青像
エリーゼは村を案内してくれた。
村の特産品だったり、名物だったりを紹介してくれた。正直な話、別に大したものはない。目立ったものも華やかなものもない、平凡な村だった。
それでも、エリーゼは優しく暖かい笑顔を向けながら案内を続けていた。もしかしたら、エリーゼは俺を孤児か何かと勘違いをしているのかもしれない。
所々、元気付けようとするようなきらいがある。
それはそれで好都合なことだろう。異世界から来たと分かれば、面倒なことになるのは目に見えている。
……それに、こうやってのんびりと田舎の風景を味わうのも、たまにはいいものだ。特に今みたいに、頭ん中がごちゃごちゃしてる時は、自分を落ち着かせる。
「……とまあ、この村はこんな感じだ」
「なるほど……。ありがとうございます、エリーゼさん」
「さん付けはよしてくれよ。エリーゼでいいさ」
「え? でも……」
「年のことなら気にするな。……実はな、私には弟がいたんだよ。琉斗と同じくらいの年の弟がな。弟は、私を姉さんじゃなく、名前で呼んでいたんだ」
(……いたってことは)
考えるまでもない。おそらくは、もうこの世にはいないのだろう。
その理由は分からないけど、聞くのも野暮な気がする。
「まあ、琉斗に弟の変わりをさせるつもりはないんだけどな。何となく、そうして欲しいんだ」
「……分かりました」
「後は話し方だな。敬語も何だか気を使ってしまう。普通に友人らしく話して欲しいな」
相変わらず、木漏れ日のような笑顔だった。
エリーゼは弟の変わりをさせるつもりはないと言っていたが、少なくとも俺と弟の姿を重ねているように思える。じゃなきゃ、初めて会った俺にここまでしてくれるはずがない。それは、無意識の話なのかもしれない。
「……ありがとうエリーゼ。そうさせてもらうよ」
……だったら俺は、それを受け入れようと思う。大した理由はない。息抜きのお礼みたいなものだ。
もしかしたら、俺自身エリーゼに同情してるのかもしれない。気丈で勇壮な雰囲気を出していながら、いなくなった弟の影を見るエリーゼに、何かしてやりたいと思ってるのだろう。
それははっきりとは分からない。俺だって戸惑ってる。人と強く関わるのが嫌だと思っていた自分が、今日初めて出会ったエリーゼとここまで親しく接することに、自分ですら驚いている。
……でも、少なくとも、悪くない気分だ。
「さて琉斗。今日はどうするんだ?」
「今日?」
「行く宛がないのなら、私の家に泊まるか?」
「――え゛!?」
「私の両親は既に他界しててな、ちょうど1人だと家が広すぎると思ってたんだ。琉斗さえよければ泊まってほしいのだが……」
「いや……その……」
「何を顔を赤くしてるんだ?」
(何でその理由が分からないんだよ!)
エリーゼは、そういうことに疎いようだ。わざとしてるのかと疑ってしまうレベルで。
……本当に、弟ととして見てるんだろうな。
――……琉斗のスケベ――
シャルの軽蔑するかのような声が頭に響く。
「うるせぇよ! ほっとけ!」
「……すまない。少し馴れ馴れし過ぎたかもな……」
ハッと気付いた。今の会話の流れでは、シャルに言った言葉は、完全にエリーゼに対しての言葉に聞こえてしまう。
事実、エリーゼは力ない笑顔を浮かべ、落ち込んでいるように見える。
「い、いや! 今のは違うんだよ! 今のは――」
その時だった。
突然村の中央にある集会場が、爆音と共に火柱を上げ炎上した。
「なっ――!?」
俺とエリーゼ、村の人々はも燃え上がる集会場の方に目をやる。
……その炎の奥には、5体の機兵が地響きを上げながら進行していた。
「……機兵!!」
(クソッ!! もしかして、ラーゼを探しに来たのか!?)
でも、以前見たのとは少し違う機兵に見える。歩き方にも統率がない。好き勝手バラバラに歩いている。
エリーゼに聞こえないようにシャルに話しかける。
「……シャル、あれはオリジナルか?」
――いや、違うみたい。レプリカってやつだよ――
(やっぱり……。でも、隣国の兵士でもないようだが……)
「あれは……兵賊!!」
敵機の所属を考えていると、エリーゼの口から聞きなれない言葉が出た。
「兵賊?」
「ああ。脱走兵の集団のような奴らの集まりだ。たぶん、脱走する際にレプリカの機兵を奪ったんだろう……。何てことを……」
「でも、レプリカの燃料はオリジナルから出てるEC機関のエネルギーなんだろ!? 何で動いてるんだよ!」
「一度フルチャージしたレプリカは、激しい戦闘をしなければ数ヶ月はエネルギーが持つんだ。
………ん? 何でそんなこと知ってるんだ?」
「今はどうだっていいだろ! このままじゃ……!」
「そ、そうだな………やむ得ない、な」
するとエリーゼはどこかへ走り出した。
「エリーゼ! どこ行くんだよ!」
「琉斗は避難しろ! アイツらは私が何とかする!」
(何とかって……)
それを同じく、5体の機兵の1体から、男の声が響いた。
『村人に告ぐ! ありったけの酒と食料、金品を差し出せ!
……抵抗するなら、村を灰にする!』
それはまさしく“賊”だった。無抵抗な村人相手に機兵を振りかざし全てを奪う……最低の、賊だ。
「無茶苦茶言いやがる! 差し出したところで助かる保証なんてないじゃねえか!!」
――琉斗!! 行くしかないよ!!――
シャルが言うことの意味はすぐに理解できた。
確かにこのままだと、村は無茶苦茶になる。それを阻止できるのは、ラーゼを持つ俺だけだ。
……でも、俺に出来るのだろうか。
前は3体で、しかも油断していた奴ばかりだった。それが今日は5体。援軍も期待出来ない。
下手をすれば、死が大口を広げて待っている。
(……くそ! 何で躊躇するんだよ! 行くしかねえだろ!?)
――琉斗!! 早く!!――
『そこまでだ!!』
突然、辺りにスピーカーの声が轟いた。
勇ましいその声は女性。先程まですぐ傍で聞こえていた声だった。
――この声って……――
「……エリーゼ?」
そして、近くの森から、1体の機兵が姿を表す。
それは、襲撃した5体とは明らかに違っていた。青いフォルムに白の紋様。神々しいその姿は、どこかラーゼと似ていた。
「あれに……乗っているのか?」
――琉斗! あれ、機兵だよ! オリジナルの機兵だよ!――
オリジナルの機兵……ラーゼと同じ。
(……ってことは、まさか!!)
『貴様らの相手は、私とこの“ブラオ・シュプリンガー”が務める!!
――行くぞ!! ブラオ!!』