閃刃
日が登りきった森には2体の蛇がいた。双刃の剣を先端に構えた蛇は、執拗にラーゼを狙い続けていた。地を這い、木々を切り倒し、右に左に跳躍するラーゼを全方位あらゆる角度から攻め立てる。
「クソッ!!」
絶え間なく迫り来る刃を避け続ける。その勢いは強力。速度をつけ勢いよく振り抜いたかのような攻撃は、剣で受ければたちまち吹き飛ばされてしまう。
『いつまでも逃げ切れんぞ!!』
シュトスはただ立つだけだった。立ちながら腕を伸ばし、腕のみで攻撃をする。
「こんの――!!」
躱した後に全力でシュトスに向け駆け、刃を降り下ろす。だがシュトスは横に平行移動をして躱す。足は動いていない。体ごと何かに引っ張られるかのように右に移動していたた。
「またかよ!!」
シュトスが移動した先には手があり、森の木を掴んでいた。伸びた腕で何かに掴まり、急速に縮めることで可能となる移動方法。予備動作もなく急に動くそれは、まるで幻術を見せられているかのようだった。予測できない動きに翻弄され、さっきからラーゼの剣は空を切るばかりだった。
「琉斗!! 落ち着きなよ!!」
シャルの声が響く。それでも俺の中の焦りは消えない。何しろ相手の動きが読めない。直立不動かと思いきや、そのままの体勢で前後左右を移動する。その動きに気を取られ過ぎれば、たちまち伸びる腕の双刃の餌食になる。
だが、早く勝負を決めなければならない。ゾルはまだ遊んでいる。これが、本気で攻勢をかければ……
『さて、そろそろ貴様との遊戯にも飽きてきた。アーサー達も待ってるからな。――ラーゼの首、貰って行くぞ』
(――来る!!)
その言葉と同時に走り出すシュトス。それを迎えるラーゼだったが、走りながらシュトスは右手を伸ばしてくる。剣で受けるがまたもや勢いに押され、後ろに吹き飛ぶ。
「くぅ!!」
何とか着地前に片手を付き体勢を整えようとするが、更に右方向から双刃が迫る。何とか剣は間に合ったが、そのまま更に前方に吹き飛ばされる。そしてその先に待ち構えるシュトス。無防備に向かってくるラーゼの体を蹴り上げた。機体は大きく仰け反り、宙に浮く。その瞬間を狙い伸びる左腕がラーゼの右足を掴み、そのまま大きく振り回し、大地に叩きつけた。
「―――!!!」
「琉斗!! ラーゼが苦しんでる!!」
手を付き立ち上がるラーゼだったが、今度は両手に巻き付くようにシュトスの腕が絡みつく。両手を思い切り左右に引っ張られたラーゼの肩部分が軋む。まるで磔のように両手を大きく広げ動けなくなったラーゼに、シュトスはゆっくりと歩いてきた。
『……多少時間がかかったが、今度こそ終わりだ……!』
そしてシュトスは無防備となったラーゼの体を蹴り始める。頭部、胴体、足、腕、至る所を何度も蹴り続けられたラーゼは悲鳴のような軋みを伴い、衝撃と振動が内部を包み込んでいた。
「マズいよ琉斗!! このままじゃ……!!」
「分かってるよ!!」
(こうなりゃ、“あれ”を使うしかねえか……)
実際のところ、シュトスを倒しても他に敵機兵がいるため、あまり使いたくなかった。終わった後の強制睡眠、つまりはそれ以上の戦闘が不可能になるということ。もし敵機兵がニーナ達を圧倒しているならそれは敗北を意味する。
(でも、このまま壊されるより……ずっとマシだ!!)
「――シャル!! “リミットブレイク”、使うぞ!!」
「……うん! 分かった!!」
シャルも今の危機的状況が分かっているのだろう。以前のように躊躇することはなかった。前回同様2つの球体の前に来たシャルは目を閉じる。そして祈りを込める様に手を組み、一気に目を開けた。
「――行くよ琉斗!!」
「ああ!! リミットブレイク!!」
そして機体からは光が放たれる。光は日が昇り切った周囲を更に照らし出す。
『これは……光の柱か!?』
ラーゼの両手を掴んだままシュトスは一旦距離を取る。そして輝くラーゼに正対し、足を前後に開き構えを取った。
「……!! き、来たか……!!」
体を急激な疲労感が襲う。つまりは、リミットブレイクが発動したということだ。
(一気にケリを付ける!!)
