疑問
(――……ここに来るのは、二回目か……)
そこには、見覚えがあった。どこかは分からないが、ただひたすら目の前にこれまでの日々が映し出される。フェルモントと出会い、ラーゼと出会い……。走馬灯のように、様々な場面が広がっていた。
(なあ。いるんだろ? 出て来いよ)
“やあ。久しぶりだね、琉斗”
あの時と同じように、頭の中に声が響く。
(あれから音沙汰なかったのにいきなりかよ。なんかあるのか?)
“別に。ただ、歴史の区切りをお祝いしたくてね”
(歴史の区切り、か……。それはそうと、悪かったな)
“何が?”
(シュルベリアのことだよ。結局、シュルベリアって国は消えるわけだし、お前の頼みごと、果たせなかったし)
“ああ、それはいいんだよ。フェルモントを守ってくれたからね”
(フェルモント?)
“そうそう。必要なのは、国よりも彼女の血筋だったんだよね。処刑されなかったわけだし、結果として琉斗は約束守ってくれたんだよ”
(なんだよそれ……)
そこで、俺は疑問をぶつけてみることにした。
(……で? そろそろ教えてくれるのか?)
“何を?”
(とぼけんなよ。お前は誰で、どうしてシュルベリアが……フェルモントの血筋が必要になるんだ? お前が言っていたのは、ベリオグラッドとの戦争のことじゃなかったのか?)
“……”
それから、声はしばらく黙り込んだ。言葉を選んでいるのか、はたまた話す気がないのか……。
それでも、そいつは静かに切り出した。
“……全部を答えることは、僕には出来ないんだ。でも、その時はもうすぐだよ。もうすぐ、全部分かると思う”
(ひどく曖昧な話だな)
“ごめんね。ただ、シュルベリアとベリオグラッドの戦争は、あくまでも恒久の時の流れの一コマにしか過ぎないんだ。大いなる返還の時は、まだなんだよ”
(……ゾルといいお前といい、なんでそう訳の分からない話をするんだよ。まるでちんぷんかんぷんだ)
“本当にごめん。でも僕は、キミに期待してるんだよ。この世界の理や軸から離れたキミだからこそ、きっと成してくれると思ってるんだ”
(おだててるつもりか? 悪いけど、相変わらず訳分からん)
“今はそれでいいんだよ。今は、ね。……それより、そろそろ起きないと。彼女が待ってるよ?”
そうそいつが話した瞬間、周囲が一気に輝き始めた。
(お、おい! ちょっと待てよ!)
“じゃあね琉斗。頑張って……”
(おい! まだ話は終わって――!)
俺の言葉を遮るように、輝きは一際大きくなり、全てを白く染めていった。
「――おい!!」
気が付けば、俺はベッドの上で跳び起きていた。室内を見渡して、誰もいないのを確認する。
(……まったく。相変わらず勝手な奴だな……)
思わず頭を抱えていた俺の目の前に、シャルが現れた。
「ん~? 琉斗、どうかしたの?」
「……別に」
「変な琉斗。……それよりさ、さっきエリーゼが部屋に来てたよ」
「エリーゼが?」
「うん。用事だったみたいだけど、琉斗が寝てたから帰ってった」
「そっか……なら、行ってみるか」
「うん!」
ベッドから起き上がり、窓のカーテンを開ける。そこには、復興に向けて動き出していた、街の風景があった。
◆ ◆ ◆
「――疲れはとれたか?」
城の中庭、街が見下ろせる場所で、エリーゼは聞いてきた。
「まあな。エリーゼはどうだ?」
「私なら大丈夫だ。……と言いたいところだが、実際は体中ガタガタだ。情けない話だがな」
恥ずかしそうに微笑む彼女。まあ、彼女がそんな状態なのは、他でもない俺のせいでもあって……。
「……こうして見ていると、嘘のようだな」
ふと、彼女は呟いた。
「え?」
「昨日まで戦争をしていたことがだ。確かに街は壊れてしまった。怪我をした者も多い。だがどうだ。人々は、あんなにも生き生きとしているじゃないか。昨日までの怯えた毎日が、まるで夢だったようだ」
「そうだな……」
「――夢じゃない。間違いなく、現実だった」
突然、後ろから声が響く。俺とエリーゼが振り返ると、そこには、アーサーがいた。
「やあ、二人とも」
アーサーは爽やかな笑顔を見せ、俺達の元へと歩み寄る。
そんな彼に、エリーゼはじと目を向ける。
「……アーサー、仕事はどうした」
