終結
『――琉斗!』
城を出たところで、ニーナの声がスピーカー越しに響いてきた。そしてすぐに彼女の機兵が接近してきた。
「……この声は……」
懐かしい声を聴いたからか、フェルモントは笑みを浮かべ、視線を下に向けたまま呟く。
「ああ。ニーナだよ」
「やっぱり……」
機兵は俺達の前で止まり、すぐにニーナが飛び出してきた。彼女はフェルモントに気付くなり、彼女の手を両手で握り締める。
「フェルモント! 無事だったんだね!」
彼女の言葉に、フェルモントは笑顔を向けた。
「ええ。心配かけましたね」
「ホントに……心配したんだよ……?」
ニーナは、フェルモントの小さな手を、力強く握っていた。彼女自身、フェルモントを連れていかれたことに責任を感じていたのかもしれない。
「……ニーナ、他の敵機はどうなったんだ?」
その質問で、彼女はようやく俺の方を向いた。
「ああ、琉斗が金色の奴を倒した後、敵機はみんな降伏したんだよ。一応監視はしているけど、もう抵抗もしそうにはないね」
「そうか……」
それに越したことはない。これ以上、無駄に戦闘を続ける意味もないし。おそらく敵の兵士も分かっているのだろう。大将が敗れたことが、何を意味するのかを。
「……琉斗、ニーナ」
ふと、フェルモントが口を開いた。俺とニーナは、ほぼ同時に彼女の顔を見つめる。
「二人に、折り入ってお話ししたいことがあります……」
いつも通り、焦点の合わない視線を前に向ける彼女。だがその瞳には、何か言い知れない決意のようなものが見えた。
……そして彼女は、静かに話し始めた―――。
◆ ◆ ◆
数時間後、城の前には数多くの人が詰めかけていた。避難していた街の人達も戻って来たようで、人々の喧騒が響く。
城の入り口付近には、見渡すように立つフェルモントの姿が。そしてその隣には、アーサーの姿もあった。彼らの両側には、それぞれの国の家臣が並ぶ。とは言っても、大半はべリオグラッド側の者ではあるが。それを見つめる人々は、何事かと騒いでいた。それでも、手当てを受けたアーサーの姿がやけに目立ち、ただ事ならぬ雰囲気を察しているように思えた。
俺はラーゼに乗り込み、やや離れたところからフェルモント達を見守る。
「……フェルモントは、あれで良かったのかな……」
モニター上のフェルモントを見つめながら、シャルが呟く。
「……さあな。俺には政治とか国のことなんて分からないし」
「うん……」
「……」
正直、俺もフェルモントの話を聞いた時驚いた。ただ、彼女の決心は確かなものだった。彼女なりに考え抜いての結論だったのだろう。だからこそ、俺もニーナも反対することはなかった。俺が気安く反対出来ない程の覚悟が、彼女から見えた。
「――べリオグラッドの国民よ!」
ざわつく人々に向け、アーサーは声を上げた。
「始まったか……」
ラーゼの中で、二人を見守る。……おそらく、今日は特別な日になるだろう。シュルベリアとベリオグラッドの、両国にとって……。
一度民衆を見渡したアーサーは、更に続ける。
「皆に集まってもらったのは、どうしても話さなければならないことがあったからだ! ――長きに渡る戦争は、ついに終結する!!」
その言葉に、人々のざわつきは一層強くなった。人々の顔は歓喜に満ちていた。だが、どこか不安げな様子もうかがえる。それは、彼らの王の横にフェルモントがいるからかもしれない。なぜこの二人が並んでいるのか……人々の表情は、そう語っていた。
群衆を再び見渡したアーサーは、フェルモントに顔を向けた。
「まずは、彼女からの話を聞いてもらいたい!」
アーサーは一歩下がり、フェルモントに会釈する。彼女もまた会釈を返し、一歩足を踏み出した。彼女の表情は、先程俺とニーナに見せたものと同じだった。強い決心と覚悟が、見る者に伝わるようだった。
一度目を閉じ息を吸い込んだフェルモントは、目を見開き前を見据えた。群衆は、彼女から何かを感じ取ったのかもしれない。あれだけの喧噪が嘘のように、静まり返っていた。
そして、彼女はゆっくりと話し始めた。
「……ベリオグラッドのみなさん。みなさんも既にお気付きだと思いますが、私はシュルベリアの王族、フェルモントです。シュルベリアとベリオグラッド……双方の人々がいる今日この場所で、私は宣言いたします。
――私フェルモントは、王位継承権を破棄します」
その言葉に、人々は一斉にざわつく。それもそうだろう。何しろ彼女は、シュルベリアの最後の王族。その彼女が王位継承権を破棄するということは、国の王がいなくなるということ。それが意味することは、即ち、シュルベリアという国の消滅だった。
動揺と疑問が入り混じる中、フェルモントは続けた。
「今日まで、シュルベリアとベリオグラッドは争いを続けてきました。とても、多くの血が流れました。それは、双方争う理由があってのことでした。それは様々ですが、根幹をなす理由は、双方同じでした。――国を守りたい……ただ、それだけだったのです。
