起動
砦の中を走る。ただひたすらに。
爆発音と重量感ある足音が響く中、振り向くことなくひたすらに走り続けていた。
(この世界は知らない世界……俺には関係ない世界……!!)
頭の中で、いったい何度考えた言葉だろうか。何度考えても消えることない言葉と情景。その情景は、香澄の最後の姿。
なぜそれが今頭に沸き起こるのだろう。それは、本当は分かっていた。
(これは戦争。戦い。情けも容赦もない、本物の戦場なんだよ!!)
自分に言い聞かせる。それでも消えない。消えてくれない。
消えない想いと消える言葉。いつの間にか、頭の中ですら無言になりつつあった。
そして気が付くと、誰もいない通路の真ん中で立ち尽くしていた。
「………」
自分が何をしたいのか分からない。いや、分からないフリをしているのだろう。
鈍感な自分を演じて、今の状況と自分の気持ちから必死に目を逸らしていた。
その時だった。突然敵機からスピーカーを使った声が響き渡った。
『見つけたぞ!! こっちだ!!』
「――――!!!」
それは、おそらくはフェルモントを見つけ出したことを意味していた。
逃げるフェルモントの姿が脳裏に浮かぶ。目が見えないはずだ。きっと転倒を繰り返しながら、ゾルに連れられて逃げ続けているのだろう。
(……ニーナは何してんだよ!! 早く助けに行けよ!!)
自分以外の何かに縋る自分がいた。
――お前は、何もしないのか?――
そんな自分への言葉が聞こえる気がする。
俺は卑怯だ。関係ないと逃げ出して、命がけで助けに向かう奴に遠くから聞こえないように野次を飛ばす。とんでもないくらいの、卑怯な奴だ。
握り締めた拳には血が溜まる。噛み締めた口からはギリギリと歯が擦れ合う音が聞こえる。
(何だよ……どうしたいんだよ、俺は……!!)
それでも立ち止まる自分に歯痒さを感じる。情けなさを感じる。
自分がどうしたいか……そんなの、分かりきっていた。
『よし捕えろ!! 場合によっては生死は問わないとの命令だ!!』
「―――!!!!」
生死を問わない。つまり、殺してでも連れていく、ということ。
(死ぬ……目の前で、また死ぬのを黙って見るのか!?)
足が震えはじめた。今までとは何か違う。初めて見た、敵意ある攻撃への震えだけじゃない。何か別の怖さからの震えだった。
両手にさらに力が入る。手がワナワナと震えだす。
「―――クソッ!!」
俺は、再び走り出していた。しかしその方向は、今までとは違う方向。
今まで走り続けていた通路を、全速力で戻っていた。
『やらせないよ!!』
走る俺の目の前に、ニーナの声が響く機兵が現れ、敵機へ攻撃を開始する。
それでも敵機は3体。相当訓練されているようで、巧みに連携を取り、ニーナを迎え撃っていた。
(やっぱり3対1じゃ不利か……!!)
そう感じた俺は、更に走る速度を上げ、その場所へ向かった。
◆ ◆ ◆
「バカか!? 俺はバカなのか!?」
走りながら自分を罵倒する。愚かとも言える自分の行動に対してのものだった。
「これは戦争なんだぞ!? ゲームじゃないんだぞ!? 俺は関係ないんだぞ!?」
現状を再確認するかのように自分への質問を投げかける。そんなこと分かってる。分かっているのに、足は止まらなかった。
俺が辿り着いたのは格納庫。一直線に目指すのは、その奥にある、あの白い機兵。
「俺なら動かせるんだろ!? 本当何だろうな!?」
格納庫内は既に避難が完了していたようで無人だった。走る足音と、誰に対してかも分からない俺の質問だけが格納庫内でエコーがかかったように聞こえていた。
繭の近くに立つ。改めて至近距離で見ると、その大きさに驚いてしまう。こんなものが本当に動くのか……。外の状態を知りながらも、そんな疑問すら浮かぶくらい現実味がない。
一度だけ唾を飲み込んだ。ゴクリという嚥下する音が耳に響く。
(……よし)
決意を固める様に、繭の中に入った。
繭の中は、意外と普通だった。例えるなら、自動車整備場のような光景。油の匂いが仄かに漂い薄暗い。
それでも、その機兵の外見は圧巻だった。他のレプリカとはどこかが決定的に違う。
純白に紅い模様。刺々しい外装。白い騎士。どこか神々しさを感じる。
白い機兵には、たくさんのコードが繋がれていた。おそらく調査か何かをしていたのだろう。
「入り口、どこだよ……」
機兵によじ登り、入り口を探す。そもそも、コックピットってどこにあるのかも分からない。
(イメージ的には胸の部分だが……)
そう思いながら白い機兵の胸部を丹念に調べてみると、レバーのようなものがあった。
「これか?」
そのレバーを引くと、足元の部分に通路が開いた。その上に乗っていた俺は、その穴に力なく転落した。
「……痛い」
落ちた先にあったのは、大きな背もたれが付いた椅子。その椅子の前には足元から伸びた2本の筒、その先端には球体がプカプカと浮いていた。
そしてその席は、ちょうど球体の内側にあるかのように真っ黒な壁に囲まれていた。
(この球体、どうやって浮いてるんだ? ていうか、モニターどこだよ……)
もっと複雑な機器とかボタンとかレバーがある狭いコックピットを想像していた。でも、中は実にシンプルだった。
本当にこれで動かせるのかどうか……益々不安になってきた。
