帰還
夜に沈む森を歩くラーゼ。どれくらい歩いただろうか。このまま行けば数時間で岩場に着くことが出来るが、それは止めにした。
「……シャル、今日はここで野宿しようか」
「え? 疲れたの?」
「まあ……そんなところだ」
本当はそんなことはなかった。でも、色々と聞きたいことがあった。シャルに、ラーゼに……
ラーゼを降り、焚火を起こす。近くの木々には食べれそうな果実が実っていて、それを何個かむしり取り腹を満たした。シャルは別にいらないらしい。まあ、電子精霊だし当たり前っちゃ当たり前だが……
焚火の前で膝を抱えて座る。
目の前の炎はユラユラと揺れ、火の粉が舞い上げられていた。火のてっぺんは次々と途切れながら消えていき、奥の景色は陽炎でぶれている。確か、炎の光景ってのにはリラックス効果があると聞いたことがある。こうして飽きもせずボーっとしながら見ているのはそのせいなのか……。それとも、違う原因があるのか……
火の粉が舞う空を見上げれば、そこには漆黒の闇夜が広がる。今日は雲がないはずなのに、なぜか星と月は神隠しのように姿を消していて、常闇の世界が森一面を包み込んでいた。
「……暗いな」
空を見上げながら、意味もなくその感想をシャルに言っていた。
「うん。だって夜だし」
……そりゃ、そうだよな。
回りくどい質問だとか、遠回しな駆け引きだとかは苦手だ。だから、直球でぶつけることにした。
「なあシャル。一つ確認したいことがあるんだけど」
「ん? な~に?」
「オリジナルの機兵には、電子精霊がいるんだよな? でも、エリーゼはそんな素振りはなかったぞ? 隠しているようにも見えなかったし……どういうことだ?」
「ああ……うん。たぶん、まだ起きてないんだよ」
「起きてない? 眠ってるってことなのか?」
「そうだよ。もともと電子精霊ってのは、操者を導く役割があるんだよ。その機兵と操者が“あるべき時と場所”を迎えた時、私達は姿を現すんだよ」
「どういうことだ?」
「さあ……忘れちゃった」
「はあ? 電子精霊なんだろ? 何で忘れるんだよ」
「最後に活動したのはいつだと思ってるの? 1000年前だよ? 忘れるに決まってるでしょ……」
「1000年前……」
逆に言えば1000年前に起動していた、ということか。その時がその“あるべき時と場所”ってことなのか? ラーゼが発掘されたのはシュルベリアだよな。1000年前、シュルベリアで何かあったのか?
「……分からないな。そもそも、何でラーゼはシャルが出てるのに、ブラオには電子精霊がまだ現れていないんだ? 仮に今がその“あるべき時と場所”なら、ブラオにだって現れるはずなんじゃないのか?」
「質問ばっかりしないでよ~。私だって分からないの!」
「はあ……分からないこと聞いて解決するどころか、また分からないことが増えただけかよ……」
「……ごめんね」
「いや、シャルを責めてるわけじゃないんだ。――ただ、な……」
気になるのは、べリオグラッドでのアーサーとエリーゼの会話。ラーゼは他のオリジナルとはコンセプトが違う気がする、エリーゼはそう話していた。確かに、現段階でラーゼはブラオとは少し違っていた。特に顕著なのが固有兵装。ブラオも使っていたはずなのに、ラーゼのそれは疲労度が全く違う。エリーゼにはそこまで疲労が出ていない気がした。それに発動時の光の柱。あれも全く違う。だったら、ラーゼの存在意義って何なんだ?
……いや、そもそも、それはラーゼに限られたことじゃない。ラーゼもブラオも、何のために作られたんだ? ただの戦争の道具? だったら何で機兵の心と電子精霊が必要なんだ?
(それと……)
ふと、横に座るラーゼを見上げる。
(あの夢に出てきた声……シュルベリアを守ってほしいと言った声は、ラーゼ、お前なのか?)
