夕闇
「――では、その少女が……?」
「ああ。シュヴァイゲン・アーヴェントの操者と見て、間違いないだろう……」
夜、王宮の一室で、エリーゼはことの経緯を王やレサイアスらに説明をしていた。レサイアスは表情を伏せ、悔しさに顔をにじませた。
「……そう、か……。まさか、探していた敵が、年端もいかぬ少女とはな……」
ユーンもうかばれない……そう呟き、レサイアスは口を閉ざす。ユーンは人一倍アルム公国という国を愛していた。思っていた。にも関わらず、少女の遊び心がそれを奪った。そう考えると、呟かずにはいられなかった。
重い空気となる中、ニーナは本題を切り出す。
「……でも、どうする? ていうか、本当にあのレベッカって子は、一人で来るつもりなの?」
「……それは――」
「――ああ。間違いない」
ふと、琉斗が口を開く。
「……琉斗?」
「見たら分かっただろ? あいつの言葉には、裏なんてなかった。本当に、純粋に機兵同士で戦うことを楽しんでいる。そんな奴が他の奴を連れて来るなんて考えられない。そんなの、冷めちまうだろ?」
ここでレサイアスが、反論する。
「……だが、そんな単純なものではないのが戦だ。戦いは、遊びじゃないんだぞ?」
「遊びだよ。あいつにとっちゃな。良くも悪くも、あいつにとっては機兵同士の戦いなんて遊びなんだ。……だから、人一人消しても、あんなに無邪気に笑っていられるんだ……」
「……琉斗……」
エリーゼは、琉斗の心情を察する。彼が過去に抱えた業は、未だ彼の心の奥底で痛みを放っていた。それがエリーゼには、伝わっていた。
「……確かに、そやつは一人で来るかもしれない。だが、そやつの思惑とは違うところで、別働隊が動く可能性も否定できない」
アルムの王は、険しい表情で語る。エリーゼは頷きながら王に続いた。
「そうですね。行きがけに襲ってきた機兵達の件もある。どのみち、首都の警備はしておいた方がいい」
「で? あのレベッカって子はどうするの?」
ニーナの言葉に、琉斗は顔を上げて答える。
「……俺が引き受ける」
「――ッ!」
全員が琉斗に注目した。
「敵の狙いが俺だとすれば、それはそれで都合がいい。そっちの方が動きやすいし」
「だが、敵の能力も分かっていないのだぞ!? アルムのオリジナルでさえ撃破する敵を、お前一人で相手するつもりか!?」
「その能力が分からない敵ってのは、一機だけじゃないだろ。少なくとも、あと二機のオリジナルがいて、少なくとも味方じゃない。あれから一切の接触もないし、敵の出方が分からない以上、レベッカのような個人的用件で来る奴の相手は極力少ない方がいい。違うか?」
「……!」
エリーゼは押し黙る。琉斗の案は正論であった。むしろ、心の奥で考えていた流れは、まさにそれであった。正体不明の敵機は琉斗が、ラーゼ・エントリッヒが対応し、他の戦力は有事に備え防衛に回る。一つの街を守るには、それが最適であった。
それは決して琉斗を見捨てることではない。むしろ彼の能力を信頼してのことであった。だがそれでも、エリーゼは自らの口からは言えなかった。それほどの負担を、琉斗一人に押し付けたくはなかった。
そんな彼女の葛藤に気付いたのか、ニーナはそっとエリーゼに告げる。
「……琉斗なら大丈夫でしょ。それに、もしヤバイ状況になったら助けに行けばいいだけだし」
「ニーナ……」
エリーゼは、諦めたように首を縦に降った。
◆ ◆ ◆
翌日の夕方、首都の塀の外には、ラーゼが立っていた。塀の上にはブラオやニーナ機、アルム公国師団のレプリカが並ぶ。公国師団の兵のほとんどが、動くラーゼを見るのがこれが初めてであった。黄昏の光を写す純白の機体。その神々しさに、兵達は見惚れていた。
「……ああは言ったものの、これであいつが大所帯引き連れて来たら、とんだ恥だよなぁ」
