遭逢
その場所は少し遠く、ラーゼに乗っていくことにした。
もちろん、格納庫に置いていて襲撃に会えば、俺の命まで危なくなるという理由もあるが。
「………」
大地を歩きながら、色々考えていた。
ラーゼが破壊されれば、俺は死ぬ。だが、俺が死んでもラーゼは冬眠のような状態になるだけなのだろう。ラーゼがこうして発掘され、今俺が乗っているのがその証拠だ。
「なんか、理不尽だよな……。命がかかっているのは俺だけなんてな……」
「琉斗! それは違うよ!!」
突然、シャルが俺に向かって叫び始めた。
「一度操者を失った機兵はね、途方もなく長い時間眠り続けるんだよ! 眠るって言っても、他の操者を選ばないだけだから、意識はあるんだよ!
琉斗分かる? 何千年も意識を保ったまま、次の操者が現れるのを待ち続ける苦しみが。外を歩くことも出来ずに、暗い繭の中に居続ける辛さが。
ラーゼはね、ずっと待ってたんだよ? 琉斗が現れるのを、何千年も待ってたんだよ?」
「……スケールが大きすぎて話が見えないよ」
……本当は分かっていた。それは、一種の拷問に近いのかもしれない。眠ることなく、死ぬこともなく、ひたすらに繭の中で永遠とも思える時間を過ごし続ける。普通の人間であれば、精神が持たないだろう。
(ラーゼ……。お前も、辛かったんだな……)
手が触れる球体が鈍く光った気がした。もしかしたら、ラーゼが答えているのかもしれない。
(……なあラーゼ、俺は、どうすればいいと思う? お前と俺を守るためには、隣国に投降するのが一番いいのかもしれないんだけどな。なんか、フェルモントを放っておけないんだよ……。ラーゼ、俺、どうすりゃいいんだよ……)
再び鈍く光る球体。何て言ってるのか分からない。
すると、シャルが微笑みながら言ってきた。
「……ラーゼはね、琉斗の好きにすればいいって言ってるんだよ。ラーゼは琉斗を認めてるんだよ。だから、ラーゼの運命は琉斗と共にあるって」
そう言えば、ラーゼに話しかけても、シャルには筒抜けだった。何だか急に照れてしまった。
「……そうか」
一言だけ呟いた俺は、ゾルから聞いた場所に向け、少しだけスピードを上げた。
◆ ◆ ◆
その場所までは、何とか敵に会うことなく行くことが出来た。
その場所は岩場だった。岩の隙間には洞窟のようなものがあり、中は広い空間になっていた。確かに、これなら傍から見てもただの岩の塊でしかない。隠れるには打って付けだろう。格納庫を置くような岩陰もある。しかも幸いなことに、周囲に敵影もない。
この場所は、現段階ではあの砦よりもずっと安心だと思う。
「うん、ここならいいんじゃないかな?」
シャルも俺と同じ意見のようだ。
最後に、俺の横にいるラーゼにも聞いてみる。
「なあラーゼ。お前はどう思う?」
その問いかけに答えるかのように、ラーゼの目が朧気に光った。
「ラーゼも、ここでいいだってさ」
ラーゼの言葉を、シャルが通訳する。ラーゼもシャルのように話してくれれば楽なのだが、そこまでコイツに求めるのは酷な話だろう。
「よし! 決まりだな!」
再びラーゼに乗り込む。そして、周囲の状況を探りつつ、砦に戻り始めた。
砦に戻る途中、小さな村があるのを見つけた。
このまま砦に戻るのが、何だかばつが悪い気がしたので、その村に寄ることにした。
村の近くにラーゼを停止させ、歩いて村に向かう。
「琉斗ぉ。道草食ってる場合じゃないと思うんだけど……」
「いいんだよ。ちょっと寄るだけだし。すぐに帰るよ」
「はあ……まったくもう……」
シャルは頭を抱え、溜め息を漏らしていた。
村は、落ち着いた雰囲気だった。村と言っても色んな店があったし、割と活気があるところだった。
「へえ……意外と人がいるんだ……」
――琉斗、あんまりこういうのはよくないよ? 琉斗は機兵の操者だし、狙われやすいんだから――
シャルは姿を消していた。でも、シャルの声が直接脳内に送り込まれるように聞こえてくる。
「大丈夫だって。誰も俺みたいな奴が操者だなんて思わないさ。手の允証だって消せるし」
最近気付いた。允証は、俺の意志一つで消したりすることも出来るようだ。もちろん、ラーゼを操縦する時には浮き出るが……
――もう……。調子に乗ってると、いつか痛い目に見るよ?――
「心配性だなぁ。大丈夫だって」
シャルと話すのに夢中になっていた俺は、目の前を歩く人に気付かず、思いっきりぶつかってしまった。
「うおっ!!」
「……何だ?」
その人は、ガタイがいい男で、体中から酒の匂いをさせていた。
「おいクソガキ……。人様にぶつかったら何て言うんだ?」
「あ、すみません……」
「それだけか?
