怒涛
景色に広がる雨の色。暴風を伴うそれは、まさに嵐そのものだった。
暗雲の下に広がる緑の木々が生い茂った大地。そこに立つのは、2体の機兵。
1つは俺が乗る白い機兵、ラーゼ・エントリッヒ。
1つはエリーゼが乗る青い機兵、ブラオ・シュプリンガー。
どちらも世界で数えるほどしかないオリジナルの機兵。
「……シャル、外部スピーカーを切れるか?」
右肩に座っているシャルに小声で話す。コックピットで話した会話内容は外部スピーカーで外に聞こえてしまう。それだと、俺が操者であることがエリーゼに知られる。
「うん。大丈夫だよ」
「なら、すぐに切ってくれ」
それを受けたシャルは、視線を落とし表情を曇らせた。
「……本当にいいの? 琉斗の言葉が、エリーゼに届かなくなるよ?」
「だからいいんだよ。……頼む、シャル」
少し考え込むシャル。そして小さく頷いたシャルは、静かに目を閉じる。
「……はい、終わり。これでここでの会話は外に漏れないよ」
「サンキュ、シャル」
相手を動揺させる意味では、外部スピーカーで声を流しつつ迎撃する方が断然有利に戦えるだろう。……だけど、それはしたくなかった。最後に見たエリーゼの姿が脳裏に甦る。死んだ弟の面影を俺に写し、そんな俺を泣き出しそうな表情で探すエリーゼ。それを思い返すと、今でも胸が締め付けられる。
もちろんこれは本当の戦闘だし、そんな考えは自ら自分を危険に晒すことになるのかもしれない。
それでも、あの表情のエリーゼはもう見たくなかった。それは、目の前で大切な人を失う辛さを知っているから。
だから俺は、エリーゼは何も知らないままでいてほしかった。
「琉斗、まさか負けるつもりなの?」
俺の顔を覗きこんだシャルは、不安そうにそう訊ねる。
「……そんなわけあるか。俺だって死にたくないんだよ」
「そう……だよね」
シャルは少しだけホッとしたようだ。そんな様子を見て、俺も胸を撫で下ろす。
そして目の前の青い機兵に視線を戻し、神経を集中させる。そう、あれはただの“青い機兵”なんだ。
ブラオは、俺に剣を向けた。そして、ブラオから高々に声が響く。
『私の名前はエリーゼ! そして、この機体はブラオ・シュプリンガーだ!
――貴様も名乗れ!! それが礼儀だ!!』
「……ハハハ。戦いに礼儀なんてもんはねえだろうに……」
もちろん、俺の声は相手には聞こえていないはずだ。
外からは雨と風の音だけが聞こえる。やがて、ブラオは少しだけ剣先を下げ、トーンを落とした声が聞こえてきた。
『……名乗りもしないのか……。所詮は敵、ということか。戦いの美学も知らないとはな……』
ブラオは改めて剣を両手に持ち直し、構える。
『――ならばもう不要だ!! ここで落ちろ!! 名無し!!』
ブラオからの威圧感のようなものが一気に増した気がした。油断すると気圧されてしまう。これが、気迫と呼ばれるものなのだろう。
「琉斗! 来るよ!!」
「分かってるよ!!」
俺もまた、改めて剣を構え攻撃に備える。
嵐が吹き荒れる森の中、剣を構える白い巨大な騎士と青い巨大な騎士は、ナイフのような鋭さを持つ雰囲気を放ち、辺り一面に痛いほどの緊張感を出し始めていた。
『――行くぞブラオ!!』
「――ラーゼ!! 突っ込むぞ!!」
両者の気迫が頂点まで達した時、ほぼ同時に相手に向かい駆け始めた。
ラーゼは剣を振り下ろし、ブラオは切り上げる。空中で衝突する2つの刃は、激しい火花を散らせ、弾かれる。
『ハアアア!!』
「――――!!」
互いに剣を走らせ、敵機の体を狙う。巨大な剣は風を切り裂きながら敵機に向かうが、相手の剣に阻まれ届くことはない。
断続的に激しい金属の衝突音が響き渡る。敵機に正対しながら、上下左右、様々な方向からの剣を受けつつ、あらゆる角度から攻撃を仕掛ける。
剣を向け合いながら、ブラオの機体性能を確認する。
「クソ!! 何だよコイツは!!?」
これまで相手にしてきたどの機兵よりも全てが上だった。剣圧、パワー、スピード、そして、気迫……。その全てがこれまで経験したことがないほどに圧倒的だった。
(これが、オリジナルの機兵……!!)
