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退屈

 兵学校における大まかな一日の流れは、午前中に座学、午後に実習となっている。

 座学とは言うまでもなく、歴史や言語、兵法、機兵などに関する基本的な知識から専門的な応用までと幅広く学ぶ。根本的に座学が嫌いな琉斗にとって苦痛の時間であることは、安易に想像できるだろう。特に文字すら分からない彼は、意味不明の単語が飛び交う中、眠気と戦うことに必死であった。

 実習とは、その言葉通りのもの。実戦的訓練を主とし、機兵の操縦、剣術、武術などを学ぶ。当初琉斗は、体育の授業の延長か何かだと思っていたのだが……ここは、仮にも“兵”学校。そんな生易しいものではなかった。


「――あぐっ!」


 琉斗は後方へ吹き飛ばされる。


「琉斗! 腰を入れろ! 腰が浮くから、簡単に倒れるのだ!」


 担当の教官の激が飛ぶ。

 ここはドーム型の演習場。そこでは、午後の実習が行われていた。この時間のメニューは、生身による格闘術。当然ながら、格闘技の経験などあるはずもない琉斗は、ものの見事にやられ放題となっていた。


「……そんなこと言ったってな……」


 小さく愚痴をこぼしながら起き上がる琉斗。そんな彼の脳内で、シャルが呟いた。


 ――琉斗に格闘技なんて無理だよねぇ……。機兵の操縦は凄いけど、それ以外は全然全くびっくりするぐらいてんでダメダメなわけだし……――


「うるせえ! 黙ってろ!」


 琉斗は思わず声を上げる。


「ほう……まだまだ余裕だな……」


 その言葉に、いち早く反応したのは教官である。しかしその表情は、まるで鬼のようであった。眉間に深い皺をよせ、見るからに不機嫌といったところか。そこで琉斗は気付く。


「……あ、いや……今のは、あんたに言ったわけじゃなくて……」


「よかろう! では次!」


 琉斗の言葉など聞きもせず、教官は声を上げた。そして生徒達は、再び構えをとる。


(か、勘弁してくれよ……)


 天を仰いだ琉斗は、溜め息を吐くことしかできなかった。




 ◆  ◆  ◆




 一方、王宮謁見の間。そこには、アーサーとその従者、エリーゼ、そして、見慣れぬ兵の一団の姿があった。その兵団の先頭に立つ男性は、深く頭を下げる。


「……お初にお目にかかります、陛下……。私は、公国師団、レサイアスと申します」


 アーサーは、にこやかに言葉を返した。


「長旅ご苦労様、アルム公国の皆さん」


 アルム公国とは、ハイリベルトの南東にある国である。彼らは、そこからの使者であった。


「アルム公国は、緑豊かな国と聞いている。ぜひとも、一度行ってみたいと思っていたんだよ。連絡さえくれれば、僕から足を運んだんだけどね」


「いえ……。ご多忙のところ、時間を割いていただくわけにはいきませぬゆえ。見れば復興も順調に進んでいるようではありますが……」


「まあね。もっとも、僕は何もしていないけどさ。全て、国民の努力によるものだよ」


「良き国は、国民が活気に湧いているもの……。ここは、良き国のようですな」


 そう話すレサイアスは表情は、実に穏やかなものであった。威厳ある顔からは想像も出来ないほどに。そして彼は、ふいにアーサーに尋ねる。


「……時に、噂に聞く“天才操者”はいずこに?」


「え?」


「いやいや、ちょっとした私の好奇心なのです。彼の話は、私をはじめ本国でも聞き及んでおりますゆえ。先の戦において、白い機兵を操り鬼神の如き活躍を見せ、撃破したレプリカは数知れず、さらには単機でオリジナル三機を撃破せしめた、と……」


「……」


 アーサーは複雑な心境であった。その被害を被ったのは他でもない、彼側の方であったからだ。苦い記憶をつつかれたアーサーは、苦笑いを浮かべる。


「さぞや威厳に満ち溢れた人物なのであろう。ぜひとも、一度お目にかかりたいと思いましてな……」


 そう話しながら、レサイアスは室内を見渡し、エリーゼに目を止める。


「……もしや、あなたが?」


「え? え、ええと……私ではないんですが……」


 なかなか鋭い、とは言えるはずもなく、エリーゼは笑みを浮かべ誤魔化す。


「そうですか……。陛下、その操者はいずこに?」


「……彼なら、ここにはいませんよ。おそらく今頃、自分を高めていることでしょう」


(物は言いようだな、アーサー……)


