調査
謁見の間には、アーサー達が集まっていた。演習を終えたレサイアスが、是が非でも白い機兵の操者に礼を言いたいと申し立てたため、この場で会わせることとなったのだが……。
「……!」
その当事者たるレサイアスは、口をあんぐりと開けたまま絶句していた。彼の目の前には、念願の白い機兵の操者……つまりは、琉斗が立っていた。
レサイアスの期待通りの驚きに満足気なアーサーは、にこやかに紹介をする。
「彼が、白い機兵の操者、琉斗だ」
「……ども」
軽く会釈をする琉斗。しかしレサイアスは、身動きすらしない。
「……まだ、子供ではないか……」
それを見ていたエリーゼは、レサイアス殿と声をかける。
「確かに彼はまだ幼いですが、間違いなく白い機兵――ラーゼ・エントリッヒの操者にして、先程あなたが対峙した機兵を動かしていた者ですよ」
レサイアスはエリーゼの顔を見た後、視線を琉斗に戻す。
「そ、そうですか……。いや、すまない。そ、その……何というか……想像していた者と、あまりにも違っていたもので……」
それを聞いたアーサーは、笑い声を上げる。片や琉斗は、凄まじく馬鹿にされた気分となり、不機嫌そうにぶすくれていた。
「そう怒るな琉斗。私も、最初お前が操者だと知ったときには驚いたものだ」
エリーゼは優しく声をかける。琉斗は話を逸らすかのように、アーサーの方を見た。
「……それで? 何か用かよ。まさか、こんだけのために呼んだわけじゃないだろ?」
「うん。相変わらず察しがいいね」
そしてアーサーは、本題に入る。
「実はね、彼の国、アルム公国のオリジナル機兵がいたんだけど、何者かに撃破されたみたいなんだよ」
アーサーの言葉に、琉斗は衝撃を受ける。
「……何気に重い話をさらりと言うなよ……」
「事実だし、しょうがないだろ? ……アルム公国のオリジナルは、その一機しかなくてね。レプリカのエネルギー補給が滞っているらしいんだ。だから調査を兼ねて、ブラオ・シュプリンガーが行くことになったんだよ」
「エリーゼが?」
「そうそう。……そこで、さ。琉斗にも、エリーゼに同行してくれないかい?」
「え? 俺?」
そしてエリーゼは、アーサーに続いた。
「アルム公国のオリジナル機兵の勇猛さは、周辺諸国でも有名だったんだ。その機兵が、破壊された……。その敵がレプリカとは、到底考えられない」
「……敵も、オリジナルってことか……」
「ああ。敵の素性は全く分からない。その姿、能力、操者に至るまでな」
「だから用心のために、君も同行してほしいんだよ。学校暮らしも飽きてきたところだろ? 息抜きってことで……どうかな?」
学校暮らし……。その言葉に、レサイアスは苦笑いを浮かべる。
――琉斗行こうよ! ラーゼも外に出たがってるし!――
琉斗の脳内で、シャルは息を荒くする。
(……アーサーの思惑に乗るのは癪だけどなぁ。まあ、あそこで引き籠もってるより何倍もまし、か……)
そう結論付けた琉斗は、顔を上げる。
「――分かったよ。俺も行く」
「助かるよ、琉斗。学校の方にはちゃんと言っておくからさ。“戻ってきたら、休んだ分頑張らせる”って」
アーサーは意味深な笑みを浮かべた。
「か、勘弁してくれよ……」
項垂れる琉斗の様子に、室内には笑い声が響いていた。
◆ ◆ ◆
ハイリベルトの格納庫。ここには、数多くの機兵が納められていた。レプリカの数は百を超える。かつて二つの国であった戦力を集約したと考えるのであれば、それも納得できる。
その格納庫の最深部。そこには、三機のオリジナルが眠っていた。
一つは、青い機兵、ブラオ・シュプリンガー。エリーゼが操る機兵である。
一つは、黄金の機兵、グランツ・ランツェ。アーサーが操る機兵であるが、琉斗との戦闘の損傷は激しく、依然として完全な修復には至っていない。
――そして、残る一機……。
「……よう、相棒……」
目の前に佇む白い機兵、ラーゼ・エントリッヒを見上げながら、琉斗は声をかけた。ラーゼは何も答えなかったが、琉斗にはどことなく、微笑んでいるように見えた。
「久しぶりに外へ出ることになったからさ。ここ最近、お前を動かすことがなかったけど、一つよろしく頼むよ」
琉斗の言葉の後、シャルは嬉しそうに口を開く。
