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破剣

 目を覚ました時、辺りはすっかり暗くなっていた。勢いよく跳び起きると、どこかの宿舎のような場所だった。部屋を見渡すが誰もいない。どこか以前と同じ状況だったが、今回はどれくらい寝ていたのかが気になる。


「……シャル、俺はどのくらい寝てた?」


 すると目の前にシャルが現れた。やはり胡坐を組みながら答える。


「あ、おはよ琉斗。え~っとねぇ、今回は1日ってところだよ」


「たった1日!? ……前回とはエラク違うな」


「それだけ琉斗がラーゼに慣れたってことだよ。これからどんどん短くなるからね~♪」


 すっかり上機嫌のシャル。俺とラーゼの同調がそれほど嬉しいのか……

 そんな会話していると、入り口のドアが鈍い音と共に開かれた。そしてドアから入ってきたのは、ニーナだった。ニーナは起きた俺を見るなり顔を綻ばせる。


「……目が覚めたようだね」


「ああ。たった今な。……ニーナ、首都はどうなった?」


「“誰かさん”が敵の機兵操者を全部気絶させてくれたおかげで、首都も機兵も取り戻すことが出来たよ。実際、ここは首都にある兵の待機宿舎だよ」


「そうか……」


 とりあえずは一安心だ。だけど、まだ気になることがある。……いや、それが本題とも言っていい。


「……フェルモントのことは分かったのか?」


「それも……ばっちりだよ」


 そう言いながらニーナは部屋に入ってくる。そして俺がいるベッドの正面にある木製の背もたれがない椅子に腰掛けた。


「……フェルモントは、やっぱり公開処刑されるみたい。日取りは2日後の正午。場所は、ベリオグラッドの城前広場」


「2日後か……」


 思ったより時間に余裕があった。もしかしたらここを奪取されたことで日取りを早めるかもしれないと思っていたけど……取り越し苦労だったようだ。……いや、敵の――アーサーの自信の表れかもしれない。今更シュルベルトの首都を奪取されたところで、フェルモントの処刑には何の影響もない。そんな風に言われている気がした。


「ニーナ。他の兵士はどうだった?」


「ええ。全員無事だったよ。……むしろ、牢屋にこそ入れられていたけど、特別悪い扱いをされていたわけじゃないみたいなんだ。食事だって出されていたみたいだし、牢屋番のベッリオグラッドの兵も気軽に話しかけてきたらしい」


「………」


 ニーナは複雑な表情をしていた。俺だってそうだ。つまり、戦争なんて誰も望んじゃいないんだ。早く終わらせたいと願っている。

 だったら、この戦いの意味はあるのか? 望まない戦いの中、傷つき合い、殺し殺され、今まさにフェルモントは処刑されようとしている。


「……戦争って、何だろうね……」


 シャルは言葉を漏らした。戦争とは関係ない電子精霊の呟き。その問いに、俺もニーナも答えることが出来なかった。それは俺が思ってることでもあり、きっとニーナや他の人達も思ってることだと思う。


「さあね……俺にも分からない。……でも、だからと言ってフェルモントを処刑させたりはしない。絶対助けるんだ。――俺達の手で」


「……うん。そうだね」


 ニーナは力強く頷いた。その表情には何かの決意が見える。


「琉斗、見せたいものがあるんだ」


「見せたいもの? 俺に?」


「うん。付いて来てくれない?」


「……わかった」


 ニーナの案内のもと、俺とシャルは部屋を出た。





 ◆  ◆  ◆





 待機宿舎の敷地内には格納庫があった。そこにはたくさんの機兵が並び整備されていた。おそらくは、決戦に向けた準備をしているのだろう。フェルモントが捕らえられているのは敵の首都。そして、処刑もその場所で行われる。……つまり、フェルモントを救出する時こそ、ベリオグラッドとの戦争の最終局面ということだ。


「……“あれ”よ」


 格納庫内を歩いていた俺達は、ある場所に行き着いた。そこは格納庫の片隅。その壁をニーナは指示する。


「“あれ”は……」


 そこには、途轍もなく巨大な白い剣がゴンドラのようなものに収められていた。通常の剣は機兵の半身ほどしかない。だからこそレプリカでも片手で自在に扱うことが出来る。……しかしそれは、機兵の全長よりも大きく、剣幅も広い。見るからに重量感がある“それ”は、およそ“剣”とは呼べない代物だった。


「私達は“バスターソード”と呼んでるわ」


「バスターソード……」


「あ! これ、ラーゼの剣だよ!」


 突然シャルが声を上げる。その声には、どこか歓喜のような感情が込められていた。それを聞いたニーナは微笑む。


「……この剣はね、ラーゼ・エントリッヒと一緒に発掘されたものよ。この剣は、ラーゼの繭を守るように横に添えられていたの。他の機兵で扱おうとしたけど……重すぎてとても無理だったのよ。

