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卒業式

俺の名前は『中山裕貴なかやまひろき』。一般的にはおとなしいと言われている高校三年生だ。顔はいいとは言えないが、悪いとも言えないと思う。普段は体育祭とか文化祭とかのイベントものはあまり好きじゃなく、休み時間は友人とたわいもない話をすることがあるが、ほとんどは自分の席で本を読んでいる。おそらく、ほかの人から見れば「根暗」だろう。お節介な人からは「もっと青春を楽しもうぜ。」とか言われるが、「これが俺の青春だよ。」という言葉を返している。部活は文芸部に入って、活動はしたし、勉強のほうも平均よりかは少し上ぐらいだった。ただ、「恋愛はしないのか?」と言われると返す言葉に少し困る。好きな人がいないわけじゃないけど、正直、その人に話しかける勇気がない。それに、別に恋愛なんてしなくてもいいと思っていた。だから、そう聞かれたら「この本が彼女さ。」と適当にほのめかす。さすがに、少しひいた人はいたが。

ある日、いつも通りの時間に目が覚めて、いつも通りの天井を見る。両親は朝早くから仕事に行っていていなく、一人っ子なので、一人で朝食をとって、制服に着替えて家を出る。いつも通りの通学路を歩いて、学校に着く。だけど、その正門はいつも通りではなく、横に「卒業式」と書かれた立て看板がある。今日は卒業式だ。そして、卒業式が体育館で行われ、中には泣いている人がいるが、俺は涙を出さない。卒業式が終わり、教室でHRをやって、放課後になる。教室では話し声が絶え間なく、いつもよりもうるさくしているが、俺は友人と少し話すと昇降口へと向かう。部によっては、お別れ会とやら送別会とやら追い出し会とやらやっているようだが、文芸部がそういうのをやるのは明日だ。昇降口で上履きから革靴に履き替えて、正門へと向かう。正門にさしかかり、出ようとしたところで後ろから声が聞こえてきた。

「中山君、待って!」

振り向くと同じクラスの女子、『藍原仁美あいはらひとみ』がいる。走ってきたのか、膝に手をやって息を切らしている。何か声を掛けたいが、適当に返事をしようとしても緊張で口が開けない。なぜなら、この人が俺の好きな人だからだ。スラリとした体、凛とした顔立ち、さらさらとした黒い長髪。クラスのマドンナ的存在だ。だが、俺が好きな理由はそんなんじゃない。一番の理由は俺の好きな本がこの前読んでいたからだ。下らないと思われるかもしれないけど、休み時間のときにその姿をふと目にしたときに、妙に似合っていた記憶がある。以前、「この本が彼女さ。」と答えたことがあったが、それは藍原が読んだ本と同じものをさしているときに言って、彼女と強引でも繋がりを感じたかったし、さらに彼女のことを暗示している。しかし、藍原は吹奏楽部だったし、俺との接点はクラスメイトという点以外何もない。だから、なぜ俺を追いかけてまで話しかけてきたのか分からずに戸惑っていると、ある程度呼吸を整えた藍原は言葉を発する。

「やっと、追いついた……。」

透き通った声はその声は続く。

「どうしても、伝えたいことがあるんだ……。もう、明日から会えなくなると思うから。」

俺はその二言に二度も衝撃を受けた。期待とショックが入り交じり、思考が固まらない。

「あの、その……同じクラスになった時からずっと、あなたのことが好きでした!」

藍原は最初はどもりながらも、後半は吹っ切れたかのようにはっきりと言った。これ以上に望んでいるのが無い言葉を聞いて、動揺する。おそらく、今までの中で一番幸せに感じている。だが、しかし。

「……ごめんね、迷惑だったかな?それじゃ、私はもう教室に戻るね。」

藍原はそう言うと、体を校舎のほうに向ける。はたして、俺はこのままにしていいのだろうか?いや、絶対にダメな気がする。

「待って、藍原さん!」

そう思った瞬間、歩き出そうとした彼女に左足を一歩前に、右手を前に出しながら反射的に言った。藍原は体を半分こっちに向き、さらに首を俺のほうに向く。髪は風になびき、その姿はとても美しかった。澄んだ瞳は俺を見ている。話をするのが苦手な俺はなんとか言葉を続ける。

「め、迷惑じゃないよ……。」

藍原は少し驚いたような表情を見せた。

「お、俺も……藍原さんのことが好きだ……だから……。」

弱弱しくも言葉を発するも、途中で詰まる。うまく、言葉が見つからない。緊張と恥ずかしさが先走る。なぜか、ここから逃げ出したいという気持ちが出てくる。だけど、まるで呪縛の術をかけられたかのように、足が固まって逃げられない。いや、足だけじゃなく手も、口までもが固まっている。なんとか、言葉を見つけて言おうにも、口が動かない。そんな俺を察したのか、藍原は俺のほうに歩み寄ると、固まったままの俺の右手を両手で包み込むようにとり、ささやくように言う。

「それじゃ……付き合う?」

俺は彼女の手の暖かさを身にしみながら、呪縛がとけて言葉を発する。

「はい……お願いします。」

俺はもう一方の手で彼女の手を包み込む。正門のところに二人だけの空間ができている。そこに桜吹雪が舞う。

5/7 少し書き直しました。

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