白光
そこがどこかは分からない。いつからいるのか分からない。目の前には情景。これまで見た景色。
家でVRゲームして、学校行く途中にわけの分からない世界に飛ばされて、フェルモントに会って……それから、機兵に乗って、戦って、戦って、戦って……
(俺、何してるんだろうな……)
この世界のことなんて、俺には関係ない。……その、はずだった。
俺にとってのこの世界って何なんだ? この国は俺にとって何なんだ? ここまで命張る理由があるのか?
……あるわけがない。ここにいる奴らも、国も、世界も、俺とは何も関係がないんだよ。
じゃあ俺は何で戦うんだ? 自分を呼んだことで視力を失ったフェルモントへの同情か? それとも、家族を目の前で殺されたフェルモントへの同情か?
……フェルモント……香澄に似た少女。俺は、もしかしたら自分を救いたいのかもな。大切な人を助けられなかった自分を、フェルモントを香澄の代役に置くことで救ってあげたいのかもな。
(俺、最低だな。フェルモントを利用するなんて……)
“……別にいいんじゃないかな?”
突然、意識の中に声が響いた。
(誰だ?)
“やだなぁ、僕だよ”
(いや、知らないんだけど)
聞き覚えがない声だった。だけど、とても親しみを感じる。
“それよりも、琉斗はそれでいいんだよ。……問題は、キミが何をしたいのか”
(俺は……何したいんだろうな……)
“目的が分からないなら、とりあえずフェルモントを助けてあげなよ。……気になってるんでしょ?”
(………別に)
“ハハハ……琉斗は分かりやすいね”
声を上げて笑う声。何だか心の中を勝手に覗かれた気がして、気持ちがざわついてくる。
“あ! 怒らないで! からかってるんじゃないんだよ!”
(じゃあ何か用かよ)
“うん。僕からのお願いがあるんだ。……もうすぐ、琉斗は大きな流れに飲まれることになるんだよ。そこで、シュルベリアを――フェルモントの国を守ってほしいんだ。あの国は、これから先必ず必要になるからね”
(大きな流れ? どういうことだ?)
“それは……あ、もうすぐ時間だ”
(おい! ちゃんと最後まで説明しろよ!)
“ごめん。時間がないんだ。また今度、ということにしてくれないかな”
(何だよそれ……だいたい、お前誰だよ)
“あれ? まだ分からないの? ――僕は君だよ、琉斗。キミであってキミじゃない存在、僕であってキミでもある存在。つまり―――”
その言葉が最後まで響くことはなかった。目の前に映る情景は光に包まれ、やがて、真っ白の世界に染まった。
◆ ◆ ◆
「――!!」
目を開けた先にあったのは、白い天井だった。灯りがなくて薄暗い、静かな空間。横になっていた俺はゆっくりと起き上がり周囲を見渡した。全く見覚えがない場所。窓はあるがカーテンが閉まり、外の様子が見れない。そしてその部屋には、俺以外誰もいなかった。
ここがどこなのか……それは、あいつなら知ってるかもしれない。
「……シャル、ここはどこだ?」
――目が覚めた途端にそんな怖い声出さないの――
「いいから。ここはどこなんだよ」
――……それは……――
シャルが躊躇しながらも答えようとすると、部屋のドアが開き、誰かが入ってきた。
「……琉斗!!」
その人物は、起きた俺を見るなり駆け寄ってきた。そして、俺の体を抱きしめる。
「ちょ、ちょっと――!!」
慌てて押し離そうと相手の体に触れると……そこには、何か柔らかいものがあった。
「……ん?」
何なのかよく分からないもんだから、少し形を確認してみる。プニプニと、とても柔らかい“それ”は、おそらく“あれ”だった。
「――な、なな、何するんだ!!!」
その瞬間、俺の顔に鋭い平手打ちが入る。
「ぶおっ!!??」
後ろに吹き飛んだ俺は、ビリビリと痛む頬を押さえながら、自分の身に起こったことを必死に考える。まずはいったい誰にやられたのかを確かめるべく、その方向に目をやると……そこには、胸を手で隠したエリーゼがいた。
顔を真っ赤にしながら、怯えるような目で俺を見るエリーゼ。その姿を見て、俺は改めて自分が触っていたものを理解した。
「あ!! ご、ごめんエリーゼ!! わざとじゃないんだ!!」
「まったく……」
エリーゼは顔赤く染めながらも体に入れていた力を抜いた。そして、俺はようやく“その疑問”に気付いた。
「……あ、あれ? エリーゼ?」
(何でエリーゼがここに!?)
エリーゼが乗るブラオ・シュプリンガーは、俺とラーゼが確かに倒したはずで、シャルはしばらく動けないと言っていた。じゃあ、何でここにエリーゼがいるんだ?
エリーゼの姿をもう一度冷静に見てみる。すると、エリーゼの姿は前回とは違っていた。
額には包帯を巻いていた。目を凝らしてみると腕や足にも包帯が巻かれていて、全身痛々しい姿になっていた。俺が包帯に気付くと、エリーゼは頬を数回手でかき苦笑いを浮かべていた。
「ハハハ……何だかみっともない姿を見せてしまったな。――ちょっと、やられちゃってな」
「……誰に?」
「敵国の機兵だよ。……オリジナルだ」
「………」
――琉斗……それってやっぱり……――
やはりそのケガは、俺が負わせたものだった。あれだけ激しく機体を叩き伏せたんだ。これだけで済んでいることが幸いなのかもしれない。
それにしても、やはりエリーゼは相手が俺だったことに気付いていないようだ。
「とても強かったよ。相手にはまだまだ甘い攻撃も多くて、付け入る隙がたくさんあったはずなんだ。……だけど、勝てなかった。勝てなかったんだ。どれだけ追い詰められても、どれだけ苦戦しても負けない相手。それは、戦場においては最も相手にしたくない敵とも言えるな」
「じゃあ、もうやり合わないのか?」
聞くまでもない質問だとは思った。だけど、それは俺の希望でもあった。これ以上、エリーゼとはやり合いたくない。そういう思いが、俺の口から言葉を出した。
「……いや、それはない。私は、この国のオリジナル機兵の操者だ。私には、この国を守る責任がある。義務がある。守りたいという、想いがあるんだ。如何に敵機が強大でも、私は引くことが出来ない」
「そう、か………ん?」
1つ、気になった言葉がある。
「……なあエリーゼ。“この国”って……」
「ああ。それはもちろん――」
そう言いながら、エリーゼは窓のカーテンを開く。そして窓からは光が差し込み、暗い部屋を一気に照らし出した。その光に目が眩んで目の位置に手を当てる。
目が慣れたところで窓の外をじっくり見てみると、そこには街並みがあった。白い建物が立ち並び、活気が溢れている。建物に反射された白い光に包まれるそこは、この世界に来ての初めての“街”と呼べるものだった。
「ここは……」
「――ここは私の国、“べリオグラッド”。今琉斗がいるのは、その“城”の中だ」
「――――」
愕然とした。それを表情に出さないようにするので精いっぱいだった。
つまり俺は、隣国の――敵国の、その中心部にいた。