憎悪
琉斗ら一行は、一路アルム公国へ向かう。機兵以外の移動手段がない以上、その方法は当然陸路のみ。野を抜け、山を越え、深き森の木々をかき分けながら、琉斗達はひたすらに南東へと向かって行く。
その道中、暇を持て余した琉斗はエリーゼに素朴な疑問を聞くこととした。
「……なあエリーゼ」
「うん? どうした琉斗?」
「いや思ったんだけどさ、この世界には飛空艇とかないのか?」
「飛空艇?」
「そうそう。空飛ぶ乗り物。こうして他の国に行くときって、いっつも機兵使ってるだろ? 飛空艇があれば、機兵達を乗っけてひとっ飛びで行けるし楽じゃないか?」
「え? 琉斗の世界には空を飛ぶ乗り物があるの?」
この話題に食い付いたのは、ニーナの方であった。
「ああ、たくさんあるぞ」
「へえ……。琉斗の世界って、凄いんだね」
「……その反応を見る限り、この世界にはそんなのないんだな」
「うん。アタシの知る限り、この世界にはそんな技術はないよ。エリーゼは聞いたことある?」
「いや、私も知らない。……そうだな。考えてもみなかったな。確かに、機兵や動物以外の移動手段があれば、物資の運搬はかなり楽になるだろうな」
どうやら、この世界には本当に飛空艇の類はないようだ。彼女達の反応から、琉斗はそう理解した。
(……二足歩行の機械があるのに、なんでそれ以外の機械が乏しいんだよ……。色々順番がおかしいんだよな、この世界……)
機兵同士の通信手段もそうだが、琉斗にとってこの世界は矛盾だらけだった。琉斗の世界よりも格段に低い文明レベル。その中で、“機兵”という特異点のみが存在している。もちろんエリーゼ達のようなこの世界の者にとってはそれが普通である。だがそれでも、琉斗は違和感を感じざるを得なかった。
……と、ここでレサイアスが話に割って入った。
「お話し中すまないが、間もなくアルム領土に入ります。皆さん、十分ご注意を」
「了解したレサイアス殿。……琉斗、ニーナ。聞いての通り、雑談はこれで終了だ」
「はいはい、分かりましたよー」
緩い返答をするニーナ。緊張感の欠片も感じられないが、それは琉斗も同じであった。
「……しかしなぁ。領土に入った途端に敵が現れるわけでもあるまいし――」
「――あ。琉斗、なんか来るよ」
「そうそう。シャルの言う通り、いきなり来るわけ…………へ?」
シャルの言葉に、琉斗は固まった。その瞬間、ラーゼの右方向の森が爆発を起こした。爆風は辺りの木々を薙ぎ倒し、轟音は地響きのように広がった。
「な、なんだ――!?」
「敵襲!?」
一行は足を止め、爆発の方を振り返る。すると爆炎の中から、凄まじい速度で一体の巨像が跳び出してきた。
「――うおおおおお!」
叫び声を上げながら、巨像は一直線にラーゼへと迫る。その手には、槍が握られていた。
「俺に向かって――!?」
ラーゼは腰元のバスターソードを抜き前へと出る。そして振り抜かれた槍の一撃を受けた。双方の武器は震えながら交差する。槍を持つのは、機兵であった。しかしその形状はレプリカなどではない。銀色の、刺々しい機体。
「これは――オリジナルか!?」
「ようやく見つけた! 白い機兵!」
銀色の機兵は力任せにラーゼを押し込むと、槍を振り回す。先端に取り付けられた十字の刃は木々を切り裂きながらラーゼを狙い続けた。ラーゼはエリーゼ達から徐々に離れつつ、後退する。
「琉斗!」
エリーゼもまた剣を抜き、琉斗の加勢に入ろうと駆け出した。だがそれを琉斗は止める。
「動くなエリーゼ! 他にいるかもしれない!」
「――ッ!」
琉斗の声に、エリーゼは踏み止まる。琉斗は槍を受けつつ、なおも声を上げる。
「こいつは俺がなんとかする! エリーゼは周辺を警戒してアルムの兵達を守れ! ニーナはエリーゼのサポートを頼む!」
「……分かった!」
「任せて琉斗!」
確かに、琉斗の言う通りであった。銀色の機兵がアルム公国のオリジナルを葬ったものかは分からない。だがこうして攻撃を仕掛けて来ている以上、他に戦力があると考える方が自然であった。エリーゼは動けないことに歯を軋ませた。
「はぁッ! 落ちろッ!」
銀色の機兵は、執拗に攻撃をラーゼに繰り出す。だがその様子は異常だった。一撃一撃に魂を込めるかのように、銀色の機兵は叫び声を響かせる。
(こいつ、俺しか見ていないのか――!?)
