対談
突然の申し出に、俺は固まり、アーサーの真意を図る。
俺を敵国の者と知りながら、平然と亡命を勧めるアーサー。その表情からは、何も汲み取れなかった。
「琉人、キミは、この国のことを知っているかい?」
「あ、ああ……さっき街で聞いた」
「だったら話は早い。この国は、間もなく終戦を迎える。もちろん、戦勝国としてね」
アーサーの顔は自信に満ちていた。しかしそれは当然の顔。態度。言葉。戦局は、ヒイキ目で見てもシュルベリアが不利だ。敗戦間近と言っても過言ではない。
しかし、まだ負けてはいない。
「……それは、早計過ぎるんじゃないのか? さっき話していた白い機兵もいるんだろ?」
「――ハハハハ!!」
俺の言葉を聞いた瞬間、アーサーは大声で笑った。それは俺の癪に触るものだった。
「……何が可笑しいんだ?」
「――ごめん。あまりにもキミの希望的観測が大きかったからつい。
……そうだね、確かに敵の白い機兵は驚異的だ。最後の砦、なるど、まさにその通りだと思うよ。
――だけど、“それがどうした?”」
「……なんだと?」
「キミがどんな生活をしていたのか、今のでハッキリ分かったよ。ずいぶん、平和に暮らしていたようだね。
……たった1機、強力な機体があるとして、それで今の戦況がひっくり返ると思ってるのか? 戦争はそこまで甘くない。如何に絶大な力があるとしても、それにも限界がある。圧倒的な個の力には、圧倒的な物量で攻めればいいだけだ。
それとも、それすらも分からないのかい?」
そんなわけない。嫌と言うほど分かってるさ。
「もう一度言おうか。僕らの勝ちは揺るぎないものだ。キミがどれだけ国を思おうと、その事実は変わらないし、僕らも手を弛めることはしない。
戦争が長引けば長引くほど、犠牲になる民は多くなる。僕にはね、それを阻止する責任があるんだ。――この国の王として、ね」
「……そこまで言っておきながら、何で俺に亡命を勧めるんだ?」
「決まってるさ。……エリーゼのためだよ 」
「エリーゼ?」
「……キミは、何も知らないみたいだね。いいよ、教えてあげる」
そう言いながら、アーサーは静かに玉座を立ち上がる。そして、ゆっくりら俺の方に歩いてきた。
「エリーゼはね、農民出身なんだよ。
――今から遡ること7年前、エリーゼの村が、他国の軍に攻められたんだ。村は焼き払われ、男達は惨殺され、金品と食料、そして、女達は拐われた。その中には、当時18歳のエリーゼがいたんだよ」
「エリーゼが?」
「そうだよ。彼女は両親と、とても大切にしていた17歳の弟を殺されたんだ。彼女の目の前でね」
「なっ――」
「その時、オリジナルの機兵に乗った僕ともう一人が、たまたま通りかかったんだ。そいつらを殲滅し、エリーゼは命辛々生き延びたんだよ。……だけど、彼女の大切なものは全て壊された後だったんだ」
「……」
「その時だったんだよ。エリーゼが、残り1機のオリジナルの操者に選ばれたのは。
それから彼女は、軍に入った。ガムシャラに自分を鍛え続けた。あの日、大切なものを守れなかった自分を糧に、彼女は騎士としての高みに昇り続けたんだよ。これ以上、大切なものを失わないためにね」
エリーゼの心境は、痛いほど分かった。俺と同じ。目の前で大切な人を失った悲しみを持つ女性。だけど、彼女は俺とは違っていた。自分の殻に閉じ籠った俺なんかと違う。その先を進んでいた。
「彼女の力は、幾度となくこの国を救ってきたんだ。だけど、彼女はいつの間にか戦いに染まり過ぎていた。まるで自分の死に場所を探すかのように、自ら死地へと駆け込んでいたんだ。
……そんな時だったよ。キミが現れたのは」
「俺が?」
「あの日、キミとエリーゼが出会った日は、彼女の家族の命日だったんだ。墓参りに来ていた彼女は、弟の面影を持つキミと出会ったんだ。
彼女の話では、キミの雰囲気はかなり弟に似てるらしい。エリーゼからすれば、まるで弟が帰ってきたかのような錯覚に陥っただろうね」
(……やっぱり、そうなのか)
エリーゼは、やはり俺に弟の姿を重ねていた。そこもまた、俺と同じなのかもしれない。
「それから彼女は変わったよ。頻繁に出てはキミを探していた。そして、キミはこの国に来たんだ。あれだけ戦場に行っていた彼女は、キミが来て以来、一切外に出てないんだよ」
「……」
「……そろそろ戦も終わる。彼女は、穏やかに過ごすべきなんだ。過去の幻影を断ち切り、新たな道を進んでほしいんだ。それは僕の願いであり、彼女を聖女と讃える人々の願いでもある。
その役目を、キミに任せたい。キミのおかげで、エリーゼは忘れかけていた“生きる”というものを思い出したんだ。
