運命
「……さて、と。僕はこの辺でそろそろ……」
アーサーは、名残惜しそうな顔をしながらも、その場を立ち去り始めた。離れていく彼の背に向け、エリーゼが声をかける。
「もう戻るのか?」
「まあね。本当はもう少し話してたかったけど……まあ、それは今度かな。まだまだやることは山積みだし、いつまでも抜けるわけにもいかないんだ」
「そっか……。頑張れよ、アーサー」
思わず呟いた。アーサーは、あれから数日程経ったが、ろくに休んでいない。気休めにもならない言葉ではあったが、そう言わずにはいられなかった。
アーサーは一度だけ振り返り、笑顔を見せた。
「――ああ。僕は、この国の王だからね」
そして、アーサーは城の中へと消えていった。
「……なあエリーゼ」
「うん? どうした?」
「アーサーってさ、すげえよな」
「……どうしたんだ、急に」
「いや、なんとなく……」
確かに、二つの国が一つになった今は大変な時期だ。国民の掌握や様々な規則や法律の見直し、街の復興、家臣や兵長の選定、説明……。数える気にもならないほど、やることが山積みだ。そしてアーサーはそんな国の王。全ての書類に目を通し、認可の可否、政の指導をする必要がある。彼が休めばそれだけ処理が遅れるということ。それは分かる。だが、それはあまりに膨大な仕事量となってしまう。個人の負担は、他の者とは比べ物にならないだろう。
それでも彼は泣き言を一切言わなかった。それどころか、色んな人に声をかけ、笑顔を見せ、積極的に動き回っている。寝る暇すら惜しみ、ただひたすらに国のために身を粉にしている。
俺なら到底無理だろう。だからこそ、彼の凄さがよく分かった。
「エリーゼ。俺に何か出来ることはないか?」
「……いや、それは大丈夫だろう」
エリーゼは、微笑みながら話した。
「いや、でも……」
「アーサーなら、その気持ちだけで十分だと言うはずだ。アイツは、そういう奴だ。まあ、好きにやらせておけ。アイツも割と丈夫なんだ。
それに、いくらオリジナルの操者とはいえ、お前はまだ子供だ。出来ることと出来ないことはある。こういう言い方をするのも酷かも知れないがな」
「そっか……」
何だか申し訳ない気持ちになってしまう。エリーゼはもう一度俺に微笑みかけ、体を一度伸ばした。
「……さて、私もそろそろ行くとするか」
「エリーゼも仕事か?」
「まあな。兵の管理は私が取り仕切ることになっててな。シュルベリアとベリオグラッド、双方の兵士の階級決めや部隊編成、今後の訓練計画を練らないといけないんだ」
「そうか……」
「では、また後ほど……」
「ああ。おつかれ」
そしてエリーゼも、城の中へと向かって行った。
――……琉斗だけになっちゃったね――
ふと、シャルが呟く。
「……だな。これからどうするかな」
――んん……とりあえずさ、フェルモントに会いに行ってみる?――
「ああ……そう、だな。そうしてみるか」
そして俺達は、フェルモントの元へと向かった。
◆ ◆ ◆
フェルモントの部屋は、以前捕らえられていた別塔の部屋だった。もちろん、扉に鍵などはされていない。前のこともあり、縁起の悪いようにも思えるが、フェルモントは気にしてはいないようだ。別の部屋をという話にもなったが、彼女がここでいいと言ったくらいだし。まあ、本人がいいと言うなら、それでいいかもしれないが。
「――フェルモント? いるか?」
扉をノックし、声をかける。
「ああ、琉斗さんですか? どうぞ」
彼女の言葉に、扉を開ける。相変わらず豪華な部屋の真ん中で、彼女は椅子に座っていた。彼女の傍には侍女の姿も。手には資料のようなものがあり、どうやら読み聞かせをしていたようだ。
「……あ、仕事中だったか?」
「いいえ。ちょうど休憩しようと思っていたところでしたので」
彼女は笑顔で話した。彼女の様子を見た侍女は、彼女と俺に一礼した後、そそくさと部屋を後にする。どうやら、気を使わせてしまったようだ。
「ええと……何してたんだ?」
「ええ、シュルベリアの人々の移住状況の確認を……」
「そ、そうか……」
「……」
「……」
……二人揃って、黙り込んでしまった。言葉に困るというか、話が出てこないというか……。でも、悪い気分じゃない。暖かくて柔らかい沈黙が、俺達を包んでいた。
「……そういえば、アーサー王が仰っていたのですが……」
