蛇咬
森を駆ける1機の白い機兵。周囲の景色が一瞬で過ぎ去っていく。その内部にいる俺の鼻息は荒かった。球体を触る手には力が入り、球体からの光もいつもに増して輝いているように感じた。
「琉斗……そんなに慌てなくてもすぐ着くよ? それにラーゼも。興奮し過ぎ」
「うるさい。いいんだよ別に。なあラーゼ?」
言葉はないが、一瞬球体が強く光る。ラーゼなりの返答なのだろう。
「これだから男の子って……」
シャルは呆れるように首を振った。俺はともかく、ラーゼに対して男の子ってのは違和感がある気がするが……
しばらく森を駆けると、遠くから戦闘の音が聞こえ始めた。
「この森を抜ければ……」
深い森の丘の上。その崖縁に立つと、下には首都が見下ろすことが出来た。首都に向け目を凝らす。モニターは徐々に近づき、首都の内部の映像が映る。
首都の内部では、未だに戦闘が行われていた。そしてゾルはニーナと交戦している。しかしその戦況は完全に押されているのが明白だった。首都の外に目をやれば、さっき乗っていた機兵のコックピット部分が無残に潰されていた。あれなら、確認するまでもなく操者が死んだと思ってしまうだろう。
「……よし」
首都に狙いを定め、剣を抜き取り体を屈ませる。その様子を感じたシャルは、おそるおそる声をかけてきた。
「……一応聞くけど、何してるの?」
「決まってるだろ……跳ぶぞラーゼ!!」
俺の声を受けると同時に、ラーゼは縮めた体を一気に跳ね上げ、大きく空へ跳び出す。ボールを遠くに投げるかのように綺麗な放物線を描きながら、ラーゼは一直線に首都に向け空を駆けていた。
「琉斗無茶し過ぎだよー!!」
「無茶でいいんだよ!!」
やがて景色はだんだんと首都の内部に近付く。そして、肉眼でもニーナの機兵とゾルのシュトスが見えるまでに至る。シュトスは機兵に向かい、剣を振り上げていた。
「ゾルウウウ!!」
『―――!?』
俺の叫び声を聞いたゾルはすぐに振り返る。どこにいるか分からなかったようで周囲を見渡していたが、すぐに空から迫るラーゼの姿を捉えた。
『琉斗か!?』
「沈め!!」
シュトスの横を通り過ぎる間際に剣を横に振り切る。それを両剣で受けるシュトスだったが、そこはオリジナルの機兵であるラーゼの剣、勢いも合わさり、受けた衝撃でシュトスの体は後方に吹き飛び、そのまま外壁を破壊し森の中を滑っていった。
ラーゼもまた地に足を付けたままスケートのように大地を滑る。壊れた外壁から首都の外に出た後、剣を地面に突き立て勢いを殺す。そして体が静止する直前から剣を構えシュトスの反撃に備える。
森からはパラパラと土が降る音が聞こえる。そんな中、首都から機兵が走ってきた。
『琉斗!!』
その声はニーナだった。どこか安堵を浮かべるような声を放つニーナ。かなり追い詰められていたのだろう。
「ニーナ、話は後だ。お前は首都を押さえろ。俺は……ゾルを叩く!!」
『……うん!』
たったそれだけの会話だった。それでもニーナは大きく返事をしながら再び首都に戻っていく。
視線だけでニーナを見送り、再度正面のシュトスに目を戻す。
『……いつの間にオリジナルに乗り換えた?』
森の中からゾルの声が響いてきた。そして奥から木々と同化するようにゆっくりとシュトスが歩いてきた。
『あのタイミングでコックピットから逃げ出したとは思えないが……同化転移? そんなものがあるのか? ……なるほどな。だから一瞬で移動出来たわけか……。相変わらず悪運だけは強いな』
ゾルの声は誰かと会話をしているように聞こえる。おそらくは電子精霊と話しているのだろう。
……初めて他人の電子精霊との会話を聞いたが、電子精霊の話し声は全く聞こえない。だとするなら、シャルの声もまた外部には響いてないのだろう。
『まあいい。多少時間に差異が出るだけで結果は変わらん。――今一度、機体を切り刻むまでだ』
「……ずいぶんと自信あるじゃねえか。レプリカとオリジナルの違い、お前も分かってるはずだ。あんまし、ラーゼを舐めんなよ?」
『――戯言を!!』
そしてシュトスは前に出る。
「ラーゼ!!」
俺もまた前に出る。両機体は瞬く間に距離を詰め、互いの間合いに飛び込んだ。
シュトスは右手の剣を外から内に凪ぎ払う。それを剣で捌くがその剣の柄から伸びるもう1本の刃が既に迫っていた。
機体を後方に反らせ躱す。シュトスは更に追撃をすべく左手の剣を突く。それを屈んで潜り抜け、剣を胴体に向け振り抜く。シュトスもそれを読んでいたのだろう。素早く左の柄の刃を下に向け剣を受けるや、体を捻り右の剣を向ける。ラーゼを後ろに跳ばせ躱し、距離を取りつつハンドガンで射撃。しかしシュトスはそれも剣で受け止める。
一瞬の攻防の後、一旦距離を置いた両機は剣を構えたまま対峙し、周囲にはピリピリと切り詰めた空気が満ちていた。
『……腐ってもオリジナル、といったところか。なるほど、こうして刃を向けあえば中々手強い』
「恐れ入ったか。今降参するなら許してやらないこともないけど、どうする?」
『フン。――愚問だろうに!!』
「だよなあ!!」
再びぶつかり合う白の機兵と緑の機兵。それぞれが剣を閃かせ相手機体を狙う。辺りには刃のぶつかる音、風を裂く音、大地を蹴る音が共鳴するかのように響いていた。
そんな中でシュトスを観察する。
シュトスの攻撃の最大の特徴は、両手に持つ双刃の剣による波状攻撃。計4つの刃を巧みに駆使して断続的な攻撃を加えてくる。しかし逆に両手が塞がっていることから、攻撃の種類は限られてくる。
――狙うは、そこだ。
刃を走らせシュトスの体を狙う。それを剣で防ぐシュトス。
(――今!!)