「う~ん……ちょっと休憩」
その言葉に、エリーゼは呆れるように首を振った。
「この忙しい時に……お前がいないと回らないこともあるだろう」
「まあまあ、そんなに怒らない怒らない。確かに幸せな一時を邪魔したのは悪かったけどさ。なんてたって、愛しの琉斗が――」
その刹那、エリーゼは腰の剣抜き刃先をアーサーの首元に当てる。
「それ以上喋ったら斬る。すぐ斬る。今斬る」
どすの効いた野太い声だった。彼女の目は血走り、息も荒い。……だが顔は、茹でタコのように赤かった。
「じょ、冗談だよ冗談。ほら、家臣達が見てるかもしれないしさ……ね?」
冷や汗を流しながら、アーサーはエリーゼを落ち着かせる。アーサーにとっても、予想以上の反応だったようだ。
「……まったく。冗談が過ぎるぞ……」
ぼやきながら剣を納めるエリーゼ。アーサーは安堵の息を漏らしていた。
「……まあ、冗談はさておいて、昨日までの戦闘は夢であるはずがないんだ。間違いなく現実だったんだよ。
実際、今はこうして話してるけど、琉斗は僕とエリーゼと戦ったんだし。命がけでね」
「……そうだな。そう考えると、なんか不思議だな。この前まで敵としか認識してなかったアーサーとエリーゼと、こうして接するなんてな」
「ああ。シュルベリアとベリオグラッド、双方のオリジナル機兵の操者がこうして談笑している。それは、ある意味奇跡に近いのかもな」
ふと、アーサーはクスリと笑い声を漏らした。
「……いやでも、最初に琉斗に会ったときは本当にただの子供だとしか思わなかったけどね」
「は?」
するとエリーゼもアーサーに続く。
「ああ。私も同感だ。村で出会ったとき、まさか私達を退けるほどの者とは思いもしなかったな」
……なんだか、凄くバカにされてる気がするのは考えすぎだろうか。
その時、ふいに“あいつ”のことを思い出した。聞くなら、今が機会なのかもしれない。
「……あのさ、ちょっと聞きたいんだけど……」
そう言った瞬間、二人は表情を変える。そしてアーサーは、全てを察したように聞いてきた。
「……ゾルのことかい?」
「……ああ。ゾルは、どんな奴だったんだ?」
しばらく何かを思案したあと、アーサーは話し始めた。
「……最初にゾルに会ったときは驚いたよ。当時この国は別の国の侵攻に遭ってる最中でね。僕はまだただの兵士だったんだ。僕のいた部隊は壊滅。目の前には多数の機兵。さすがに諦めたよ。もうダメだって思ったんだ。
その時だった。突然現れた緑色の機兵が、瞬く間に敵部隊を殲滅してね。……それが、ゾルだった」
「……」
続いて、エリーゼが口を開いた。
「その時、ゾルはオリジナルの機兵の繭を二つ運んでいてな。アーサーがグランツ、私がブラオに、それぞれ選ばれた。
ゾルは驚くことに、あっさりと自分がシュルベリアに所属していることを話したよ。そして、私達に言ったんだ。“守るためには、時に血を流す必要がある”って」
「……それからは、琉斗、キミも知ってのとおりだよ。襲撃により亡くなった前国王に変わり、僕が国王を名乗った。そして、シュルベリア侵攻を提案し、実行したんだ。
ゾルはそのまま僕ら側の人間として動いてくれたんだ。なぜかは分からないけどね」
「……なんか、二人の話を聞く限り、シュルベリアを裏切った感じじゃないな。エリーゼとアーサーに機兵を渡すような印象だな」
「……実際のところ、彼の思惑がどうだったのか、それは僕にもエリーゼにも分からなかったよ……」
「……ゾルは、何かを知っていたようだが……それについては、もはや確かめようもないな」
「真相は、闇の中ってことか……」
俺達の間に、沈黙が流れる。結局ゾルは、何のために機兵を運んでいたのか。何のために動いていたのかが分からなかった。
ただ、俺の中で、ゾルの最後の言葉が妙に気になっていた。
“天の空座は世界の理を著しく脅かす。それは即ち、混沌たる乱れを生むこと。乱れを鎮め、空座を今一度満たすには、事を急がねばならない。
――俺は、そうしたまでだ”
相変わらず意味が分からない。でもあの状況で、ゾルが適当なことを言ったとは思えない。
結局、分からないことは分からないまま、ただ疑問だけが俺達の中に残ってしまっていた。