「それだけ?」
「治療費はどうするんだよ!」
この男、どうやら金の無心を始めたようだ。それにしても、ぶつかっただけで治療費とは……何ともベタな話だろうか。
「オッサン……言ってて恥ずかしくないか?」
「んだとこのガキ!!」
オッサンは俺の胸ぐらを掴む。生憎だが、俺はケンカなんてしたことない。護身術も知らない。
――琉斗!!――
「――止めないか。見苦しい……」
突然、後ろから声が出た。透き通った、女性の声だった。
その声の方を見てみた。そこには、大人の女性が立っていた。
年は25歳くらいだろうか。赤い髪を靡かせ、颯爽と俺とオッサンの前に出たその人は、整った顔をしていた。若干太い眉が、凛々しい雰囲気を更に高めるかのようだった。
「まだ少年じゃないか。見逃してやれ」
「お前には、関係ないだろ!!」
「確かに、私には関係ないことだ。なら、私が彼を助けるのも、私の自由だな」
「屁理屈言ってんじゃねえ!!」
女性に殴りかかるオッサン。
しかし女の人はオッサンの拳を体を捻りあっさり避け、逆に手を固め関節を取った。
「いてててて……!!」
苦痛に顔を引きつらせるオッサン。
そんなオッサンに対し、女の人は悠然と言い放つ。
「……今日は天気がいい。こんな日に争い事なんて止めないか?
――それでも戦いたいのなら容赦はしないが……どうする?」
威圧感のある言葉だった。澄んだ声のどこにこんな迫力を込められるのだろうか。聞いてるだけの俺ですら身震いしてしまった。
オッサンもまたそれを感じ取ったようだ。何度も首を横に振り、一刻も早く立ち去りたいような顔を浮かべている。
そんなオッサンを見た女性は手を話した。
「ひいい……!!」
走って逃げるオッサン。それを見た女性は、一度溜め息をついて今度は俺の方を向く。
「……キミも、気をつけないとダメだよ? 独り言ブツブツ言って、前を見ないからあんな目に遭うんだ。歩くときは前を見ないと」
「は、はあ……すみません」
(そっか……。シャルとの会話は、傍から見たら独り言に見えるのか……。気を付けよう)
「見たところ、キミはこの村の子じゃないな……。どこの生まれだ?」
「いや……俺は……」
言葉に詰まってしまった。異世界から来たなんて言っても信じないだろうし、何て説明したらいいのか分からなかった。
何も言わない俺を見て、女の人は何かを察したようだ。
「……まあ、今は戦時中だ。言い辛い事情でもあるんだろう。無理に話さなくてもいい」
「……すみません」
「キミ、名前は?」
「あ、琉斗です」
「琉斗……いい名前だ。キミにばかり名前を言わせては不公平だな」
すると女の人は優しい表情を浮かべ、自分の胸に手を当てた。
「私はエリーゼ。この村の出身なんだ」
そう名乗る女の人――エリーゼの背後には太陽があった。日の光を後ろから受けるエリーゼは、燃えるような赤い髪を風に揺らし、全てを受け入れるような慈愛に満ちた表情を俺に送っていた。
「エリーゼ……」
そんな光景に魅了してしまった俺は、静かに名前を復唱する。
エリーゼとは初めて会った。そのはずなのに、心を開いてしまう自分を感じていた。