 にこやかに話すアーサーを、エリーゼは呆れるように見ていた。事情を知らぬレサイアスは、感心するように声を漏らす。


「……ううむ。あれだけの戦果を上げながら、奢ることなく更なる高みを目指すとは……。なるほど、天才操者か……」


 アーサーは平静を装いながらも、笑いを堪えるのに必死であった。これだけ賞賛される件の“天才操者”が、今頃兵学校で教官に“絞られている”と考えるだけで、止めどない笑いが込み上げて来る。それはエリーゼも同じなのだろう。その証拠に、顔を赤くしながらもレサイアスに気付かれないように、必死に顔を背けていた。

 悪戯もほどほどにしよう。そう考えたアーサーは、そろそろ本題に入ることとした。


「……それで、貴公らの用件はなんだい?」


 アーサーの声に、レサイアスは表情を引き締める。


「……はい。実は、我が国が保有していたオリジナルの機兵についてですが……」


「貴国のオリジナル……。確か、バオム・フェフターという名前だった憶えが……」


「いかにも。我が国が所有するオリジナル、大いなる大樹を司る新緑の機兵、バオム・フェフター。……恥を承知でお話しします。実は先日、そのバオムが、何者かに破壊されました」


「――ッ!?」


 室内に、衝撃と緊張が走った。




 ◆  ◆  ◆




「も、もう無理……限界……」


 放課後、琉斗は演習場直近の水飲み場でへたり込んでいた。西の茜空はやけに鮮やかであったが、今の彼にそれを見る余裕などない。体中に痛みが走り、擦過傷が至る所に目立つ。見るからに“しごかれた”様子であった。


 ――まったく……。琉斗が悪いんだからね。あんなこと言うもんだから、あのおじさんが怒っちゃったんだよ?――

 

 まるで他人事のように話すシャル。


「誰のせいだと思ってるんだよ!」


「――……何を叫んでいるのだ?」


 ふと、琉斗の背後から声が聞こえた。振り返ると、そこには腕を組んだエリーゼの姿が。


「あれ? エリーゼ?」


「その様子では、しっかり鍛えられたようだな、琉斗」


 エリーゼは微笑みながら、琉斗の隣に腰を下ろす。


「なんでお前がいるんだ?」


「私はブラオの操者だぞ? 学生らに機兵の操縦を指導をするのも、私の仕事でな。だから度々、こうして兵学校に顔を出しているのさ」


「ああなるほど。特別講師ってことか」


「言ってることはよく分からないが、たぶんそんな感じだ」


 そしてエリーゼは、遠くに流れる雲を見つめた。


「……琉斗。ここの生活はどうだ?」


「……正直に言えば、退屈だ」


「やはりな。そんなところだろうと思っていた」


「仕方ないだろ? 文字だって読めないし、体術なんて出来もしないんだし。……で、唯一自信がある機兵の操縦もダメってんなら、面白味を見つける方が難しいだろ」


「……」


 琉斗の目は、遠くに見える建物に向けられていた。エリーゼは、そんな彼を見つめる。

 琉斗は、兵学校において行われる授業の一つ、機兵の操縦課程を受けていなかった。正確には、参加はするが見学扱いである。他の生徒達が訓練用に調整された機兵を操縦する様子を、ただ眺めるだけであった。生徒達には、琉斗の操縦技術が低すぎて危険であるからということにしているのだが……本当の理由など、一つしかなかった。


「琉斗。悪く思わないでくれ。お前が参加しては、生徒達の訓練にならないんだよ。お前の操縦技術は、私やアーサー、全ての兵士達が認めている。この国において随一と言えるだろう。そんなお前が、まだ満足に動かすことも出来ない生徒達と並ぶわけにもいかないだろう」


「それは……分かってるよ」


 琉斗は、どこか納得できない気持ちを抱えながらも、そう言う他なかった。


「すまないな。だが、退屈は平和の証のようなものだ。耐えてくれよ」


「平和の証ね……」


 話し終えたエリーゼは立ち上がった。帰るかと思いきや、ここで、意味深な笑みを浮かべた。


「……とは言っても、そろそろ退屈にも飽きたことだろう。――そこで、だ。私から一つ、いい知らせだ……」


「……へ?」


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