「ダメだよ琉斗!! 飲まれてる!! ラーゼもオリジナルなんだよ!? ラーゼを信じて!!」
「分かってるよ!!」
まるで舞のような動きを見せるブラオ。猛々しい攻撃とは正反対に、その動きには美しささえ感じてしまう。
ブラオの斬撃を正面で受け止める。鍔迫り合いで剣が震えている。力だけでは押し切れない。
「琉斗危ない!!」
「―――!!」
相手の顔を見ていた俺は、シャルの声でブラオが若干腰を引いたのに気付く。
(マズイ――!!)
「――ハアッ!!」
ブラオはラーゼの腹部に右足を刺し込む。身を下げ避けようとしたが間に合わず、ラーゼの体は後方に吹き飛ぶ。
「――――!!」
激しい振動がコックピットを包む。体勢を崩されながらも、それでも歯を食いしばり正面を見る。しかし既にブラオの姿はない。
素早く左右に視線を送るがいない。
(――上か!?)
上空を確認することなく後方に跳び距離を取る。それと同時に真上から銀色の閃が縦一直線に振り下ろされ、大地に突き刺さった。
『上手く躱したか……。貴様、動きは滅茶苦茶だが、中々鋭いな』
そう言いながら、ブラオは再び剣をラーゼに向ける。
「……ありがとよ」
聞こえない相手に皮肉を返す。そしてラーゼもまた改めて剣を構える。
(……強ぇ)
時間にしたらわずかな間の攻防だったはずだ。だけど、俺にとってはとても長く感じた。俺自身は動いていないにも関わらず、汗が止まらない。心臓が激しく脈動する。息が乱れる。一瞬の隙も油断も許さないかのような攻撃の連続。VRゲームでもここまでの相手は経験したことがなかった。
まさに強敵だった。いつの間にかシャルも言葉を失い、モニターに映る青の騎士を睨み付けていた。
(……ここまでの感触から、悔しいがブラオの方が断然上手だ。このままやり合えばジリ貧だし、どこかで致命的な攻撃を受けてしまうな……。どうする?)
何か対処をしないと、俺に待っているのは敗北しかない。それは、最悪の場合“死”を意味する。
心のどこかで相手がこのまま立ち去ることを願い始めていた。もちろんそんなことは起こり得ないことは理解している。撤退という線も考えたが、先ほどの動きから考えると、到底逃げることも出来そうにない。
やり合えば敗北は濃厚。退路もない。
気が付けば、ブラオが少し距離を詰める度に、少しずつ後ろに下がっていた。
「~~~ッ!!」
その時、突然シャルが俺の顔の前に飛んできた。俺の目にはシャルしか映らなくなっていた。
「シャル!! 邪魔だぞ!! これじゃ相手が――」
そう叫んだ瞬間、シャルは両手で思いっきり俺の両頬を挟むように引っ叩いた。
「痛ッ――!!」
思わず球体から手を離し、両手を押さえる。頬はビリビリと痺れ、鈍い痛みを放っていた。
そんな俺に、シャルは力いっぱい声を出した。
「――琉斗!! しっかりしろ!!」
「シャル……」
「琉斗は私とラーゼが認めた奴なんだからね!! 琉斗には私もラーゼも付いてるんだよ!! それなのに、何で怖がるの!? 何でラーゼを信じてやれないの!?
――琉斗!! お前は誰だ!!」
「俺は……」
異世界から来た男。高校生。少年。そして……
「――俺は、ラーゼの操者だ!!」
「そうだよ!! ビビるな琉斗!! やっちゃいなさい!!」
シャルはブラオを振り返り、握り拳を相手に向けた。
(そうだ……。ブラオはオリジナルの機兵で、確かに性能はレプリカとは桁違いだ。
……だけど、ラーゼもオリジナルだ。ブラオに、劣ってるはずがない!!)
