禁忌
砦の敷地内を歩く。
頭の中は色んな不満がダラダラと壊れたラジオのように流れ続けていた。
(何なんだよ……俺が何したってんだよ……
勝手に異世界に引っ張られて、戦えだの言われて、挙げ句罵られたうえに関節技かよ………
ホント、最悪だな……)
そもそも立ち去れと言われても帰り方すら分からない。無責任にも程があるってやつだ。
気が付けば、よく分からない場所に辿り着いた。
通路の両端が白い壁に覆われている。たくさんの十字路、T字路があり、まるで3D迷路のような場所だった。
土地勘なんてあるはずもなく、完全に迷ってしまった。行けども行けども、延々と同じ光景が広がり続けた。
……それはまるで、俺のこれまでの生活のように感じた。
「……ホント、最悪だな」
そんな言葉が漏れてしまった。
今の状況、さっきまでの状況、これまでの自分、そして、これからの自分………
それら全てに対するボヤキだった。
「クスクス……」
どこからか、笑い声が聞こえた。声の感じから同い年くらいの女か……
辺りをキョロキョロと見渡すが、誰もいない。
そんな俺の頭上から、更に声がかかる。
「あんたが異世界人? どんな奴かと思えば、ただの子供じゃん」
慌てて声の方を振り向く。
そこには、壁の天辺に腰掛ける茶髪の女がいた。
破れたシャツ、短めのズボン、ポニーテールと顔のソバカスが印象的だった。
それでも綺麗に整った顔をしていた。
「……あんたは?」
女は、身軽に壁から飛び降りる。
「あたし? あたしは、ニーナだよ。この国の機兵操者してんだ。
ま、臨時だけどね」
女――ニーナは、手を頭の後ろで組み、覗き込むように俺の顔を見てきた。
「あんた、確か琉斗とか言ったよね?」
「な、何で知ってるんだ?」
戸惑う俺を見て、ニーナは声を出して笑った。
そんなニーナの姿は、俺の心を更にざわつかせた。
「何でも何も、この砦じゃあんた既に有名人だよ?
――姫様が、禁忌の儀式で呼び寄せた異世界人ってな具合にね」
「禁忌?」
「ありゃ……何も聞いてないんだね。まあ、いいや。歩きながら話そ」
ニーナは、拍子抜けしたかのような表情を浮かべて歩き始めた。
「お、おい! どこ行くんだよ!」
「迷ってるんだろ? 道案内してあげるよ」
ニーナは振り向くことなく話を返す。 ニーナの言う通り道に迷っていた俺は、とりあえずニーナの後に続いた。
◆ ◆ ◆
「ここ、複雑な道してるだろ? ここはね、昔、本当の戦場だったんだよ」
ニーナは歩きながら話す。でも、やはり俺の方を見ることはない。
「……まだ機兵なんてなかった時代、この国は強国だったんだ。そしてここは、その全線基地。
この入り組んだ迷路は、敵の進軍を阻む役割を持ってたんだよ」
「なるほど……敵を混乱させ、まず戦意を奪うわけか……
確かに効果的だな」
「でもね、機兵が登場してから、こんなものはただの外観になったんだよ。
隣国はオリジナルが3体、こっちは使えもしないエネルギー補給用が1体……
力の差は歴然だね」
ニーナの話す言葉には、絶望感が漂っていた。
オリジナルとレプリカには、それほどの差があることがよく分かるほどだった。
「……でも、オリジナルを使いたいなら、何で操者を探さないんだ?
どうしても見つからないにしろ、さっさと召喚すれば良かっただろうに……」
「言っただろ? 禁忌だって」
(またそれか……)
「禁忌禁忌って、結局使ってるじゃないか。国がヤバイんなら、もっと早く使えよ」
「……そんなに簡単に使えるなら、やってるよ」
ふいに、ニーナの口調が険しくなった。
「……禁忌ってのはね、“何かあるから”禁忌って言うんだよ。
理由もなく、使うことを禁止されてるわけじゃないんだよ」
何か、心が冷える感じだった。
その理由を知りたくなった。
「……理由って、何だよ」
「召喚の儀式はね、ある対価を払う必要があるんだよ」
「対価?」
「儀式の執行者が、“最も大切にするもの”が奪われるんだ。
――そして、フェルモントは“視力”を奪われたんだよ」
「………え?」
「フェルモントは、国の景色、幸せな人々を見るのが大好きだったんだよ。だから、儀式の執行は、下手すれば国そのものがなくなる可能性だってあったんだ。
フェルモントは、最後まで反対したよ。そんな危険なことなんて出来ない。皆が消えたら、何も意味がないって」
「…………」
「でも、ここにいる人達みんなが説得したんだ。姫様が守られるなら、喜んで命を捨てると……
散々悩んだ結果、フェルモントは禁忌の儀式を執り行ったんだ。
……そして、国や人々を見るための“目”を奪われた。
もっとも、フェルモントとしては、国民が消えるより何万倍もマシだっただろうけどね。
あの子は……そんな子なんだよ」
「それじゃ、あれは……」
「あれ?」
「…………」
この世界に来る前、光の筒を通った時に見たものは、もしかしたら……いや、そうだ。あれは、フェルモントが見てきた光景なんだ。
儀式とは、差し出した対価で一種のゲートを開くものなのだろう。
そのゲートに、差し出したものが映ってたんだ。
(……つまり、フェルモントは、俺を呼ぶために視力を失ったってことか)
そう考えると、ゾルの態度は納得出来るものがある。
大切な姫君の視力を差し出して呼び出された俺が、こんなただのガキだったんだ。
しかも戦うのを拒むという、フェルモントの覚悟や犠牲にしたものを踏みにじる行動に出た。
怒るのも無理はないのだろう………
(……でも、俺は頼んだ覚えはない。押し付けられただけだ。迷惑なんだよ、そんなの……)
そう思いながらも、心に何かが引っ掛かっていた。
フェルモントの、俺が想像も出来ないような覚悟に、答えないでいいのかと思う自分もいる。
(関係ない! 関係ないんだよ、俺には!!)
