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故郷

 砦に戻った俺は、岩場の状況、周囲の様子、いざという時の逃走経路……目で見た情報、そこから考えられることを出来る限り詳細にゾルに伝えた。


 ゾルはそれを元に移動計画を立てるという。決行は明日らしい。どういうルートを通るのかは分からないが、ゾルのことだ、最もフェルモントが安全に移動できる方法を探すのだろう。

 そのフェルモントは、自室に籠っていた。……まあ、会ったところで話すこともなく、何だか気まずいので俺は早々に部屋に戻った。



 部屋のベッドで横になり、木製の天井をボンヤリと眺める。

 思い出すのはエリーゼのことだった。あの5体を一瞬にして撃破したあの強さは本物だ。それが隣国に所属していて、隣国には他にオリジナルが2体もいる。他の2体の強さも、エリーゼと同等くらいと考えていた方がいいだろう。

 俺みたいな似非操者とは違う、本物の操者。その違いを、見せつけられたかのようだった。


 いや、そんなことではない。俺が考えているのは、もっと別のことだ。

 

 俺は、隣国の兵士は、みんな極悪だと思っていた。この国を攻め込み、フェルモントという少女の命を狙う非情な連中だと思っていた。

 でも、エリーゼは決してそんな人ではなかった。とても優しく、聡明で、勇敢で……でも、亡き弟の影を探し続ける一面も持っている、ただの女性だった。

 そんな人でも、所属する国が違うだけで敵。殺し合いの相手。

 これが……戦争なんだ。戦いなんだ。それを、改めて実感した。


(……俺、勝てるのか?)


 エリーゼはシャルも舌を巻く操者だった。その能力は、今更語るまでもないだろう。5体の敵機を、まるで子供扱いだ。もしエリーゼと戦闘になれば……あの力が、俺に向けられる。ラーゼを壊すために。俺を、殺すために。

 そう考えると、怖くなってくる。いっそ、どこかへ逃げ出したくなってくる。


「なんて顔をしてるのよ」


 シャルが姿を出し、頭上をフラフラと飛んでいた。俺の顔を横目で見て、何か言いたげな表情をしていた。


「……何だよ。別にいいだろ?」


「全っ然よくないよ。見てるこっちが落ち込んでくるじゃない」


「……悪かったな」


「もしかして、まだ迷ってるの?」


「………」


シャルは口を尖らせ眉をハの字にした後に、大きく息を吐いた。


「……まあね、あれだけ凄い戦いを見せられたんだから、こうなるのも分かるけど……」


 するとシャルは俺の顔の前に飛んできて、両手で俺の頬を掴んできた。


「でもね、私とラーゼは、琉斗のことを認めているんだよ。琉斗も、もっと自分のことを信じてよ」


「……シャル、俺は……」


「――琉斗? 少しよろしいですか?」


 ふと、ドアの方からフェルモントの声が響いた。


(こんな時間に何だ?)


 時刻は夜も深い。しかも声の様子から、ゾルは一緒ではないようだった。


「……シャル」


「うん」


 シャルは姿を消す。何となく、2人だけで話をしないといけないと思った。それは、シャルも同じだったようだ。


「開いてるよ、フェルモント」


 俺の言葉を受け、ゆっくりとドアが開く。

 そしてフェルモントは、おそるおそる両手を前に伸ばしながら部屋に入ってきた。目は開いているが下を向いたままになっている。たった一人、目が見えない中ここまで歩いてきたフェルモント。何か、よほどの話があるのかもしれない。


 フェルモントの元へ歩いていき、伸びた手を掴む。


「こんなところに一人で来て……見えないんだから無理すんなよ」


「……ごめんなさい」


 静かに謝る声が聞こえた。何だかばつが悪くなってしまった。それを隠すかのように、椅子を差し出しそれに座らせる。

 俺もその向かいのベッドに座り、改めて聞いてみた。


「で? どうしたんだよ、こんな時間に……」


「あの……その……」


 フェルモントは言葉を濁していた。その様子を見て、言いたいことが何なのかぼんやりと見えた。

 言葉を選ぶようにして、フェルモントはようやく話し出した。


「……琉斗、改めて謝らせてください。――本当に、ごめんなさい」


 座ったまま深々と頭を下げ、頭を戻す。膝の上に置いた手を見てみると、必死に握り締めていた。


「言い訳をするつもりはありません。あなたをこの世界に呼んだのは私ですし、オリジナルの操者に科せられる制約のことを知らずに機兵に乗せようとしたことも事実です。そして、今まで平和に暮らしていたあなたを、戦いの渦に引き込んでしまいました。謝って済むことではないことも十分理解しています」


「………」


 正直、今更何を言ってるのかと思ってしまった。それを承知で俺を呼んだんだろうし、実に自分勝手だと思う。


「……琉斗、私は甘く考えていました。オリジナルさえ動けば、きっと国は救われると。もしあなたが敗れた場合でも、関係のないあなただけは何としても逃げてもらおうと……そんな風に、考えていました。