ふと、フェルモントが口を開く。
「国の名前を、変えるそうです」
「え?」
「ベリオグラッドとシュルベリアは一つになり、新たな国になる。だからどちらが勝利したというわけではないから、国名を新たにする……。そう仰っていました」
「へえ……アーサーが……」
(そんなこと一言も言ってなかったけどな……)
まだ、色々あるのかもしれない。国名が変わることに少なからず反発はあるだろうし、その辺を取りまとめてからの正式発表って流れだろうし。
「これから、私達の国は変わっていきます。人が合流し、領土が広がり、国名が変わり……。もしかしたら、私達は、歴史の分岐点に立ち会っているのかもしれませんね」
フェルモントは、感慨深そうに語った。でも俺の頭にあったのは、別のことだった。率直に聞くことには大きな抵抗のあること……フェルモントのこと……。
「……あのさ。フェルモントは……その、大丈夫なのか?」
「大丈夫?」
「いや、国が一つになること、なんだけど……」
「……」
それ以上は言わなかった。言えなかった。それは、俺が安易に踏み込んでいい場所とは思わない。それでも聞いたのは、またフェルモントが無理をしていないかと不安だったからだ。
フェルモントは、俺の方に見えない眼を向けていた。
「……正直に言えば、私の中にも複雑な思いはあります。私も、一人の人間ですから……」
フェルモントは、静かに話した。彼女は、俺の言わんとすることが分かったようだ。
「そっか……。その、悪かったな。嫌なこと聞いて……」
「いえ。私は大丈夫です。琉斗さんが、私を心配していただいていることはわかりますから。
……ですが、過去のことはどうあれ、そればかりに囚われるわけにはいきませんから。後ろばかり見ていては、目の前に迫る壁に気付きません。足元を見ていなければ、そこにある石に躓きます。しかしながら、過去の道のりは学ぶべきことが多くあります。
過去と今、そして未来を見つめながら、前へと進んでいく……。そうやって、歴史は繰り返されていくものだと思います」
フェルモントは、力強く語っていた。彼女の目は、全てを見ていた。見えてはいないはずの瞳は、俺には見えていないものが見えていた。
……どうやら、余計な心配だったようだ。
「……強いな、フェルモントは」
俺の言葉に、フェルモントは少し恥ずかしそうにはにかんだ。
「いえ、そんなことありませんよ。……私には、たくさんの人がついていますから。ニーナにシュルベリアの人々。アーサー王、エリーゼ……そして、琉斗さん」
「……俺?」
「はい。皆さんが……琉斗さんが傍にいてくれるからこそ、私は歩いていけるんです。不安になるときもあります。それでも、私は一人じゃないって思えるんです。
……だって、琉斗さんは私の手を握ってくれましたから。優しく、声をかけてくれましたから。だからこそ、私は前を見ていられるんです」
「フェルモント……」
彼女は少しだけ恥ずかしそうに微笑んでいた。頰は、仄かに桃色に染まる。その笑顔を見ていると、心が落ち着いてくる気がした。安らぎ……というのだろうか。
俺は、この笑顔を守りたかった。国のこととか細かいのはよく分からない。だけど、彼女の暖かさは絶対に失いたくなかった。そのことが、今になって一層強く感じた。それと同時に、守れたことも……。
「――……フェルモント」
「はい、なんですか?」
「俺さ、お前を守れてよかったよ。お前が王女だからとか、そんなのじゃなくてさ」
「琉斗さん……」
咽の奥に言葉が生まれていた。それは少しだけ恥ずかしくて、少しだけ恐くもある、想いの塊。一瞬の躊躇は、それを物語る。それでも、形にしたい。彼女に伝えたい。
そんな不格好な心が、口を震わせながらも動かし始めた。
「……フェルモント。あのさ……俺……俺――!」
『――フェルモントー!』
「――ッ!?」
「――ッ!?」
突然、ドデカいスピーカーの声が外から響いてきた。俺とフェルモントは体をびくりとさせながら、窓の方に顔を向ける。
『フェルモントー? いないの-?』
……どこかで、聞き覚えのある声だった。
「この声は……」
フェルモントも、声の主に気付いているようだ。ほっとしたような、口惜しいような複雑な心境の俺は、とりあえずそいつに声をかけるべく窓から顔を出した。
「……なんだよニーナ。なんか用か?」
