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召喚

 その場所は、乾いた風が音を立て吹き荒れていた。

 廃墟となったビルが立ち並び、視界を遮る。昼間であるが空には厚い雲が立ち込め、薄暗く、どこか重々しい景色を演出していた。


 崩壊都市……それが、“今日の”戦場だ。


「もうすぐだ……。もうすぐで終わる……!!」


 自然と手に力が入る。暑くもないのに汗が出てくる。

 ここまで、本当に永かった。他を圧倒しながら勝利を重ね、その重圧に耐えてきた。


(それも、終わる!)


 俺が動かすのは青い二足歩行型の機体。カスタマイズを重ね、近接系武器を主力とする機体だ。


 ――その時、けたたましく警報音が鳴り響き、モニター画面に赤字で『警告!!』という表示が大きく表示された。


「分かってるっての!!」


 すぐさま機体を廃墟ビルの影に沈める。その瞬間、機体の頭上をビームの弾丸が流れた。

 敵機の牽制射撃だろう。敵機は、レーダー上に俺の機体を捕捉しているはずだ。全方位に対応する重火器、近距離・中距離をカバーするハンドガン……死角はないように思える。事実、奴もまた圧倒的強さで勝ち上がって来た相手だ。さすがは、ここまで勝ち上がってきた相手と言える。


 それでも、敵機の耐久値はレッドゾーンとなっている。あと一撃、あと一撃さえ入れることが出来れば、勝負は決する。

 だが永い戦闘により、俺の機体もまた耐久値がイエローゾーンになっていた。決して油断出来ない状況だ。相手の技量、機体性能を考えれば、この程度の耐久値ではたった一回の油断が命取りとなる。立場は一瞬で逆転し、俺の方が苦水を飲むことになるだろう。

 ここは、耐える時間だ。焦ればミスを犯す。焦らず、一瞬の隙を探すのが得策だ。


 相手はこちらに向け、ひたすらに射撃を繰り返している。そして建物の陰に隠れながら、ゆっくりと、確実に距離を詰めている。

 俺は一度レーダーを確認する。相手は俺に近付くに連れ、さらに慎重に進み始めた。


(俺の近接武器を警戒しつつ距離を詰め、最後に一斉射撃で勝負を付ける気か……)


 ニヤリと頬が緩む。相手の攻撃方法の予想はついた。


(なら、俺は……)


 俺は機体が持つ巨大な剣を薙ぎ払わせ、隠れていた建物を切り倒す。その瞬間土煙が発生し、周辺の視界を遮った。

 その直後敵機の方角から無数の弾丸が放たれ始めた。おそらく敵機は視界が見えない中、レーダーを頼りに俺の方に向かい射撃しているはずだ。牽制しつつ、あわよくば直撃といったところか。だが弾丸はビルが遮り、俺には届かない。


(ここだ!!)


 素早く機体を跳躍させ、廃墟ビルの屋上に脚を踏み出させる。そしてビルを踏み台とし、機体を三段跳びのように宙を舞わせる。相手からすると、俺がビルを突っ切っているように感じていることだろう。敵機の弾丸は激しく飛び交うが、掠る気配すらない。

 ――直後、一気に敵の眼前へと跳び出した。土煙から機体を出現させ、敵機めがけて剣を振り下ろす。


「終わりだああああ!!!」


 剣は敵機を切り裂いた。その瞬間、敵機の耐久値は0となり、火花を散らしなら爆発、轟音と火柱を出現させた。


 ――その瞬間、目の前のモニターに“YOU WIN!!”という文字が表示され、祝福のファンファーレが鳴り響くいた。


「――よっっっしゃあああああ!!!!」


 両手を上げて喜びを爆発させる。これまでの戦いが脳裏に甦り、勝利の実感を込み上げさせた。だが、その勢いで頭に被っていたVRゲーム用のヘルメットを脱ぎ捨ててしまった。

 ……その瞬間、目の前に広がったのは、何てことはない、いつもの俺の部屋だった。

 机上のパソコン画面には、たくさんの祝福のメールが来ていた。


『優勝おめでとう!! 3連覇だっけ!? すごすぎだろ!!』


『スゲエな!! 無敗で3連覇って殿堂入りするんじゃね!? お前もう出んなよ!!ww』


 俺がいたのは、ネット対戦型ロボットアクションVRゲームの世界。俺は、その世界で無敗の王者だった。ちょうどゲーム内の大会が開催され、俺は無敗のまま3連覇を達成した。

