光影
エリーゼは部屋を後にした。
“今日は疲れているだろう。ゆっくりと休むといい……”
そう言い残したエリーゼは、とても優しい顔をしていた。そんな表情に心を痛めつつ、俺はエリーゼを見送った。
また部屋に1人になった俺は、再びシャルに話しかける。
「……シャル、もういいぞ」
その声を受けたシャルは、ようやく姿を出した。
「は~! やっと外の空気が吸える!」
姿を現した途端、部屋の天井をパタパタと飛び始めた。姿を消すってのは、もしかしたら部屋に入るようなものなのかもしれない。それから解放されたかのように、元気いっぱいだった。
「……楽しんでいるところ悪いけど、さっそく何があったか教えてくれ」
「あ、うん!」
シャルは俺の前に舞い降り、胡坐を組み始めた。
「――琉斗が意識を失ってしばらく経ってね、そこを商人の一団が通りかかったんだ。行き倒れに見えたんだろうね。そのまま琉斗を介抱して、目的地のこの国に連れてきたんだよ」
「ラーゼは、見つかってないんだな」
「うん。……でも、琉斗起きなかったんだよ。琉斗の素性も分からないから、商人たちは国に連絡したんだ。で、そのまま保護されたんだけど、その時に国に帰ったエリーゼが琉斗のことを聞いたみたいで飛んできたんだよ。
……やっぱり、琉斗のことを探してたみたいだよ?」
「………」
(で、今に至るわけか……)
「シャル、俺はどのくらい意識を失っていたんだ?」
「3日間くらいだよ」
「3日!? そんなに寝てたのか!?」
「うん。ラーゼの固有兵装“リミットブレイク”の影響だよ。もう分かってると思うけど、あれはラーゼの能力を飛躍的に向上させるんだけど……操者にかかる負担も桁違いなんだよ」
「それで、あの疲れか……」
「そうだよ。もっとも、まだ慣れていない琉斗があれを使うとこんなになっちゃうのは分かってたんだけどね……」
(だからあんなに躊躇していたのか……)
確かにその性能は凄まじかった。視覚に映った攻撃を無効化するブラオの固有兵装“シールド”――それすらも反応させないほどのスピード、機兵をまるで玩具のように圧倒するパワー……全てが、桁違いだった。それだけの力なら、当然その代償はあって然りだと思う。それが、あの急激な疲労と強制的な睡眠。強力なあの力も、使いどころを間違えれば致命的になる。
「まあ、逆にこの段階で固有兵装のことが分かれてよかったよ。これから使いどころを考えることが出来る」
「うん……あ、でも、琉斗がどんどんラーゼに慣れていったら、その分使用時間と休憩時間が変わってくるからね」
「ああ。ありがとうな、シャル」
それにしても、この国で俺が操者であることはバレていないようだ。この部屋1つとっても、とても牢屋になんか見えない。むしろ、本当に来客として扱われているかのようだ。
(ここは、本当に敵国なのか?)
そんな疑問が生まれる。この国は、フェルモントの両親を処刑したはずだ。話だけを聞く限り、とても残虐な国を想像していたのだが……
「……保護、ねぇ」
「どうかしたの?」
「んや、別に……」
何だか拍子抜けした気分だ。だが、それでも敵国には変わりない。細心の注意を払うに越したことはない。
フェルモント……無事に岩場に着けただろうか。
あれから3日経ってるなら、無事であればとっくに着いているだろう。でも、俺はそれから行方知れず。心配、してるんだろうな……
◆ ◆ ◆
その日、俺の部屋に誰も来ることはなかった。でも、万が一の監視の線を考え、逃げることはしなかった。その間も、俺への待遇は変わらない。食事も普通に美味しいものが出たし、みんな笑顔で接していた。
翌日もその状況は変わらず、俺はエリーゼに城内を案内されていた。
城は、とても立派なものだった。全てが純白、まるで壁から放たれているかのように、一面光に包まれていた。中庭の庭園には太陽の光が降り注ぎ、水はとても澄んでいる。通路ですれ違う人々は、皆笑顔で会釈してくる。
それは、街も同じだった。道行く人々は幸福に満ち溢れるかのように笑っていた。行商人、家族、男女、子供……全てが、輝いているように見えた。
その光景は、この世界に来るときに見た光の筒で見た光景――フェルモントが好きだった光景に似ていた。とても戦時中とは思えないほど、そこには温もりが、活気が溢れかえっていた。
それを見ていると、何だか戸惑ってしまう。そこは、フェルモントが姿を隠す場所とは正反対とも言える場所だった。影の中で息を潜める国、光の中で生活を謳歌する国……それが、シュルベリアとべリオグラッド。
ゲームとかなら異世界から来た人は大抵光の国に召喚されるのだが……まあ、現実はこんなもんなんだろう。
それにしても、さっきからよくエリーゼが街の人々に話しかけられている。その度にエリーゼは照れながらも手を振り答えている。さすがは国の選ばれしオリジナルの操者といったところか。人気者のようだ。
「琉斗、ここで待っててくれ。飲み物を買ってくる」
「いや、別に俺は……」
「お前は客人なんだぞ? 客人は、そのもてなしを甘んじて受ける義務があるんだ」
ちょっと理由が強引過ぎる気がするが……それもそうかもしれない。
「……分かったよ」
「よし。じゃあ、待っててくれ!」
そう言いながらも、走りながら俺の方を数回振り返るエリーゼ。俺がいるかを確認しているようだった。そういえば、あの村ではこういう状況になって俺がいなくなったんだよな。そんなに心配なのか?