とりあえず座ってはみたものの、全く起動の仕方が分からない。車のエンジンキーみたいなものは一切ない。
そう言えば、他の機兵ってどうやって起動してるんだろう。見たことないから分からない。
とにかく時間がない。無意味に周囲のものを叩きまくる。と言っても、椅子と妙な球体しかないけど。
「クソ! クソ! クソ!! 何で動かないだよ!! 俺だと動くんだろ!?」
時間はない。外からは絶え間なく爆発の地響きが続いている。
状況がどうなっているのか分からない。分からないからこそ不安は募る。そして不安は俺をひたすらに焦らせていた。
「――いい加減にしろよ……いい加減動けよ! この、ポンコツがぁ!!」
ヤケクソになって目の前にある2つの球体に、握った拳を同時に叩きつけた。
その瞬間、2つの球体は激しく光り始めた。眩い光が辺りを包み込む。
「な、なんだ!?」
その光は、俺の両手にゆっくりと移り始めた。そして光が完全に手に移った時、異変が起こる。
「いッ!? 痛ッ!! ぅがああぁぁああ!!!」
激しい痛みが手を襲ってきた。あまりの痛さに言葉が出ない。顔が歪む。身動き出来ない。今まで経験したことない程の痛みだった。
何が何だか分からないが、必死に目を瞑り、痛みが引くことを祈っていた。
しばらくもがいていると、ようやく痛みが引き始めた。
「はあ……はあ……」
呼吸が荒くなっていた。全身を汗が流れる。
それでも、ようやく去った痛みに安堵感が生まれ、顔の歪みが消えたことが分かった。
「――ちょっと、いつまで目を瞑ってるのよ。さっさと目を開けなさい」
突然、誰もいないはずのコックピットに聞きなれない少女の声が響き渡った。
「ん? 誰だ?」
ゆっくりと目を開けると、そこには、“妙な物体”パタパタと宙を飛んでいた。
「………は?」
「な~に妙な顔してんのよ。シャキッとしなさいシャキッと!!」
「は、はあ……」
ていうか何だろうか、この生物は……
身長が20㎝もないくらいの小人。背中には薄い羽が4枚生えていて、ちょうどトンボのように飛んでいる。耳がとんがり、緑色の髪で小さな服を着ていて、俺と同い年くらいにも見える。
妖精……そういう表現がピッタリだと思う。
「何ジロジロ見てんのよ」
パタパタと飛びながらジロリと睨んでいた。
……ちょっと気が強いみたいだ。チッコイのに……
「……ええと、アンタ、誰?」
「私? 私はシャルだよ」
妖精――シャルは、今度はケラケラ笑いながら話し出した。
「ああ、そう……じゃあシャル、お前、何?」
(まさか、まんま妖精とか言わないだろうな……)
「電子精霊だよ」
「電子精霊?」
「オリジナルの機兵にはそれぞれ電子精霊が宿ってるんだよ。ラーゼには、私。
簡単に言えば、姉弟みたいなもんだよ。もちろん私がお姉さん。分かった?」
(……さっぱり分かんね。要するに、妖精ってことでいいんだよな? ……ん?)
「ラーゼって何?」
「この子の名前だよ。ラーゼ・エントリッヒって言うんだよ」
(な、名前あるんだ……)
「それより、こんなことしてる場合じゃないんじゃないの? 助けに行くんでしょ、琉斗」
「……何で俺の名前知ってるんだ?」
「琉斗の心を覗いたからだよ。で、私もラーゼも琉斗のことを気に入ったから、こうして私が出てきたんだよ。だから、琉斗のことは全部知ってるよ」
「……そう、なんだ……」
つまりは、俺は認められたということなのだろう。あんまりそんな実感はないが……
「さ、行くよ琉斗」
俺のそんな複雑な気持ちを知ってか知らずか、シャルは俺を促す。
(いや、そんなこと言ったって……)
当然だが、機兵の動かし方なんて分かるわけがない。コックピットに乗ったのだって初めてだし、むしろ今日初めて見た俺にとって、全くの未知の物体でしかない。
それを今すぐに動かせと言う方が無理な話だ。
シャルは、そんな俺の“心”を理解しているかのように話し始めた。
「動かそうとするんじゃないのよ。感じるのよ。ラーゼは琉斗。琉斗はラーゼ。琉斗の心で、ラーゼに呼び掛けるの」
「心で……呼びかける……」
静かに目を閉じる。そして、目の前に自分の心を思い浮かべる。形にないそれを、自分の目の前に置く。
そして目を見開き、一気に声を放つ。
「立ちやがれ!! デカブツがああああ!!」
その瞬間、真っ暗だったコックピットに光が満ちた。それは360度のパノラマだった。まるで空中に浮いているかのような錯覚になる。格納庫内の状況が全て見える。
そして視界は、徐々に高くなる。外からは鈍い機械音が響き渡り、この機兵――ラーゼ・エントリッヒが立ち上がってる様子が耳で感じ取れた。
「じゃあ琉斗、準備はいい?」
シャルは、最終確認のように俺に確認を取る。
「……ああ!! こうなりゃヤケクソだ!! 行くぞシャル!!」
心臓がバクバク鳴っている。それでも、そんな自分を奮い立たせるように声を出す。
そして、俺が歩けと念じると同時に、機械仕掛けの巨人は音を出しながら前に踏み出す。
その一歩は、俺の中で何かを弾けさせた。高ぶる心と見開く目。
隣を見れば、その視線に気付いたシャルがニッコリと微笑む。
そんなシャルに少しだけ笑顔を送り、俺とシャルとラーゼは、外にいる機兵に向け格納庫を出た。