流星
その景色は、一変していた。
先ほどまで巨大な騎士2体が剣をぶつけ激しく戦っていた森には、ゆっくりと歩を進めるだけの青い騎士と、それに向かい何度も届かぬ刃を振りかざす白い騎士が存在していた。
何度剣を向けても、何発ハンドガンを撃ち放っても、その全てはブラオの光に阻まれ、決してその機体に損傷を負わせることはなかった。
「くそ!! どうすりゃいいんだよ!!」
「琉斗! ここは一度逃げた方が――」
「出来るんならとっくにしてるよ!!」
相手の機体性能はかなり高い。それに技量も相当なものだ。ここで背を向け逃げることは返って危険だ。
(だけど……このままじゃ!)
『……そろそろ、終わりにしようか』
ブラオからは、冷静な声が聞こえ、そのままゆっくりと剣を上げ始める。今の状態で本格的な攻撃に移られたらアウトだ。打つ手がなくなる。
勝つためには、今この時に攻撃を仕掛ける必要がある。俺は必死に思考を巡らせていた。
(落ち着け! 落ち着けよ俺!! どんな奴にも、必ず手立てがあるはずだ!! 完璧なんてあるわけがないんだ!!)
これまでの流れ、相手の動き、言葉、ラーゼの武装、地形……。それら全てをもう一度思い返す。何かとっかかりを探す。
(そう言えば、認知した攻撃を全て防ぐんだよな……)
それは逆に言えば、認知出来ない攻撃は防げないということなのかもしれない。もちろん確証はない。
それでも、突くとすれば“そこ”しかない。もちろんブラオの能力がどのくらい範囲まで防ぐことが出来て、防御の条件なんて分かるわけないし、上手くいくかどうか分からない。いや、上手くいく可能性の方が低いと思う。でも、このままだと確実に斬られる。俺に残された選択肢は、それしかなかった。
「……一か八か、やってみるか」
右の掌をブラオに向ける。
『まだ分からないのか? そんな攻撃など、ブラオ・シュプリンガーにか効かない』
「そいつは……どうかな!!」
ブラオに向けていた掌を機体から外し、周囲にハンドガンを放つ。ブラオの周囲には炎が上がり、赤く染まった煙が立ち込めた。
『これは……』
(今だ――!!)
すぐさまラーゼは走る。身を低くし、煙に紛れ、ブラオシュプリンガーの左後方に回り込む。そしてその角度から、一気に攻め込んだ。
「――ここだああああ!!」
剣を両手で持ち、ブラオの胴体目がけ突く。最小限度の動きで、最短距離でブラオに剣を斬り入れるには、これしかなかった。
しかしその瞬間、ブラオはまるでその方向からどんな攻撃が来るか分かっていたかのように、体をフラリと右に傾けた。
「なッ――!?」
ラーゼがブラオの横をすり抜ける時、ブラオから声が響く。
『……その程度の攻撃、予測出来ないと思うか?』
そして流れるような動きは、すぐさま激流に変わり、ブラオは独楽のようにその場で体を捻らせ、鋭い蹴りをラーゼの腹部に入れる。
「うああああ!!」
力なく吹き飛ばされたラーゼは受け身すら取ることが出来ず、生え茂る木々を薙ぎ倒しながら吹き飛ぶ。周囲には、巨大な物体が地面を滑る音と、木がメキメキとへし折れる音が響き渡った。
『――沈め!!』
ラーゼが立ち上がるのを待つことなく、ブラオは前傾姿勢で前進する。そして無機質な刃を振り抜いてきた。
「琉斗!!」
「クソッ!!」
立ち上がり、まだ体勢が整いきる前に剣で斬撃を受ける。しかし踏み込みが利かない状態で、鋭い斬撃を受けきれるはずもなく、ラーゼは再び緑の大地に倒れ込んだ。