 ――ですが、そんな私の甘い考えが、琉斗の命を危険に晒すことになりました。琉斗に、無理やり十字架を背負わせることになりました。

 ……ですので、後のことは琉斗に任せます」


「俺に?」


「既に気付いていることと思いますが、私の国は今、窮地の中にあります。隣国の兵力は圧倒的であり、それに比べて我が国は……。常識的に考えれば、この戦況を覆すことは困難を極めるでしょう」


「まあ……そうだろうな」


「もしかしたら、明日にでも私はいなくなるかもしれません。そうなれば、あなたの命もないでしょう。

 ……ですからそうなる前に、隣国に投降してください」


「――え?」


「そうすれば悪いようにはならないと思います。オリジナルの機兵を持参した操者は、国としても非常に大きな戦力となりましょう。きっと、暖かく迎えられるはずです」


 フェルモントは険しい表情をしたままだった。何かを決意したような……でも、何かを必死に耐えているような……。見ていると眉を(ひそ)めてしまいそうな顔だった。


「……この国はどうなるんだ? オリジナルが消えたこの国は……フェルモントはどうなるんだよ」


「それは……琉斗が気に病む必要はありません。本来あなたには関係のない国なのです。あなたは、あなた自身の身を第一に考えるべきです」


(……なるほどな)


 フェルモントがたった一人で俺の元に来た意味が分かった。こんなこと、ゾルが聞けば怒り狂うだろう。この状況でオリジナルがなくなるということは、即ち国の唯一の軍力を放棄するようなもの。レプリカは残るが、エネルギーはいずれ枯渇する。

 それを理解した上で、フェルモントは隣国への投降をするよう言っているのだろう。国の将来が絶望に落ちたとしても、俺の身を考えている。


 ……でも、何でだろうな。何だかとてもムカつく。頭に来る。


 それはフェルモントに対してではない。俺に対してだ。俺はまた、身を犠牲にして助けられようとしている。俺の目の前には、香澄と同じ顔をした女性。そしてその口からは、自分の命を捨ててまでも俺を生かそうとする言葉が出ている。


 俺は、いったい何なんだ。今度こそ守れたと感じたあれは何だったんだ。今度こそ守ろうと思ったあの感情は何だったんだ。


「フェルモント……2つ教えてほしい。1つは、俺を元の世界に帰す手立てはないのか?」


 それを聞いた瞬間、フェルモントはさらに表情を険しくさせた。唇を必死に喰いしばり、手にはさらに力が込められていた。


「……大変申し訳ないですが……」


 それ以上の言葉はなかった。でも、それで十分理解できた。


 ……俺が元の世界に帰る方法は、ないのだろう。けれどそれは、薄々感じていたことだった。もし方法があるなら、フェルモントはとっくにそれをしたはずだ。それは出来なかった。だからこそ、こうして謝ることしか出来ないのだろう。


「……じゃあもう1つの質問だ。この国の名前は何なんだ?」


「え?」


「俺、考えてみればこの国の名前を聞いたことなかったんだよ。教えてくれよ。この国の名前」


 フェルモントは予想外の質問を受けたような表情をしていた。それでも、真摯に受け止め、口を開く。


「……シュルベリアといいます。この世界で、“幸福の大地”という意味です」


「シュルベリア……」


 そして俺は決めた。たった今決めた。


「よし。だったら俺の故郷は、今日からシュルベリアだ。俺がこの世界で最初に足を踏み入れた国。最初に生活した国。ここが俺の、故郷だ」


「え!?」


「どうするかは俺に任せるんだろ? 帰る手立てもない。そして、投降したところで殺されるかもしれない。それなら、俺はこの国で生きるさ」


「で、でも……」


「そもそも、ラーゼはこの国で発掘されたんだろ? だったら、ラーゼの故郷はここなんだ。ラーゼにそんな故郷を捨てさせるなんて俺には出来ない。だから、俺もここを故郷にする。ただそれだけの話だ」


 フェルモントは表情を固めていた。ほっとしたような、やはり納得いかないような……どちらとも取れる表情を浮かべていた。

 そのままフェルモントの言葉を待っていたんじゃ(らち)が明かないような気がした。


「……明日は移動なんだろ? フェルモントももう部屋に戻らないと、明日がキツイぞ? ……送るよ」


「……分かりました」


 フェルモントは、静かに言葉を返した。そして、俺に手を引かれ、部屋に戻って行った。



 その後、自分の部屋に戻る途中、シャルが姿を出してきた。


「……本当によかったの? ラーゼも別にここが故郷なんて思ってないけど」


「いいんだよ、これで。俺がそうしようって思ったんだから」


「ふ~ん、まあ、いいけどさ」


 そう言いながら、シャルはどこか嬉しそうな表情をしていた。空を飛ぶ姿もいつもより軽快に見える。


 そんなシャルを見ていると、笑みが零れた。それをシャルに見られないように窓の外を見る。夜の空は月明かりに照らされ、紺色に染まっていた。そして、星々も一つ一つが鮮明に見えた気がした。






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