 百戦百勝。常勝無敗。それが、俺だった。

 

 しかし、祝福の音楽とメッセージとは裏腹に、心の中は瞬時に虚しさでいっぱいになった。どかりと重い腰を椅子に降ろす。

 薄暗い空間が、俺を包んでいた。




 ◆  ◆  ◆




 朝になり、いつも通り二階から降り、テーブルに置かれた朝食を食べる。俺以外にテーブルに着く家族はいない。両親は共働きで、さっさと仕事に出て行った。俺と顔を合わせるのが気まずいのだろう。あの日から、そんな感じだった。

 

「………」


 テレビもつけないからか、余計に静けさが目立つ。沈黙に包まれる冷たい家の中で食器を台所に置き、2階の自室に戻り、学校のバッグを担ぐ。

 そして、いつもの通り机の前に立ち、立てられた写真を見つめる。その中の黒髪の少女は、溢れんばかりの笑顔だった。まだ幼さを残しながらも、どこか大人びて見えた。俺の、自慢の幼馴染だった。


「……行ってくるよ。香澄」


 写真の中の彼女に挨拶をし、俺は家を出た。


 毎朝の日課だった。あの日、香澄がいなくなった日から、毎朝必ず香澄に挨拶をする。しなかった日はない。そして、後悔と自責の念も忘れたことがない。


 ふと、登校中に遠くの公園で不良に絡まれている学生を見つけた。どうも恐喝を受けているようだ。

 一瞬、足がその方向に向こうとした。声を出そうとした。でも俺はそれを抑え、代わりの言葉を口にする。


「……俺には、関係ない」


 重い足取りで公園の前を通り過ぎていく。横で見る公園では、その学生は地面に倒れ、不良たちに蹴られていた。眉を(ひそ)め、目を背ける。心が何かを叫ぶ。俺はそれに気付かない振りをした。

 そんな中、俺の心には、あの日の情景が甦っていた。



 ――香澄は隣の家に住む幼馴染だった。幼稚園の頃からの付き合いで、2人でいることが俺にとって最高に幸せな時間だった。

 その日、俺と香澄は近くの街に来ていた。香澄の誕生日が近いこともあり、香澄と街に出かけ、密かにプレゼントの選定をする予定だった。

 2人で笑いながら街を巡る。とても幸福な時間。


 その時、目の前で老人が男にバッグをひったくられた。男は走って逃げ出し、俺は条件反射的にそれを追いかける。後ろから香澄が呼び止める声が聞こえる。でも俺は妙な正義感に支配され、そのまま男を追いかけた。

 しばらく追いかけると、男は路地裏に逃げ込んだ。そこは行き止まりであることを、俺は知っていた。

 そこで警察を呼べばよかったが、俺は自分で捕まえたかった。それは、ただの自己満足。誰かに褒めてもらいたかった。香澄に、カッコいいところを見せたかった。ただ、それだけだった。


 男に声をかける俺。何を言っても、何を叫んでも、男は振り返らない。痺れを切らした俺は、不用意に男に近付く。

 その瞬間だった。突然男は振り返り、俺に向かって走ってくる。その手には、鈍く光るナイフがあった。

 ――殺される。

 そう思った刹那、俺の前に誰かが飛び出した。


『琉斗くん!!!』


 男と香澄の体が重なる。


『――――!!!!』


 俺は、絶句した。

 その場から走り去る男。力なく膝から崩れ落ちる香澄。


『……か、香澄!!』


 香澄の体を抱きかかえる。俺の手には、ベットリと生暖かい赤い液体が付着していた。香澄の手もまた、赤く染まっていた。

 香澄は震える手で、助けを求めるように俺に手を伸ばす。その目からは涙が零れ、口元は震えていた。何かを伝えたかったのか。俺には、分からなかった。

 その手を掴んだ瞬間、香澄は瞳を閉じた。そして彼女の四肢からは、力が抜け去った。


『香澄いいいいい……!!』



 ――香澄は、そのまま息を引き取った。全て俺のせいだった。俺の中途半端な正義感のせいで、香澄が刺された。本当なら、俺が刺されるはずだったのに。

 俺は、無力だった。目の前で香澄が息を引き取るのを、ただ見ることしか出来なかった。最後に香澄が何を言いたかったのか……今では、それは分かるはずもなかった。

 それ以降、俺は他人と関わらなくなった。学校でも空気のような存在となった。両親とも会話をしなくなった。俺は、この世界の全てから逃げようとしていた。香澄を失った現実から、必死に逃げようとしていた。