必死に、自分にそう言い聞かせた。
「……フェルモントの両親は、何で止めなかったんだ?
普通止めるだろ。娘がそんな危ない儀式しようとしてんなら尚更……」
「いないよ」
「……え?」
「国王と妃は、処刑されたよ。
……フェルモントの目の前でね」
「目の……前って……」
頭の中が真っ白になる。
ニーナの口調は、険しくもハッキリしている。
「隣国が攻めてきた時、真っ先に捕まったのが国王と妃なんだよ。
全ては、フェルモントを逃がすため。そして、国民に無駄な血が流れないため。
隣国の奴らは、そんな王を国民の目の前で処刑したんだ。首を切り落としてね」
「………」
「その国民の中に、逃亡中のフェルモントがいたんだ。
あの子は、両親の首が跳ね落とされるのを、その目で見たんだよ。
大好きな両親が、無惨に死ぬ姿をね」
「…………」
言葉が出なかった。
フェルモントもまた、俺と同じだった。大切な人が理不尽に目の前で死ぬのを見ていた。
その辛さ、悔しさ、虚しさ、無力さは、嫌と言うほど分かってしまった。
それでもフェルモントは、国を、民を思っている。大切なものを守ろうとしている。
……家で腐って、ゲームに逃げた俺とは、全く違っていた。
そんな自分が恥ずかしくなってきた。それと同時に、フェルモントに嫉妬した。
どうして彼女はそこまで出来るのだろうか。どうして大切な人を目の前で失ってなお、自分の足で歩けるのだろうか。
……逃げた俺には、分かるわけもなかった。
そんな俺の姿を見たニーナは、一度だけ溜め息をついた。
「……まあ、それは戦争ではよくあることだよ。抵抗する意思を奪うための“見せしめ”ってやつだよ」
いつの間にか、迷路から出ていた。
そして最後と言わんばかりに、ニーナは俺の方を向き、話してきた。
「それと、別にあんたが気にすることじゃないよ。
あんたはこの戦争とは無関係。それは、揺るぎない事実なんだよ。
ゾルが何て言おうが、フェルモントがどれだけ希望を託そうが、どうするかはあんた次第、あんたの自由なんだ。
……嫌々戦ったところで、すぐに死ぬのがオチってやつだ。
例えここで逃げ出しても、それを責める権利なんてのは誰にもないよ」
ニーナの言葉は、何故か俺の心に刺さった。
「……俺は……」
その、時だった。
急に遠くで、耳を塞ぎたくなるような激しい爆音が轟いた。
その方向に目をやる。その視線の先には、灰色の煙が立ち上っていた。
そして、その煙の中を音を立てて歩く3つの巨人がいた。
「あ、あれは……」
「機兵……!!」
3体の機兵は、大きな剣を手に持ち、逆側の掌から青い光の弾を放出する。
その弾が地面に触れると、その場所には爆炎が上がっていた。
(3体の機兵……まさか!!)
「おいニーナ!! もしかして、あれが隣国のオリジナルとか言うやつか!?」
「いや、違う!! あれはレプリカだ!!
……だけど、3体ってのはマズイね……」
「何で急に来たんだよ!!」
「たぶん、ここにフェルモントがいることがバレたんだよ!!
フェルモントがいる限り、奴らの戦争は終わらないからな!!」
「は!? どうしてだよ!!」
「フェルモントは、王位継承者だ!! そのフェルモントが生きていれば、必ずいつか国が反旗を翻すと思ってるんだろ!!」
そう言い捨て、ニーナはどこかへ走り出した。
「ニーナ!」
「あたしは、あいつらを食い止める!! 今戦えるのは、あたしとゾルだけなんだよ!!
あんたはさっさと逃げな!!」
「相手は3体だろ!? 大丈夫なのか!?」
ニーナは、俺の問いかけに答えることなく走り去っていった。
1人になった俺は、もう一度巨人に視線を戻す。
大地と空を爆炎で赤く染めるそれは、動く絶望のように見えた。
巨人達は何かを探すように前進する。
それが何かは、考えるまでもなかった。
(……フェルモント)
ふと、フェルモントの笑顔が頭に浮かぶ。
その姿が香澄と重なり、最後には血みどろのフェルモントが思い浮かんだ。
「……俺には、関係ないんだよ!!」
そう言葉を吐き捨て、走り出した。
走る足に力が入る。振る腕は目一杯動く。息は止まりそうなくらい空気を取り込む。
爆発が至るところで起きる。その音が響く度に、恐怖で心が潰されそうになる。
それでも、俺の足は止まらなかった。
爆音が響き渡る砦を、走り続けた。