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公国

 それから夜を越えた頃、琉斗ら一行はアルム公国へと辿り着いた。

 アルム公国……国土のおよそ九割を森林や山岳地帯が占める。全人口はおよそ三千万人。他国とも経済的に繋がりがあり、そのほとんどが木材や農業である。


「――これでいいのか?」


 琉斗は公国首都の格納庫にラーゼを置き、エリーゼに確認をした。


「ああ、大丈夫だ。これで格納庫内に万遍なくEC機関の波動が満ちて、機兵達のエネルギーも回復するだろう」


「置いておくだけでエネルギー回復ねぇ……。あいかわらず便利なことで」


 琉斗の言葉に、エリーゼは表情を険しくさせる。


「……確かに便利だが、その動力の根源たるオリジナルは、もうこの国にはない。今は私達がいるから補給こそ出来るが、こうして来れる保証もない以上、いずれエネルギーも枯れる。そうなれば、機兵などただの鉄屑にしか過ぎん」


「……戦力がなくなる、ということか……」


「そういうことだ。おそらくは、今頃公国の上層部が対策を決めているところだろうが……残された道は、オリジナルを持つ国と協定を結ぶことであろうな」


「協定?」


「そうだ。つまりは、一種の共同国となり、オリジナルの恩恵を受けるということだ。もちろん、この国にオリジナルがない以上、かなり不利な立場にはなる。それこそ、言いなりに近い立場にな」


「それって……」


 ――表向きは国だけど、完全に支配されるってことだよね?――


 シャルは琉斗の思うことを呟く。


「それだ。そんなの、協定なんて言えるのか?」


「仕方もあるまい。この世界においてオリジナルを所有していないというのは、そういうことだ。自国だけで防衛出来ない国など、ただの侵略の的にしかならん。お前だって知っているだろ? 旧べリオグラッドが、他国からの侵略に遭っていたことを。今こそブラオのようなオリジナルがあるからレプリカを自由に使えるが、なければ戦力などろくに揃いもしなかったんだ」


「……」


 琉斗は押し黙る。エリーゼの言うことこそ、アーサーが戦争を仕掛けた理由であることを、彼は知っていた。


「――おーい! 琉斗ー! エリーゼー!」


 ふと、格納庫の入り口付近からニーナな声をかけてきた。


「レサイアスが来て欲しいって言ってるよー! アタシ、先に行ってるから!」


「分かった。すぐ行く」


 そしてニーナは、奥へと消える。


「……琉斗、とりあえず行こうか。酷な言い方にはなるが、この国の行く末を私達が按じても仕方ないところではある。私達は、部外者だからな」


「……分かった」


 エリーゼに続き、琉斗は歩き出した。それでも彼の中には、どこか煮え切らない“しこり”のようなものが、つっかえたままであった。




 ◆  ◆  ◆




 レサイアスと合流した琉斗達は、そのまま王の間まで案内された。そこにはアルム公国の王が鎮座しており、琉斗らが部屋に入るなり、王は立ち上がり出迎える。


「遠路はるばる、よくぞ来てくださいました。ハイリベルトの操者の皆様」


 そしてエリーゼ、ニーナはその場で跪く。琉斗も見様見真似で、それに続いた。


「……ハイリベルト兵団の、エリーゼと申します。国王アーサーの命を受け、ここアルム公国へ調査及び機兵の補給に参りました」


「うむ……。顔を上げてくだされ」


 王の言葉に、エリーゼ達は立ち上がる。琉斗は、目の前の王を見る。優しく朗らかな表情であった。だがどこか、やつれているようにも見える。オリジナルが消えたことからの心労によるものなのかもしれない。

 王は再び椅子に座り、静かに話し始めた。


「……皆様には申し訳なく思っておる。しかし、我が国のオリジナルが消えた以上、こうして皆様に頼る他仕方がないのです」


 憔悴しきった王に、エリーゼは尋ねる。


「王、一つ確認をしたいのですが、オリジナルは本当に破壊されたのですか?」


「……残念だがな。機体が切り裂かれ、光となる光景を見た者も多いのだよ」


「……そもそも、なぜそのような事態に?」


 すると今度は、レサイアスが口を開いた。


「……ことの発端は、とある機兵が現れたことです。その機兵はここから数キロ離れた街を襲い、破壊の限りを尽くしました。そして言ったのです。“アルムのオリジナルを呼べ”、と」


