謁見
城の中の謁見の間、そこにこの国の王は座していた。
その前に跪くエリーゼ。それを見て見様見真似に俺も続く。
国の王、弱小国を強国にまで引き上げた王、オリジナルの機兵を駆る王……屈強な厳つい男を想像していた俺は、その実際の容姿のギャップに豆鉄砲をくらったかのような気分になっていた。
「やあ、よく来たねエリーゼ。それと、お客人。……確か、琉斗くん、だったかな?」
実に爽やかな好青年だった。年齢も全然若い。赤毛の短髪に優しそうな笑顔。顔もまた整っており、女性と紹介されれば信用してしまうかもしれない。とても、国の王とは思えないくらいだった。
周囲には家臣と思われる人物が多数。それだけが、彼が王である証のようにも思えた。
「……お呼びでしょうか、アーサー王」
(アーサー王って……)
思いっきり英雄の名前じゃないか。国の危機に立ち上がった人物で、その後国の王? まんまだな……
「いや、ケガの具合を聞こうと思ってね。もう、大丈夫なのかい?」
「はい。大事には至らず、五体満足に動けます」
それを聞いたアーサーは、さっきとは違う笑みを浮かべる。
「……じゃあ、もしあの白い機兵がまた現れたら、討ちに行ける?」
その問いを受けたエリーゼは、伏せていた顔をアーサーに向け、睨み付ける様に視線を送る。
「――無論です」
即答だった。とても力強く、とても勇ましく答えるエリーゼ。その目には揺るぎない決意が、その言葉には確かな覚悟が感じられる。完膚なきまでに叩き潰されたはずの彼女の心は、何一つ傷付いてはいなかった。
「………」
それを真横で垣間見た俺は、ただ黙り込むしかなかった。彼女が向ける敵意は、もちろんラーゼしかない。つまり、戦場での再会は、あの戦いが再び繰り広げられることを意味していた。
エリーゼの言葉を受けたアーサーは、もとの優しい笑顔に表情を戻した。
「ごめんごめん。ちょっと意地悪過ぎる質問だったね。ちょっと、エリーゼの覚悟が見たかったんだよ。もっとも、あの程度で心が折れるなんて微塵も思ってなかったけどね」
「お戯れを……」
そしてエリーゼは、再び視線を下に戻した。
「……悪いけど、他の者は席を外してくれないかな?」
アーサーの言葉を受け、家臣たちは一度頭を下げ、部屋を後にした。そして、謁見の間は俺とエリーゼ、アーサーの3人だけになった。
「さて、もういいよエリーゼ」
その言葉を受けるや、エリーゼは立ち上がり、大きく息を吐いた。肩を手でもみ、とてもリラックスしている。
「え? え?」
戸惑う俺。さっきまでの張り詰めた雰囲気は一変し、そこには何やら和やかな空気が流れ始めていた。
「……まったく、あの程度の用件なら、あんなに仰々しく呼ぶこともないだろう、アーサー」
「ごめんごめん。家臣の中で、エリーゼのことを疑問視する声が出始めていたんだ。本当にまた、ブラオ・シュプリンガーに乗れるのかってね。――だからこうやって、エリーゼが大丈夫なことを示す必要があったんだよ」
2人は、とても親しそうに話していた。そういえば、2人は一緒に戦った仲だったな。2人きりの時は、こうやって立場を抜きに話すのかもしれない。
「それにしても、聞いた時は驚いたよ。青の騎士であるエリーゼが完敗するなんてね」
「……正直、あそこまでの強さだとは思わなかった。シールドを使っても、目で追えない相手が存在するなんて……」
「まさに、驚異的だね……」
「それにあの機兵、私達の機兵とは何かが違う。うまくは説明出来ないが、剣を交えて、漠然とそう感じた」
「……光の、柱」
「それだけじゃない。元々のコンセプトが違うような気がするんだ。それが何なのかは、やはり説明出来ないけどな」
「とにもかくにも、懸案事項ではあるね」
(……その話の中心にいる機兵の操者が俺とは、夢にも思わないだろうな……)
「だが、逆に言えば、あの白い機兵さえ倒せば、この戦争は終わるということだ。あれは、おそらく隣国の最後の砦。ここが、正念場だな」
「そうだね……。後はどうやって倒すか、だね。ブラオでも敵わない相手となると、色々と考えないといけないな……」
それを聞いたエリーゼは、少し苦い顔をしていた。エリーゼとしては自分だけで倒したかったのだろう。自分に苦汁を飲ませた相手を、自分の手でリベンジをしたかったのだろう。
そしてエリーゼは、そんな感情を誤魔化すように別の話題を振りだした。
「――それはそうと、“アイツ”は何してるんだ?」
(アイツ?)
「ああ。“彼”なら帰ってないよ」
「まったく……まさか、遊んでるんじゃないのか?」
「それはないよ。彼も彼なりに色々と動いてるからね。それなりに信頼してるんだよ」
(……オリジナル操者の2人が知っている男、ならおそらくは3人目の操者、か)
会話内容から、その人物は今国いないことが予想される。そして、何かをしていることを。
そんなことを考えていると、ふとアーサーの視線に気付いた。相変わらずの笑顔で俺を見ていたが、その笑顔には、何か含みがあるように見える。
「エリーゼ、その子……」
「ん? 琉人がどうかしたのか?」
「……いや、その子とぜひ話してみたくなったんだよ。出来れば、2人きりでね」
「え? 俺と?」
「ああ……。そういうことなら、席を外そう」
そして、エリーゼは謁見の間を後にした。去り際、一度俺の顔に視線を送ったエリーゼは微笑みを送っていた。緊張しなくてもいい。そう言いたかったのだろうか……
謁見の間には、俺とアーサーだけになった。目の前には敵の頭。しかし、護衛が隠れているかもしれない。その可能性がある以上、下手なことは出来ない。俺は、ただ黙り込んでいた。
「――さて、2人だけになったね」
アーサーは突然切り出してきた。
「は、はあ……」
「先に言っておくけど、ここには本当に僕ら2人だけだよ。監視なんて野暮なこともしてないし、別にキミを捕らえようとは思わない。……だから、腹を割って話そうじゃないか。
――シュルベリアの少年」
「―――ッ!?」
(気付かれた!?)
アーサーは相変わらず何かを含んだ笑顔を送る。それに対し俺は、体に嫌な汗が流れるのを感じていた。
アーサーの目は全てを見透かすかのように俺を見ていた。もはや、言い逃れは出来ないだろう。
半ば諦めるように、お望み通り腹を割って話すことにした。
「……いつから気付いてたんだ?」
「キミを最初に見た時からだよ。キミのその目――視線には、どこか刺すような鋭さがあったからね。それは、敵に対して送るものそのものだったよ」
さすがは隣国のトップ。王の名は伊達じゃないってところか。
「ああ、勘違いしないでよ? さっきも言った通り、僕にキミを捕らえるつもりはない。
――キミを、勧誘しようと思っただけだよ」
「勧誘?」
アーサーは、その笑顔を一際大きくした。そして、全てを包むような目をしながら、俺に言葉を送る。
「この国に……べリオグラッドに、亡命しないか?」