白神
「うおおおおお!!」
ラーゼは剣を振り上げ、グランツの突進を紙一重で躱すなり思い切り降り下ろす。だがやはり斬撃はグランツが纏う光に弾かれる。
もう何度攻撃したか分からない。ラーゼの攻撃はグランツに届いていない。グランツはひたすらに突進を繰り返すだけだった。まるでサイの突進のように一直線にラーゼに向かい、躱されれば切り返し再び突進する。
単調な攻撃だが、絶対の攻撃でもある。
(クソッ!! エリーゼのシールドより質悪いじゃねえか!!)
エリーゼのオリジナル機兵――ブラオ・シュプリンガーの固有兵装“シールド”は、認識した攻撃全てを無力化する。逆に認識出来ない攻撃は対象外で、そこに付け入る隙があった。
だがアーサーのオリジナル機兵――グランツ・ランツェの固有兵装“アサルトラッシュ”は違う。おそらく、本来は機体の装甲を強化させ突進力を増幅する能力だろう。しかしその猛烈な勢いも相重なり、シールド以上に厄介な防御も兼ね備えている。何しろ認識を必要とせず、ただ光を纏い相手に突進しているだけ。攻撃をものともせず、ただ一方的に突き進み、相手を粉砕する――。なるほど、王の進行とはよく言ったものだ。
「また来るよ琉斗!!」
「――ッ!!」
シャルの叫びに一度思考を停止させ、グランツの突進を躱す。
(呑気に考えてる場合じゃねえな!)
今は躱せているが、このままではいずれ捉えられてしまうだろう。でも、俺も何も考えずに避けてるわけじゃない。グランツの動きをよく見て分かったこともある。
グランツは突進した後、切り返す時に一度光を消している。おそらくは、一度固有兵装を解除しないと機体の制御が難しいのだろう。
――狙うなら、そこしかない。
「――シャル!! 仕掛けるぞ!!」
「どうせムチャやるんでしょ!! もう何も言わないからやっちゃってよ!!」
ヤケクソのように叫ぶシャルは、そのまま俺の肩に止まり服をしっかりと掴む。
それを確認し、ラーゼの体勢を低く構える。足を踏ん張り、突進してくるグランツに正対する。
『覚悟を決めたか!! 行くぞ!!』
グランツは更に速度を上げラーゼに迫る。
「琉斗!! 避けて避けて!!」
シャルの叫びにも応えず、向かってくるグランツに神経を集中する。そしてグランツの槍がラーゼを捉える寸前、呼称した。
「ブースト――!!」
ラーゼが光に包まれると同時に、瞬時に駆け出す。グランツの突進を紙一重で躱し、そのまま王都を走り抜ける。
『――ッ!? 固有兵装か!?』
グランツは光を解除し、地を滑りながら周囲を見渡す。
(もらった――!!)
ラーゼを滑るグランツの前に停止させ、ブーストを解除する。そして剣を大きく振りかぶった。タイミングは完璧。ラーゼの剣を持つ腕に力を込める。大きく重心を落とし、迫るグランツに向け渾身の斬撃を降り下ろした。
――だがここで、グランツは再び光を纏った。
「なっ――!?」
グランツは地を滑るのを止め、進む方向目掛け再び突進を開始する。完全に攻撃体勢となっていたラーゼは、そのまま剣を降り下ろした。
剣と槍が衝突すると、凄まじい衝撃がラーゼを襲う。まるで金剛石に思い切り棒を降り下ろすように、機体全体にビリビリとした振動を受けた。
ラーゼの剣をものともしないグランツは、そのまま剣を弾き返す。すぐにラーゼを右に跳躍させ躱そうとしたが、回避は間に合わない。グランツの突進を体に受けたラーゼは、放り投げられた人形のように空中に吹き飛ばされる。
「ぐああああああ!!!」
「キャアアアアア!!!」
コックピットは上下左右あらゆる角度に揺れ、中では俺とシャルの絶叫がこだました。機体のあちこちが軋みをあげる。
やがて力なく大地に叩きつけられたラーゼには、再び凄まじい衝撃が響いた。
しかしまだ終わってはいない。手を地につき立ち上がり、次の攻撃に備えようとする。
――しかしグランツは、既に次の突進を仕掛けていた。
『動きが止まってるぞ!! 琉斗!!』
「――ッ!! ブースト!!」
慌ててブーストをかけ突進を躱す。超高速で走りながらグランツの動きを見る。少しでも止まった時に攻撃を浴びせるつもりだった。
――だがグランツは止まらない。光を纏ったまま、街中を走り続けていた。
(止まらない――!?)
