瞬光
『前回のように遊びはしない!! これで終わらせる!!』
雄叫びにも聞こえる声を響かせ、エリーゼはブラオを走らせる。青剣を両手で構え迫るブラオ。ハンドガンで牽制するがブラオの固有兵装“シールド”には効果がない。見えない膜のようなものに阻まれるエネルギー弾はブラオの前で爆発するが、その爆風すらも滑るように後方へと消える。
「くそっ!!」
「琉斗無駄だよ!! シールドには何も効かないよ!!」
「分かってるから黙ってろ!!」
そしてラーゼに接近したブラオは、その剣を薙ぎ払う。それを剣で受けるが当然反撃は出来ない。無駄に反撃すれば隙を作ることになる。
(どうする!? どうする!?)
一度展開したシールドを破るには、ラーゼの固有兵装“リミットブレイク”を使うしかない。しかしあれを使えば、強制睡眠が待っている。ここで俺が倒れればニーナ達は首都で待ち構えるもう一体のオリジナル――アーサーと対峙することになる。もちろん首都にはそれだけではなく、たくさんのレプリカがいるはずだ。唯一のオリジナル機であるラーゼを、ここでリタイアさせるわけにはいかない。
(だけど、だからと言って……!!)
――だからと言って、この青い騎士を破るには、今のままでは到底駄目だ。ブラオのシールドは、操者であるエリーゼが“攻撃”と認知したものを全て強制的に防ぐ。反則過ぎる固有兵装と言っていい。だからこそ、“認知出来ない攻撃”を加えるしかない。一番手っ取り早いのは、残像さえも生み出す速度で攻撃を繰り出すことが出来るリミットブレイク……そして、再び強制睡眠のリスクに戻る。
終わらない葛藤が続く。迷いが頭の中をグルグル回る。使わなければ勝てない。使えば救えない。どちらに転んでも、俺を待つのは“絶望”しかない。
ひたすらに青剣を躱す。往なす。受ける。こちらの攻撃は届かなくても、どこかに隙があるかもしれない。そう願いながら、耐え続ける。
『琉斗!! もはや貴様に勝ち目はない!!』
「―――クソ!!」
『よく考えろ!! 貴様は敗れる!! 敗れるんだ!!』
「……それでも、俺は助けるんだよ!!」
後退するラーゼの掌からエネルギー弾を放つ。でもそれは、ブラオに対してではない。近くの崖……その場所を狙う。崖は崩れ、土煙が舞う。黄土色の空気は周囲に充満し、ブラオとラーゼを包み込んだ。
双方の視界が奪われる中、ブラオは叫び声を上げる。
『土煙で視界を遮るつもりか!! ――そんな子供騙し、通じると思うな!!』
「うるせえ!! 一か八かだよ!!」
『所詮は子供か……私を、舐めるな!!!』
その声と共に、周囲に爆音が響く。そして衝撃が発生し、それは瞬く間に土煙を流し去っていた。視界は鮮明に戻る。だからこそ、仕掛けた。
ラーゼは崖から崩れた岩を前面に持ち、ブラオに突進する。
『岩なら通じると思ったか!!』
岩の向こうからエリーゼの声が聞こえる。その瞬間地を駆ける音が響いてきた。すかさずラーゼは岩を投げる。
『甘い!!』
無論それはシールドに阻まれる。滑るように崩壊する岩。
(かかった……!!)
岩を破壊した後にラーゼの姿はない。岩がシールドにぶつかる寸前にラーゼは跳び上がり、ブラオの後方上空にいた。
『いない――!?』
(これが、最後のチャンスだ……決める!!)
