機兵
「……い、異世界?」
(……コイツは、何を言ってるんだ?)
理解できない。何を言ってるのか分からない。異世界って言うと、ゲームやマンガで出てくる異なる世界のことだろうか。
……あまりにバカバカしい。それを「はいそうですか」と簡単に信じる程、俺もバカではない。……だが、真顔で語るその少女からは、一片の迷いや嘘も感じられない。
(本気なのか? 本気で、ここが異世界とでも言うのか?)
未だに信じられない俺に、少女は優しく話しかけてきた。
「私は、フェルモントと申します。よろしくお願いしますね、異世界の人」
「は、はあ……」
「もしよろしければ、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
なぜかフェルモントは、一度も俺と視線を合わせない。それでも微笑みを忘れないその光景には、どこか違和感を感じてしまう。
「あ、ああ。琉斗だ。桐谷琉斗」
「琉斗様というのですね。素敵なお名前です」
再び微笑むフォルモント。
彼女は、見れば見るほど香澄と似ていた。微笑むその表情、声、立ち振る舞い……全てが似すぎていた。
「琉斗様、私とお付き合いして頂いてもらえますか?」
「つ、付き合う!?」
(え? 何? もしかして、いきなりの告白? どんな展開??)
「では、こちらに来てください」
そう言い、フェルモントは部屋を出ていった。
(あ、そっちの意味ね……)
壮大に勘違いしてしまった。それを気付かれてないことを祈りつつ、俺もまた外に出て行った。
その時気付いたが、フェルモントはやけにフラフラと歩いていた。壁に手を当てながら、一歩一歩確めるように階段を登って行った。
◆ ◆ ◆
外の景色を見た時、俺は何となく理解出来た。ここが、今までの世界ではないことを。
目の前には一面森林が広がる。数多くの鳥が空を舞い、山々は緑に染まる。少なくとも、俺が住んでいた街とは全く違う光景だった。今俺がいる場所は、そんな森の中にある要塞みたいな石の建物だった。壁はヒビなどで年代を感じるほど劣化が進み、まるで中世時代の建物みたいだった。
「――姫様!!」
俺たちに駆け寄ってくる一人の男。巨漢で灰色の甲冑に身を包むその男は、絵に描いたような“騎士様”だった。
「姫様、お怪我はありませんでしたか?」
「ええ。ただ……」
そう言って、フェルモントは言葉を濁していた。彼女は、騎士の方を向いていない。全くの別の方向を向いていた。それを見た騎士は、何かを感じ取ったようだった。
「そ、そんな……姫様……」
騎士は、その場で項垂れた。目を手で覆い、頭を抱えていた。
「いいのです、ゾル。そのおかげで、琉斗様にお会いできたのだから……」
「琉斗? もしや、その者が……」
「ええ。異世界の住民です。……琉斗様。この者はゾル。私の護衛の者です」
「ああ、どうも……」
(……ん? 姫様?)
ふいに、ゾルとかいうこの男の言葉が気になった。
「あの、姫様って?」
ゾルは、少し不機嫌そうな表情で答えた。
「フェルモント様は、この国の王位継承者だ。即ち、この国の女王となるお方だ」
「じょ、女王様!?」
フェルモントに改めて視線を送る。
(次期女王ってことは、今は王女様ってところか? いよいよもってファンタジーな話だな……)
フェルモントは困ったようにはにかんでいた。その視線は、やはり明後日の方向を向いたままだ。
(さっきから一度も視線が合わないけど……もしかして、目が見えないのか?)
「あのフェルモント……様?」
「フェルモントでいいですよ、琉斗様」
「え? あ、ああ……。それなら、俺も琉斗でいいよ。様付けって、何かこそばゆいし……」
「分かりました。琉斗」
フェルモントはクスクスと笑っていた。それを見ていたゾルは、逆に眉を顰める。その表情が何を意味するのか……それは、俺には分からなかった。
「……それで琉斗、何かご用ですか?」
「あ、ああ……ここが今まで俺がいた世界とは違うところってのは、なんとなくわかった」
信じれない気持ちはあった。でも、世界の様子、フェルモントとゾルの格好……その全てが、俺の世界とは違うものだった。目に見える証拠を突きつけられたら、あとはもう信じることしか選択肢は残らない。
それに、今重要なのは“ここがどこか”ではない。“なぜここにいるのか”の方だろう。
それを確認する一番手っ取り早い方法は、やはり呼んだ張本人に聞くことだと思う。
「……それで、なんで俺をわざわざ呼んだんだ?」
俺の問いに、フェルモントは躊躇しているように見えた。何か言い辛い理由でもあるのだろうか。でも、正直躊躇されても困る。俺は現に、“既に来てしまっている”のだから。今更もったいぶられても、時間の無駄と言える。
「言い辛いことでも話せよ。フェルモントが俺を呼んだんだろ? だったら、俺にその理由を話す義務があるんじゃないのか?」
「おい貴様! 姫様に無礼だぞ!!」
ゾルは俺に詰め寄った。目の前で主君である姫が侮辱された、とでも思ったのだろう。
……でも、それは筋違いだと思うが。
「何であんたが怒るんだ? 俺は、当然のことを聞いただけだろ。俺はな、突然こっちの世界に呼ばれたんだよ。今までの生活を強制的に捨てさせられて、全く知らない土地に飛ばされたんだ。そんな俺に事情くらい説明するのが当たり前だと思うけど?」
「き、貴様ぁ! 言わせておけば!!」
ゾルは腰に携えた剣の柄を掴む。
「ゾル!! 止めなさい!!」
