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慟哭

 夕日が沈む直前の森には、1つの白い巨人がいた。

 その巨人が見つめる先には、その場に座り込む赤毛の女性。その目には涙。

 それを見つめる俺の胸には、痛みが何かを訴えていた。


「……シャル、エリーゼの言葉、聞き逃すことがないように注意してくれ」


「……分かった」


 シャルは、もはや何も言わなかった。それはシャルなりの気遣いなのだろう。その気持ちはありがたかったし、正直助かる。ここでシャルがとやかく言えば、俺はまた迷ってしまいそうだった。

 そういう意味で、シャルは、本当に俺のことを理解してくれていた。


「……なんで……」


 外部の集音機器は、今にも消えそうな弱々しいエリーゼの言葉を拾う。


「……なんでなんだ。今度こそ……今度こそ、守りきろうと思ったのに……。今度こそ、何があってもこの手から離さないようにしようと思ったのに……。なんで……」


 その声は震えていた。所々言葉は詰まり、間が入る。

 それは、エリーゼが自分の奥底に眠っていた本当の想いと出会ったことを意味していた。心の隅にある、自分ですら気付けなかった気持ちが、一斉に溢れ出たのだろう。


「……エリーゼ、俺も同じなんだよ。俺も、今度こそ守りたいんだ。フェルモントが香澄じゃないことは分かってる。だけど、もう一度守ろうと決めたんだ。

 自分を犠牲にしてでも、全てを守ろうとしているフェルモントを……どれだけ絶望的な状況でも、最後まで夢や理想を捨てないフェルモントを、俺自身が守りたいんだよ」


「…………」


 エリーゼは力なく下げた拳を握り締めた。その際に指は大地を擦り、土も一緒に巻き込む。

 そんな姿に表情を歪ませながら、エリーゼを促す。


「エリーゼ、ブラオに乗れ。生身のアンタとは戦えない」


「……くそおおおお!!」


 エリーゼは吹っ切るように叫び声を出した。そして素早く立ち上がり、後ろで待機する青い機体――ブラオ・シュプリンガーに向かって腕を必死に振りながら駆け寄る。その途中に数回足が縺れていたが、そのまま機体に乗り込んだ。


 そしてブラオの目が光る。少しだけぎこちなく立ち上がるや、青の騎士は乱暴に背中の剣を抜き出した。


『うわああああああ!!』


 エリーゼの絶叫ともとれる声を響かせながら、ブラオは走り込んでくる。両手で剣を構え、策もなく、大地を揺らしながら、ただ一直線にラーゼを目指した。


「来るよ琉人!! 早く剣を――!」


「……いや、必要ない」


 ラーゼは剣を抜くことはなく、迫るブラオに対し、両の手を力なくぶら下げ迎える。


『琉人おおお!!』


 ブラオは剣を振り上げ、ただ真下に降り下ろした。それを半歩横に動き躱す。ラーゼに触れることのない剣は大地にめり込み、隆起させた。

 さらにブラオは剣を力任せに横に薙ぎ払う。しかし、やはり単調な力任せな剣先は、僅かな動きで十分なほど簡単に回避出来た。

 立て続けに剣を振り回すブラオ。それを一度たりとも機体に触れさせることなく躱し続けるラーゼ。


『うわああああああ!!』


 その中で、エリーゼは叫び声を出し続けていた。


(………エリーゼ)


 その声に、もはや騎士の姿はなかった。いや、声だけじゃない。目の前のブラオの動きは、以前見たものとはかけ離れていた。

 流れる舞のようだった動きは、荒々しく単調。まるで光のようだった太刀筋は、力任せに剣を振り回すだけに成り下がっていた。勇ましく凛々しかった口調も、ただひたすらに叫び声を上げるだけだった。

 その動きと言葉、それを見るだけで、既に剣を抜くことすら必要ないことは明白だった。


『はあ……はあ…… 』


 しばらく剣をがむしゃらに振り回すと、ブラオは止まった。エリーゼの呼吸が乱れた音を響かせながら、構えることなく、剣を地に刺したまま。何の警戒もない。何の備えもない。無防備に、目の前に立ち尽くしていた。


「エリーゼ……もういいだろ」


 それまでただブラオを見つめていたラーゼは、ゆっくりとブラオに向け歩き出す。ブラオの剣に斬り倒されさ森林の中を、悠然と進んだ。


「エリーゼ、分かってるんだろ? 今のアンタじゃ、勝負にすらならない」


『――ッ!!』


 その言葉を受けたブラオは、再び剣を強く握り後ろに振りかざす。その姿は、到底剣術とは呼べないものだった。まるでバットを振るかのように、大き過ぎる予備動作をするブラオ。


『黙れえええ!!』


 ブラオは剣をそのまま振り始めた。だが、それを受けてやるわけにはいかない。ブラオの捻る体の肩を右足で押し込む。もともと不安定な足捌きをしていたブラオは、簡単にバランスを崩し転倒した。


「決着だ、エリーゼ。……いや、べリオグラッドの青の騎士、ブラオ・シュプリンガー」


 ラーゼは剣を抜く。銀色の刃は夕日に彩られ、赤く燃え上がるような光を放つ。そして、目の前に仰向けに倒れるブラオに剣先を向けたまま、腕を上げていく。


『クソッ!! ―――ッ!? どうしたブラオ!?』


 突然ブラオから混乱するエリーゼの声が響く始めた。


『動け! 動け動け!! ――なぜ動かない!? ブラオ!?』


(……機体すら、動かせなくなったのか)


 機兵は心で動かす。つまり動かないということは、エリーゼの心はブラオを向いていなかった。エリーゼの心が向けるもの……それ以上は考えないようにした。

 そんな姿に、一瞬だけ目を逸らす。そして、再び腕を振り上げる。狙うはブラオの頭部。


『……琉人……』


 最後にエリーゼが俺の名を呟く。震える声だった。そんな声に唇を噛み締めながら、一気に剣を突いた。


「―――ッ」


『キャアアアア!!』


 辺り一面に、エリーゼの悲鳴がこだまする。その悲鳴は、初めて聞くエリーゼの女性の声だった。


 そして悲鳴を最後に、森には静寂が訪れた。ブラオは力なく、大地に横たわる。


(…………クソッ)


 心の中で、自分に唾を吐く。

 目の前にはブラオの姿。ラーゼの剣は、ブラオの頭部の横の地面に突き刺さっていた。

 ブラオからは何も聞こえてこない。それでも、ゆっくりと剣を引き抜き、倒れるブラオを見下ろしながら言葉を告げる。


「……エリーゼ、もうブラオには乗るな。――サヨナラ」


 そして踵を返し、ラーゼはブラオの元を離れ始めた。



『……あああ……ああああ!! あああああああ!!』


 黄昏時が終わる頃、その場を立ち去る白い機兵と地に伏せただ号泣の声をあげる青い機兵。

 やがて夜のとばりを迎えるであろう緑の大地には、エリーゼの声だけが響き渡っていた。


「……シャル、俺は最低だな。こうなることを分かって全てを話したんだ。こうして、エリーゼが自滅するのを狙ったんだよ。

 ……本当、最低だ 」


「琉人……」


 それでも俺は立ち止まることなく、その場を離れ岩場を目指す。


 遠くなる青の機兵。それからの慟哭は、距離と共にだんだんと小さくなっていく。

 ……でも俺の耳には、なぜかいつまでも響き続けていた。

 

 







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