐に潜り込み、剣を敵機に振り抜く。
敵機はそれを剣で受け、後ろに下がり距離を取った。その間に残りの2体がニーナ機の左舷、右舷に回り込み、挟み討ちを仕掛ける。
『琉斗!!』
「分かってるよ!!」
2体に向け両手でハンドガンを放つ。見事に敵機の前方に着弾し、敵機はその進攻を止めた。
「琉斗やるじゃん!! 初めてにしては上出来だよ!!」
シャルは興奮気味に俺の頭を叩く。どうでもいいが鬱陶しい。
(……相手の機体を狙ったんだけどな)
それでも牽制にはなったから結果オーライってことにしよう。
『クソッ!! おい!!』
『了解!!』
合図を受けた1体が俺の方に向かってきた。
『しまった!! 琉斗! 逃げて!!』
ニーナの叫びが聞こえる。そんな中でも敵機は俺に迫ってきた。
「き、来た!!!」
「琉斗落ち着いて!! 冷静に敵の動きを見て!!」
「そんなこと言ったって……!!」
眼前に迫る敵機が剣を振り抜いてきた。
(ガ、ガード!!)
慌てて剣を構え、相手の攻撃を受け止める。それでも勢いが乗った敵機の剣圧に吹き飛ばされた。
「うわっっと!!」
機内に振動が響く。体が上下左右に揺られる。目の前のモニターが激しくぶれる。
『なんだコイツ! 大したことねえじゃねえか!! まともに戦ったことねえな!!』
敵機から声が響く。どうやら一撃で見抜かれたようだ。
図星を突かれ、俺の心は激しく動揺していた。
そんな俺に敵機は更に剣を振り抜く。何とか立ち上がり、それを再び剣で受ける。度重なる相手からの攻撃。必死に受ける俺。辺りには、鈍く大きな金属音が断続的に響き渡っていた。
「お、おいシャル!! どうすりゃいいんだよ!!」
慌てる俺は怒鳴るようにシャルに助けを求めた。
そんな俺に、シャルもまた怒鳴るように激を飛ばす。
「どうもこうもないって!! 全部琉斗次第なんだよ!? ラーゼの動きは、琉斗自身の動き何だよ!? しっかりしろ! 琉斗!!」
「んなこと言ったって……!!」
(無茶言うなよ! 俺、今日初めてなんだぞ!?)
そう思いながらも、何とか敵の動きを観察する。
その時、あることに気付いた。
(この光景……“あれ”と同じじゃねえか?)
あれ……VRゲームと似た光景だった。
モニター越しに敵機が攻撃を仕掛けてくる。その攻撃は剣がメイン。射撃はサブウェポン。
敵の動きは単調。他に敵影なし。右…左…左…上…。攻撃がはっきり見える。最初は剣で受けていた攻撃も、いつの間にか躱し続けるようになっていた。
先程までと違う。断続的な金属音は、いつしか剣が風を切る音だけに変わっていた。
『こ、コイツ――!! さっきまでと動きが全然違う!!』
その変化に、敵兵士も気付いていた。
ある程度動きに慣れてきたところで、反撃に転じる。
敵の動きは読めた。敵の後の先を取り……
(――斬る!!)
敵機が剣を突いたのを屈んで躱し、瞬時に剣を上に向け切り上げる。剣は敵機の右腕に食い込み、バチバチとコードを切断する音を上げながら右腕を宙に舞わせた。
『な、何だと!!??』
右腕を失った敵機は後退する。左手に持つ剣をラーゼに向けながら、フラフラと距離を取り始めた。
「やるじゃん琉斗! それでいいんだよ!!」
(……そうだよ。こういう光景は、散々見てきたじゃねえか……)
今までの大会を思い出す。様々なフィールド。様々な敵。そして、その対応策。
色々な光景が頭に甦る。
「……やれる」
少しだけ、笑みが出た。
『く、くそおおお!!』
右腕を失った敵機は、左手の剣を振りかざし迫る。
そんな敵機に視線を送りながら、さっきのシャルの言葉を思い出す。
(ラーゼの動きは、俺自身の動き……)
ハンドガンを敵機に向け放つ。ここに来て、ようやくエネルギー弾敵機の左足に命中した。
攻撃を受けた敵機は体勢を崩しよろけた。
(ラーゼ――行くぞ!!)
ラーゼはそれまでの動きとは明らかに違っていた。心で文字を思い浮かべることなく、まるで自分の手足のように動く。
風のような速度で敵機に向かい、瞬く間によろけた敵機が目の前にいた。
『なッーー!?』
「寝てろ!!!」
右手で敵機の頭部を掴む。そして力任せに他の敵機に向かい投げ捨てた。
『うおあああああ!!』
敵機は宙を舞いながらニーナと交戦するレプリカに向かう。
『――え? うわああ!!』
投げ飛ばされた敵機は、仲間の敵機に覆い被さるように落下し、2機は地響きを上げながら大地に伏せる。
それを見計らい、宙に跳び出す。そして地に横たわる2体に向けハンドガンを連続して放った。
その攻撃をまともに受け続ける敵機2体。もはや的となった2体からは、機械が軋む音が響いていた。
『ダメージ限界値! まもなく超えます!!』
『こちらも持ちません!!』
2体からは悲鳴に似た報告が飛ぶ。着地した後でも砲弾は止めない。ギリギリまで相手を行動不能にする。
(これはゲームじゃない……ゲームじゃないんだ!!)
一つの判断を誤れば、俺に待つのはただの敗北ではない。死を伴う敗北。
『くそおおお!!』
ニーナと対峙していた敵機が踵を返し、俺に向かってきた。
左舷から迫る敵機。
「琉斗! 左!!」
「分かってるよ!!」
そして敵機はラーゼの頭部を目掛け剣を振り下ろす。
『終われえええ!!!』
「甘いんだよ!!」
手に持つ剣で敵の振り下ろしをいなし、返す刃で相手機の頭部を切断する。
『何だとおおお!!??』
頭部を失った敵機は2、3歩後退する。そして、他の2体に向け、力の限り叫んだ。
『……撤退!! 撤退するぞ!!!』
それを受けた2体は腰の部分から樽のようなものを取り外し、地面に放り投げた。地面に触れると同時に、樽からは煙が一気に噴き出し始めた。
「……煙幕か?」
煙で前が全く見えない。煙の中からは機械が立ち上がり、走り去る音が聞こえていた。
一瞬追撃するか迷った。しかし、視界が悪い以上、闇雲な追撃は危険が生じる。そして、何より何だかかなり疲れてしまった。これ以上は肉体的にも精神的にも持たない。そう、思った。
煙が消えると、そこに敵機の姿はなくなっていた。
まるで全て夢だったかのような錯覚に陥る。それほど、辺りは静寂に包まれていた。
ラーゼの足元には、切断した敵機の腕が転がる。それだけが、それが夢ではなかったことを物語っていた。