何とか再び立ち上がるが、ブラオもまたその程度で攻撃の手を緩めることをせず、立て続けに凄まじい太刀筋を浴びせてきた。少しでも触れればその部分に致命的な損傷を受けてしまう。そう確信出来るほど、その攻撃は轟音を響かせていた。
断続的に広がる剣のぶつかる音。しかし最初と違い、俺は受けるだけで精一杯だった。いや、受けることしか出来なかった。
こちらの攻撃は相手の機体に届くことはない。そのためブラオはさっきまででは考えられないほど大胆かつ豪快に剣を振るう。防御を考えず、ただただ一方的に攻撃に走ることが出来るブラオにとって、迷いや畏れは一切なかった。
結果として、どうやら俺の予測は当たっていたようだ。ブラオの固有兵装“シールド”は、攻撃の認識が条件となっているのだろう。つまり、認識出来ない攻撃には使えない。さっき後方から奇襲をかけた時も、ブラオは受けることなく“避けた”。つまりは、攻撃が来るのは分かっていたが、それがどのような攻撃だったかは分からなかったということなのだろう。
だとしても、通常であれば操者の能力も相成り、ブラオにダメージを与えることはほぼ不可能だ。
結局、能力の弱点は分かっても、俺に打つ手はなかった。
何とか必死にブラオの剣を受け続けていたラーゼも、いつしか動きが鈍くなり始め、機体の節々が軋み始めていた。
剣越しとは言え、これだけの斬撃を受け続けたことを考えれば、むしろよく持っている方だろう。並のレプリカであれば、剣ごと腕が吹き飛んでいてもおかしくなかった。
「琉斗!! そろそろラーゼが持たなくなるよ!?」
「分かってるよ!! 今考えてんだ!!」
おそらくは残された時間は少ない。受け続けるのには限界がある。機体が受けた衝撃で破壊されるのが先か、切り刻まれるのが先か。いずれにしても、一刻の猶予もないだろう。
「――シャル!!」
「な、何!?」
「ラーゼにも固有兵装ってやつがあるんだろ!? それ使うぞ!!」
「え!? で、でもあれは――!!」
「んなこと言ってる場合か!! このままじゃやられるんだよ!!」
正直得体の知れない力なんてのは使いたくなかった。どんな制約があるのかも分からないし、そもそもどんな力なのかも分からない。使い方が分からない力は、敵に限らず自らも滅することがある。シャルが躊躇するくらいだから、おそらく何か“縛り”のようなものがあるのだろう。
でも、どのみち今のままでは斬られる。だとしたら、賭けに出るしかなかった。
シャルは一度コックピットを見渡す。そして俺の方を振り向き、何かを決意する顔を見せた。
「――分かった。でも、覚悟してよね? 相当キツイよ?」
「いいからやれ!!」
「うん!! ちょっと待ってて!!」
そしてシャルは俺が触る2つの球体の間に移動し、目を閉じ、何かを念じ始めた。
すると、コックピット内に異変が起こる。鈍く光っていた球体が激しく煌めき、俺の手を通じて力を吸い取られるかのように急激な疲労が体と心を襲い始めた。
「な、なんだ? 力が…抜ける……?」
目が霞み始めた。油断したら目を閉じてしまいそうになる。しかし、前方には依然として剣を向けるブラオがいる。必死に目をこじ開け、歯を食いしばり、相手の剣を受け続ける。
そんな中、シャルはようやく目を見開いた。
「踏ん張りなさいよ琉斗!! 今までと比べ物にならないくらい力使うからね!!