手元の球体が朧に光る。ラーゼもまた、俺と同じ考えのようだ。
「シャル! 舌噛むなよ!! ――行くぞラーゼ!!」
俺の声と共に、ラーゼは地響きを轟かせ大地を踏み締めながらブラオに向け駆け抜ける。
『特攻か? ――見えてるぞ! 白の操者!!』
ブラオに接近し間合いに入るや、すぐに剣を横に振り抜いた。それを跳んで躱すブラオ。
「――ここだ!!」
ブラオの下を通り過ぎる間際、上空にあるブラオの右足を掴む。
『なっ――!?』
そしてそのまま前に進む勢いを乗せ、ブラオを一気に地上に向け振り下ろす。
「叩きつけろ!! ラーゼ!!」
青い騎士は、緑の大地に激しい音を響かせ衝突した。
『ッ―――!!』
ブラオから短い呻きが聞こえる。ブラオの手足が大地に完全に付く前に足を離し、そのままラーゼの体を捻らせ、剣を振り抜く。
『チッ!』
あと少しで剣がブラオの体に届くというところで、ブラオは横に転がり回避した。そして立ち上がり際に剣を一度振り、牽制しながら一旦距離を置く。
(……大丈夫。見えてる)
相手の動きを冷静に見れている。速度やパワーは段違いだが、それでも戦える。
ゆっくりと剣をブラオに向け、その動きを注視する。
ブラオは剣を構えたまま動かない。何かタイミングを見計らってるのだろうか。先ほどまでとは少し雰囲気が違う。
『……なるほど、な』
突然、エーデルの声が響いた。
『確かにお前は強い。私も、強者と認めよう』
そう言いながら、ブラオはなぜか構えた剣を下げる。
「……何だ?」
『……だが、それは私の国の危機とも言える。故に、貴様はここで必ず潰す』
その言葉を皮切りに、ブラオの体が鈍い青色に輝き始めた。光は、ブラオの機体を包む。
「あれは……まさか――!!」
シャルは何かに気付いたようだ。突然顔を険しくさせ始めた。
「シャル、あれを知ってるのか?」
「……マズいよ琉斗。とってもマズイかも……!!」
シャルは慌てていた。口元に手をあてがい、わなわなと震えている。
「マズイって……どういうことだ?」
その問いに答えるかのように、ブラオから言葉が放たれる。
『貴様にもあるだろうが……ブラオの“固有兵装”、特と見るがいい』
「……固有兵装?」
「機兵の力のことだよ! オリジナルの機兵には、それぞれ機体特有の能力があるんだよ!!」
「はあ? でもシャル、お前そんなこと一言も……」
「だって……あれは……」
『無駄話はここまでだ。――行くぞ!!』
ブラオは駆け出し、ラーゼとの距離を一気に詰めた。しかし剣は後ろに構え、無防備にラーゼの前に立つ。
「前がガラ空きだぞ!!」
ブラオの頭部をめがけ、思い切り剣を振り抜く。しかしその瞬間、奇妙な感触が起こった。
剣が、途中で止まった。
決して手を緩めたわけではない。まるで磁石の同極同士を向けるかのように、何の感触も音もないまま、剣が勢いを失った。
「な、何だ!?」
まるで理解出来ない。明らかにさっきまでとは違う何かが起こっていた。
『――ハッ!!』
その隙をついて、ブラオが後ろに構えた剣を一気に振り抜く。
「うわっと!!」
慌てて上体を逸らし、間一髪でそれを躱し、後方へ飛ぶ。その際にハンドガンを構え数発ブラオに向けて放つ。
放たれたエネルギーの弾丸はブラオの体に触れ、爆発を起こした。
「これで……!!」
しかし、爆炎が収まると、そこには傷一つ付いていないブラオが立っていた。
……それは、村に攻め入った賊の攻撃を受けた時と同じだった。
「何なんだよ……何が起こってるんだよ!!」
「……たぶん、あれがブラオ・シュプリンガーの固有兵装……」
そして、ブラオから静かな声が響き渡る。
『ブラオの固有兵装は“シールド”。私が認知した攻撃は、全てそれを無力にする』
「……それってつまり、見える攻撃は全部効かないってことかよ!!??」
「うん……たぶん……」
(チート過ぎるだろ!! そんなもん、どうやって倒せって言うんだよ!!)
それは、まさに絶対防壁だった。操者がその目に写した攻撃を全て無効にする。
ブラオ・シュプリンガーは、青い光を纏ったまま、ゆっくりとラーゼに向けて歩き始めた。
『……この力を使ったブラオに、敵はいない。
もはや貴様に勝ち目はないぞ!! 白い機兵!!』