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再会

「――よっと……」


 コックピットを開け、機体を降りる。

 久しぶりの地面の感触を感じながら、袂に座るラーゼを見上げた。見れば、全身ボロボロの状態だった。それもそうだろう。グランツのアサルト・ラッシュを素手で受けたのだから、機体が形を保っているだけマシなのかもしれない。


「……ラーゼ、かなり疲れてるみたい……」


 シャルが心配そうに呟く。


「だろうな。……とにかく、大将は落としたんだ。もう休ませてやろう」


「……うん! そうだね!」


「……」


 それにしても、最後の攻撃は何だったのだろうか……。シャルも知らない兵装――いや、忘れているのかもしれない。だとしても、ラーゼは知っていた。覚えていた。でもラーゼは、教えてくれなかった。

 それが、何を意味するのか。切り札中の切り札……だとしても、その存在を、まるで隠すようにしていた。それが、いやに気になった。

 ――でも今は、それは後で考えることにしよう。それよりも、しなければならないことがある。


 足を踏み出し、倒れるグランツの方に歩き出す。


「琉斗、どうするの?」


「決まってるだろ? ――案内、してもらうんだよ」




 ◆  ◆  ◆




 直近でグランツを改めて見ると、思わず息を飲んだ。

 欠損した手足、コードが剥き出しの頭部、亀裂が隙間なく入った胴体……よくもまあ、これで助かったものだ。感心してしまう。

 ピクリとも動かない胴体によじ登り、コックピット入り口を開ける。コックピットは軋みを上げながら、ゆっくりと開かれた。


「……」


 中では、アーサーがシートに座ったまま目を閉じていた。頭部からは出血している。電子精霊の姿はないが……。


「……シャル、グランツの精霊はいないのか?」


「うん。さすがに、これだけの損壊だからね。冬眠しちゃってるみたい」


「そうか……」


 どうやら、アーサーも気絶しているようだ。頭部のケガから見て、脳震盪を起こしてるのだろうか。

 彼の体を揺すりながら、声をかけてみた。


「……アーサー、起きろ。アーサー……」


「……うぅ……」


 彼の瞼は、痙攣するように動き始めた。そして眉をひそめ、薄く眼を開ける。


「……ここは……」


「グランツのコックピットに決まってるだろ。……気分はどうだ?」


「……なんだ、キミか……。あいにくだけど、最悪だよ……」


 まだ、体中が痛いのかもしれない。苦しそうに、表情が歪んでいた。それでも皮肉に満ちた笑みを見せるところから、命には別状ないようだ。


「しっかりしろよ。――お前には、まだやってもらうことがあるんだからな」


「……僕に?」


「ああ、そうだ」


「……」


 アーサーは、目を閉じた。だが眉間の皺は、もうなかった。何かを悟ったように、少しだけ顎を上げる。


「……そうだったね。僕は、この国の王……最後のケジメは、つけなきゃならないね……」


 そう呟いた彼は、ゆっくりと目を開けた。


「――さあ、一思いにやってくれ……」


「……は?」


「僕を処刑すれば、戦争は終わる。これで、キミ達の勝ちだ。さあ、早く僕を―――」


「――うっさい」


 埒が明かないから、話を途中でぶった切り、彼の頭をこついた。


「――ッ!?」


「なに勝手に勘違いしてんだよ。俺はただ、お前に案内してもらいたいだけなんだよ」


「……キミは、何を言ってるんだい? これで、戦争が終わるんだよ? 長かった戦いに終止符が打たれ、キミの国――シュルベリアは勝つんだよ?」


「お前こそ何言ってんだよ。俺の目的は、もともと違うんだよ。政治なんてのも分からないし、戦争の勝ち負けの基準も分かんねえ。俺が望むのは、たった一つなんだよ。

 ――フェルモントを、返してもらおうか……」


「……フフ……フフフ……フハハハハ……!!」


