操者
「動かせない?」
フェルモントは、視線を下に向けたまま話す。
「はい。機兵のオリジナルは、操者を自ら選ぶとされています。自らの意思を持ち、その意志と同調した者だけが自身の分身として機兵を動かすことが出来るのです。
しかし……」
フェルモントは言葉を濁した。それから先の言葉を探すかのように口を開いては閉じる。
そんな様子を見たゾルは、フェルモントの代行として口を開いた。
「……この機兵は、今まで誰も認めたことがない。発掘されて1年半になるが、未だかつて一度も起動したことがないのだ」
「何で?」
「分からぬ。この、鉄屑にでも聞いてくれ」
ゾルは皮肉を漏らし、失笑する。
「ゾル! 神聖な機兵に何ということを!!」
「しかし姫様! 動かぬ機兵など、鉄屑以外の何と呼びましょう!!」
「ゾル!!」
2人は、言い争っていた。
フェルモントの気持ちは分かる。この機体は、この国の未来を拓く鍵となっているのだろう。
でも、ゾルの言い分もまた正しいと思う。
動くべき時に動かないものなど、あっても意味のないものだ。そんなものに頼るのは、あまりにも希望的思考過ぎると思う。
しかし分からない。それと、俺が何の関係があるのだろうか。
「……で? 何でそれが俺と関係あるんだよ」
その質問を受けたフェルモントは、我に返るかのように話を戻した。
「そ、そうですね。それを話さねばなりません。
――今、この国は危機的状況にあります。この状況を打破するためには、どうしてもこの機兵を起動する必要がありました。
そこで、私は“召喚の儀式”をすることにしたのです」
「召喚の儀式?」
「はい。……適合者を召喚するための儀式です」
(適合者を探す儀式?)
「儀式は、王族にのみ伝わるものです。オリジナルの機兵の欠片を使い、その機兵と同調する可能性が高い人物をその場に呼ぶことが出来ます。もちろん確実ではありませんし、色々と縛りや掟があります。
……それでも、私はそれに最後の望みを賭けたのです。このままでは、私の国は蹂躙されてしまいます。国民は嘆き悲しみ、隣国からの虐げを受けることでしょう。
それだけは、何としても阻止したいのです」
「もしかして、それで呼ばれたのが……」
「はい。琉斗です」
(……まさか)
「じゃあ何か? 俺に、このロボットに乗って戦えって言いたいのか? この世界に縁も所縁もない俺に、戦争に加担しろって言いたいのか?」
「そ、それは……」
フェルモントは更に表情を暗くした。目を伏せ、必死に手を握り締めている。
でも、フェルモントの話は到底受けることなんて出来ない話だ。
それは当然だろ? 今まで平和に暮らしていたのに、予告もなしに呼び出され、挙句、ロボットに乗って命がけの戦いをしろ、なんてこと言われても出来るわけがない。
俺はこの世界の住民じゃない。姫さんの気持ちは分かるが、それとこれとは別だ。俺に、命を懸けてまで戦う理由なんてのは、一切ない。
しかし、そんな俺にゾルは冷淡に言い捨てた。
「そうだ。戦え。お前には、その義務がある」
「ゾル!?」
「……何だと?」
「お前は、選ばれたのだ。その機兵の操者として。お前が何を思おうが関係ない。我らに猶予はないのだ。お前のわがままで、国を潰されては困るんでな」
「てめえ……」
「もっとも、それも起動できれば、の話だがな。そんなことを言うお前に、その資格があるとは思えんが。とにかく、一度乗ってみろ。もし起動出来なければ、どこへでも行くがいい」
「この―――!!」
無茶苦茶頭にきた。無理やり呼ばれて、まるで実験動物のような扱いをされ、コイツは何様なんだ?
思わずゾルに殴りかかる。ケンカなんてしたことないが、勝手に手が出た。
しかし、拳がゾルの体に触れることはなかった。
あっさりと避けられ、腕を固められる。
「痛っ――!!」
肘と肩に激痛が走る。顔が歪む。たかがガキの俺が騎士様に勝てるはずもなく、痛みに耐えながらゾルを睨み付けるしかなかった。
「子供程度に殴られるほど、柔ではない」
「……そんな子供に、戦わせようとしてんのは誰だよ!!
腕固めて、力ずくでさせようとしてんじゃねえよ!!
ただの子供に、戦争なんてさせんじゃねえよ!!」
睨み合う。視線を外せば負ける気がする。腕の痛さに心で悲鳴を上げながら、視線は一直線にゾルを捉え続ける。
「ゾル!! 離しなさい!!」
「しかし姫様!!」
「離しなさい!!」
「…………くっ」
ゾルはようやく腕を解放した。
「痛ってぇ……」
「琉斗、大丈夫ですか?」
フェルモントは手探りに俺の姿を探し、鈍い目でどこかを見ながら俺の腕を触る。
「……俺は、異世界人なんて輩は信用などしていない! 元より、国を守るのは我らの役目だ!!
乗る気がないのなら、早々に去れ!!」
ゾルは蔑んだ目で俺を見ていた。
何か、特別な理由があるのかもしれない。
そう思うほど、ゾルは初めて会った俺を心底毛嫌いするかのように言い捨てた。
でも、どんな理由があるにしても、ここまで理不尽にされて黙れるはずもない。
「偉そうにすんなよ!!
勝手に呼んだのはお前らだろ!!」
フェルモントを振り払い、踵を返して外へ向かう。
(勝手に呼ばれて、押し付けられて、乗る気がないなら去れだ!?
何様のつもりだよ!!)
「あ、琉斗!! 待って――」
後ろで、フェルモントが転んだ音がした。少しだけ後ろを見ると、床に踞るフェルモントの姿が見えた。
合うことのない視線で、必死に俺の姿を探そうとするその姿に、心の隅が刺される感触を覚えた。
「……俺には、関係ねえよ」
そう言って、痛む心に気付かないふりをした。