目的
完全に日が昇り切った森。その中には暖かい日射しが注がれていた。その中を歩いて行くと、目の前には胴体から下が欠落した緑色の機兵、シュトス・シュランゲが倒れていた。いや、腕や下半身がない無残なその姿は、もはや倒れていたとは言えないかもしれない。……転がっている。率直に、そう思った。
そのコックピット部分によじ登り、入り口を開けた。中にはぐったりと椅子に座るゾルがいて、両脇を持ち、出来る限り精いっぱい引っ張りだした。
「ちょ、ちょっと琉斗! どうするの!?」
床に倒れたゾルを見たシャルは、心配そうな表情で俺の少し後ろを飛んでいた。
「……決まってるだろ。話をするんだよ」
そうは言ってみたが、時間は限られているだろう。前回ほどではないにしろ、相変わらずのリミットブレイクの反動が心と体に重たく圧し掛かっていた。
「シャル……シュトスは、まだ死んでないのか?」
「……うん。今はまだ何とか生きてるよ。でも……」
シャルは言葉の語尾を切った。何を言おうとしたのかなんてのは、簡単に予想がつく。これだけの損傷だ。この機兵の命は、間もなく尽きるだろう。それについて自責の念を全く感じないと言えば嘘になる。ゾルは絶対に許せない。だけど、シュトスはそのゾルを操者に選んだだけだ。もちろんシュトスとゾルは心が通じ合っていて、ゾルの行動は即ちシュトスの行動であることは分かってる。俺もそうだし。
……それでも、完全には関係ないような気がする。そんな俺の感情は甘いのかもしれない。俺とラーゼを容赦なく攻撃し、何度も壊そうとした機体。そんな相手に同情を感じるのは、戦士としては失格かもしれない。
でも、俺は戦士じゃない。ただの操者だ。それはそれで、自分の気持ちとして受け入れようと思う。
横たわるゾルの隣に腰を下ろし、ゾルに向け話しかける。
「……おい、ゾル。一度起きろ」
俺の声を受けたゾルは、閉じた目を震えさせながら、薄く瞼を開ける。そして俺の顔を見るなり、少しだけ頬を緩ませた。
「……なにか、用か?」
「ああそうだよ。――最後に教えろ。お前は何者なんだ?」
「フン。……既に、知ってるだろうに……」
「お前の口からは直接聞いていない。お前は、シュルベリアの代々騎士を務める家の生まれじゃないのか?」
「正確に言えば違う。俺は養子だ。子に恵まれなかった夫婦が、俺を子供として迎え入れただけだ。
――俺は、貴様たちの敵。間違いなく、アーサー達の仲間だ……」
養子であることには少し驚いたが、俺が本当に聞きたいことはそれじゃない。
しかしそんなゾルの言葉で、自分の中での仮説が更に強くなった。そしてその仮説を、直接ゾルにぶつける。
「……ゾル、お前……ベリオグラッドの生まれでもないだろ?」
「――――」
ゾルは緩めていた頬を引き締めた。動揺している様子ではない。ただ冷静な表情で俺を見ていた。
「……図星……ってところだろ。ベリオグラッドの人間とは言わずに、アーサー達の仲間って言ったよな? それが何よりの証拠だ。
それにお前が隣国の人間だと仮定すると、何か違和感を感じるんだよ。何とも言えない違和感が。それはきっと、お前の目的が少し違うように感じたからだと思う。お前の目的はシュルベリアを潰すことじゃない気がする。
――お前の、本当の目的は何なんだ?」
「………」
ゾルはしばらく黙り込んだ後、静かに再び頬を緩めた。そして辛うじて開いていた目をゆっくりと閉じる。
「……貴様のそういう“感”がいいところ、気に入らないな。――だが、そこまで読めたのなら教えてやらんでもない。
確かに、俺はべリオグラッドの人間ではない。目的は……そうだな、強いて言えば、始まりの狼煙を上げること、といったところだろうな……」
「始まりの狼煙?」
「天の空座は世界の理を著しく脅かす。それは即ち、混沌たる乱れを生むこと。乱れを鎮め、空座を今一度満たすには、事を急がねばならない。
――俺は、そうしたまでだ」
「……どういうことだ?」
まったく意味が分からない。ゾルは何を言ってるんだ? 天の空座? 混沌たる乱れ? 空座を満たす? わけが分からない。それでもゾルは、どこか満足した顔をしていた。
「貴様に敗れた俺は、どうやら器ではなかったようだな。残念だが……仕方あるまい」
「ゾル、さっきから何を言ってるんだ? 俺にはさっぱり分からない。お前は、何が言いたいんだ?」
「ここで語らずとも、いずれ全てが分かるだろう。時が来れば、全てがな。
――そろそろ時間のようだ。一つ、貴様に教えておこう。以前貴様の電子精霊が言っていたこと、強ち間違いではない。機兵が死ぬとき、操者の心も死ぬ。
だが、その魂は死んだ機兵に注がれる。その魂を使い、機兵は再び長い年月眠りにつく。時間をかけ、機体を修復しながら、次の開闢の時を待つのだ。そして魂無き肉体は、ただ滅びるのみだ」
(つまり死ぬってことか? シャルが言っていたことと違うじゃねえか)
もしかしたら、シャルも所々忘れたまま説明をしていたかもしれない。
「お前は、何者なんだ?」
「それは、わざわざ話すことではない。――貴様には関係あるまい」
そしてゾルの体の節々は、徐々に力を抜き始めていた。それまで僅かに動いていた指先、眉、心臓は、ゆっくりとその活動を小さくしていった。
「おいゾル、最後に教えろ」
「何を、だ?」
「なぜさっさとフェルモントを連れて行かなかった? ニーナに行動を監視されていようとも、オリジナルを使えばもっと容易く連れていけたはずだ。なぜ強引な手を使おうとしなかったんだ?」
「……さあ、なぜだろうな。あの娘を見ていたら、もう少し長く見ていたいと思ってしまったんだ。どんな状況下になっても、決して輝きを失うことのないあの娘を、な」
ゾルは、今まで見せたことがないような優しい表情をしていた。その口元は微笑み、懐かしい光景を思い出しているかのようだった。
「……ゾル、お前もしかして、フェルモントを……」
「フン……。それこそ、貴様には関係あるまい……
……さて、本当に最後のようだ…な……。貴様が…どれほどの器か……見せて……も…ら……ぞ………」
小さくなる声は、やがて何も聞こえなくなった。そしてゾルは表情の力を無くす。そのまま、ピクリとも動かなくなった。その瞬間、俺の後ろに転がっていたシュトスの機体は光に包まれた。それは胴体だけではない。千切れた腕、散らばる破片の1つ1つが緑色の光を放ち、かと思えば一瞬にしてワープでもしたかのように消えてしまった。
「………」
その光景を最後まで見送った俺は、それまで耐えてきた睡魔を解き放つかのように、大地に伏せ意識を飛ばす。
体は石のように重たく、心には、何か棘のようなものが刺さっているように感じていた。
四章 終