 アーサーは、力なく座ったまま、高らかに笑い始めた。コックピット内には、彼の笑い声が響いていた。しばらく笑った彼は、表情を柔らかくさせた。


「……キミって奴は、つくづく分からないね。目の前の勝利より、たった一人の小娘を選ぶとはね……」


「ああ、そうだよ。そのたった一人の小娘ってのを選ぶんだよ。――アイツは、この世でたった一人しかいないんだ。だから、守るんだよ」


「……そうだったね。それが、キミの覚悟だったね……」


 そう呟いた彼は、静かに上体を起こした。


「……大丈夫か?」


「それ、キミが言うのかい? 見ての通りだよ。全身、ボロボロだ……。でもまあ、歩くことは出来る」


 そしてアーサーは、痛む体を押して立ち上がった。


「……行くんだろ? 彼女のところへ……」


「……ああ」


「だったらついて来なよ。――案内、するよ」




 ◆  ◆  ◆




 ベリオグラッドの城内は、騒然としていた。

 王の帰還ではあったが、その肝心の王は満身創痍の状態。ふらふらと歩きながら、全身はボロボロ。英雄……そうは呼べないほど、アーサーは一目で限界であることが見て取れた。家臣たちはざわめき、後ろに続く俺に不信感をあらわにした視線を向ける。


「この者に手を出すことは許さない! 僕は、彼に敗れたんだ!」


 彼は、城内にそう叫んでいた。それは、彼自身のケジメなのかもしれない。


 その視線の中、俺達はとある塔に向かう。捕えられていると聞いた限りは、てっきり地下だと思っていたが。

 目の前には巨大な扉。木製ではあったが、見るからに丈夫そうだった。アーサーは懐から鍵を取り出し、開ける。


「……これは……」


 室内を見たら、驚いた。幽閉……確かにそうかもしれない。塔は高く、入り口は鍵のかかった扉だけ。逃げようにも、ほぼ不可能。

 にも関わらず、室内は実に綺麗だった。大き目のベッド、床に敷かれた絨毯……その様子は、まるでホテルのスイートルームのようだった。


「敵国とはいえ、彼女は王族の者だからね。最低限の礼儀はわきまえてるつもりだよ」


 アーサーは振り返り、そう話す。


「……ほら、迎えに行きなよ。そのために来たんだろ?」


「あ、ああ……」


 彼に促されるまま、室内に足を踏み入れた。彼女は窓際の椅子に腰かけて、外の方を向いていた。見えていないはずだが、陽の光を肌で感じているのかもしれない。


「――時間ですか?」


 俺が入るなり、フェルモントは焦点の定まらない視線を扉の方に向け、呟いた。

 彼女が言う“時間”というのは、おそらくは、処刑の時間のことだろう。それを恐れることなく口にするということは、彼女自身も覚悟を固めていたのかもしれない。

 それでも、よく見れば彼女の手は震えていた。顔には決して出さない、心の裏側が現れているかのようだった。


(……まったく。怖いなら少しは怖そうにしろっての……)


 少しだけ笑みを浮かべた後、一歩ずつ彼女に歩み寄る。足音がする度に、彼女は眉をひそめ、身構えていた。


「――フェルモント……」


「……え?」


 声をかけると、彼女は睨むような表情を上げた。耳で聞いた声がなんなのか、必死に探っているように見える。


「……フェルモント、迎えに来たぞ」


「……琉斗……さん……?」


 彼女は、おそるおそる俺の名前を口にする。未だ信じられないような表情で、震える手を必死に胸の前で握っていた。

 そんなか細い手に、そっと触れてみた。


「……分かるか? 俺だ」


「あ……」


 指が触れた瞬間、彼女は探るように手を触ってきた。そしていつしか俺の手を握り締め、自分の額に当てる。


「……分かります。分かります。琉斗さんの手です……」


「ああ、そうだよ。……フェルモント、終わったんだ。全部、終わったんだよ……」


「……はい……はい……!」

 

 彼女は、俺の言葉に返事を繰り返す。握られた俺の手は、彼女の涙で濡れていた。

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