波動
ラーゼは剣を振りかざし、突進をかけるグランツに超高速で向かう。機体は既に限界が近い。これが最後の一撃になるだろう。
グランツの固有兵装は攻防一体の型となっている。機体、突撃槍の硬度を強化し、突進によりそれを相手にぶつける。単純だが、だからこそ破るのは困難だ。事実ラーゼの攻撃はことごとく弾かれている。
――しかし、逆に言えば硬度を向上させているだけであり、攻撃を完全に無効にするわけではない。ブラオ・シュプリンガーのシールドと違うのはそこだ。グランツの硬度以上の攻撃を仕掛ければ、破ることも可能かもしれない。攻め入るすれば、そこしかない。下手な小細工もしない。ただ全力の攻撃をもって、グランツの固有兵装を破る。
ラーゼは更に速度を上げる。グランツとの距離は詰まり、間もなく衝突の時を迎える。地を走るグランツもまた槍を深く構え衝撃に備えた。
「うおおおおおおおおお!!!」
『はあああああああああ!!!』
剣と槍は激しくぶつかる。鼓膜が破れるかのような衝突音が轟く。凄まじい衝撃は周囲に飛散し、瓦礫や建物を吹き飛ばす。白と黄金の光が入り混じるように、街と空を照らし出す。
衝突と同時にラーゼの剣から鈍い音が響いた。
「―――ッ!?」
剣を見れば、刃は欠けヒビが入っていた。だがグランツの進行は止まっている。もう少しで、押し切ることが出来る。
(持ってくれよ―――!!)
更に推進力を大きくし、剣を押し込む。剣のヒビは大きくなる。しかしグランツの槍もまた先端から欠片が飛び散っている。どちらが先に折れるか―――
「負けるな琉斗!! ――負けるな!!!」
耳元にシャルの声が響く。手元の球体は眩く輝く。シャルとラーゼは必死に頑張ってくれている。負けられない。負けたくない。
「――あああああああああああ!!!!」
更に手に力を込める。身を乗り出して前方のモニターに集中する。体全部で槍を押し込むように、気持ちで押し切るように、ただラーゼを前に進ませる。その先にある黄金の光は強く輝き目を逸らしたくなる。だけど、ラーゼの光が俺の背を押す。この光があれば、怖いものなどない―――
『ぐッ……ぐッ……!!』
グランツからはアーサーの呻く声が響く。相手も限界のはず。踏み止まるグランツの機体は、徐々に後ろに滑り始めている。もう少し――もう少しで押し切れる。
「これで……終わりだあああああ!!!」
ラーゼの光が一際強く輝く。白光は更に強く激しく光り、推進力を向上させる。
『クソ……クソオオオオオオオ!!!』
アーサーの絶叫がこだまする。グランツの槍は震え、纏う光は収束する。
(勝った―――!!)
仰け反るグランツを見た俺の脳裏に、その言葉が浮かんだ。
―――だがここで、剣は限界を迎える。鈍い破壊音と共に、ヒビが広がっていた剣は真っ二つに折れた。
「なっ―――!!??」
光景がスローモーションで流れる。目の前で砕ける剣は、ゆっくりと破片が後方に流れていく。折れた剣を振り切るラーゼは、大きく前に倒れ込む。槍を向けるグランツは体勢を再び前屈みにさせ、槍を突き出して来る。シャルは顔を青くさせ、ただ驚愕と絶望の色を濃くする。
(剣が折れた……負けたのか……?)
心の中に絶望が広がる。剣はもはやない。グランツの槍を防ぐ術は皆無。勝つことは不可能―――
一瞬目を伏せそうになる。ラーゼ……これまでよく頑張ってくれたな。シャル……しょうもない操者で悪かった。そしてフェルモント―――
(フェルモントは……どうなるんだ?)
視力を失ってまで国のために俺を召喚したフェルモント。目が見えなくなりながらも、いつも暖かい微笑みを浮かべていたフェルモント。不安でしょうがないのに、俺のことを考え亡命を提案したフェルモント――色々な場面が脳裏に浮かんでいく。胸元を見れば、フェルモントから預かったペンダントが揺れる。外の光を受けたその石は、優しく輝く―――
(―――まだだ!!!)
