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演習

 翌日の兵学校。この日の朝、生徒達は演習場の観覧席に座っていた。本来であれば、この時間は各教場において座学をしているはずなのであるが、本日は特別授業として、演習場に集まっているのである。埋め尽くされた観覧席では、生徒らの話し声が響いていた。


「――生徒諸君! 静粛に!」


 演習場の中心で、エリーゼはマイクを片手に声を上げる。彼女の号令で、騒がしかった演習場は静寂に包まれた。


「急ではあるが、今日の午前中の座学は取り止め、諸君らには演習を見学をしてもらおうと思う。実は、ここハイリベルトに、昨日からアルム公国の公国師団が訪れている。アルム公国師団といえば、諸君らも知ってのとおり、優秀な機兵操者が多いことで知られている。その団長たるレサイアス殿と、“とある操者”による演習だ。その操者は、かの“白き機兵の操者”である!」


 演習場は、再びざわついた。生徒らは隣の者と話をする。もちろん、彼らも白い機兵の逸話は知っていた。だが彼らが知るのは、あくまでも話の中だけの姿。実際に目にすることなど、ほとんどの者が初めてである。それが彼らの興奮の煽り、ざわつきは徐々にうねりを上げ始めた。

 その中で、エリーゼは再びマイクを握る。


「なお、今回の演習に際しては、公正を期すために、訓練用機兵を使用する。諸君らが実習で使用するものである。本物の機兵操者の動きをよく観察すれば、必ずや諸君らにとって有意義なものとなるだろう。以上だ」


 そう話したエリーゼは歩き始め、観覧席最上部にある教官用の席に向かう。そして再び周囲を見渡し、高らかと言い放った。


「……それでは、機兵入場!」


 そして向かい合うゲートから、剣を持つ二機の機兵が姿を現した。それと同時に、観客席からは割れんばかりの歓声が響き渡った。

 その中で、機兵に乗るレサイアスは、感無量といった表情で目の前の機兵を見つめていた。

 

「……よもや、こうして件の操者と手合わせ出来ようとはな……。アーサー殿には感謝してもしきれん」


 自分の全てをぶつけよう。レサイアスは、そう固く誓っていた。

 一方、琉斗。周囲を見渡しながら、多くの生徒の姿に圧倒されていた。


「……まいったな。なんだよこの人数は……」


 具現化したシャルもまた、琉斗の右肩に座りながら観客席を見渡す。


「すっごい数だね。なんか、やりにくいというか恥ずかしいというか……」


「だな。まるでサーカスのピエロになった気分だ……。それにしても、またしてもエリーゼに上手く丸め込まれた気がするな……」


「だね。琉斗ってほんっっと、単純だよねえ……」


 シャルは首を振りながら呟く。


「うるせえ! 仕方ねえだろ! 俺が聞いた時には決定してたんだからよ!」


 ……そう。昨日エリーゼが話した“いい話”とは、この演習のことであった。今後政治的に友好関係を築いていく国の使者が、ぜひとも噂に聞く白い機兵の操者と会ってみたいと言っており、アーサーの独断で演習をすることになった……。エリーゼは、琉斗にそう話していたのだった。


「……ま、私は別にいいけどね。ラーゼが晒されるわけじゃないんだし」


 まるで他人事のように、シャルは言う。


「てめえ……。他人事だと思いやがって……」


「何言ってんの。琉斗だって、本当はやる気満々なくせに」


 図星を突かれた琉斗は黙り込む。シャルの言う通りであった。ここ最近ラーゼの調整以外ではまったく機兵の操縦席に座っていなかった彼にとって、この演習は溜まりに溜まったフラストレーションを解消できる機会であった。