国を愛するが故敵を討ち、国を愛するが故犠牲となり……その胸のうちにある想いは同じはずなのに、国が違う……ただそれだけの理由で、私達は争いを続けていました。ですが、争いからは何も生まれません。その先に何かを得たとしても、それには多くの業が宿ることでしょう。
もし私が継承権を破棄することでそれが止まるのならば、私は喜んでそうします。シュルベリアの人々が……ベリオグラッドの人々が平和に暮らせるようになるのであれば、私はただのフェルモントになりましょう。
――そう、決意いたしました」
彼女の言葉に、いつしか人々は口を閉ざしていた。ただひたすら目と耳、心で、彼女の言葉を聞いていた。そしてフェルモントは、シュルベリアの兵士、家臣、そして俺達に視線を送る。
「……シュルベリアのみなさん。どうか許してください。みなさんが懸命に国を守っていただいていることは、重々承知しています。ですが、これ以上みなさんの……ベリオグラッドの人々の血が流れるのは、私には耐えられません。みなさんが生きることこそ、私の心からの願いなのです。
家族、友人、恋人……彼らを失った悲しみは、容易に流れることではないでしょう。中には、許し難く思う者もいることでしょう。ですが、アーサー王は、とても素晴らしい王です。聡明で勇敢。国を想い、人々を想い、多くを守ろうとする方です。彼の元であれば、きっとみなさんに幸せな未来が訪れることでしょう。私達は、新たな道を歩く時が来たのかもしれません。国は変われど、輝ける未来のために、新しい道を歩く時が来たのかもしれません。
今日まで、本当にありがとうございました。みなさんは、私の誇りです。みなさんがシュルベリアの国民であったことが、私の何よりの誇りです。ありがとう……」
シュルベリアの人々は、涙を流していた。国がなくなる悲しみからか、戦争が終わる喜びからか……それは分からない。でもきっと、彼らはフェルモントの心に触れることが出来たのだろう。その証拠に、誰一人異議を唱える者はいなかった。
その様子を見たアーサーは、再び前へと出る。
「聞いてのとおりだ、諸君! シュルベリアとベリオグラッドの戦争は、今この時をもって終わりを迎える!
――だが、一つだけ思い違いをしないでもらいたい! これは、我が国の勝利ではない! シュルベリアの人々の和平への願いが生み出したものだ! 事実、僕は先の戦闘で敗北をしている! それでも、僕はここに立っている! こうして、王として皆の前に立つことが出来ている!
思うことは様々だろう! だが、僕らもまた新たな時代に進み始めた! ベリオグラッドとシュルベリア……二つの国が、今同じ道を歩み始めたんだ! 二つの国が、今一つとなったんだ!
後ろを見れば、数多くの悲しみがあるだろう! だからこそ、昨日までの日を忘れるな! 今日という日を忘れるな! そして前を見据え、足を踏み出そう!
シュルベリアとベリオグラッド……二つの国が手を取り合い、共に新たな扉を開けよう! 光り輝く、明日のために――!!」
人々は、一斉に歓声を上げた。それは地響きのように街中に広がり、新たな明日の幕開けの祝砲のように思えた。
「……なんだかなぁ」
モニターを見ていたシャルが、ふいに呟く。
「なんだよシャル」
「ん~? なんかさ、大丈夫かなって思ってね。昨日まで敵同士だった国がいきなり仲良くなって出来るのかなって思ってさ……」
「……確かに、これからが一番大変だろうな。まだ納得できていないところだってあるだろうし、わだかまりが完全に消えることは難しいだろうし。
でもな、俺思うんだよ。人と人が初めて会ったときって、大抵違和感があったり気まずかったりするだろ? でもそのうち友達になったり、恋人になったり、家族になったりするんだよ。スケールは違うけど、国も似たようなもんだと思う。時間がかかっても、お互いが歩み寄ろうとすれば、きっと大丈夫なんだと思う。“平和”って未来をお互いが見てるんだから、きっと一緒に歩けていけると思うんだ。アーサーもフェルモントも、きっとそう思ってるよ」
「ふ~ん。……ま、別に私はどっちでもいいけどね」
「なんか淡泊だな、シャル」
「前に言ったでしょ? 私もラーゼも、琉斗以外に興味ないって。……まあ、こんな光景、嫌いじゃないけどね」
「……ああ。そうだな……」
俺とシャル、ラーゼが見つめる先の人々は、喜びに満ちていた。隣の人と抱き合い、握手を交わす。さっきまで戦闘を繰り広げた兵士同士も、互いに声を掛け合っていた。
俺はもしかしたら、この世界の歴史的な場面に立ち会えているのかもしれない。そう思うと、なんだか不思議な気分だった。何も分からないままこっちの世界に呼びこまれ、何も分からないままラーゼに乗り込み戦って……。
本来ならいるはずのない俺が、自分の殻に閉じこもっていた俺が、こうして新しい国の誕生に立ち会っている。それが、なんだか誇らしかった。
ふと上を見上げれば、青空が広がっていた。澄み渡り、眩しい光が空から降り注ぐ。その中で、人々の喜びの声は響き渡っていた。いつまでも、絶えることなく――。