ラーゼは手に持つ折れた剣を捨てる。そして両手で、グランツの槍を掴んだ。
『なに―――!? 素手で――!?』
グランツの槍は途轍もない圧力を放つ。すぐにでも押し切られそうになる。だけど――
「だけど―――諦めてたまるか!! 俺は!! フェルモントを助けるんだ!!」
『お前正気か!? 素手でグランツの突進を止めれると思ってるのか!?』
「止めれるかどうかじゃない―――止めるんだよ!!!」
ラーゼの両手は震える。光の推進力を更に大きくし、懸命に前に出る。コックピットの中は激しく揺れる。所々で小さな爆発が起こり、破片は飛び頭部に当たった。汗のとは違う赤い雫が滴る。それでも前だけを見る。気が付けばモニターの右半分が黒く染められていた。ラーゼの片目が壊れたのだろうか。
「ラーゼ……!! お願い、耐えて……!!」
シャルは目を瞑りながら手を握り、必死に祈りを捧げている。だがラーゼの腕も限界だった。左の肘の部分が爆発を起こす。爆風は後方に流れ、左手は異常に震えだす。そしてそのまま、左手は肘部分から折れた。
「――――ッ!!!」
右腕一本になったラーゼにグランツは尚も猛然と向かう。それまでよりも強い圧力がラーゼを襲う。右手は震え始め、メキメキと嫌な音が響き渡る。コックピットの中も更に強く揺れる。
もはや、耐えるだけで奇跡のようにも思えた。
「琉斗ゴメン!! もうラーゼは限界なの!! 琉斗――ゴメンね!!」
シャルは泣きながら叫ぶ。その姿を見た俺の心は酷く軋む。だが俺は、力強く叫ぶ。
「謝るなシャル!! 俺は最後まで信じるぞ!! お前も、ラーゼも!! 信じ切ってやる!!
――だから押し切って見せろ!! ラーゼ!!!」
その叫びに呼応するかのように、ボロボロのコックピット内は一際強く輝き始めた。光は外の景色すらも見えなくさせる。右肩に止まるシャルの姿が辛うじて見えるほどだった。
「な、なんだ!?」
それまでとは全く違う光だった。力強い光ではあったが、どこか怖さもある。
「な、なに!? ラーゼ、どうしたの!?」
シャルにも状況が分からないようだ。そしてシャルは頭を押さえ俯く。
「――ゼロ!? ゼロって何!? 分かんない! ラーゼ、分かんないよ!!」
ラーゼがシャルに何かを語り掛けているようだ。しかしシャルは困惑するばかりだった。
「シャル!! この光はなんなんだ!?」
「分かんない!! 分かんないけど、ラーゼが叫んでる!! “トリガーを引け”って叫んでる!!」
「トリガー!? 何のことだよ!!」
「分かんないけどラーゼがそうしろって!!」
「そうしろって……!!」
ラーゼが何をさせようとしているのかは分からない。でもラーゼがそうしろと言うなら―――心の中で、トリガーを引いた。
その瞬間、コックピットを包んでいた光は消え失せる。更にラーゼ全体を包んでいた光すらも消えた。
残るはグランツの黄金の光のみ。しかし光が消えてなお、ラーゼは腕一本でグランツの槍を止めていた。
「な、なんだ!?」
不気味な静寂が流れる。グランツの眩い光とは対照的に、ラーゼは活動を停止させたかのように静まりかえっていた。
――次の瞬間、ラーゼの右手に異変が起こる。
右手のハンドガンの発射口から、淡い光が溢れ始めた。その光は徐々に強くなり、グランツの機体は光に押され始める。
『な、なんだと!?』
右手の光は更に強く光る。グランツの槍は激しく震え、先端からヒビが入り始めていた。
『こんな……こんなこと……!!』
ラーゼの右手から溢れる光は、更に激しさを増す。そして次の瞬間、光は一気に解き放たれる。まるで光線のように放たれた光の波動は、グランツの機体もろとも吹き飛ばす。
『がああああああああ……!!!!』
アーサーの断末魔は光の中に消える。光線はなおも止まることはない。掌を向けた方向は光に包まれる。
街中で戦闘をしていたニーナ達もまた、その光景に動きを止めている。いやニーナ達だけではない。ベリオグラッドの兵もまた、ラーゼが放った光に全てを忘れ固まっていた。
……やがて光は収まり、静寂が訪れた。半分のモニターの映像に息を飲む。光が走り抜けた方向は、一面焦土と化していた。どこまで続いているのは分からない。
「……なんだよ、これ……」
「……アタシにも分かんない。ラーゼは知ってるみたいだけど、教えてくれないし……」
俺の口から漏れた呟きに、シャルは言葉を返す。
ふとモニターの隅に、日の光を反射するものが見えた。
(あれは……)
それは瓦礫の中に埋もれていた。破損が激しいが、一部が黄金に輝いている。……それこそ、グランツ…“だったもの”だった。損傷はかなりのものだ。四肢は吹き飛び、頭部もほぼ全壊していて辛うじて形を保っているだけだった。胴体も破損が激しいが、肝心のコックピットだけは守られているような印象だった。でも……
「……シャル、グランツはどうだ?」
「うん…ボロボロだけど、何とか大丈夫みたい。修復するまではかなり時間がかかるだろうけど……」
「そうか……」
――グランツが大丈夫ということは、ひとまずアーサーも大丈夫ということだろう。おそらく、グランツの固有兵装が、ちょうど防御壁のような役割を果たしたのかもしれない。むしろ、景色すらも吹き飛ばすほどの光の直撃を受けたのにまだ機体が死んでいないのは、固有兵装があったからこそのことだろう。
(……とにかく、終わったんだ…よな?)
動かないグランツを見た俺は、息を大きく吐き出す。アーサーは倒れた。それが意味することは、たった一つ……
――全てに、決着ついた瞬間だった。