 どこか吹っ切れた琉斗は、頬を釣り上げる。


「……ま、せっかくやるんだしな! いっちょやっちまうか!」


「うんうん! その意気だよ琉斗!」


 シャルもまた、どこか嬉しそうに宙を舞う。久しぶりの感覚。久しぶりの興奮。胸の鼓動は高鳴り、手には力が入っていた。


「……では、双方ともよろしいですか?」


 二機の空気を感じ取りながら、エリーゼは聞く。双方とも答えることはない。だが機体は重心を落とし構えを取っていた。それこそが答えであるかのように。

 会場は先ほどまての喧騒とは打って変わり、水を打ったように静まり返っていた。二機から発せられる緊張感は、見守る生徒らの口を閉ざさせる。

 そして――。


「――始め!」


 エリーゼの掛け声と共に、二機は同時に前に出る。瞬く間に距離を詰めた二機はほぼ同時に剣を振る。二つの刃が交差すれば、激しい金属音と衝撃波が会場に響いた。

 一度剣を離したレサイアスはその場で機体を反転させる。そしてニの太刀を琉斗に向け走らせる。


「チィッ――!」


 後退しながらレサイアスの剣を弾いた琉斗は、そのまま距離を取り剣を向ける。


「……重いな。機体もそうだけど……鈍ったかなぁ……」


 以前琉斗はレプリカを操縦したことがあるが、それよりも更に機体は重く感じていた。そして彼自身も、このところ機兵を動かさなかったからか、感覚がどこかぼやけて感じていた。

 そんな彼の心境を察したのか、シャルはすかさずフォローする


「久々にしては上出来じゃないの?」


「まあ、そんなところかな。もちっとリハビリしたいところなんだけど……向こうさんは、待っちゃくれないみたいだな……」


 見れば対するレサイアスは、再び重心を落としていた。


「――参る!」


 気合いを入れ直したレサイアスは駆ける。


「真っ向勝負かよ! ――上等!」


 琉斗もまた再び駆け出し、レサイアスへ猛進する。二機の剣はぶつかり合う。その音は幾重にも響き、鼓動のように大地を揺らす。

 見守る生徒らは、手に汗を握っていた。ぶつかり合う二機の機兵。その操縦は、自分達もしている。だが同じ機体とは考えられないほど、二機の動きは素早く滑らかであった。自信があった者は己の未熟さを思い知り、自信のない者は羨望の眼差しを向ける。様々な意味で、生徒らは刺激されていた。

 一方エリーゼは、微笑みながら琉斗の動きを見ていた。


(……なるほど。アーサーの言ったとおりだな……)


 アーサーは事前に彼女に言っていた。爆発的な速度で成長している琉斗だが、その分機兵から離れた時の失速も大きいかも知れない。この演習は、そんな彼の感覚をもう一度磨き上げるという意味もある、と。

 以前に比べ、琉斗の動きは鈍い。だが少しずつ、それも戻り始めている。どうしてだか、彼女はそれを嬉しく感じていた。

 その変化は、相対するレサイアスも感じ取っていた。


(徐々に動きがよくなってきている。汚れた鏡が磨かれているように……)


「――なるほど! そういうことか!」


 アーサーの意図を悟ったレサイアスは、更に猛る。

 レサイアスは琉斗の胴体を狙う。琉斗は剣を受けるや、下へと叩き落とす。剣の切っ先は地面にめり込み、更に琉斗は足で剣を押さえつけた。すかさず琉斗は剣の上を走り、レサイアスの頭部を蹴る。


「な、なんと――!?」


 驚愕するレサイアス。琉斗の曲芸のような動きに会場の歓声は一際大きくなる。レサイアスの機体が後方に大きく仰け反ると、琉斗は着地と同時に素早く機体を屈ませる。そして不安定なレサイアス機の足を払えば、機体は音を立て倒れ込んだ。


「ぐぅ――! だがまだ――!」


 更なる闘志を燃やすレサイアスだったが、もはや勝負は付いていた。立ち上がろうとした機体の首元には、琉斗の刃が向けられる。


「……ふっ。これまで、か……」


 レサイアスは起き上がることを諦め、機体の力を抜く。その様子を見たエリーゼは、笑みを浮かべた後に宣言した。


「――勝負あり!」


 その瞬間、歓声は極限まで強くなる。至る所から、興奮する生徒の声が聞こえていた。


「すげぇ! 見たかよ今の!」


「なんであんな動き出来んだよ! 鳥肌立った!」


 彼らの熱い視線の中、琉斗はレサイアスに手を伸ばす。そしてレサイアスがその手を掴めば、琉斗は倒れた機兵を起き上がらせるのであった。


「――……へえ。あれが白い機兵の操者か……」


 沸き上がる会場の隅。その柱の陰に立つ少女は呟く。周囲とは全く違う、不穏で妖艶な視線を琉斗に向けて。


「あのポンコツであれだけ動けるなんてね……。噂通りってところかなぁ」


 そして少女は、にやりと笑う。


「……あれで白い機兵に乗ったら、どんだけ凄いんだろ……。キャハハ! 楽しみー!」


 歓声の中に不気味な笑い声を混ぜた後、少女はその場を立ち去る。

 彼女の右手甲に刻まれた允証は、淡い光を放っていた。

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