雨嵐
「行くぞ、ラーゼ!!」
剣を構え敵機に突貫する。敵は既に剣を抜き、迫るラーゼに備えていた。
『撃て撃て!! ここで仕留めるぞ!!』
敵機から一斉にハンドガンが放たれる。降り注ぐ光の雨は、周囲を炎に包む。
「琉斗! 撃ってきたよ!!」
「シャル黙ってろ!! 見えてるっての!!」
ラーゼを跳躍させ、弾丸の雨を躱す。そして宙を反転しながら舞い、地上に向けてハンドガンを放つ。放たれた青い光の塊は敵機の足元で次々と爆発をしていた。
敵機に致命傷を与えることはない。これは牽制攻撃であり、目的は敵機の注意を更に俺に集めることだ。
そしてこの戦いの根本を忘れてはいけない。それは、フェルモント達が移動する時間を稼ぐこと。もちろんここで敵機を全滅させれば問題ないが、その途中で流れ弾がフェルモント達の方に向いては意味がない。
地上に着地すると同時に後方に飛びつつ、牽制攻撃を続ける。ちょうどフェルモント達の反対方向に敵機を振り向かせる。
『ちょこまかと……!! アルファ! ベータ! ガンマ! 敵機に近接攻撃! デルタは私と援護射撃だ!!』
『了解!!』
真ん中の機体から指示が飛ぶ。敵の隊長機は真ん中の機兵のようだ。よく見ればその機体だけ頭部に角がある。
角付きが言っていた名前は、隊員の呼称名だろう。さすがは兵士達。先日見た賊とは違い、統率の取れた動きを見せていた。
指示を受けたアルファ、ベータ、ガンマは剣を翳しながら迫ってくる。そして前列を走るアルファが大地を蹴り飛び上がった。さらに後方の2機は左右に別れる。そして最後尾にいる2機からはハンドガンが飛ばされる。
前方、左右の3方向から一斉に切りかかる敵機。さらに援護射撃が足元で爆発し、その爆炎で視界を遮られた。
「琉斗!!」
「耳元で叫ぶんじゃねえって!!」
素早くラーゼを後方に跳ばせ一旦距離を置く。そして地にラーゼの足が付くまでの間で爆炎の中にある敵機を探る。
一番最初に姿が見えたのは、前方から迫るアルファだった。
(――まずは、1機!!)
ラーゼが着地するや、全力で前方に跳び出し、一気にアルファとの距離を詰めた。
アルファの振り下ろす腕をラーゼの左手で押さえ、動きを静止させる。
『――何!!??』
そして腕を掴んだまま掌のハンドガンを放つ。敵機の腕が至近距離で爆発し、その衝撃でコックピットは激しく揺れていた。
「くうっ!!」
「琉斗無茶し過ぎだよ!!」
「多少の無茶は勘弁しろ!!」
その無茶のおかげでアルファの右腕は吹き飛び、持っていた剣が銀色の光を放ちながら宙で回転していた。そのまま空中でアルファの両足を更に切断し、宙に舞う剣を左手に掴む。
『うわああああ!!!』
左手と両足を失ったアルファは受け身を取れず、土煙を上げながら地面に墜落した。
そのまま援護射撃をしていた2機の元に跳び、着地と同時に2機の真ん中に向け両手に持つ剣を振り下ろす。角付きには躱されたが、デルタの左腕に剣先が掠り、その腕を切断した。
『クソ!!』
そして角付き、ベータ、ガンマ、デルタはラーゼから距離を取りつつ再び集合する。
俺も2本の剣先を機兵らに向けたまま一度息を入れた。
「……やっぱり、5機は多いね」
「1機に気を取られ過ぎたら他の奴らに串刺しだな。でも、とにかく1機は落とした」
4体の機兵と睨み合いを続ける。
そんな中、空からは雨が降り始めた。空からの雨粒は線になり、景色に斜線を入れる様に降りつける。
『各機1秒たりとも油断するな。相手はオリジナルだ。先ほどの通り、レプリカとは機動性、パワー……全てが上だ。だが、こちらは4機。数を使い敵を翻弄する。
――ベータ、ガンマ、デルタ! フォーメーションDでいくぞ!!』
『『『了解!!』』』
角付きの指示の元、4機は一斉に動き始めた。そして、ラーゼの四方を固め、同時に時計回りに走り始めた。
「……何だ?」
敵の動きを観察する。すると右方向からハンドガンが放たれた。
放たれた弾丸はラーゼの右腕に命中し、爆音とともにラーゼに振動が走る。
「琉斗! 撃たれたよ!!」
「見りゃ分かるよ!」
だが、敵の攻撃はそれだけで終わることはなかった。走りながら4機は次々にラーゼに向けハンドガンを放つ。足元、機体に爆炎が断続的に上がり、機体は軋み始めた。
「ラーゼが――ラーゼが痛がってる!!」
シャルはキョロキョロと焦りながらコックピット内を見渡す。
「ラーゼ! もう少し耐えてくれ!!」
爆音の中、敵の動きを見る。多少の攻撃なら耐えてくれるはずだ。ここで焦って突っ込んでも、おそらく袋攻めに遭うだろう。
敵をよく見ながら、頭をフル回転させた。
「……周囲を回転しながらの波状攻撃か……。――へっ! こんなもん!!」
両手に持つ剣を一度地面に突き立て、ラーゼの両手の掌を地上に向け一斉にハンドガンを総射した。ラーゼの周囲は瞬く間に爆炎に包まれ、敵機とラーゼの視界を遮断させる。
その瞬間を狙い剣を持ちつつ両手で顔を守りながら、一気に前方へ飛び出す。そして瞬時に敵集団を置き去りにし、着地と同時に敵機を振り返る。
敵機のうち2機だけがラーゼの動きを察知し、こちらに顔を向けていた。
(あの2機だ!!)