色んな疑問は結局疑問のまま、夜の底は過ぎ去り、次の朝を迎えた。
◆ ◆ ◆
日が昇る頃、ラーゼは既に歩いていた。
森の中をひたすらに歩き続け、やがて目の前には目指す岩場が見えてきた。
「……あの岩場に行く途中で、ずいぶんと道草くったな」
「そうだね~。フェルモント達、ちゃんと着いていればいいけど……」
「着いてなかったら俺が報われないな。色々大変だったのに」
「ハハハ、そうだね~」
シャルは飛び回りながら笑う。そのハシャギ様の理由は1つ。まるで久々に家に帰ったかのような気分になってるのだろう。……俺も、同じだからよく分かる。
岩場に着くと、岩の隙間から様子を窺っていた人たちが一斉に出てきた。ラーゼに向け手を大きく振っている。歓声に包まれる中、俺はラーゼを降りた。
「琉斗!!」
まず最初に来たのはニーナだった。ニーナは駆け寄り、俺の手を握る。
「琉斗! よく生きていたな!」
「何度も死にかけたけどな……」
「ハハハ! まあいいよ。さ、フェルモントが待ってるよ。行ってあげて?」
ニーナは微笑んでいた。でも、その微笑みは俺に向けたものじゃない気がした。すべては、フェルモントのために送られたもののように思えた。
「あれから、フェルモントはかなり落ち込んでね。琉斗を探しに行くって聞かなかったんだ。まあ、何とか宥めたけど、それからは部屋に籠ってね。
……顔、見せてきてよ」
「……わかった」
そして俺は、岩場の中に足を運ぶ。
岩場の中はすっかり様変わりしていた。通路には火が灯り、各部屋のような空間には家具類が置かれ、砦のような作りに戻っていた。格納庫も俺が目を付けた通りの位置に置かれていて、敵に捕捉されにくいだろう。
岩場の中をトボトボ歩いていると、目の前に“あの人物”が立っていた。
「琉斗……」
「ゾル……」
ゾルは、何か言いた気な顔をしていた。申し訳なさそうというわけではない。反省という顔でもない。何というか、手元に道具が戻ってきたことを感じているかのような表情だった。
「………」
ゾルの元に近寄る。それを両手を広げ、歓迎するかのようにゾルは言葉を放った。
「琉斗……よく帰って――」
ゾルの言葉を終わる前に、力いっぱい顔を殴り付けた。
「―――ッ」
ゾルは後方に数歩下がり、頬を押さえる。そして、決して睨み付けるようなことはせず、俺の顔を見ていた。
「……これで、チャラにしてやる」
「……ああ」
それ以上の会話はなかったが、俺はその場を離れていく。
考えてみれば、最初にゾルを殴りかかった時はアッサリ避けられてしまい、逆に腕を固められた。それを考えれば、今日はずいぶんとあっさりと殴らせたものだ。……もしかしたら、ゾルなりのケジメだったのかもしれない。
一番奥の空間。そこには、他の部屋とは違い扉が設置されていた。
2度ほどノックをする。木製の扉からは軽快な単音が放たれる。そしてその音に反応するように、中からは声が響いた。
「……どうぞ」
その声は、間違いなくフェルモントだった。声のトーンは低く、疲れたような印象を受ける。
ゆっくりと扉を開ける。扉からは、木が軋む音が聞こえていた。
「誰ですか? ゾル? ニーナ?」
顔は扉の方に向けているが、やはり視線は決して俺の視線と合うことはない。
そしてその目の下にはクマが出来上がり、雪のように白い肌であるため、それがやけに目立っていた。しばらく、眠っていないのかもしれない。
「………」
言葉が詰まってしまった。色々と言いたいことがあったのだが、その顔を見るとどうしても躊躇してしまう。
その香澄に似た顔を今一度じっくりと見ていると、エリーゼの気持ちが痛いほど分かった。失った大切な人の面影を帯びた人物を、再び失うかもしれない。……しかも、もしかしたら自分の手で……
その恐怖、喪失感、絶望感……それは、安易に想像できる。……想像できるからこそ、俺もまた、フェルモントをほっとけない。
何だかんだ言って、俺もフェルモントに香澄を重ねている。それは紛れもない事実だ。だけど、それだけじゃない。フェルモントの悲しみと覚悟は、俺の中の何かを動かした。だからこそ、今こうしてラーゼに選ばれている。
……だから、俺は心に芽生えたこの想いに従い、行動しようと思う。
「誰です? 誰なんですか?」
フェルモントは慌て始めた。少し、黙り過ぎてしまったようだ。
一度呼吸を整え、高鳴る胸の音を静かに落ち着かせ、ゆっくりと口を開いた。
「――俺だよ、フェルモント」
その声を聞いた瞬間、フェルモントは顔を硬直させた。口元に手を当て、わなわなと震え始めた。そしてその大きな瞳からは、止めどなく、輝く涙を流し始めた。
「……琉斗!」
よたよたと、両手を前に出しながら歩く先を確かめるように歩き始めるフェルモント。足元はふらつき、今にも倒れそうだった。それでも、その足は確実に俺の方に向かってくる。
「フェルモント……」
俺もまた、フェルモントの方に歩み寄る。そして、細く冷たくなったフェルモントの手に自分の手を触れさせた。
「―――ッ!!」
手の温もりを感じたフェルモントは、倒れ込むように俺の体を包んできた。そして、声を上げ泣き始めた。
堰き止められたものが一斉に押し寄せるように、ただただ心から溢れる感情を表に出すフェルモント。そんなフェルモントの頭を静かに撫でる。
(……悪いなエリーゼ。俺も、今度こそ失いたくないんだよ)
そして、出来るだけの笑顔を浮かべ、泣きじゃくる顔を埋めるフェルモントに声をかける。
「……ただいま。フェルモント」
三章 終