グランツが止まらないと攻撃が出来ない。しかしいつまでもブーストを使い続けることは出来ない。重くなる体に限界を感じ、攻撃を与える前にブーストを解除した。
「はあ……はあ……」
連続でブーストを使えば、結局はリミットブレイクを使ったも当然になる。体は鉛のように重く、視界は狭くなる。体中に汗が流れ息は乱れていた。
「――琉斗!! 前!!」
「――ッ!!」
シャルの叫びで、ようやくラーゼが完全に静止していたことに気付いた。
――だが、グランツは既に目の前に迫っていた。
『動きが止まっていると言っている!!』
躱すタイミングを完全に逸したラーゼは、そのままグランツの突進を真正面で受ける。
「――!!」
空に弾き飛ばされた機体は、更に酷く軋む。モニターには亀裂が入り、その隙間のぶれる映像にはラーゼの白い破片が飛び散る光景が見える。
そのまま地面に叩きつけられ、ラーゼは地に沈んだ。
「がっ……効いた……」
コックピット内にも、激しい衝撃が伝わっていた。割れたモニターを見れば、光を収めたグランツが悠然とラーゼに向け歩いてくる。
「チッ……」
なんとか球体に手を置き、軋む機体を起き上がらせた。
「ラーゼが……ラーゼが……!!」
シャルは絶望に震えていた。その理由なんて、言われなくても分かってる。二度にわたりグランツの突進をまともに受けたラーゼは、もう限界なんだろう。いやむしろ、よく耐えてくれたと思う。レプリカなら、既に機体は原型を留めていないだろう。それだけの衝撃が、俺にも伝わっていた。
コックピット内も、バチバチとショート音が響いている。外見は分からないが、損傷はかなりのものだろう。
『……君の狙いは良かったよ』
歩いてくるグランツから、アーサーの声が響いた。
「……あ?」
『アサルトラッシュを発動させたグランツを止めるのは不可能。なら、アサルトラッシュが途切れる方向転換の時に攻撃を仕掛ける――確かに、それしかないだろうね』
「………」
『――だが、その狙いが分かっているなら、“途切れるさせなければいいだけ”。君は長時間固有兵装を発動することは出来ない。だから僕は、その狙いを“逆に利用させてもらったんだよ”』
「……チッ」
完全に、狙いを読まれていたようだ。皮肉な話だな。こっちの作戦を逆に使われるなんてな。
『君の機体もそろそろ限界だろう。その外見を見れば、誰でも分かることだよ。
……投降しろ。これ以上の戦闘は無意味だ』
アーサーの言葉に、シャルは俺の肩を強く握る。そして、震える声で口を開いた。
「……琉斗、逃げようよぉ……」
「……え?」
「もうラーゼは限界なんだよ。こんな状態で、グランツを倒すなんて無理だよ……
……私、琉斗と離れたくないよ。このままだと、琉斗が死んじゃう……そんなの、嫌だよ……」
「シャル……」
シャルは、必死に懇願した。声は震えて、視線はただひたすらに俺の目に向ける。その目からは、滴がこぼれ落ちていた。
(こんな状態で、グランツを倒すなんて無理…か……)
確かに難しいかもしれない。勝てる見込みは少ないかもしれない。
――だけど……
「……シャル、確かに勝てないかもしれない。だけど、俺は何のためにラーゼに乗っているんだ? 俺はな、今度こそ失わないために、今度こそ手を掴むために乗っているんだ。
シャルは言ってくれたよな。“思うがままに出来る”って……
今の俺の希望は、たった一つなんだよ。“フェルモントを助けたい”――
ラーゼは白き神で、シャルは神の使いなんだろ? ……俺は、そんなお前たちを信じてる。信じてるんだ。だから……」
軋む腕を動かし、ラーゼは剣を構えた。
「――だから、力を貸してくれ……!」
「琉斗……」
シャルは一度目を伏せた。そして、何かを決意するように目を見開き、前を見る。
「――ラーゼ!! 気合い入れな!! 私達が選んだ操者が――琉斗が! ここまで言ってるんだ!!
絶対……絶対! なんとかするんだよ!!」
シャルの言葉に、球体はこれまでで最大の光を放つ。ラーゼが、シャルの言葉に呼応していた。
その光は力強く、全ての闇をも消し去るかのように輝く。しかしとても暖かい、とても安らげる光だった。
――俺もまた、一切の不安が消える。俺にはラーゼがいる。シャルがいる。迷う必要なんてなかった。
「ラーゼ!! シャル!! これで最後にする!!
あの金色を止めて…フェルモントを、迎えに行くぞ!!!」
俺の言葉に応えるかのように、ラーゼの機体は眩い光に包まれた。光は天に昇り雲を散らす。光の柱の中心に立つラーゼは、強く剣を握る。
『……どうやら、投降するつもりはないようだね』
アーサーは、静かに呟く。
「当たり前だ。お前が俺なら、ここで退くか?」
『………』
アーサーは何も言わない。ただ沈黙をもって答えとした。
しばらくの静寂の後、アーサーは口を開いた。
『……残念だね。もし君が僕の元に来てくれるなら、きっと素晴らしい世界を見れたのに……』
「……うるせえよ……!」
輝くラーゼは、纏う白光を推進力に空に飛び立つ。瞬く間に上昇し、太陽を背に剣を構える。
――日輪を背負い光輝く白の機兵の姿は、まさに、“白き神”だった――
「――言ったはずだ!! 理想を語らない国なんて、クソ喰らえだってな!!」
言葉と同時に、ラーゼは一気に滑空し、ただグランツに向かう。光は後方に伸び、一つの流星のように流れ落ちる。
『――なんとでも言え! 僕は――この国を守るだけだ!!』
グランツもまた金色の輝きを放ち、ラーゼに向け突進をかける。
「アーサー!!!!」
『琉斗!!!!』
白光と金色――二つの光は互いに向け突き進み、王都全体を強く照らす。
それは、向かい合い彗星の様だった――