王族
翌日は清々しいほどの青空が広がっていた。
窓から見える青い天井は、引き込まれるような壮大さと深さを演出していた。こんな日は丘の上で寝転んで流れる雲を見るのもいいだろう。
……だけど、岩場の一室では、そんな呑気なことなんて言えない状況になっていた。
「……いくらなんでも、そりゃ無謀じゃないか?」
「だが、数も兵力も圧倒的に向こうが有利だ。このまま消耗戦となれば勝機はない」
その部屋では、今後の方針を決める会議が催されていた。部屋にいるのは俺、フェルモント、ゾル。
ゾルが話す通り、正直、確かにこちらの手はあまりにも少ない。何しろ、現時点では機兵を動かせるのは俺とゾル、ニーナの3人しかいない。ゾルたちの話では、他の兵士はみんなフェルモントを逃がすために首都に残り、そのまま捕虜になっているそうだ。
……で、そこでゾルから提案されたのが、その捕虜の解放だ。味方兵士を取り戻せば、数は負けても戦略に幅が出て、色々な手を使うことが出来る。それはそれで喜ばしいのだが……問題は、その方法だ。
「こっちの首都は敵に完全に掌握されてるんだろ? ――そこにたった3機で“奇襲”をかけるなんて無茶だろ……」
「常識的に考えればその通りだ。……だからこそ、やる価値はある」
こういう言い回しは、以前にも聞いたな。もっとも、その時は完全に俺が囮役を押し付けられたが……
「しかし、このところ敵の捜索も強くなっている。このままでは、いずれこの岩場を捕捉される。いつまでも逃げ回るわけにはいかない」
「う~ん、でもな……」
「……そこで、だ。琉斗には、ある部隊と合流してもらいたい」
突然、ゾルはそう切り出した。
「ある部隊?」
「そうだ。秘密裏に、俺が集めた兵士達だ。その部隊と落ち合わせることになっている。琉斗は、彼らを迎えに行ってほしい」
「別にいいけど……俺が行って大丈夫なのか? ゾルが行った方が余計な説明をしなくていいだろ?」
「いや、走る速度ならオリジナルの方が早い。合流は、出来るだけ早く済ましたいんでな」
(そんなに急ぐことなのか?)
もしかしたら、俺が想像してる以上に事態は切迫しているのかもしれない。それを物語るように、ゾルからは焦りの色が見える。
「……分かったよ。なら、昼には出るよ」
「助かる……」
そう話すゾルは、少し安堵の表情を見せた。ゾルはゾルなりに、色々と抱えているのかもしれない。フェルモントの護衛、付き人の警護、食糧等の配分……ゾルは、驚くほどあらゆることをこなしていた。その負担がどれほどのものなのか、俺には想像も出来ない。
(きっと、コイツの原動力は、忠誠心ってやつなんだろうな……)
「―――あ、そういえば、ニーナはどこなんだ?」
「ええ、ニーナなら、どこかへフラリと出て行ってました」
「またか……。俺、アイツとろくに話したことないぞ。俺がいる時に限っていつもいないんだよな……」
「………」
ゾルは、何だか難しそうな顔をしていた。何というか、深く考え込むような表情だった。
「なあゾル。ニーナって、臨時の操者なんだろ?」
「そうだ。知っていたのか?」
「ああ。ニーナから聞いた。この国の人間じゃないのか?」
その問いに、フェルモントは微笑みを浮かべながら説明をしてきた。
「もちろん、この国の生まれですよ。――ニーナは、私の従姉にあたります」
「へえ、そうなん………って、ちょっと待て。――ということは……王族!?」
「そうだ。ニーナは、国王の妹君の御令嬢だ」
「マジかよ!!」
(信じられん……)
それはさすがに想像も出来なかった。言葉使いからその行動まで、フェルモントとは全く違うものだった。それにしても、王族を呼び捨てで呼んでいいのだろうか……
「……とはいえ、ニーナは自ら王族を捨てた身。今更王族として扱わなくてもいい。俺のようにな」
「捨てた?」
「ニーナはですね、もともと、そういう柵に囚われるのが嫌いだったんですよ。ですから、自分から王位継承権を破棄したんです」
フェルモントは苦笑いをしていた。それでも、その表情は穏やかであり、そんなニーナの行動を懐かしい思い出のように語っていた。
「確かに、ニーナに王族は似合わないな」
「まったくだ。あれが王族等と語られては迷惑だ
(確かに……。凄まじい“おてんば姫”が誕生するだろうな……)
そう思いながら、その会議は幕を閉じた。
◆ ◆ ◆
食事をし、部隊との合流のために岩場を出る時間が迫ってきた。
準備をして、ラーゼが待つ格納庫に向かう。
その途中の通路で、ある人物が壁にもたれ掛り、俺を待っていた。
「あれ? ゾル、こんなとこで何してんだ?」
ゾルは俺の方を向く。その表情は険しかった。
「……琉人、少しいいか?」
神妙な趣きで話すゾル。ただならぬ何かを感じた。
「何だよ……」
「まず最初に、お前に詫びを入れておく。俺は、お前が大嫌いだ」
(えええ……。全然詫びじゃねえだろ、それ)
「元々異世界人なんて素性も知らない奴に頼るのが気に入らなかった。そして、最初にお前を見た時に、率直な感想を言えばこんなガキがオリジナルの操者だとは思いもしなかったんだ。起動できず、そのまま立ち去ると思っていた」
「そうかい。ガキで悪かったな」
「……しかし、貴様は見事オリジナルを乗りこなして見せた。そして、姫様を救った。悔しいが、これは紛れもない事実だ。――だから、シュルベリア国の兵士長としてこれまでの非礼を詫びたい。……すまなかった」
何だか、こそばゆくなった。頭は下げなかったが、ゾルに面と向かって謝られるのなんて初めてだし、むしろこうやって話すこと自体が初めてだ。
だからこそ、その言葉は心に響いた。
照れ臭くなって頭をかいてると、ゾルはさらに話をしてきた。
「……それと、もう1つ話がある」
やけに小さい声で話すゾル。人に聞かれないように注意を払いっていた。
「もう1つ?」
「ああ。……ニーナには気を付けろ」
「ニーナに?」
(何で急にニーナが……)
「ニーナは、時々俺の様子を窺うような行動を取る時がある。特に琉斗、お前がいない時にな」
「……何が言いたいんだ?」
ゾルは俯き、少し考えていた。そして顔を上げる。視線は外の方に向けたまま、相変わらずの小声で続けた。
「……いや、今の段階で特に何かあるわけではない。ただ気になっただけだ。……貴様も、気を付けておけ」
「………」
「俺の話はこれだけだ。電子精霊によろしくな」
「あ、ああ……」
そしてゾルは去って行った。残された俺は、ゾルの言葉の真意を汲み取る。
――……ニーナって、敵なの?――
シャルはストレートな疑問を俺にぶつけてきた。そう、ゾルが言っていたことは、つまりはそういうことだ。しかしそれは何とも言えない。何しろ考える材料が少なすぎる。それでも、確かに妙なことが多い。俺はニーナとあまり会わない。俺がいる時に限って、いつもどこかへ行ってしまっている。
……ゾルの言う通り、気を付けてはおこう。
「……さあな。とりあえず、今のところは大丈夫だろう。仮に敵だとしてもゾルがいるんだし、滅多なことは出来ないだろう」
そして俺は格納庫に向けて歩き出した。その途中、やはりニーナに会うことはなかった。