1機に向かいアルファから奪った剣を全力で放り投げる。剣は回転しながら飛び、敵機の右肩部分に突き刺さった。
『――がッ!?』
『デルタ!!』
剣を受けた機体は後方に倒れる。そしてもう1機が味方の方を見ながら叫び声を上げる。その隙に一気に駆け出し、敵の眼前に詰め寄る。
『よくもデルタを!!』
敵機はがむしゃらに剣をラーゼに向け突く。それを体を反転させつつ剣でいなし、さらに体を反転させ、敵の胴体部分に向け剣を横に振り切った。敵機は体を断裂させながらに吹き飛ぶ。
右方向を見れば、剣が刺さったままのデルタが立ち上がろうとしていた。手負いになった敵はどういう行動に出るのか分からない。そういう意味では、無事な敵よりも危険だと思う。
倒れたデルタに接近する。こちらを振り向く前に敵の頭部を斬り伏せた。
少しだけ、自分が残忍に思えた。手負いの敵を容赦なく斬り伏せる俺。でもこれが戦争。少しの気の迷いでこっちがやられる。
ざわつく心を抑え、爆炎が収まり姿を現す敵機に正対する。
『……ガンマ、デルタもやられたか……』
『隊長……』
『ベータ……お前は国に戻り、敵オリジナルのことを知らせろ。“敵国のオリジナル、驚異的”とな』
『た、隊長!! しかし……!!』
『これは命令だ!! 行け!!』
『………了、解』
ベータは踵を返し、その場を離れ始めた。
このまま逃がせば、すぐに追撃部隊が来るかもしれない。少なくとも、それはマズイ。せめて移動が完全に終わるまではそれは阻止したい。
「――逃がすか!!」
『やらせん!!』
追尾しようとする俺の足元に向けてハンドガンを放つ角付き。
立ち昇る炎と煙が立ち去るベータの姿を隠す。
『貴様の相手は私が務める!! ベータには近付かせんぞ!!』
気迫の形となるかのように怒涛の砲撃をする角付き。それは途切れることなく一斉に俺に向かってくる。
それに押されるかのように後退ってしまう。
「琉斗! 逃げちゃうよ!!」
「クソッ!! ――シャル! 無茶するぞ!!」
「え? え? ――わっ!!」
ラーゼを前方に勢いよく跳び出させる。炎の壁を突き抜け視界が広がると、そこには剣を振り下ろす角付きが待ち構えていた。
『予想通りなんだよ!!』
「こっちもだよ!!」
ラーゼの持つ剣を右に薙ぎ払い、角付きの斬撃を右横に逸らせる。そのままの勢いで角付きの頭部を片手で掴み、その場で相手機体をハンマー投げの様に振り回す。敵機の頭は首元から軋み始める。
「飛んでけええ!!!」
そして相手機体を力任せに放り投げる。角付きは空を壊れた人形のように飛び、背を向け走るベータに覆い被さった。
角付きは首が後ろを向いた状態となり、首元からは火花が飛んでいる。
2機はその場で立ち上がろうと蠢くが、視界が悪くなったのか、角付きがなかなか起き上がれずにジタバタと地面で動いていた。
「――よし!!」
止めを刺すべく地を蹴り駆け抜ける。
『クソオオオオオオ!!』
敵機からは悔恨の絶叫がこだまする。それを聞く俺の表情は少しだけ歪む。
(悪く思うなよ……)
決して口に出すことはないが、心の中で懺悔する。せめて機体が爆発しないように手足だけを狙うつもりだった。
剣を持つ手に力を込める。
そして、剣を振りかざし―――
『――そこまでだ!!』
突然ラーゼの目の前に、叫び声と共に別の機兵が降り立った。そしてその機体は手に持つ剣をラーゼに向けて剣を薙ぎ払う。それを剣で受けるが、それまでのレプリカとは全く別物の剣圧だった。
ラーゼは後方に吹き飛ばされ、大地を滑りながら停止する。
「な、何だ!?」
慌ててラーゼを起き上がらせ、状況を確認する。
前方のモニターには、青い機兵が剣を向けていた。
「琉斗、あれって……」
シャルは顔を青ざめながら青い機兵を指さしていた。声は震え、至極小さかった。
(……分かってる。分かってるよシャル)
「……ブラオ・シュプリンガー……」
(つまり、操者は……)
それは、エリーゼとの最悪の再会だった。
エリーゼは俺に気付いていない。ラーゼから聞こえる声が雨音にかき消されているのかもしれない。
『――貴様の相手は、この私だ!!』
雨嵐が吹き荒れる中、エリーゼの雄々しい声が響き渡る。雨は、激しさを増すばかりだった。