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往訪

 西の空の一部は、茜色に染まりつつあった。徐々に薄くなり始める空の青。その移り変わりに伴い、街の人々も、家路へと急ぐ。


「――よし、今日はここまでにしよう」


 エリーゼの提案で、ようやく琉斗は膝に手をかける。


「きょ、今日はって……」


 疲労困憊などという言葉では表現できないほど疲れ果てた琉斗には、そう呟くことが精いっぱいであった。今日は、ということは、明日も続くということ。琉斗は肩を落とす。


「そうぼやくな。徐々にではあるが、動きもよくなってきている。この調子で訓練を続ければ、一ヶ月後には他の生徒達とも並ぶことが出来るだろう」


「……この訓練を、一ヶ月……」


 琉斗は心の中で訴える。そりゃこんだけキツい訓練を続ければ、そんくらいにはなるだろう。だがその前に、一ヶ月後には廃人となっているだろう、と。おそらくは、調査が終わるまでこの訓練は続く。ともなれば、彼が助かる道は一つしかなかった……。


(……敵のオリジナル……必ずとっとと早急に見つけてやる……!)


 琉斗は、固く心に誓うのであった。


「――その様子を見る限り、かなりきつく鍛えられたみたいね、琉斗」


 ふと、ニーナの声が。気が付けば、ニーナは彼らの近くに立っていた。エリーゼは微笑みながら、ニーナに声をかける。


「戻っていたのか。調査はどうだった?」


「うーん……。あんまり良かったとは言い難いかなぁ……」


 浮かない顔をしながら、ニーナは琉斗達の元へと歩み寄る。


「調査?」


 琉斗はエリーゼを見た。


「ああ、琉斗には言っていなかったな。ニーナには、周辺の調査に出てもらっていたんだ」


「へえ……」


(そう言えば、調査で来たとか言いながら、何もしていなかったな俺……)


 アルム公国へ来た最大の理由は、レプリカへのエネルギー供給と敵オリジナルの調査。エネルギー供給は自然と消化できたとして、調査の方を何一つタッチしていなかったことに気付いた琉斗は、どこか自分がまぬけに感じてしまっていた。

 場を仕切り直すように、エリーゼはニーナに尋ねる。


「何か問題でもあったのか?」


「何も。問題どころか、敵の痕跡もなし。今分かっていることは、刃系の武器を使うってっことくらい」


「それ、分かったって言えんのか?」


「仕方ないじゃない。本当にそれしか分からなかったんだし」


 どこかヤケクソ気味にニーナは言い捨てる。だがすぐに表情を引き締めたニーナは、琉斗達に言う。


「……でも、気を付けてね、琉斗もエリーゼも。敵のことは何も分からなかったけど、とても危険な奴だってのは分かる。わざわざ自分からオリジナルを呼んだうえに、痕跡も残さずオリジナルを撃破するなんて正直言って異常よ。敵の目的が何なのかは分からない。でも、何かしらの理由で、オリジナルを狙っている可能性もある。……そうなった時、真っ先に標的にされるのはあんた達よ」


「……分かっている。その時は、全力で迎え撃つのみだ」


 エリーゼは、力強く答えた。そして琉斗もまた、真剣な表情で続く。


「ああ、俺もだ。……だが今は、もっと優先すべきことがある」


「……優先すべきこと?」


「琉斗……それは……?」


 ニーナとエリーゼは、琉斗に注目した。そして琉斗は、ゆっくりと口を開く。


「――……眠らせてくれ……」


「…………はい?」


「俺、もう限界……。体の節々が痛むし、腕も上がらん。今日は敵が来ても動きたくない……」


 琉斗は表情を落としたまま、次々と弱音を口にする。そんな彼の様子を見たニーナは、呆れるようにエリーゼに話しかけた。


「……エリーゼ……あんた、どんだけ琉斗をいたぶったの……」


「い、いたぶったとはなんだ! 私は……! そ、その……訓練をだな……!」


「訓練にも限度ってもんがあるでしょうが、限度ってもんが……。こんな状態で何かあっても、ラーゼを動かせないよ?」


 もっともなニーナの言葉に、さすがのエリーゼも反省と後悔の念から表情を落とした。


「め、面目ない……。私としたことが……つい……」


(いや、ついってなんだよ。俺はそのついって奴で、ここまでぼろぼろにされたのか!?)


 もはや話すことすら辛い琉斗は、心の中でそう叫んでいた。落ち込むエリーゼと息絶え絶えの琉斗。二人の姿を見たニーナは、深いため息を吐いた。


「……とにかく、今敵の襲撃でもあろうものならたまったもんじゃないわ。今は、来ないことを祈るのみ――」


「――それなら大丈夫だって」


 突然、彼らの会話の中に、聞き慣れぬ声が混じった。


「――ッ!?」


 全員がその方向を振り返る。彼らの視線の先は、近くの塀の上であった。そこには、一人の少女が笑みを浮かべて座っていた。年齢はまだ十代半ばといったところか。華奢な体に幼い表情。青い瞳もさることながら、一際目に付くのはその髪か。黄金色をした長髪は、二つに束ねられ風に揺れていた。