 でも、今のシャルの言葉で分かった。これはきっと、ラーゼ専用の剣だったのね」


「ラーゼの……剣」


 確かに、ラーゼのパワーならこの剣も使えるだろう。考えてみればラーゼには専用装備が何もなかった。剣だってレプリカと同じものだ。ブラオ・シュプリンガーには青い剣、シュトス・シュランゲには双刃の二対の剣。ラーゼにだけ何もないのは不自然な話だ。


「隣国が攻めてきた折、これも一緒に運び出そうとしたんだけど……ラーゼの繭だけで精一杯だったのよ。たぶん、隣国も使えなかったんだと思う。だからこそ、こうしてシュルベリアの首都に置かれてたのよ」


「琉斗! これがあれば百人力だよ! ラーゼも喜ぶ!」


 シャルは嬉しそうに空中でクルクル回っていた。それを見ていると、自然と笑みが出た。


「それと……もう1つ見てほしいのがあるの」


 ニーナは再び歩き出した。俺とシャルは見つめ合い首を傾げる。よく分からないまま付いて行くと、格納庫の出入り口に辿り着いた。そして薄暗い格納庫から日の光が燦々と照らされる外に出る。

 一瞬明暗の差で視界が眩んだ。手を額の位置に置き目を細めて外の様子を見る。そして広がる光景を目の当たりに出来た時に、心臓が一気に高鳴った。


「これは……」


「うわ~……」


 俺とシャルは声を漏らした。そこには、たくさんの兵士が綺麗な四角い隊列を組み並んでいた。そして誰もが俺を見ていた。

 ニーナは、俺の方を振り返り声をかける。


「みんな、シュルベリアの兵よ。ここにいる者達の心は一つ。……全ては、フェルモントを助けるために」


「……すげえな」


 それは壮観な情景だった。全ての兵士が凛々しく立ち、決意に満ちた表情を浮かべる。


「……さ、琉斗。みんなに声をかけて」


 突然ニーナが提案してきた。俺に挨拶をしろと。


「は!? 何で俺が!?」


「決まってるでしょ? 琉斗は、もうシュルベリアの正式なオリジナル操者なんだから。それはつまり、私達のリーダーでもあるのよ。みんなも、それを快く了承したわ」


「いや……そんなことを言われても……」


「いいからさっさと話す!」


 ニーナは俺の背中を押して、無理やり前に出させる。


(勘弁してくれよ……)


 いきなりの申し出に困惑する俺。こんな大勢の前で話したことなんてないし、なんて言えばいいのか分からない。でも、何か言わないと開放されないことがなんとなく理解できた俺は、一度呼吸を整え声を出した。


「……ああ、その……まずは“初めまして”って言った方がいいのかな? 俺が、シュルベルトのオリジナル機兵、ラーゼ・エントリッヒの操者、“桐谷琉斗”だ。

 正直、何を喋ればいいのか分かんないから、手短に話すよ」


 一度深く息を吸い込み空を見上げる。青々とした色彩を目に刻み、下を向いて大地に息を吐く。そして顔を上げる。


「……知ってるかもしれないけど、俺はこの世界の人間じゃない。異世界から来た。

 俺がいた世界は、この世界みたいに機兵があったりはしない。少なくとも俺の国では、戦争なんて無関係だった。……いや、関係ないって考えていたんだ。この世界に来た時だって思ったさ。“俺には関係ない”ってね。

 ……だけど、今は違う。確かに俺はこの世界の人間じゃないし、まだ分からないことはたくさんある。けど、俺はフェルモントを助けたい。他人のために、自分を犠牲にするあの“お人好し”を助け出したい。それは俺だけじゃ出来ないことなんだ。ラーゼ一機で助け出すことなんて出来ないんだ。

 ――だから、みんなの力を貸してほしい。そして、こんな戦いを終わらせるんだ。フェルモントを助け出し、もう一度国を取り戻すんだ。立ち塞がるオリジナルは、俺が全て破る。俺にはそれしか能がない。他のことは、みんなにかかってる。

 俺達は……俺達こそ、シュルベルトの剣だ。シュルベルトに降りかかる全ての災厄を破る剣だ。

 ――目指すはベリオ・グラッド……フェルモントを、取り戻す!!」


 

 オオオオオオオオオオオ!!


 

 首都には、兵士達の咆哮が轟いていた。拳、剣を掲げ、高い空に向かって決意の叫びを上げる。


「……やるじゃん、琉斗」


 シャルはニヤニヤしながら頬を肘で突いてくる。何だか恥ずかしくなった俺は、そそくさと後ろに下がる。それでも、俺の中には一つの剣があった。自分の意志を具現化した、折れることのない剣が。


(……フェルモント、待ってろ。必ず助ける!)


 そして俺は空を見上げる。空の真ん中に居座る太陽は、激しく輝く。それはまるで、俺に激励を送るかのようだった。




 

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