だから、どうかこの願いを聞き入れてほしい。……僕には、出来ないことなんだ。頼む……」
俺の前に来たアーサーは、深々と頭を下げた。それは、王としてではなく、アーサー個人としてのもののように思えた。
しかし、俺には1つ気がかりなことがあった。それは今の話を聞く中で、特に強く感じた疑問だった。
「……アーサー王。あんたの気持ちはよく分かった。
だけど、1つだけ確認したい。嘘偽りなく答えてほしい」
「……分かったよ。何かな?」
「フェルモントの両親――シュルベリアの国王と妃を処刑したのは何故だ? エリーゼの悲しみを知るはずのアンタが、なぜそんなことが出来た?」
「………」
アーサーは、しばらく考え込んだ。俺はそんなアーサーの言葉を待つ。決して催促することなく、アーサーの真意を待った。
「……必要だったからだよ」
「必要?」
「ああ。あそこで国王を生かせば、シュルベリアの国民は抵抗するだろう。そしたら、また多くの血が流れる。だから、王族は消えてもらわないといけないんだ。
現にシュルベリアとの戦が終わらないのは、その王女が生きてるからだ。彼女がいる限り血は流れる。こんな戦いを早期に終わらせるためには、その“芽”を摘み取る必要があるんだよ」
……もっともな意見だと思う。王族3人と国の民。3人の犠牲で多くの人が助かるなら、迷うまでもないだろう。
だけど、それでも俺は………
「……アーサー王、アンタ、神にでもなったつもりか?」
「……どういうことだい?」
「人の命を天秤にかけるほど、アンタは偉いのか? アンタに守るべきものがあるように、相手にだって守るものがある。守りたい想いがある。
それを考えず、なぜいきなり戦を仕掛けたんだ?」
「綺麗事を言うつもりはないよ。確かに、何の予告もなくシュルベリアに侵攻したのは事実だ。でも、そうでもしないと、国を大きくしないと守れるものも守れない。綺麗事だけじゃ、大切なものを失うんだよ」
アーサーの目には、迷いがなかった。それは、王としての顔。王としての言葉。
しかしそれは、俺には受け入れられない。そんな説明で納得するほど、俺は大人じゃない。
「アーサー王。俺には、エリーゼの気持ちも、フェルモントの気持ちも痛いほど分かる。
……だからこそ、アンタの言葉を受け入れるわけにはいかない。仮にこの国に亡命して生き永らえても、フェルモントを――王女を犠牲にしたことは一生“痼”になって残り続ける。
血を止めるために誰かの血を流させるなんてやり方は、俺には耐えられない」
「……理想論だね。机上の空論だ。想いだけでは人は救えない。そんな子供染みた夢のような話、聞くに堪えないよ」
そのアーサーの言葉に、俺の中で何かが弾けた。気が付けば、俺はアーサーの胸ぐらを掴んでいた。
「理想を持って何が悪い! 夢のような話で何が悪い! 夢も理想も持たないのが大人なら、俺は一生子供のままでいい!
アンタは王だろ!? なんでその王が、理想を持たないんだ!? 夢を持たないんだ!?
アンタがそれを描かないなら、誰が描くんだよ!!」
「………」
重い沈黙が流れた。胸ぐらを掴んだままアーサーを睨み付ける俺。掴まれたまま哀れむような視線を送るアーサー。
自分が無茶苦茶なことを言ってるのは分かってる。アーサーの言葉の意味も分かってる。
だけど、その言葉を、王からは聞きたくはなかった。
「……夢も理想もない国なんて、クソ喰らえだ」
そう言葉を吐き捨て、乱暴に王から手を離す。そして、言われることなく、謁見の間を出るべく、出口に向かった。
「とても残念だよ。キミなら、エリーゼを幸せに出来ると思ったんだけどね。
……ねえ、だったら、エリーゼのことを解放してくれないか? 彼女は、“この国の騎士”なんだよ」
「……なら、最後に俺も忠告するよ。
――白い機兵の力、舐めんなよ?」
「………」
その言葉の返事を待つことなく、俺は謁見の間を後にした。
◆ ◆ ◆
「琉人!!」
部屋を出るなり、俺の元にエリーゼが駆け寄ってきた。外で待っていたようだ。その表情を見る限り、会話内容は聞こえていなかったらしい。
「エリーゼ……」
そんなエリーゼを見ると、胸が張り裂けそうになる。だけど、俺はあることを決めていた。それは、俺にとっても、エリーゼにとっても大切なことだった。
俺の様子を見たエリーゼは、どこか心配そうに顔を覗き込む。
「……琉人、何かあったのか?」
「……いや、別に。……なあエリーゼ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「うん? なんだ?」
一度呼吸を整え、その言葉を告げる。
「……俺を、ある場所に連れてって欲しい」