上空に浮かび、周囲を見渡すブラオを見下ろす。そして両手に持っていた双剣を合わせ、一つの大剣へと変える。大きく後ろに振りかぶり、一気に振り下ろす。
『――――ッ!?』
あと僅かで剣が届く。その時、ブラオは上空から迫る剣の存在に気付き振り返る。その瞬間、目の前には無色透明の壁が出現する。壁は迫る剣を排斥しようとする。押し出される剣先。あと僅かでブラオの眉間に剣は打ち込める。
「クソ!! もう少しだ!! ――いけええええええ!!!」
必死に剣を押し込む。もう少しなのに……だけど、剣は弾かれようとする。顔を歪める俺の耳に、エリーゼの声が響いてきた。
『……惜しかったな』
そしてブラオは、手に持つ青剣を大きく振る。あと少しまで迫っていたバスターソードは弾かれ、そのままラーゼは弾き飛ばされた。
「――――ッ!!」
フラフラとラーゼを立ち上がらせる。そのラーゼに剣を向け、ブラオは語る。
『一瞬ヒヤリとしたぞ。さすがは、琉斗だな。……だが、同じ手は二度と通じない』
そしてブラオは再び大地を蹴り迫る。青い機体と斬撃はラーゼに振り下ろされる。
「くそっ!!」
それを剣で受ける。次は躱す。後ろに跳び、横に跳び、剣を構える。飛び去る際に一太刀振るが、結局は通じない。八方塞がりの状況に、シャルは叫ぶ。
「琉斗!! もう固有兵装を使うしかないよ!!」
「んなこと言ったって、それをしたらフェルモントを助けられないだろうに!!」
「で、でも!! このままじゃ―――!!」
確かにその通りだ。このままじゃ勝てない。しかも時間が掛かり過ぎる。仮に勝っても間に合わなければ意味がない。
『固有兵装であれば一瞬で勝負も付くだろう!! 使うがいい!! ――だが、最後に勝つのは“我が国”だ!!』
エリーゼは勝ち誇ったように叫ぶ。それを聞いた俺は歯を噛み締める。勝てない……勝つことが出来ない。このままじゃ……このままじゃ……
その時、エリーゼの言葉が頭を過る。
――固有兵装であれば一瞬で勝負が付く――
(……こうなりゃ、ヤケクソだ!!)
「シャル!! 固有兵装の発動を、マニュアルで出来るか!?」
「え!?」
「発動を俺に一任しろ!!」
「え? え??」
「いいから!! 出来るのか!? 出来ないのか!?」
「で、出来るけど……どうするの!?」
「決まってる……無茶するぞ!!」
「……はあ、やっぱり……」
シャルは頭を抱える。だがすぐに顔を上げ、モニターに映るブラオに視線を送る。
「……今更止めないよ!! 琉斗、やっちゃいなさい!!」
「言われるまでもねえ!!」
その瞬間、体の中に何かが流れ込んできた。別の意志のようなそれは、手から体の全身へ充満していく。
「琉斗!! トリガーを回したから!! いつでも発動出来るよ!!」
「発動するためには!?」
「何でもいいよ!! 自分なりに呼称して、頭の中でトリガーを引くんだよ!!」
「分かった……!!」
準備が整い、ラーゼはブラオに向け走り出す。
「ちょ、ちょっと琉斗!? リミットブレイクは!?」
「………」
シャルの言葉に反応することなく、ラーゼを走らせる。それを見たブラオは、静かに剣を構える。
『万策尽きての愚策、特攻か……無様だな琉斗。――消え去れ!!』
そしてブラオは大きく剣を振り被る。ラーゼもまた剣を後ろに構える。ブラオは光る眼をラーゼに向ける。俺もまたモニター越しにブラオを睨む。
間もなく双方の間合いに入る。そのタイミングで、ブラオは剣を振り降ろす。
「――琉斗!!」
シャルは絶叫するように名前を呼ぶ。ブラオの剣がラーゼに届く直前、頭の中でトリガーを引き、叫ぶ。
「――“ブースト”!!」
その瞬間、ラーゼの体は光に包まれる。そしてブラオの剣を躱し、瞬時に後方へ回り込む。
(ここだ――!!)
移動した後にトリガーを離し、ラーゼの光は収まる。
『――ッ!? 消えた!?』
ブラオはラーゼの動きを捉えることが出来ない。そのブラオの背中に向け、バスターソードを横に振る。
『キャアアアア!!』
背中を斬られたブラオは、前方へ吹き飛ぶ。それを見た瞬間に、もう一度叫ぶ。
「ブースト!!」
再び光に包まれたラーゼは瞬時に吹き飛ぶブラオの前に躍り出る。そして飛んで来るブラオに向け、剣を振り抜く。
「――終わりだ!! エリーゼ!!」
『―――ッ!!』
白き剣の刃は走り、ブラオの両足に打ち込まれる。斬撃は風を裂き、ブラオの両足を切断する。その衝撃でブラオの機体は空中で一回転し、勢いよく地面に叩きつけられた。
ゆっくりと振り返り、大地に沈む青い騎士を見下ろす。騎士は何とか立とうとするが、両足のない機体では自由に身動きすら出来ない。手を地面に付き、顔をラーゼに向けるだけで精一杯だった。片目の騎士は静かに言葉を放つ。
『固有兵装の……瞬間発動か?』
「ああ。そうだな……“ブレイクブースト”ってところかな。疲れるけど、リミットブレイクほどじゃない。今からでも首都に向かえる」
『……無茶苦茶だな。瞬間発動など、聞いたことがないぞ』
「聞いたことがないだけだろ? ――だけど出来た。だから俺が勝った」
『ふっ……お前と言う奴は……』
そしてブラオは地に付いた手を解放する。機体は音を立てて再び大地に眠った。
『……私の、負けだ』