「その機兵は……」


「――機体は紫色。自身を、“シュヴァイゲン・アーヴェント”と名乗っていたようです」


「シュヴァイゲン・アーヴェント……」


「名前付きってことは、オリジナルか……」


「でも、紫色の機体なんでしょ? 行き掛けに襲ってきた連中とは、また別の機兵みたいだね……」


 全員が黙する。琉斗もまた、俯き考えに耽っていた。


(ここに来て、突如現れた三機のオリジナルか……。何が起こってるんだよ……)


 その中で、王は力なく呟いた。


「……しかし、よもやユーンが敗れるなとどは思いもせなんだ……」


「ユーン?」


 王の口から出た、“ユーン”という言葉。それが何か分からない琉斗であったが、エリーゼが補足する。


「ユーンは、アルム公国のオリジナル機兵の操者だ。彼自身、優秀な兵だったんだ。勇猛にして聡明。公国師団内で……いや、国中で、彼は敬われる存在だったんだ」


 そしてレサイアスもまた、至極残念そうに口を開いた。


「……本来であれば、私の位置にはユーンがいるべきなのです。ユーンの強さ、機兵の強さは、私自身一番よく知っているつもりですが……。そのユーンが敗れたなど、正直未だに信じられません……」


 再び室内を重い沈黙が包む。しばらくして、口を閉ざしていた王が切り出した。


「……ともあれ、皆様もお疲れでしょう。部屋と食事を用意しております。今日のところは、おくつろぎ下さい」


「心遣い、感謝いたします」


 そして琉斗達は、王の間を後にした。




 ◆  ◆  ◆




 食事を終えた後、琉斗は一人バルコニーで黄昏れる。いつの間にか日は落ちていた。暗がりの中に見える遠くの山は、その形に合わせ星々の光を遮断する。暗く、深い森……。だが見ていて恐怖は感じない。静寂に包まれる夜の森は、とても穏やかであった。


「……シャル、聞いてもいいか?」


 ――……何?――


「オリジナルの機兵ってのは、全部でどれだけいるんだ?」


 ――うーんと……。確か、全部で十三体だよ――


「十三体? 意外と少ないんだな……」


 ――まあオリジナルってのは、過去の遺物だしね。もっといるかもしれないけど、よく覚えていないんだ――


(……十三体、か。どのみち、各国一機以上ってのは無理みたいだな)


 琉斗の想像以上に、オリジナルの希少価値は高かった。だが、ともすれば、引っかかることもあった。

 それだけの希少機体を、なぜゾルは三機も用意出来たのか、ということである。ここで琉斗の脳裏には、彼の言葉が甦っていた。


“天の空座は世界の理を著しく脅かす。それは即ち、混沌たる乱れを生むこと。乱れを鎮め、空座を今一度満たすには、事を急がねばならない。

 ――俺は、そうしたまでだ”


「――……始まりの狼煙、か……」


 ――ゾルの言葉?――


「ああ。相変わらず何のことだかさっぱりだ。……ただ、ゾルは何かを知っていて、そのために動いていたってのは分かる。それは決して、ベリオグラッドのためじゃない。もっと別の、何かのためにな。ゾルが三機のオリジナルを用意したのも、そのためだろ。もっとも、それが何なのか、その三機をどこから持ってきたのかは、結局何も分からないけどな」


 ――全ては謎のままってことね……――


「他人事みたいに言ってるけどよ、お前が昔のことを思い出せば全部繋がるかもしれないんだぞ?」


 ――仕方ないでしょ? 忘れてるんだし――


(またそれかよ……)


 こうなったシャルは、何を言っても仕方ないことを琉斗は知っていた。だからこそ、それ以上の追及はしないこととした。


「……ユーン……」


 ふと、琉斗の耳に女性の声が響く。


「……ん?」


 辺りを見渡せば、バルコニーの隅に人影があった。目を凝らさなければ見えない柱の影。そこには、女性がしゃがみ込んでいた。


「……どうして……ユーン……」


 暗がりの中、顔を伏せているため表情は見えない。だが声を聞く限り、どうやら泣いているようだ。


「……」


 彼女の涙の理由を察した琉斗は、気付かれないようにバルコニーか離れる。


 ――琉斗、あの人……――


 琉斗は、シャルの言葉に何も答えることはなかった。一度だけ振り返り、壁の向こうにいる女性の心情を考える。

 これが、人が死ぬということ。琉斗には分かっていた。だがそれでも、彼の心には刺のようなものが刺さる。そしてそれは、心に痛みを広げていた。


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