剣を掴む音を聞いたフェルモントが、激しい口調でゾルを静止した。ゾルは体を硬直させる。そして納得できないような表情を浮かべた後、目を伏せ、剣から手を離した。
「……御意」
安堵の息を漏らしたフェルモントは、再び俺に話しかけて来た。
「……琉斗、ごめんなさい。彼はただ一生懸命なだけなんです。無礼をお許しください」
フェルモントは俺と目を合わせないまま、深々と頭を下げる。その姿を見ていると、なんだか居心地が悪くなってきた。
「……いや、俺も悪かったよ。少し言い過ぎた。それより、説明してくれるか?」
フェルモントは、険しい顔のままゆっくりと頷いた。
「……わかりました。まずは、私達について来てください。あなたに、見せたいものがあります」
そう言うと、フェルモントはゾルの腕を握る。ゾルは俺に刺すような視線を送り、ゆっくりとフェルモントの動きに気を配りながら歩き始めた。
(やっぱり、目が見えないのか……)
フェルモントは、盲目のようだった。目は開いているが、その目には何も映っていないように見える。目が見えないと、何かと不便だろう。そんなフェルモントに他人事のような同情をしながら、俺は2人の後に続いた。
◆ ◆ ◆
「――今この国は、隣国から進攻されています」
フェルモントは、歩きながら静かに話しかけてきた。
「進攻?」
「はい。進攻が始まったのは2年前です。それまで隣国とは友好な関係だったのですが……ある日突然、彼らは軍を立て、この国に攻撃を仕掛けました。……圧倒的な、軍勢を率いて……」
「……隣国は、なんでまたそんなことを?」
「それは分かりません。ですが、彼らの軍力は圧倒的でした。そのような兵力、それまでの隣国では考えられないものでした」
「……」
それは、生まれて初めて目の当たりにする“戦争”と呼ばれるものだった。まだ話しか聞いていないはずなのに、心には、得体のしれない不安のような感情が込み上げていた。
「……隣国は、密かに軍力を高めてたのか? それとも、突然力を付けたってことなのか?」
「分かりません。それでも、彼らは少なくともそれまでなかった“オリジナル”を3体所持していました。それがどこからもたらされたのか、それは分かりませんが……」
フェルモントは、そう言いながら一つの扉の前に立ち止まる。
「オリジナル?」
「はい。――“機兵”のことです」
その言葉と同時に、ゾルは重い扉を開ける。
俺の前に広がったのは、大きな格納庫だった。そしてそこには、十数体の鉄の巨人が立っていた。
鉄の巨人……まさに、そう呼ぶにふさわしいものだった。しかしそれはアニメで見るものとは少し違う、巨大な甲冑のようにも見えた。見た目の大きさから、全長10メートルくらいだろうか。鉄でもない、アルミでもない、見たこともない金属に覆われたそれは、錚々たる姿で立っていた。
鉄の巨人の袂には、たくさんの人がいた。皆フェルモントに気付くなり一礼をする。見ればそれぞれが紙を手に持ち、ある者は打ち合わせを、ある者は紙と巨大な機械人形を交互に見ていた。
「……これが、機兵?」
その質問が、精いっぱいだった。俺は圧倒されていた。VRゲームでは散々見てきたものだったが、現実のものとなると全く違う。威圧感だとか存在感だとか、とにかくそこに立つだけで、嫌でも心に焼き付けられるかのような神々しさを感じてしまう。
「はい。機兵――“ソルダート”です。もっとも、一般的には“機兵”と呼ばれています。この世界において、重要な戦力なのです。ここにあるのは、その中の“レプリカ”と呼ばれるものです」
「レプリカ? さっき言ってた、オリジナルと違うのか?」
「レプリカは、オリジナルを模して造られた機兵なのです。オリジナルとの違いは、動力にあります。レプリカは、オリジナルから流れ出るエネルギーを与えられ、動かされます。
――そしてそこにあるのが、私達が持つ、オリジナルの機兵です」
「そこって……」
「……あの、“繭”のことだ」
ゾルが指で示す。その先にあるものに、目を凝らす。そこにあるのは、巨大な卵だった。色の無い、ただの細長い球体が角々しい装置の上に立てられていた。
よく見れば、その中に何かがあるのが見える。機兵ではあるようだが、他とは違う。純白に、赤い模様の線が刻まれた機体だった。
「あれが……オリジナル?」
「そうだ。我が国が所有する、唯一のオリジナルだ」
「唯一って……隣の国は3つあるんだろ? 何で1つしかないんだ? もっと作れよ」
「オリジナルは、作れるものではないんです。発掘されるものなのです」
「発掘?」
「もともとソルダートとは、太古の遺物なのです。その動力は“EC”と呼ばれるものを使用されていますが、それ自体は全くの未知の機関なのです。
現在分かっていることは、オリジナルからはエネルギーが絶えることなく溢れ出していることだけです。レプリカは、その溢れ出たエネルギーを使用して動いています」
「ただ、レプリカとオリジナルでは出力に差がある。仮にレプリカを多数製造しても、オリジナル3体が相手だと敵わんだろう」
フェルモントとゾルは、思いつめた表情をしていた。隣国の台頭と進攻、そこには、この機兵のオリジナルが影響していたようだ。
「だったら、こっちもさっさとこれ使えばいいじゃないか。こっちは1体だけだけど、ないよりマシだろ?」
そう言われた瞬間、2人の顔は更に険しくなった。追い込まれたかのような顔にも見える。
その表情の真意を探る俺に、フェルモントはゆっくりと話し始めた。
「……これは、誰にも動かせないのです」