 そんな俺が始めたのが、VRゲームだった。その世界では、俺は無敵だった。どんな敵も倒せる。どんなミッションも達成することが出来る。力のない俺は、力に満ち溢れた幻想に逃げ込んだ。


 ……でも、所詮はバーチャル。データの塊。

 現実逃避でしかない世界から一度戻れば、どこかへ行っていた最悪の記憶やネガティブな思いが雪崩のように押し寄せる。

 そして今も、それは変わらない。潰されそうになる。心の奥に、ずっと何かが刺さり続けていた。


「……考えても、仕方ないか」


 そう言って、思考のスイッチを強制的に切る。それもまた、いつものことだった。一度だけ溜め息を吐き、足を踏み出す。


 ――その時だった。


「――ッ!? な、なんだ――!?」


 突然、辺りの景色が灰色に変わった。色が一切ない世界。見たこともない風景。


「……な、何だよ、これ……」


 周囲をもう一度見渡してみる。だけどそこにあるのは、やはり彩を忘れたモノクロの世界だった。

 混乱する俺に更に追い打ちをかけるかのように、足元が光り出す。


「おい! 何が起きてんだよ!」


 誰もいない周辺に問いかけるが、当然答えは返ってこない。その場から逃げたいのに、なぜか足が動かない。まるで地面に根を張らせたように、足は動くことを拒否し続けた。

 やがて、足元に巨大な六芒星が現れる。その紋章には、見たこともない文字のような記号が記されていた。


「おい……おいおい待てよ! 誰か! 誰か、助け―――!」


 そして俺の体は光に包まれた。周囲の景色は、光の壁に遮断され見えなくなった。





 ◆  ◆  ◆





 不思議な空間だった。上空と足元は真っ暗で何も見えない。ただひたすらの黒色。

 しかし周囲は光の壁が包んでいた。暗闇の中、光の筒を滑り落ちるような感覚だった。


 その光の壁の中には何かが見える。人々の笑顔。遠くに見える街。風に揺れる森の木々……。見たこともない景色。見たこともない人々。でもどこか、安心する景色。見ていて癒される景色。涙が出そうになる景色。

 そして最後には、優しそうな凛々しい男性と、とても綺麗な女性の笑顔が見えた。彼らは、ゲームの世界の王族のような服を着ていた。


(誰だよ……。ここ、どこだよ……)


 全身の力が入らない。ただただ落ちる。下る。闇の中に、身を沈めていく。

 

 ――かと思った次の瞬間、突然俺の体は広い空間に投げ出された。受け身も取れず、尻から落ちる俺。


「痛ッ―――!!!」


 尻を押さえ、悶絶する。凄まじく痛い。


「……痛っつつ……何なんだよ、まったく……」


 周囲を見渡してみる。薄暗く、窓がない。電気もなくて、松明が仄かに灯る。どこかの地下のようだった。


「ここは……」


 呆然と自分のいる部屋を見ていると、後ろから誰かに話しかけられた。



「――ようこそ、来てくれました」


「――え?」


 後ろを振り返る。 

 そこには、少女がいた。黒色の長髪は艶を放ち、肌は雪のように白い。そして白色のドレスを着ていたが、どこか薄汚れているようにも見える。年齢は、俺と同じ年くらいだろうか。でも、面影はどこか大人びていて、微笑むその表情を見ていると何だか引き込まれそうになる。

 ……だが俺は、固まっていた。その顔は、どこかで見たことがある顔だった。いや、そんな話ではない。俺は、彼女を知っていた。知り過ぎていた。


「か、香澄!?」


 思わず声を上げる。その人物は、香澄に酷似していた。いや、違う。若干髪が長いが見間違うはずがない。その人物は、香澄だった。そう断言出来るほど、少女の顔は香澄そのものだった。


「お、お前、何で――!?」


 あまりの驚きで動けなくなっていると、その少女は困った表情をしながら、俺に話しかけてきた。


「……どなたと間違えているかは存じませんが、私は“カスミ”という人ではありません」


「……え?」


 すると、少女は優しく微笑む。その顔もまた、香澄と瓜二つだった。


「あなたをここに呼び寄せたのは、私です。――異世界の人。私は、あなたを待ってました」

 


  

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