 誰一人、見覚えはない。その服装を見る限り、兵士でもない。だがその雰囲気は、明らかに一般人でもない。エリーゼ達は本能的に身構えた。


「……誰だ?」


 凄みを効かせたエリーゼの問い。だが少女は、何一つ臆することはなかった。


「私? 私、レベッカ」


 そう名乗ると、金髪の少女――レベッカは、身軽く塀から飛び降りた。エリーゼ達はより深く注意を払う。


「……そうか。ではレベッカ。なぜここにいる? ここは兵以外立ち入り禁止の区域だぞ? 用件がないなら、早々と――」


「――用件ならあるよ? そこの、へばってる奴にさ」


 レベッカは視線を琉斗に向けた。


「え? 俺?」


 ニーナは視線を少女から逸らすことなく、琉斗に小声で尋ねた。


「……琉斗、まさかとは思うけど、知ってる子?」


「知るわけねえだろ。初対面だよ」


「だよねぇ……。あんた、最近そればっかね」


「俺のせいじゃねえだろ。……え? 違うよな?」


 どこか緊張感のない琉斗。そんな彼を他所に、エリーゼは更に聞く。


「琉斗に何の用だ?」


 するとレベッカは、首を捻りながら何かを考える素振りを見せた。


「……そいつにっていうか、私は、白い機兵に用があるんだよねぇ……」


「――ッ!?」


 琉斗達の表情は、瞬時に凍る。琉斗がオリジナルの機兵――ラーゼ・エントリッヒの操者であることは、無論この国においても極秘扱いであり、それを知る者などごく一部の限られた者のみである。だが目の前の少女は、さも当然のようにそれを知っていた。


「……なんのことだ?」


 エリーゼは、相手の出方を窺いながらはぐらかしてみる。


「ああ、そういうのいらないから。とぼけたって、私もう知ってるもん。もっと早く会いたかったんだけど、周りが邪魔でなかなかできなくてさ。こうして私から出向いたってわけ」


 そう言うと、レベッカは徐に歩き始めた。


「――ッ!? お、おい――!」


 エリーゼはレベッカを制止しようと手を伸ばす。だがレベッカは彼女の手をするりと躱すと、一直線に琉斗の前へと辿り着いた。


「な、なんだよ……」


 琉斗は警戒心を露わにする。しかしレベッカは、そんな琉斗とは対照的に笑みをこぼした。


「あんた、あの時レプリカを操縦してたんだよね」


「あの時って……」


 琉斗は視線を逸らし、記憶をたどる。そして思い出した。


「……ああ、演習の時のことか……?」


「そうそう! 実はね、私見てたんだ!」


 嬉々とするレベッカは、その場でしゃがみ込む。


「あのガラクタをあれだけ動かせるなんて凄いじゃん! 私びっくりしちゃった!」


「い、いやぁ……」


 レベッカはまるで子供のようにはしゃいでいた。何だか照れ臭くなった琉斗は、数回頬をかく。だがここで、レベッカの顔色が変わる。


「――……でも私の方が、もっと凄いけどね……!」


 彼女は笑っていた。だがその笑みは、先程とは違う。自負心に満ち溢れ、どこか勝ち誇り、一切の謙虚もない。自分への、絶対的な自信が垣間見えるような……そんな笑みだった。


「……」


 彼女の空気に、エリーゼもニーナも飲まれつつあった。その証拠に、これだけ琉斗への接近を許しているにも関わらず、エリーゼはレベッカの小さく大きな背中をただ見つめていた。

 ……だが琉斗だけは、その様子はない。むしろ彼は、不敵に微笑んだ。


「……ラーゼに乗った俺があの程度なんて思うなよ? お前の想像なんかじゃ、追いつけやしねえよ」


 しばし視線をぶつけ合う琉斗とレベッカ。すると突然レベッカは立ち上がり、高らかに笑い始めた。


「キャハハハ! キャハハハハ……!」


 彼女の甲高い笑いは、黄昏の空に響き渡る。そのまま彼女はくるくると回りながら琉斗から離れ、実に嬉しそうに彼を見た。


「最ッッ高だよあんた! ほんとに最高! そんな風に言い返したの、あんただけだよ!」


 そして彼女は地面を蹴り、塀の上へと跳び上がる。


「本当は今すぐにでもやりたいんだけど、あんた疲れているでしょ? それで勝っても面白くないし、明日の夕方、もう一度来るから」


 ここでようやく、エリーゼは我に返る。


「お、おい――!」


「――私のシュヴァイゲン・アーヴェント、あんたに見せてあげるから! 楽しみにしててね! キャハハハ……!」


 レベッカはそのまま塀の奥へと姿を消した。


「ま、待て――!」


 慌ててエリーゼが追うが、既に彼女の姿はなかった。


「……えっと……。これ、どういうこと?」


 ニーナは状況がつかめず、琉斗を見つめる。彼は笑みをこぼし、彼女に答えた。


「……ま、探す手間が省けたってことだろ。まさかわざわざ向こうから来てくれるなんてな。飛んで火にいる夏の虫ってやつかな」


「……本当に、虫が向こうならいいんだけどね……」


(……飛んで火に入ったのは、案外こっちかもね……)


 ニーナの脳裏に、調査の時のことが甦る。彼女だけが、胸に一抹の不安を感じていた。

 

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