敵はラーゼ以外に目もくれない。ただひたすらに、ラーゼだけを追い続ける。
一度大きく剣を振るラーゼ。銀色の機兵がそれを躱すと、ラーゼは後方へと跳躍した。
「お前! アルムのオリジナルを破壊した奴か!?」
「黙れ!」
巨像は槍の切っ先をラーゼに向けた。
「ごちゃごちゃと戯言を言うな! お前だけは、絶対に俺が――この“シュヴィング・シュテルン”が壊す!」
銀色の機兵――シュヴィング・シュテルンは再び槍を構える。そして大地を踏み締め、ラーゼへと突進した。
一方ニーナは、周囲の様子を窺いながらエリーゼを呼ぶ。
「……エリーゼ。周囲に敵の姿はないみたいだよ」
「ああ、そのようだ。あの機兵の行動を見る限り、集団戦を仕掛けているとは思えない」
「だね。個人的な用件で琉斗を狙ってるみたいだし」
(なぜ琉斗を狙っている? ……ともあれ、伏兵がいる可能性は低いか……。ならば……)
エリーゼは、ラーゼへの攻撃を繰り返すシュヴィングに視線を送っていた。
ラーゼはシュヴィングの攻撃を受ける。大剣を楯のように使いながら。その中で、琉斗は操者に呼びかける。
「おいお前! 一つだけ答えろよ! お前はアルムのオリジナルを壊した奴か!? 違うのか!?」
「うるさいと言っている! 俺はそんなものには興味などない! 俺が壊したいのは、お前だけだッ!」
「――つまりは、別件ってことでいいんだな!」
相手の槍が大剣に触れると同時に、ラーゼは大きく剣を振り抜く。槍を弾かれたシュヴィングは後方へと体勢を崩した。時間にして極僅かな隙――その間に、ラーゼは相手との距離を詰める。
「――ッ!?」
「なに驚いてんだよ!」
ラーゼは体を捻りながら跳ぶ。そして回転力を乗せた剣をシュヴィングへと走らせた。シュヴィングは槍でラーゼの剣を受ける。だが崩れた体勢ではその衝撃に耐えられるはずもない。吹き飛ばされた銀の機兵は木々を圧し折りながら大地を滑り、倒れたまま停止した。
その方向を見つめながら、ラーゼは剣を構える。
「……お前がどんな理由で俺を狙っているのかは知らん。だがな、こっちも大人しくやられるわけねえだろ。剣を向けるなら、迎え撃つだけだ……!」
しばらくすると、立ち上る粉塵の中でシュビングは立ち上がった。全身から力を抜く機兵。だがその機体は、鈍く光を放ち始めていた。その光が意味することを、琉斗は瞬時に理解する。
「……固有兵装か?」
琉斗は更に警戒を強める。
「――琉斗!」
すると彼の横に、ブラオが駆け込んで来た。
「公国師団の皆はニーナに預けた。琉斗、どうやら敵は奴一人のようだぞ」
「らしいな。……気を付けろエリーゼ。敵さん、どうやらこれからが本気みたいだぞ」
「分かっている。奴からは激しい憎悪が見える。いくらお前とはいえ、あの歪みは危険だ。私も加勢する」
そしてブラオもまた、剣を構えた。
「――……青の機兵、俺はお前などに用はない……」
光に包まれるシュヴィングから、静かに声が響く。
「……だが、俺の邪魔をするのであれば話は別だ。お前もろとも、塵とするだけのこと……!」
シュヴィングは全身に光をまとったまま、槍をラーゼ達に向けた。
「舐めるなよ。シュヴィング・シュテルンの固有兵装、とくと味わ――!」
「――ストップ。そこまでよ」
突如、シュヴィングの後方から女性の声が響く。その声に、シュヴィングは動きを止めた。
「――ッ!? あれは――!?」
「……いつの間に……」
琉斗もエリーゼも、気付くことが出来なかった。気が付けば、銀の機兵の後方には別の機兵がいた。血のように紅い、真紅の機兵であった。
シュヴィングは振り返ることはない。だがそれでも、その機兵も操者のことも知っているようであった。
「……なぜ止める」
「あなたの気持ちは理解しているつもりよ。……でも、だからといって、独断行動は慎んでもらいたいものね」
「邪魔をするな。俺はあの白い機兵を……!」
「物事には全て順序があるものよ。今は、その時ではないの。“あの方”も、あなたを呼んでいるわ」
「……」
真紅の機兵の言葉を受け、シュヴィングは沈黙する。そしてしばらくした後、全身の光を消し槍を下げた。
「……さ、戻るわよ」
その様子を見た真紅の機兵は、後退を始める。シュヴィングもまた踵を返し、真紅の機兵に続いた。
「……今は退く。だがいずれ必ず、俺が前を壊す。その時まで、誰にも壊されるなよ」
そう言い残し、二機は去っていった。
残された琉斗達は、その姿が完全に見えなくなったのを確認すると、剣を収めた。
「……なんだったんだ、あれ……」
「……分からない。だがあのシュヴィング・シュテルンという機兵の操者、奴はお前を知っているようだ。心当たりはないのか?」
「俺が知るかよ。俺自身、オリジナルの機兵はラーゼとブラオ、そしてアーサーのグランツしか知らねえし」
「……それもそうだな。とにかく、今はアルム公国へ向かおう」
そして琉斗達はニーナ達と合流し、先を進み始めた。その道中は、先程とは全く違う。全員が沈黙し、声を漏らす者などいない。
目指すは南東、アルム公国。その先の空には、暗雲が立ちこめていた。