シュトスが左の剣を使う前にラーゼの体を体当たりさせる。
『――ッ!?』
そのままシュトスと共に地面倒れると同時に馬乗りの形を作る。そして右足でシュトスの左腕を踏みつける。シュトスの右手はラーゼの剣と鍔迫り合いをしたままで自由が利かない。故に今シュトスは胴体が無防備となった。
「ここだあああ!!」
右手をかざし、至近距離からハンドガンを胸部に向け連射する。ラーゼ自身も衝撃と爆風を受けるが、それ以上にシュトスはダメージが大きいはず。何度も何度も、何度も何度も胸部は爆発し、外装にヒビが入り始めた。
『――クッ!!』
シュトスは足で踏まれた手の武器を初めて離し、掌を向ける。そこからハンドガンが放たれるが、狙いは逸れ、弾丸はラーゼの頭の横を通り抜けた。
「――チッ!」
一旦シュトスから離れる。その間にシュトスは剣を再び手に取り、立ち上がる。
――その時を見計らい、一気に大地を蹴った。
『なっ――!?』
「油断してんじゃねえ!!」
そして全力で剣を横一閃に振り抜く。それを間一髪で両手剣で受け止めたシュトスは吹き飛び地に伏せた。
「止めだ!!」
『――そう何度もやらせん!』
追い討ちをかけるべく駆け出すが、シュトスは今度は剣先をラーゼに向け、慎重に立ち上がる。
ラーゼもまた途中で踏み止まり、互いに構えたまま対峙する構図が甦った。
(クソ……もう少しだったんだけどな)
もう少しダメージを与えたかったが、ひび割れたシュトスの胸部を見る限り、これでも十分だろう。
『……なるほど、な』
剣を構えたままのシュトスから、ゾルの声が聞こえた。
『さすがにブラオ・シュプリンガーを退けただけある。確かに貴様は強い。それは認めてやろう……』
「どこまでも上から目線なんだな……」
しかし今の機兵の状態を見ると強がりにしか見えない。となれば、おそらくは“あれ”を使うだろう。
『……だが、俺の勝ちは揺るがん。――固有兵装、使わせてもらう!!』
その言葉と共に、シュトスの機体から緑色の光が放たれる。そしてブラオ同様、シュトスは光を纏う。
(さて、どんな固有兵装を見せるのやら……)
自分の中の緊張感を高める。シュトスの一足一挙の変化を見逃さないように気を張った。
『……行くぞ、琉人』
静かに呟くゾル。
その刹那、突如シュトスが構えていた剣が猛烈な勢いで眼前に迫ってきた。
「なっ――!?」
慌てて剣を合わせ受け止めるが、その勢いは凄まじく、立ったままの状態で後ろに滑り始める。そしてシュトスの剣を右に剃らしシュトスに目をやると、そこにはもう1本の剣がすぐ目の前まで迫っていた。
「何だ!?」
再び剣で受けるが、ラーゼはそのまま吹き飛ばされ、地面に倒れる。
「痛っ………ッ!?」
振動に体を揺らされながら目を開けると、シュトスの剣は今度は上空から迫っていた。
「――!!」
ラーゼを横に転がし何とか躱し、急いで立ち上がる。そしてシュトスの方を見ると、そこには異様な光景があった。
「……これは……」
シュトスの両手は、二の腕部分から伸びうねる。腕が別の生物のよう動く様は、まるで腕から先に蛇がいるかのように見えた。
「……これが、シュトスの固有兵装……」
『シュトスの固有兵装、“スネークハンド”。一度狙われれば最後だ。蛇は、獲物を狩るまで追い続ける。
――貴様を、壊すまでな!!』