「――行くぞラーゼ!!」
体を光に包まれたラーゼは左手を引くシュトスの右手を逆に無理矢理引っ張る。シュトスの腕はあっさりと引かれ、右手が自由を取り戻した。
『―――!? 何という力!!』
そして左手を掴むシュトスの腕を掴み取り、一気に右に捻る。シュトスの手は遂にラーゼから離れ、空中で波打ちながら無防備に漂う。ラーゼの体を更に回転させ、手に持つ剣で目の前に浮かぶシュトスの右腕に刃を振り下ろした。
剣を受けたシュトスの腕はいとも容易く切断され、バチバチと電気がショートする音が響いていた。
『う、腕が――!?』
片腕を失ったシュトスは一瞬機体を驚愕で硬直させる。その隙を見逃すことはない。
「駆け抜けろ!! ラーゼ!!」
大地を全力で蹴り出したラーゼは瞬時にシュトスの眼前に移動する。
『この速度は―――!!』
シュトスは慌てて奥の木を掴み平行移動をしようとするが、そう易々と見逃すことはしない。右手の剣を閃光のように切り上げ、残る左腕を切断する。そのまま機体を反時計周りに回転させ、その勢いと脚力を乗せた蹴りをシュトスの胴体に叩き込む。
『ぐぅ―――!!』
シュトスはそのまま後方に矢のような速度で木を薙ぎ倒しながら吹き飛んだ。ラーゼは再び大地を蹴り、残像を残しながらシュトスの後方に回る。そして吹き飛ぶシュトスの頭部を掴み、飛ぶ方向の逆の方向に押し込み、そのまま地面に押し付ける。シュトスの頭部は大地にめり込み、逆さを向いた機体は両足をラーゼの眼前に浮かせる。その足を更に手で掴み、一気に上空へと放り投げた。
「決めるぞ!!」
上空に吹き飛ぶシュトスに向け上空に跳び上がり、胴体に体当たりをする。背中に衝撃を受けたシュトスは、胸を天に反らせる形で更に上へと昇る。そしてラーゼもまた光の推進力でシュトスよりも遥か上空に上がり、剣を両手で持ち直す。そして刃を水平にして、シュトスをめがけ隕石のように滑空した。
「言ったはずだ!! お前だけは許さないってな!! ――終わりだ!! ゾル!!!」
光線となったラーゼはシュトス胴体に剣を振り抜いた。剣もまた光を帯び、閃光のような刃の煌めきがシュトスの胴体を横切ると、シュトスの体は音を立てて胴体部分が上下に切り裂かれた。リミットブレイク中のラーゼの力と速度を合わせた剣の一閃。その威力はオリジナルであっても耐えれるものではなかった。
「やったよ琉斗!!」
歓喜に体を跳ねらせるシャル。だがこのままでは終われない。
「まだだシャル!!」
「え? え? ――キャアアア!!」
喜ぶシャルに視線を送ることなく、着地するやラーゼを再び駆けらせ、首都の中に入る。首都の中では機兵同士が刃を交えていた。状況から見るに、やはり数で圧倒する敵国が有利だった。
「全て叩き伏せる!!」
光の化身の如きラーゼは爆炎に染まる首都を駆け抜ける。まず最初に目に入った敵の機体の頭部を掴み地面に押し付ける。そして隣にいた機兵の腕を掴み壁に向け投げつけた。機体が壁に当たるのを確認する前にラーゼは再び走り出し、敵の機体を次々と地に伏せ続けた。
光の筋が首都中に走り続ける。光が通り抜けた後には、あらゆる機兵が抵抗する間もなく大地に沈み、そのまま動かなくなっていた。機体にそこまでの損傷は与えていない。だが、余りの速度で叩きつけられた操者はその衝撃で気を失う。沈黙の機兵は、反撃することは出来なかった。
やがてラーゼの光が収まった時、そこに立つのはニーナとシュルベリアの兵士が乗る機兵だけだった。
「琉斗……よく頑張ったね!! そろそろ眠って……」
「い、いや……まだ……」
朦朧とする意識の中ラーゼを降りた俺が歩き出す。そして、首都の外に横たわるシュトスのもとへ向かって行った。