ラーゼの中で、琉斗は呟く。
「案外、来なかったりしてね」
シャルもまたぱたぱたと宙に浮かびながら呟いた。
「よしてくれよ。それこそ、とんだお笑い草じゃねえか」
「でもさ琉斗、言わなくて良かったの?」
「何を?」
「このことよ。……琉斗、本当はユーンって人の仇を取るつもりなんでしょ?」
「……」
琉斗は黙り込む。
「ほんと、なんだかんだでお人好しなんだよねぇ、琉斗。あの泣いてた女の人が気になってさ」
「そんなわけじゃ……」
「あのねぇ。琉斗だって知ってるでしょ? 私には、琉斗の考えなんてお見通しなんだよ?」
「……」
琉斗は再び黙り込んだ。そう言えばそうだったと、どこか照れ臭さを感じていた。
「……シャル。それ、黙っとけよ」
「あーはいはい。誰にも言いませんよー」
(ホントかよ……嘘くせぇ)
ふと、琉斗の手元が仄かに光る。
「……ラーゼ?」
その光を見るなり、シャルは表情を険しくさせる。そして前方を睨み付けた。
「――……来た」
「……奴か?」
琉斗もまたその方向を注視する。その先の光景。茜色の夕日の中に、揺れ動く一つの巨像。塀から見守るエリーゼ達もまた、その存在に気付いた。
「……あれが……」
「……シュヴァイゲン・アーヴェント……」
その機体、全身が紫に染まり、そのフォルムはどこか弱々しいほど細い。だがその手には、不釣り合いとも呼べる巨大な大鎌が握られていた。
「……まるで死神だな」
琉斗はそう例える。
「うん。なんか不気味だね……」
シャルは視線を逸らすことなく、ただ近付いてくるシュヴァイゲンを見ていた。
シュヴァイゲンはラーゼの近くまで辿り着く。すると機体から、レベッカの声が響いた。
「……お待たせ。白の機兵」
「別に待っちゃいねえよ。出来れば、来てくれなきゃ嬉しかったんだけどな」
「キャハハ! それは残念でした! ……こんな面白そうなことに、来ないわけないじゃない……!」
「面白そう、ね……」
レベッカは実に嬉しそうに続ける。
「ねえねえ! 今どんな気分!? 私は、とってもわくわくしてる! だって目の前に、あの白い機兵がいるんだよ!? どんなことしてくれるんだろう……。どうやって真っ二つにしよう……。そんなことで、頭がいっぱいなんだよ!」
レベッカは愉悦に浸っていた。まるで真新しい玩具を手にしたように。
琉斗は、静かに口を開いた。
「すげえ楽しそうなところ悪いんだけどさ、俺、そんな気分じゃないんだよ。お前のせいでな」
「なになに? 落ち込んでるの? もしかして、この国のオリジナルを私が斬っちゃったから?」
「……いや、俺はこの国のオリジナルの機兵なんか見たこともないし、その操者にも会ったこともない。正直に言えば、俺は別にどうでもいいんだよ。――でもな……」
そしてラーゼは剣を構える。琉斗の脳裏には、バルコニーで見た景色が甦っていた。
「……そいつが消えて、悲しんでいる人がいる。泣いてる人がいる。本当は辛いのに、それでも懸命に前を向こうとしてる奴がいる。その人達の想いは、ぶつけさせてもらう……!」
「キャハハハ! いいじゃんいいじゃん! やる気満々じゃん!」
シュヴァイゲンもまた、鎌を構えた。
対峙し刃を向ける両機。その様子を見守るエリーゼは、ニーナに声をかける。
「……ニーナ。周囲の索敵を頼む。異常があれば、すぐに知らせてくれ」
「……うん、分かった」
そしてエリーゼは、視線を琉斗に戻した。
(気を付けろ琉斗。相手は、アルム公国のオリジナルを容易く葬ったような奴だからな……)
空の夕闇は、更に色を濃くさせる。その中で立つ、白の機兵ラーゼ・エントリッヒと紫の機兵シュヴァイゲン・アーヴェント。
二機は睨み合い、飛び掛かるタイミングを計る。
「――行くよ! 白い機兵!」
そしてシュヴァイゲンは大地を蹴り、ラーゼへと大鎌を振り抜いた――。