――ずいぶんと、好かれてるのね……――
エーデルがいなくなるや、シャルが話しかけてきた。少し不機嫌そうに聞こえるのは気のせいだろうか……
「なんだよ……」
周りに聞かれないように小声で話す俺。以前は大声でしゃべってエリーゼに誤解されたしなぁ。
――べっつに~。……いいのかなぁ? フェルモントに言っちゃうよ?――
「何でそこでフェルモントが出てくるんだよ」
――……それ、本気で言ってるの?――
「どういうことだよ」
――はあ……もういいよ。私、ちょっと寝るから――
「お前寝る必要ないって言わなかったか?」
――いいから寝るの! ――琉斗のバカ!!――
「おい! シャル!!」
「よう兄ちゃん! 何叫んでんだ?」
突然後方からオジサンに話しかけられた。あまりに突然すぎたので、振り返るなり固まってしまった。
「いやいや、びっくりさせてしまったな。……ところで兄ちゃん、あんた、ずいぶんとエリーゼ様と仲がいいんだな」
「ま、まあ……」
「あのエリーゼ様が男と歩いているところなんて初めて見たよ。よほどアンタのことを気に入ってるようだな」
「……エリーゼは、どんな人なんですか?」
「おや、知らないのか?」
「は、はあ……」
驚いた表情を見せたオジサンは、急に遠くの空の見つめ、感慨深く話し出した。
「……このべリオグラッドという国はね、もともと弱小国だったんだよ。近くの国々から攻められ、その度に敗戦し、人も物も、全てを奪われ続けていたんだ。
でもね、そんな時に立ち上がったのが、今の国王様だ。国王はどこかからオリジナルの機兵を持って来て、国を守るために戦い始めたんだ。オリジナルの機兵に、自ら乗り込んでな……」
「―――ッ!」
(国王が……オリジナルの操者?)
この国にある3機のオリジナル。1機はエリーゼ。そして、2人目は国王……。国王自ら戦いに参加することは、俺にとって衝撃的だった。
「その時に一緒に戦ったのが、エリーゼ様だ。誰よりも優しく、誰よりも暖かい。一度戦に出れば、鬼神の如き強さを見せる。そんな、相反する2つの顔を持ちながら、ひたすらに国のことを想うその御姿。それは、この国の希望なんだよ」
「………」
「それに、長かった戦ももうすぐ終わる。隣国の残された王族さえ捕えれば、この国は確かな地盤を持つ。それは、決して他国からの蹂躙を許すことのない、安定した平和をもたらすだろう……」
「安定した、平和……」
「お前さん、エリーゼ様を大切にしてやってくれ。国のために戦い続けたエリーゼ様も、そろそろ女性としての幸せを掴んでほしいんだ。……それを、お願いしたかったんだよ」
その言葉でオジサンは話を締め括った。そして、軽い会釈をして立ち去って行った。
残った俺は、ただ立ち尽くしていた。頭を巡るさっきの話。聞かなきゃよかった。聞きたくなかった。そんなことを、考えていた。
「――琉斗!!」
そんな俺の元に、エリーゼが駆け寄ってきた。その手には飲み物が入ってるであろうカップが2つ。そしてその表情は、はち切れんばかりの笑顔だった。
その表情を見ると、心の中が軋んでくる。
「ん? 琉斗、何かあったのか?」
どうやら顔に出ていたようだ。エリーゼは心配そうに顔を覗きこんでいた。
「……別に、何もないよ」
必死に作り笑いを浮かべる。今の俺には、それが精いっぱいだった。
「――恐れ入ります、エリーゼ様」
後ろから急に話しかけられた。そこに目をやると、兵と思しき男性がエリーゼに跪いていた。
「……どうしたんだ?」
いつの間にかエリーゼの顔は、険しいものになっていた。これが、騎士としてのエリーゼの顔なのだろう。
「城にて王がお呼びです。参上方、お願い申し上げます」
「分かった。すぐに行く」
「それと、王からの伝言でございます。“ぜひ客人も同席を”とのことです」
「……俺も?」
「それでは……」
そう言い残し、兵は去って行った。
「……まったく、あの人は……」
エリーゼは何やら額に手をやっていた。何かあるのだろうか……
「琉斗、悪いがそういうことだ。城に戻るぞ」
「……ああ」
俺たちは飲み物を飲みながら城を目指した。目的はもちろん1つ。――この国の、王に会うために。