移動
翌日の朝。未だに昇り切っていない太陽は、山の袂から3分の2ほどだけ顔を出していた。
まだ人々が起床しきれていないこの時間。この時間に、これから岩場への移動を開始する。
「なあゾル。何でこの時間なんだ? 普通行くなら見つかりにくい夜じゃないか?」
「そうだな。普通であれば、日が出てから移動はしない。……だからこそ、敵も盲点だろう。
それに夜間に敵に見つかれば、逆に闇討ちされる。それならば、相手の動向も把握しやすい日が出てからの方がいい」
「そんなもんなのか……」
俺は戦略とか知略だとかは出来ないし、これがベストなのかも分からない。だけど、敵の動向も掴みやすいということは、敵にとってこちらの動向も掴みやすいということではないのだろうか。
ともあれ、移動は始まる。
格納庫を引くのは、やはりゾルとニーナ。ニーナは暫く姿を見なかったが、フラフラと戻ってきた。それはいつものことらしく、フェルモントもゾルもあまり気にしていないようだ。
俺は、有事に際して動く役割を言われた。……要するに、戦闘員。
「……琉斗」
よほど情けない顔をしていたのか、シャルが不安そうに俺の顔を覗いていた。
「……大丈夫だシャル。大丈夫……」
そう自分にも言い聞かす。
ラーゼの席に座ると何か落ち着く。俺とラーゼは心で繋がってるというが、もしかしたら、ラーゼは心の片割れなのかもしれない。そう思ってしまうほど、不安な気持ちは静まっていく。
そして、移動は開始された。
◆ ◆ ◆
森の中を先頭になって進んでいく。
後方を振り返れば、俺の後ろにはフェルモント、付き人達が列を作って歩いている。そして最後尾には、ゾルとニーナが格納庫を機兵で引いている。ゾルから聞いていたが実際は眉唾ものだった。でも、実際にこうして引かれる格納庫を見ると、本当に動くその姿に感心してしまう。格納庫は実際大きい。中にはレプリカの機兵が10体程度収納されているし、高校の体育館より一回りほど大きい。
そんなものが、音を立てながら地面を進んでいく。よく見れば足元にはたくさんの鉄製のタイヤのようなものも付いており、それがガタガタと動いている。
前方には森だけ。
「シャル、付近に敵はいるか?」
「う~ん、見えないね……」
「……肉眼かよ。レーダーとかないのか?」
「そんなものなんかないよ。オリジナルの機兵ならいたら分かるけど……レプリカは分からないんだよね」
「魂がないからか?」
「うん。そんなもんかな」
つまりは敵は自分で見つけないといけないってことか。……いつも思うんだが、何でそんなとこばっかりマニュアルなんだよ。まったく凄いんだか凄くないんだか分からないよな。
「……今、ラーゼの悪口思わなかった? ラーゼが不機嫌になってるよ?」
「……悪い」
機兵って難しい……
◆ ◆ ◆
今のところ特に問題もなく進んでいる。
岩場までもう半分と言ったところか。昨日行ったあの村は、ここから少し遠いかな。
「あ! 見て見て琉斗! 鳥がいっぱいだよ!」
シャルが右奥を指さしてはしゃいでいる。
(緊張感ねえなぁ……)
そこには確かに白い鳥の群れが森から空に飛び立っていた。確かに綺麗なもんだ。緑色の森と青い空。飛び立つ白の群集。
(確かに絵になる………って、ちょっと待て)
なぜ急に鳥が飛び立ったんだ? 今まで飛び立たなかったのに……
その方向に目を凝らす。メインモニターはその方向に向け近付いて行く。
そこには、機兵の姿があった。
「な―――!?」
急いでラーゼを屈ませる。
「……シャル、お手柄だ」
『琉斗? どうしたんだ?』
格納庫を引くニーナの声が響く。その声と共に集団は歩みを止める。
『……落ち着いて聞け。敵だ』
『何だって!?』
『静かにしろ。右方向約2㎞にいる。姿を隠せ』
行列がざわつく。まあ、ここでならある程度ざわついてもあそこまでは聞こえないだろう。
もう一度その方向に目を凝らす。
(数は5体か……)
よく見れば探索するよう歩いていた。周囲を見渡しながら注意深く進んでいる。
「……何してるんだろ……」
「さあな。たぶん、フェルモントを探してるんじゃないのか?」
ということは、まだ気付いてないようだ。どうする? 進路を変えるか?
『……敵なんだな、琉斗』
ふと、ゾルの声が聞こえた。
(んなこと、言われなくてもわかってるよ……)
なぜわざわざ口にしたんだ? さっき言っただろうに。
……そういえば、ゾルは俺の役割を“有事に際して動く要員”と言っていた。
まさか……ゾルが言いたいのは……
『……“どうするんだ?” 琉斗』
(クソッ……そういうことかよ……)
「……シャル、行くぞ」
「行くって……あの機兵たちに!?」
「ああ。ゾルとニーナは動けない。だったら、俺がやるしかないだろ」
「でも、5体だよ?」
「……分かってるよ」
ゾルは、最初っからこのつもりだったのだろう。敵が来た時におとりとして動かせるために。
確かにオリジナルのラーゼが戦えば、敵の注意はこっちに向くだろう。日が昇ればラーゼの姿は鮮明に見えるし、逆に言えばラーゼに注目が集まることも出来る。
「ゾル、ニーナ。俺がおとりになる。その間に進め」
『いいのか?』
白々しくゾルが問いかける。
(よく言うよ……)
しかし、考えてみればそれがもっとも安全かもしれない。俺1人の危険と引き換えに、他の移動は安全に行くことが出来るはずだ。
足元を見てみれば、焦点が合わない目で何かを叫ぶフェルモントがいた。
「……声、聞こうと思えば拾えるけど、どうする?」
「いや、いい」
ラーゼを立ち上がらせ、少し回り込むようにして森を駆ける。
「シャル! 出来るだけ目立つようにするぞ!!」
「う、うん!」
敵機は5体。奇しくも、村でエリーゼが相手した数と同じ。
(……クソ)
嫌なことを思い出した。
それでも、俺は森を駆ける。背後にはフェルモント達がいる。
やれるかどうかは分からないけど……いや、やるしかないんだ。
走りながら剣を抜く。敵の姿は肉眼で見えるほど近くなった。
『―――!! お、おい!!』
1体がラーゼの姿に気付いた。その声を聞き、残りの機体もこちらを振り向く。
『白い機兵……オリジナルだ!! 構えろ!! オリジナルが来たぞ!!』
5機は一斉に臨戦態勢となる。
「琉斗!!」
「分かってるよ! ――暴れるぞ!!」
剣を構え、敵機の集団に突っ込んでいく。
先ほどまで晴れ渡っていた空には、いつの間にか雲が出始めていた。
徐々に暗くなりつつ空の元、静かな森は喧噪に包まれ始めた。