――行くよ!! “リミットブレイク”!!」
シャルの叫びと共に、目の前のモニターに赤い文字が現れた。この世界の文字のようで、何が書いてあるかは分からない。だがその瞬間、モニター越しでも分かるほどラーゼの体が白い光に包まれた。
『――ッ!? 固有兵装か!?』
その光を見たブラオは攻撃を止め、後方に跳び距離を置いた。
ラーゼは空に向かって光の柱を形成し、その光を受けた暗黒の雲は散る。ぽっかりと穴が空いた雨雲からは日の光が差し込み、雨に濡れたラーゼとブラオの姿を照らし出した。
『――何だ!? 何だその光は!?』
ブラオからは動揺の声が響く。ブラオが固有兵装を発動させたとき、輝きはしたがあくまでも機体を包む程度だった。しかしラーゼは明らかに違う。周囲一帯を眩く照らすほど、激しい光を全身から放っていた。
「シャル……! 何が…起こってるんだ?」
疲労に襲われる俺は、絞り出すように声を出した。
「いいから突っ込んで琉斗!! 時間が無いから!!」
「突っ込めって……」
「ああもう!! とにかく走ってぶん殴っちゃいなさい!!」
「わ、分かっ―――」
そう言いながら、さっきと同じようにラーゼを走らせた……はずだった。
しかしラーゼは、まるで矢のような速度で駆け抜け、刹那の間にブラオの前に辿り着いていた。
「なっ―――」
『――――ッ!!??』
「いけぇ!!! 琉斗!!!」
シャルの声を受け、慌てて剣を持つ右手を拳をブラオの顔面に叩きつける。その動きはまるで早送りのように俊敏であり、激しい衝突音と共にブラオの顔面から金属片が飛び散る。そしてブラオは後方に吹き飛ばされる。
『うわああああ!!!』
「琉斗! 後ろに回り込んで!!」
「あ、ああ―――」
またもや足を踏み出すと同時に瞬間移動のように吹き飛ぶブラオの後方に回り込んでいた。モニターにはラーゼの走った後の光の筋が薄らと残っていた。それは、残像と呼ばれるものだった。
目の前にあるブラオの体を思いっきり蹴り上げる。ブラオの体からはメキメキと音が響き、青い光を帯びたまま空中へ放り出されていた。ブラオの姿はまるで糸が切れた操り人形のように、ただ衝撃と吹き飛ばされた余勢に体を委ねていた。
さらに追撃すべく大地を蹴る。空に向かい伸びる一本の閃光となったラーゼ。その光を纏いながら突き進む姿は、まるで流星のようだった。
そしてそのままの勢いで宙を漂うブラオに体当たりをする。空中で再び激しく打ち上げられるブラオに、繰り返し波状に体当たりをする。光が推進力の代わりになっているようで、空中で突進、停止、切り返しを続ける。さしずめ天に昇る雷のようなラーゼに、ブラオはただただ空へ空へと舞い上がっていた。
「琉斗! 琉斗のことはラーゼが守ってくれているから大丈夫だよ! だけど、そろそろ決めないとマズイからね!!」
「わ、分かってる……」
体を包む疲労はピークに達しつつあった。意識がところどころ遠退く。まるで失神と覚醒を繰り返しているようだ。
「――これで、決める」
力なく空中に浮かぶブラオの足を掴む。そして、力の限り地面に放り投げた。隕石のように墜落するブラオは、大地に地震を発生させ衝突する。
そしてラーゼも地上に降り、ブラオに視線を向けた。
パラパラと地面と木の欠片が空から降り注ぎ、ブラオはその中心で土にめり込むように倒れている。いつの間にか光もなくなっていて、ピクリとも動かなくなっていた。
それを確認するやラーゼを包んでいた光は収束し、空には再び雨雲が立ち込め始め、思い出したかのように雨が降り始めた。
「……シャル…ブラオは、死んだのか?」
「……ううん、違うみたい。だけど、しばらくは動けないよ。どうする? 止め刺すの?」
「……いや……俺も、限界…みたいだ……」
いよいよもって意識がどこかへ行こうとする。しかしこのまま機体を出したまま意識を失うのはマズイ。最後の力を振り絞り、その場を離れる。
「く…そ……目が霞む……」
「琉斗! 頑張って!!」
シャルの声を受けながら、フラフラと歩を進める。そして、やがて一つの滝を見つけた。その周囲に集落らしきものもない。
ラーゼをその滝の裏側に置く。これなら、しばらくは見つかることはないだろう。
ラーゼを降りた俺は、出来るだけその場を離れる。今自分が起きているのか気絶しているのかも分からないほど、意識は混濁していた。
どれほど歩いたかは分からない。限界に達した俺は、その場で崩れるように倒れ込んだ。
体に冷たい雨が降り注ぐ。
最後に見た景色には、涙目になって俺の手を掴みながら何かを叫ぶシャルの姿があった。
そして、俺の意識は暗闇の中に沈んでいった。
二章 終