『あれ? 琉斗いたんだ』
塔の下には機兵が一機いた。おそらくは、ニーナはそれに乗っているのだろう。
「いちゃ悪いのかよ」
『そういうわけじゃないけど……あれ? もしかして邪魔だった?』
「……別に。それより、どうしたんだよ」
『ああ、ちょっとベリオグラッドのレプリカの新型乗ってみたんだけどさ。……これ、すっごくいいよ! 手足の動きもスムーズだし!』
ニーナの乗る機兵は、くるくるとその場で踊る。よほど感動したようだ。
『ニ、ニーナ殿! そんなに動かれては困ります!』
ふと、少し離れたところから別の機兵が駆け寄ってきた。
『やばっ! じゃ、じゃあ琉斗! フェルモントによろしく!』
それだけを言い残し、ニーナはどこかへと走り去っていった。そしてそれを追いかける機兵が二、三体。彼らがいなくなったあとは、一気に静まり返った。
(……なんだったんだ、あれ……)
嵐のように過ぎ去ったニーナ。何がしたかったのやら。
「……もう。ニーナったら……」
フェルモントもまた、やれやれと言った表情で呟く。本当に二人が従妹同士なのかと更に疑ってしまった。
「――フェルモント様。そろそろ……」
その時、入口の方から声がかかる。見ればそこには、さっき部屋を出て行った侍女の姿が。
「……もうそんな時間ですか。琉斗さん、もう少しお話をしたかったのですが……」
どうやら、時間が来たようだ。フェルモントも残念そうな顔をしていた。……ように見えたのは、俺の心中の現れだろうか。
「……いや、いいって。また後でな」
「はい。また、後ほど……」
後ろ髪を引かれる思いで、部屋を後にする。でもまあ、これから時間はたくさんあるんだ。焦る必要はない。またフェルモントと、ゆっくりと話をしていけばいい。
そう、自分に言い聞かせた。
◆ ◆ ◆
「……なあ、シャル」
「ん? なぁに?」
格納庫の中に眠るラーゼを見つめながら、シャルに聞いてみた。
「ラーゼってさ、白き神って呼ばれてたんだろ? なんでなんだ?」
「おっきいからでしょ?」
さも当然に、シャルは答える。
「なんだよそれ。それなら、他の機兵も同じように言われるだろ。ブラオなら青き神だとか、グランツなら黄金の神だとか。そうでもないみたいだし、なんでラーゼだけが神扱いなんだ?」
「ん~……わかんない」
(……結局それか……)
誤魔化している様子はない。ともなれば、本当に知らないのか、あるいは忘れているのか……。
(忘れさせられているって線もあるが……)
目の前のラーゼを改めて見た。純白のボディに、赤の紋様。確か、エリーゼは言っていた。ラーゼは、元々のコンセプトが違う気がすると。
それについて、思い当たる節はある。ラーゼの固有兵装は、リミットブレイク。機体の性能を一時的に爆発的に増加させる。それなら、アーサーとの戦いで見せた、最後の波動はなんだったのだろうか。ラーゼはゼロなんたらとか言っていたようだが、シャルは知らなかった。
それに、あの夢の声。大いなる返還だとか言っていたが、皆目見当もつかない。それはゾルの言葉にも言えていることだが、俺達の知らない何かを、ラーゼは知っているのだろうか。
(……ラーゼ。どうなんだよ)
ラーゼは、ただ静かにそこにいた。
「……え? なに? どうしたの?」
突然、シャルが呟いた。
「どうした?」
「うん。……ラーゼがね、琉斗に言ってるんだ。“何があろうとも、琉斗と共に”って」
「……そっか」
「ねえ、なんかラーゼに言ったの?」
「……」
……細かいことは分からない。これからのことなんて分からない。
でも何があろうとも、俺にはラーゼがいる。シャルがいる。アーサー、エリーゼ、ニーナがいる。……そして、フェルモントもいる。
疑問は残るが、きっといつかは、ラーゼが教えてくれるはずだ。
「……別に。なんでもない。――シャル、ラーゼ。これからもよろしくな」
「急になに? 変な琉斗」
シャルはそう言いながらも、嬉しそうに宙を舞う。ラーゼも動いてはいないが、心なしか微笑みかけているように見えた。
異世界に来て、ラーゼと出会って、色んなことがあった。それはきっと、俺の運命だったのかもしれない。そしてそれは、これからも待ち受けているかもしれない。
それでも、俺は乗り越えていく。何があろうとも……。みんなと共に――――。
終章 完