「ラーゼもね、こちらこそって言ってるよ」
そして琉斗は、ラーゼに乗り込む。久しぶりのコックピットの感触。球体に触れれば、優しい光を放つ。鼻には独特の機械の香りが漂うが、不快感はなく、むしろ心地よい。
「……今の気分はどう?」
シャルの問いに、琉斗は笑顔を見せた。
「……悪くないさ。悪いわけがない」
「だよねー! ラーゼもさ、凄く喜んでるよ!」
シャルの嬉々とする声に、琉斗もまた心が踊る。
「――琉斗。準備はいいか?」
ふと、外からエリーゼの声が。その方向に目をやると、気付かぬ間にブラオが機動し、ラーゼの近くまで歩み寄っていた。
「ああ。問題ない」
「ラーゼに乗るのも久しぶりだからな。無理はするなよ?」
「分かってるよ。リハビリ程度って考えとく」
「結構。……では、行くぞ」
そして二機は、格納庫の出口へと向かう。琉斗は踏み出す感触を確かめながら、前を見る。薄暗い格納庫。その奥には、眩い光が広がっていた。
「……綺麗だな。ラーゼ……」
彼の言葉に応えるかのように、手元の球体は優しい光を放つ。そしてゲートを抜けた先には、街が広がっていた。太陽の光を写は、機兵の姿を照らし出す。汚れのない、純白の機兵。
「琉斗殿」
出入口付近には、レサイアス達公国師団が乗るレプリカの集団が待機していた。列を成し、ラーゼ、ブラオを出迎えるように。
「我らが道案内を致します。皆さんは、後方から付いて来てください」
「分かりました」
エリーゼとレサイアスが会話をする中、琉斗はとあるものに気付く。琉斗の視線の先にいたのは、一際重装備のレプリカ。だがその搭乗者には、とっくに検討がついていた。
レプリカに向け、琉斗は声をかける。
「……なあ、なんでお前がいるんだ? ニーナ?」
「あら、よく分かったね」
やはりと言うか、レプリカからはニーナの声が響く。
「当たり前だろ。ラーゼの調整の度に、レプリカに怪しげな改造を施すお前を目撃してたからな」
「怪しげって……。そんなんじゃないって。アタシってさ、接近戦向きじゃないでしょ? だからさ、アタシ専用機ってことで、この子をチューンナップしてたわけ」
饒舌に語るニーナ。だが琉斗は、呆れるように再び尋ねた。
「……どうでもいいけどさ、なんでここにいんの?」
「決まってるでしょ? アタシも同行するのよ」
「はぁ? なんでだよ」
「アルム公国と言えば、広い領土を持つ国よ? そこに行くからには、それなりに話が出来る人物が同行すべきじゃない。その点、アタシは“いちおう”王族の家系だし、最適じゃない」
「……ま、“いちおう”、な……」
自身を王族だと言い放つニーナに、琉斗は違和感しか感じなかった。これまでそんな主張はしたこともなく、むしろそれを拒絶していたニーナ。ここに来てのその言葉は、どう考えても嘘にしか見えない。
しばらく思案に耽った琉斗は、とある仮説へと辿り着く。
「……ていうかお前、ただ単にその“専用機”って奴を使ってみたいだけじゃねえの?」
「……さ、こんなところで時間食ってないで、さっさと行きましょ」
(流しやがったよオイ……)
図星を突かれたニーナは、まるで何事もなかったかのように兵の列へと加わっていった。
「……そ、そろそろ、出発しても……?」
琉斗らの会話にたじろいでいたレサイアスは、おそるおそるといった様子で切り出した。そんな彼に、エリーゼが答える。
「……すまないレサイアス殿。先導をよろしく頼む。ニーナはこう見えても、正式な機兵の操者でな。腕は確かだ。私が保証する」
「そ、そうですか。……では、出発いたします」
彼の声と共に、兵団は後ろを振り返る。そして、隊列を作ったまま歩き出した。
それに続く琉斗とエリーゼ、ニーナ。ニーナは隣を歩くラーゼに、声をかける。
「琉斗もラーゼに乗るの久々なんでしょ? 何かあったら、無理しないでアタシに任せてもいいんだからね?」
「ありがと、遠慮しとくよ。ニーナに任せた方が、色々多方面で無理が起こりそうだし」
「何よそれ! どういう意味!?」
「二人とも。公国師団の兵達に丸聞こえだぞ。少し静かにしてくれ」
がやがやと騒がしいハイリベルトの面々。
(……本当に、大丈夫なのだろうか……)
そんな彼らを見たレサイアスは、人知れず、溜め息を吐くのだった……。