感謝
ラーゼから一度降りた俺は、ボロボロになったブラオからエリーゼを運び出し、木陰で休ませる。エリーゼは、呆れるように言ってきた。
「……琉斗、こんなことをしている場合か?」
「いいんだよ。もう行くから」
「そうか……」
安心したように目を閉じるエリーゼ。もしかしたら、エリーゼもまた迷っていたのかもしれない。一人の少女を犠牲に、平和を勝ち取ることを。しかし、それでも彼女は剣を向けて来た。向かって来た。……それこそが、“戦争”と呼ばれることなのかもしれない。
俺は踵を返し、ラーゼへと向かい始めた。
「――琉斗」
ふいに、エリーゼが声を掛けて来た。振り返ると、気にもたれ掛ったまま、エリーゼは顔を俺に向けていた。そして、口を開く。
「……アーサーは強い。機体も……そして、想いも、な……」
「……分かってる」
そう返した後、ラーゼに乗り込んだ。白い騎士を立ち上がらせる。一度モニターでエリーゼを見てみた。彼女は、ジッとラーゼを……いや、俺を見ていた。
「……琉斗、行こ」
場を仕切るように、シャルが呟く。その言葉に、俺は再び前を向いた。
「……ああ」
そしてラーゼを走らせた。瞬く間に木々を越えていくラーゼ。しかし、ニーナ達の姿は見えない。当然だが、かなり離されたようだ。
「シャル! 間に合いそうか!?」
「私が分かるわけないじゃん! でも、きっと間に合うはず!」
何一つ根拠はない発言だった。でも、おかげで気合が入り直した。
「飛ばすぞシャル!! 舌噛むなよ!!」
「うん!! 琉斗こそへばらないでよ!!」
時間はかなり進んでいる。ニーナ達は、おそらくもうベリオグラッド着いているかもしれない。ベリオグラッドには、アーサーがいる。そして、オリジナルの機兵も……
(間に合ってくれ……いや、間に合わせるんだ!!)
そしてラーゼを駆けさせる。森を駆け、崖を下り、川を跳び越える。進んだ先にある王都に待つ、ニーナ達を……フェルモントの元へ、少しでも早く辿り着けるように。
◆ ◆ ◆
しばらく走り続けた後、険しい崖の間を通り抜けると、ついに目的地は見えた。
「あれって……」
モニターの映像を見たシャルは呟く。そして俺もまた、球体を握る手に力を込める。
「……ああ、ベリオグラッドの、王都だ……」
森の中に見えたそれは、懐かしいものだった。広い城下町に加えて、高く聳え立つ城……かつて一度足を踏み入れた場所。まさか、こうして戻って来るとはな。見れば城下町から煙が上っていた。おそらくは、すでにニーナ達が攻めているのだろう。
(頼むぞニーナ……下手に犠牲者は出すなよ……)
アーサーの思考を考慮するに、たぶん国民の大半は避難させているだろう。フェルモントを捕えたということは、奪還の危険があることを意味する。公開処刑をするつもりなら、その警戒にも怠らないだろう。それでも、残っている民はいるはず。その人達の無事を祈るばかりだった。
「……さて、ここが正念場だろうな」
「うん。さっきから、あそこからオリジナルの気配がしてるよ」
「ってことは、アーサーも出陣してるのか……」
「うん、たぶんね。あっちもラーゼに気付いていると思う」
「なら、コソコソする必要はないってことだな」
敵が気付いているなら話は早い。正々堂々、正面突破するまでのこと……
これから王都に入れば、おそらくそれが、この戦争の最終決戦になるだろう。敵のオリジナルは一機。そして、シュルベリアのオリジナルもラーゼ一機。どちらかが倒れれば、レプリカへのエネルギーの供給はなくなる。それは、戦争の敗北を意味する。
「……シャル、ラーゼ、ここまでありがとよ」
ふと、そんなことを口にしていた。シャルは驚いたように、俺の顔の前に飛んで来る。
「どうしたの急に?」
「いや、なんとなくそう言いたかっただけなんだよ。二人のおかげで、俺はここまで来れた。守るべき力も得られた。二人がいなければ、たぶん俺はいつまでも同じ場所で座り込んでいたと思う。
――だから、ありがとう」
シャルは、照れるように頬を指でかいていた。考えてみれば、こうしてしっかりと礼を言うのは初めてだったな。なんだか俺まで恥ずかしくなってきた。
そんなことを考えていると、シャルもまた口を開いた。
「……私も、琉斗には感謝してるよ。もちろんラーゼも。私達は、ずっと操者を待ってたんだ。1000年も。ずっと孤独で、ずっと退屈で、いつまで待つかも分からない時間を過ごしてた。そんな時、琉斗は私達と出会ってくれた。本当に嬉しかったよ。だから、本当に感謝してるよ」
そう話すシャルは、はにかんだ笑みを見せた。そして手を当てている球体も、少し強く光を放つ。ラーゼも、シャルと同じ気持ちなんだろう。
そしてシャルは、もう一度言葉を口にする。
「……琉斗、最後にもう一度言っておくね。琉斗は、私とラーゼに選ばれたんだからね。自分に自信を持ってよ。相手のオリジナルがどれだけ凄くても、琉斗なら……私達ならきっと倒せるから。最後まで、私とラーゼを信じてね」
「分かってるよ。……それと、“最後に”って言葉は止めろ。俺達は、まだ別れたりしない。こんなところで終わってたまるか。――生きて生きて生き抜いて、一緒に帰るんだ。フェルモントと一緒に……」
胸に下げたフェルモントの護り石を握り締める。
(そうだ。一緒に帰るんだ。みんなで、一緒に……)
一度目を閉じた。瞼の裏には、これまでの情景が浮かぶ。万感の思いを胸に、目を開いた。
「シャル! ラーゼ! 頼りにしてるからな!!」
「うん!! 行こ、琉斗!!」
球体も激しい光を放つ。そして俺は、ラーゼの足を踏み出した。
「――よし! 派手に暴れるか!!」